ep57: お似合いの二人
ハロルは、配達業務の無期限休養の辞令を受けて、しばらくの間ヴィオレッタの店で過ごしていた。
南国の風が吹き抜ける宿屋の一室で、穏やかな日々が流れていた。
ある日、仕事帰りのチトが宿屋を訪ねてきた。
ちょうどヴィオレッタとナツは仕事に追われており、部屋にはハロルひとり。
「なぁ、探検行こうぜ!」
チトの目は輝いていた。
その日はハロルも島を歩いてみようと思っていたので、快諾して宿を出た。
2人は、翼を広げ、密林の上を飛び、時には地に降りて歩きながら、南の島の奥深くへと足を踏み入れていった。
ハロルがふいに口を開いた。
「……プロポーズのやり直しって、どうやるんだ?」
「はぁ?!俺が知るわけないだろ!ニールに聞けよ!」
チトが思わず声を上げる。
「……あいつに聞いて、意味のある答えが返ってくると思うか?」
ハロルの返しに、チトは言葉を詰まらせた。
「まぁ……確かに。あいつ、真剣な相手いなさそうだもんな」
そう言って肩をすくめた後、チトはふっと笑った。
出会った頃は小さな雛だった彼も、いまは少年から青年へと変わりつつある。
「とりあえず、ネックレスは作ったんだ」
ハロルの言葉に、チトは目を丸くする。
「じゃあ、それ渡して、『結婚してください』って言えばいいんじゃね?」
「……それだけでいいのか?」
「だから、知らねーって!ナツに聞いてみろよ」
「いや、それは面倒そうだ」
「…ま、確かに。めちゃくちゃダメ出ししてきそうだもんな、あいつ」
男同士の秘密の会話は、湿った空気に吸い込まれるように、鬱蒼とした密林の奥へひっそりと消えていった。
*
それから、一週間近く経った頃、
「ハロルはヴィオレッタのところでいちゃついてるだけだ、さっさと仕事に戻せ」
とニールがジェロに苦言を呈してきた。
それが、ハロルの休暇の終焉となった。
翌日、郵便局に顔を出したハロルに、ジェロが声をかけた。
「ハロル、少しいいか」
「あぁ」
頷いて、ジェロについて奥の部屋へ入っていった。
「天界から、お前を免罪し、羽を戻すとの打診があった」
「俺は、天界に戻る気はない」
「羽が戻れば、天界までも飛べるようになるぞ?」
「俺は今の羽で十分だ。この島まで飛べればいい」
ジェロは眼鏡を押し上げ、しばし黙ってから問いを投げた。
「……ヴィオレッタはどうなんじゃ? あの娘は、天界に戻りたがってはおらんか?」
ハロルは少しだけ言葉を探し、それから低く答えた。
「ふむ……今度、確かめてみる」
そう言い残し、いつものように郵便袋を受け取り、配達へと出かけていった。
*
季節がいくつも過ぎ、郵便局の繁忙期もようやく落ち着いたころ。
島の広場では、ささやかながら温かなパーティーが開かれていた。
ヴィオレッタとハロルの結婚を祝う宴である。
島の仲間たちはもちろん、下界からはレオンも駆けつけた。
チトとナツはすっかり大人び、マリエルも今では〈小翼〉としてひとり立ちできるようになっていた。
*
――結婚の申し込みをした夜、ハロルはヴィオレッタに問いかけた。
「君は、天界に戻りたいか?」
「私は、あなたの側ならどこでもいいわ」
「……罪を免じて、天界に戻れると言われた。だが、君はどうしたい?」
ヴィオレッタは一瞬だけ目を伏せ、それから柔らかく笑った。
「ねぇハロル。あなた、ここだとすごく楽しそうなのよ。だから……私は天界には戻りたくない」
その言葉に、ハロルは静かに頷いた。
*
陽が傾き、ランタンに灯がともると、会場は淡い光に包まれ、一層幻想的な空気に染まっていた。
来客と楽しげに談笑するヴィオレッタを見守りながら、ハロルはパーティーの端で静かにグラスを傾ける。
「なんだ、今日はひとりで抜け出せないぞ?新郎さんよ」
にやりと笑いながら、ニールが声をかけてきた。
「……俺がいなくなっても、誰も気づきはしないだろう」
「……まぁ、確かにな」
ふたりの視線の先で、ヴィオレッタの笑顔が夜空に咲く花のように広がっていた。




