ep44: 下っ端と新人
空に浮かぶ島、郵便局のエリオットは、配達員たちに定期的な座学を開いていた。
数か月前から始まったこの取り組みは、事故や規約違反を着実に減らしている。
マリエルは他の配達員たちと並んで規約講義に参加していた。
配達員には、飛行能力や経験によって〈翼等級〉が与えられる。
――配達不可エリアなど存在しない、最精鋭〈煌翼〉。
――変わりやすい天候や険しい地形にも対応できる〈蒼翼〉。
――危険地帯は避けつつも、日々の配達で安定した成果を上げる〈鋼翼〉。
――長距離や危険地域を避け、経験を積む〈白翼〉。
――まだ羽も柔らかな、新米〈小翼〉。
昇格には、配達従事時間と座学の受講時間が必ず考慮される。
そのため、チトも白翼昇格を目指して真面目に出席していた。
「そんな何回もやらなくても、わかってるよ〜」
不満をぶつぶつ言いながら席についたチトは、隣に見慣れない桃色の髪の少女が座っているのに気づき、思わず目を奪われた。
「君、だれ?新入り?」
「うん、今勉強中なの」
「あっ、俺チトっていうんだ。よろしくな!」
「私はマリエル。よろしくね」
その瞬間、チトの表情がぱっと明るくなった。
やけに張り切って問題に取り組み、ほとんど満点に近い点数を叩き出して講義を終える。
「マリエル、またな!」
そう言い残し、弾む足取りで教室を飛び出していった。
*
チトがエントランスまで駆け抜けると、ちょうど外にハロルが立っていた。
「おう、ハロル、久しぶり!」
「あぁ、チト。また大きくなったか?」
「大きくなって、大きな鳥にならないと、ハロルやニールみたいな配達員になれないからね!」
元気いっぱいにそう言い残し、チトは外へ飛び出していった。
その背中を見送っていると、いつの間にかジェロが隣に立っていた。
「ふーむ、こまったもんじゃのぉ」
「何がだ?」ハロルが首を傾げる。
「あの子は雀の体をしとるじゃろ。人の姿は成長しても、鳥の姿は生まれた時から変わらんのじゃ」
そこへ後からやって来たニールが、気安く口を挟んだ。
「そんなの、大きな体を与えてやればいいさ。あれは逸材だぞ」
「簡単に言うな!それができれば苦労せんわ」
「できないのか?」ハロルが問う。
「いや……うむ、例外はあるが」
「じゃあ、その例外にしてやればいいじゃないか」ニールが笑う。
ジェロは二人を置いて、ぶつぶつ言いながら奥の部屋へ引っ込んでいった。
*
チトは島の東の丘へ来た。
普段は、離着陸が苦手な鳥たちが使う広々とした草原の丘だが、夜明け前と配達員の帰る時間以外は、ほとんど人影がない。
「なんだ~、先客かぁ」
草むらに座る人影を見つけ、チトは口をとがらせた。ここは彼が昼寝をするお気に入りの場所だったのだ。
人影がゆっくりと身を起こす。柔らかな桃色の髪が朝の光に揺れた。
「あっ、マリエルじゃん!」チトは駆け寄る。
「チト」
名前を呼ばれ、彼は少し照れくさそうに視線をそらした。
「ここで何してんだ?」
「……何も」
「そうか。昼寝してたんだろ?じゃあ俺は邪魔しないように、向こうで寝るから」
そう言ってチトは草原の端まで歩き、青空を仰いでごろりと寝転んだ。
マリエルは、まだ少し話したそうに彼の方を見ていたが、チトが大きく伸びをして目を閉じたので、あきらめて、自分も草の上に身を横たえた。
ひんやりとした土の感触と、草の匂いが鼻をかすめる。
空はどこまでも広く、白い雲がゆっくりと流れていく。
――配達員って、どんな仕事なんだろう…。
空を見上げるほどに、自分にはまだ遠い世界のように思えた。
そんな難しそうな仕事、自分にできるのだろうか――マリエルは、胸の奥に小さな不安を抱えていた。




