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雲を渡る手紙  作者: tomsugar


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ep46: 契約書の配達

真っ青な空を、三つの影が列をなして進んでいく。

先頭は、陽光を反射する真白な大きな鳥。

そのすぐ後ろには、桃色の羽にヨモギ色の差し色をまとった大きな鳥、そして小さな雀が懸命に翼を羽ばたかせていた。


眼下には、果てのない大海原が青く広がっている。

やがて、空の片隅に白い雲がぽつぽつと生まれ、少しずつ数を増やしていった。


いつものハロルなら、雨雲も雷雲も構わず突っ切るところだが、この日は違った。雲の裂け目を見極め、巧みに縫うように進んでいく。チトは必死に羽を動かしてその背中を追い、天界出身のマリエルは、飛行に余裕を漂わせながらもハロルを見失わないように必死である。


延々と続く海の向こうに、やがて小さな島影がぽつぽつと現れはじめる。

だが空模様は次第に不穏さを増していった。


雲海は鉛色にうねり、空と海の境界は溶け合って見えない。北と南から吹き寄せる風が正面でぶつかり合い、空気は渦を巻きながら垂直に立ち上っている。雲は塔のように重なり、天頂へ届くかのようにそびえ立つ。


稲光が遠くの雲柱を一瞬だけ白く染め、その直後、低く腹に響く雷鳴が追いかけてきた。


「あの雲は危険だ、左に旋回する」

ハロルの声に、マリエルが軽く頷く。大きく旋回――。


しかし旋回はチトの不得意分野だった。

大きな翼を持つ鳥なら、風をつかんで優雅に曲がれるが、彼の小さな翼ではそれができない。


潮の湿気を含んで重くなった風に煽られながら、必死で羽ばたき、ハロルとマリエルの背中を追い続けた。


しばらく横へとそれて飛ぶうちに、巨大で不穏な雲は遠のき、やがて空は普通の灰色の曇天へと変わっていった。

大きく遠回りしながらも目的地にたどり着いた一行は、無事に契約書の配達を終えた。


           *


そこからさらにひと飛び――。

東の端の島へ、ハロルは二人を連れて向かった。

島の入り江には潮の香りが濃く漂い、海岸近くには大きな木の幹をくりぬいて作られた宿屋が立っている。

その前に降り立つと、三人は人の姿に変わった。


「わー、ヴィオレッタの店だ!」

チトは子供のように声をあげ、駆け足で店内へと入っていく。

マリエルはハロルの後ろについて、静かに扉をくぐった。


「いらっしゃい――あら、まあ。マリエル、もう配達の仕事をしているのね?」

カウンターの奥でコップを磨いていた、黒髪の美しい女性が顔を上げた。


「今日が初仕事だ」

ハロルが代わりに答え、カウンター席に腰を下ろす。


「ヴィオレッタさん、お久しぶりです」

マリエルは瞳を輝かせ、微笑んだ。


「元気になって良かったわ」

その言葉に、マリエルは少しだけ涙ぐんだ。

――あの、ベッドで痛々しく眠っていた日々を思い出してしまったのだ。


ちょうどそのとき、奥からナツがチトと一緒に元気よく飛び出してきた。


「ハロル! いらっしゃい!」

「おう、久しぶりだな、ナツ」

ハロルは、背丈が伸びたナツを見て目を細めた。


ナツはマリエルのそばへ歩み寄り、少し小声で言う。

「マリエル、宿の説明をするからついてきてくれる?このあとお客さんがたくさん来るから、ゆっくり案内できなくなるの」


「うん、わかった」

マリエルは素直に頷き、ナツに手を引かれるまま奥の階段を上っていった。


「ずいぶん、しっかり働いてるんだな」

ハロルは感心したようにヴィオレッタへ視線を向ける。


「ええ。今じゃ私がいなくても、お店を回せるくらいよ」

ヴィオレッタは誇らしげに笑った。


「へぇ…」

ハロルは短く相槌を打ち、グラスを傾ける。


「チト、そこのテーブルの準備お願い。ナツとマリエル、それにあなたの三人分ね」

「うん、わかった!」

チトはいそいそとナプキンやカトラリーを並べ始めた。

手際はなかなかのものだ。数か月のあいだ、この店で仕事を手伝っていた経験が、動きの隅々に染みついている。


           *


ナツは二階の客室のひとつにマリエルを案内した。

窓からは、広々と広がる海と水平線が見える。


「これと、これは自由に使っていいよ。朝は誰もいないことも多いから、そのまま出て行ってもらって大丈夫」

ナツは手際よく室内を指さしながら、宿の利用方法をひと通り説明した。


「ねぇ、チトとはお友達なの?」

マリエルが首をかしげて尋ねる。


「チトは双子の兄だよ。前までは私も一緒に配達してたんだけど、今は私だけここで働いてるの」

「そうなんだ。チト、小さな体なのにすごいね」

「うん。私はちょっと無理かなーって思ってこっちに来たんだけど、チトはまだ諦めてないみたい」


「……私も頑張らないと」

マリエルは、配達が自分にできるかどうか不安に思っていたことを思い返し、もうそんなことを言っている場合ではないと胸の中でつぶやいた。


           *


ナツとマリエルが二階から降りてくると、テーブルには湯気を立てる料理がずらりと並んでいた。香ばしい匂いが店内に広がっている。


「ナツも一緒に食事を済ませてね」

ヴィオレッタが柔らかく声をかけると、ナツは「うん」と笑顔で頷き、席に着いた。


三人が食事を始めて間もなく、ハロルの前にも温かな料理が運ばれてくる。


「おい、チト。明日はマリエルを連れて空の島に戻れよ」

カウンターからハロルが声をかける。


「おれ、白翼だから、この辺の仕事は許されてないよ?」

「仕事は今日で終わりだ。明日はただのエスコートだ」

「ああ、そういう事か!うん、わかった!」

チトは嬉しそうに頷き、口元が緩んだ。


           *


翌朝、まだ陽もあけきらぬ頃。

薄い朝靄が港を包み、空は淡い青にほどけていく。


ハロルは目を覚ました。寝転んだまま両腕を頭の後ろに組み、少しだけ頭を持ち上げて窓の外を見やる。


空のはるか向こう、桃色の羽を持つ鳥と、小さな雀が並んで舞い上がり、島影の彼方へと消えていった。


ハロルの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。

視線を右に移せば、傍らでは黒髪のヴィオレッタが穏やかな寝息を立てていた。

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