ep45: 雲の上の市
空に浮かぶ島では、年に数度、不定期にマーケットが開かれる。
島の中央広場いっぱいに、色とりどりの布や珍しい食材、精巧な道具など、島の日常ではお目にかかれない品々が並ぶ。
配達員たちは世界中を飛び回るが、それ以外の住民が島を出ることはほとんどない。禁止されているわけではないが、なぜか皆、この島にとどまることを選ぶのだった。
*
ハロルの木の上の家は、いま拡張工事の真っ最中だ。
新しい家を探すことも考えたが、立地の良さを理由に、今の家をそのまま広げる案をすすめられた。
完成後は、大きなカウンターキッチン、広々としたリビング、寝室のほかにもう二部屋――現在の約三倍の広さになる予定だ。家具も新調するが、窓際のカウチだけは、そのまま現役を続けてもらうつもりでいる。
この家を建てた大工のジェームズが、今回の拡張工事も請け負ってくれた。
その彼が、今朝からやけに浮き足立っている。
「今日はマーケットの日だな。工具でも新調しようかな」などと呟き、そわそわと落ち着かない。
「早めに行って、見てきたらどうだい?」ハロルが声をかけると、
「うん、そうだな。早めに行かないと無くなるかもしれんな」
そう言って、工具箱を置いたままマーケットへと出かけて行った。
その日は配達が休みの日だったので、ハロルはヴィオレッタのところへ行くつもりでいた。
そろそろ出かけようとした、そのとき――
コン、コン、コン!
誰かが慌てた様子でドアをノックする。
開けると、チトが血相を変えて立っていた。
「ハロル、大変だよ!すぐ来て!」
*
郵便局では、ジェロをはじめ全員が頭を抱えていた。
商人のひとりが、慌てふためいて契約書類の配達を懇願してきたのだ。
本来送るべき契約書を、誤って請求書と入れ替えて送ってしまい、先ほど荷ほどきの最中に契約書の封筒を発見して気づいたという。
このままでは大損になると、商人は半ば泣きつくように訴えてきた。
配達員は全員出払っていた。
しかも今回の宛先は、〈白翼〉以下には任せられない危険なエリアにある。
「俺にまかせろ!」とチトが息巻く。
確かに、彼ならやり遂げるかもしれない。
だが、最近ようやく形になってきた郵便局の新しい規範を、ここで崩すわけにはいかなかった。
そんな中、扉が開き――ハロルが姿を現した。
「あぁ、ハロル!島におったか!」
ジェロの声には安堵と焦りが入り混じっていた。
「この手紙、緊急で配達を頼めるか?」
ハロルは短くうなずき、差し出された封筒を手に取る。
視線を巡らせると、すぐに声を張った。
「チト、マリエル。お前らも一緒に来い!」
そう告げて、足取りは落ち着いたまま、郵便局を出ていった。
「……うむ、構わんじゃろ」ジェロも頷く。
マリエルは一瞬、困惑の色を浮かべた。だが、外へ出た途端、チトが勢いよく翼を広げ、ハロルの背を追って空へ舞い上がるのを見た。
その姿に押されるようにして、マリエルも慌てて翼を広げた。
こうして――マリエルの初めての配達任務は、心の準備もないまま始まった。




