ep41: 雲の上にも雨が降る日
空に浮かぶ島は、下界と天界のあいだに漂う孤島だ。
雲よりもさらに高い場所にあるため、雨雲は届かず、いつも温かな日差しが降り注ぎ、穏やかな気候が一年中続く。
――少なくとも、普段は。
その日は朝から珍しく空が曇り、やがて細かな雨粒が落ちてきた。
島の人々は「何事だ」と家を飛び出し、空を仰ぎ見た。
「雨だ!雨が降ってるぞ!」
滅多に経験することのない光景に、あちこちで驚きの声が上がる。
互いに顔を見合わせては、「いったいどういうことだ」と問い交わす者もいた。
だが、この島で長く暮らしてきた者たちは口をそろえる。
「十数年に一度だけ、こうして雨が降ることがある」
理由は誰にもわからないが、その日は必ず雷鳴が響き、島全体を包み込むのだという。
直近のそれは、十数年前のことだった――。
*
郵便局の局長室のさらに奥――その扉の向こうには、局長のジェロ以外、入室を許さない部屋がある。
執務机で書類に目を通していたジェロは、不意に奥の部屋から轟音がとどろくのを耳にした。
重い椅子を引き、静かに立ち上がる。
扉を開けると、そこには窓ひとつない、不思議な空間が広がっていた。
四方の壁は天へ向かって果てしなく伸び、どこまで続いているのかもわからない。
その床の中央に――桃色の長い髪を床に広げた若い女性が、気を失って倒れていた。
背に生えた羽は無残に裂け、羽根の先は折れ曲がり、もはや飛ぶことは叶わないように見える。
ジェロはためらわず彼女に歩み寄り、そっと抱き上げた。
そして寝室へと運び込み、静かにベッドへ横たえた。
*
ジェロが郵便局のカウンターへ行くと、エントランスにニールが立っていた。
「今度はどんなやつが堕とされたんだ?」
にやけながら問いかけるニールに、ジェロは短く答える。
「まだあどけない、雛の娘だ」
「へぇ~」
「ニール、ちょうどいい。レオンに速達を頼む」
ジェロは小さな封筒を差し出した。
「へいへい」
ニールは片手でそれを受け取り、軽く肩をすくめると、そのまま郵便局を後にした。
*
その日の午後――
美しい黒髪とブルーグレーの瞳がひときわ目を引く女性が、郵便局の扉をくぐった。
島では見かけたことのないその美女に、局員たちの視線が一斉に吸い寄せられる。
「あぁ、ヴィオレッタ。わざわざすまん、こっちに来てくれ」
ジェロが声をかけ、彼女を奥の部屋へと案内した。
「若い娘の世話をわしがするのは気が引けるでの。すまんがしばらく看病してやってくれまいか」ジェロは奥の寝室にヴィオレッタを案内した。
「まぁ、ひどい…」ベッドで眠る少女の姿を見て、ヴィオレッタがつぶやいた。
「まぁ、前回のときよりずいぶんましじゃ。すぐ目を覚ますじゃろ」そういって、ジェロは部屋を出ていった。
ジェロが、局長室を出ると
にやけ顔のニールが奥へ向かって声をかけた。
「ジェロ、俺に手伝えることはあるか?」
「お前はもういい。まったく、野次馬根性を出しおって」
ジェロは手を振って追い払うように言った。
「なんだよ、こき使うだけ使ってさ」
ニールは両手を頭の後ろで組み、そのまま外へ出て行った。
*
郵便局の外には、ハロルが立っていた。
ニールの姿を見つけると、「なにかあったのか?」と声をかける。
「天界から懲罰を受けて追放されたやつがいるんだよ。そういう日は、こうやって雨が降って、雷が落ちる」
ニールは肩越しに空を指した。
「へぇ……」
ハロルは灰色の雲を見上げた。
「君が堕とされた日は、こんなもんじゃなかったぞ。相当ひどい嵐だった」
そう言って、ニールは意味ありげにハロルを見やった。
「俺は……何をしたんだ?」
「知るか!」
笑いながら、ニールは軽い足取りで雨の中へ消えていった。




