ep50: 洋菓子店
学校帰りの学生でごった返す、大きなバスロータリーがある。
その向かい、白いビニール製の軒をかけた老舗の洋菓子店が、夕暮れの光を受けて柔らかく輝いていた。
店の前には、制服姿の学生たちが入れ替わり立ち替わり訪れていた。
ショーケースには色とりどりのケーキや焼き菓子が並び、手頃な値段のスイーツやパイは、放課後の小腹を満たす格好のごちそうだ。
笑い声や注文の声が、甘い香りとともに店先まで漂ってくる。
少し離れた街路樹の幹に、二羽の小さな鳥がとまっていた。
チトとマリエルだ。
二人は羽を休めながら、ひとしきりにぎわう店の様子をじっと観察していた。
やがてバスが出発し、店の前から学生たちの姿がすっと消える。
途端に静けさが戻り、ガラス越しのショーケースが一層くっきりと見えた。
そのタイミングを見計らって、チトは軽く羽ばたき、地面に降り立つ。
瞬く間に人の姿へと変わると、マリエルも後を追った。
洋菓子店へ向かう途中、道端で幼稚園児くらいの男の子が駆け足で母親の元へ向かっていた。
足がもつれ、前のめりに倒れかけたその瞬間──
「危ない!」マリエルは反射的に手を伸ばす。
「だめだ、マリエル!」
鋭い声が飛び、チトの手が彼女の腕をつかんだ。
その拍子に、男の子は勢いよく地面に転んでしまう。
「……っ」
マリエルは思わず駆け寄ろうとしたが、チトが前に出て立ちはだかった。
「配達先以外の人間と関わってはいけない。覚えているだろ」
低く押さえた声に、マリエルは唇を噛み、うなずいた。
男の子はすぐに駆けつけた母親に抱き起こされ、涙をぬぐいながら歩き出す。
その小さな背中を見送り、マリエルは静かに息を吐いた。
気持ちを切り替えるように、二人は店の木の扉を押す。
チリン──鈴の音が軽やかに響き、甘い香りがふわりと鼻先をくすぐった。
ちょうど客が途切れ、店内には店主とチト、マリエルだけが残っていた。
棚の奥からは、焼きたてのパイの甘い香りが漂ってくる。
「郵便局です。お手紙の配達です」
チトが声をかけると、マリエルがすっと前へ出て、封筒を差し出した。
「あら、かわいらしいお客さんね。ちょっと待ってて」
店主はそう言って奥へ消えると、やがて紙袋に入ったシュークリームを手に戻ってきた。
「これ、よかったらどうぞ」
ふんわりと甘い香りが漂い、袋の底がほんのり温かい。
マリエルは一瞬チトを見やったが、チトがうなずいたので、「ありがとうございます」と受け取った。
*
二人が店を出ていくのを見送り、女性はレジ横の椅子に腰を下ろすと、ゆっくりと封を切った。
―――
おばあちゃんへ
きょう、こうえんでチューリップがさいてました。
いっしょにみにいきたいな。
つぎにおみせにいったら、シュークリームください。
こうより
―――
女性は、手紙を胸の前でそっと合わせた。
孫からの手紙は、時折こうして届く。
──もし、あの子が生きていれば。
今ごろ、放課後の高校生たちに混じって、友達と笑いながらケーキを選んでいたかもしれない。
女性はショーケースの中に並んだシュークリームを一つ取り出し、小皿にのせた。
それを店の奥にある棚へそっと運ぶ。
棚には、黄色い帽子をかぶった幼い男の子がこちらを見て笑っている写真が飾られていた。
「いつでも食べにおいで」
小さくつぶやくと、女性は手を合わせた。
甘い香りの中に、小さな記憶が静かに溶け込んでいった。
*
チトとマリエルは、翼を広げて空の島への帰路についた。
下界の街並みが小さく遠ざかり、空はゆっくりと色を変え、淡いピンクが溶け込んでいく。
「さっきみたいな時さ、ハロルだったら、きっとスマートに風を起こして子どもを助けるんだろうな」
「どうやって、風を起こすの?」
「……わかんない」
「そっか」
短いやりとりのあと、二人の間にしばしの沈黙が落ちた。
夕焼けの風が、羽根をやさしく撫でていく。
現場の仕事の難しさを胸に刻みながら、二人は静かに島へと向かった。




