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雲を渡る手紙  作者: tomsugar


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ep40: 池のほとりの休日

特に気流の荒れる時期、危険地帯の配達はニールとハロルに大きな負担を強いていた。

しかし今は空も落ち着きを取り戻しつつあり、下位の翼等級の配達員たちにも、飛べるエリアが少しずつ広がっていった。


月が変わり、木々の葉が色づき、やがてはらはらと落ち始めた頃。

チトが配達員の業務に戻ってきた。

一方、ナツは「ヴィオレッタの店で働きたい」と申し出て、そのまま宿屋に残ったという。


チトの夢は、ニールやハロルのような一流の配達員になることだ。

少しの時間も無駄にできない――そう思って、日々の訓練にも余念がない。


〈煌翼〉のニールとハロル、〈蒼翼〉の配達員たちは、過酷な業務を連日こなしてきたため、しばらくの休暇を与えられた。


           *


ハロルは、白い翼を大きく広げ、空の島を飛び立った。

配達業務のない日だというのに――。


休みの日は部屋に籠もり、一歩も外へ出ないことが多いハロルにしては、実に珍しい行動だった。

朝の澄んだ空気の中、彼は迷いなく高度を上げ、雲の切れ間を抜けていく。


行き先を知る者は、彼自身を除いて誰もいなかった。


           *


南国の、とあるバルコニーの手すりに、大きな白い鳥がとまっていた。

吹き抜けの窓越しに見えるのは、大きな木のカウンターと、その奥に立つ黒髪の女性――ヴィオレッタだ。


「あら、今日はバルコニーからお出ましなの、ハロル?」

彼女は、柔らかくほほ笑んだ。


すっと翼をたたみ、フロアに降り立つと、人の姿へと変わる。

「まだ開店前だろ」

そう言って、ハロルは店内へ足を踏み入れた。


「開店前だとバルコニーから来るの?ふふ、おかしな人ね」

ヴィオレッタは口もとに手を当て、くすくすと笑った。


「次の休日はいつ?」

唐突な問いに、彼女は瞬きを一つ。

「決まったお休みはないわ。気が向いた日に休むの」


「じゃあ、明日休んでよ」

「……意外と強引なのね」

いたずらっぽく笑うヴィオレッタに、ハロルは微かに口角を上げた。


ブルーグレーの瞳が揺れる。

沈黙ののち、彼女は視線を落として囁いた。

「いいわよ」


           *


翌日、美しい白い鳥と、艶やかな黒に青い光沢を帯びた羽を持つ鳥が、二羽並んで空を滑っていた。

黒い鳥の左足には、陽光を受けて輝くゴールドのリングが嵌められている。


二羽が降り立ったのは、人の手の入らない密林の奥深く。

七色の湖面が、太陽の光を受けてきらきらと揺れていた。


「まぁ……きれいな場所」

人の姿に戻ったヴィオレッタが、息を呑むように声を漏らす。

湖面から跳ね返る光が彼女の横顔を照らし、髪を耳にかける仕草とともに、左手首のゴールドのブレスレットがまばゆくきらめいた。


「気に入った?」

ハロルは少し自慢げに口角を上げた。


「ええ。こんな場所、どうやって見つけたの?全然知らなかったわ」

「昔、落雷に打たれて落ちたら、ここだった」

「怪我はしてないの?」

「なぜか、俺は下界の雷では怪我をしないらしい」


「そう……それなら、よかった」

ヴィオレッタは、ほっとしたように微笑んだが、その瞳の奥には、消しきれない寂しさが漂っていた。


ハロルはゆっくりとポケットに手を入れ、小さなものを取り出した。

「そのブレスレットには、イヤリングがあったほうがいいだろう?」


掌にのせられていたのは、ブレスレットとお揃いの繊細な細工が施された、美しいゴールドのイヤリング。

湖面の光を受けて、小さな炎のようにきらめく。


ハロルは彼女の手を取り、そのイヤリングをそっと乗せた。

その瞬間、ヴィオレッタの感情の糸がぷつりと切れたように、涙があふれた。


「……っ」

声にならない嗚咽が漏れ、次の瞬間には、嗚咽は大きな泣き声へと変わっていく。


ハロルは、少し驚いた表情を見せたあと、なぐさめるように、そっと彼女の肩を抱いた。

ヴィオレッタは、その胸にすがりつき、子どものように声を上げて泣き続けた。

七色の湖面が、二人を包み込むようにやわらかく揺れていた。


やがて彼女の呼吸が落ち着いたころ、ハロルが低く問いかけた。

「……君を悲しませるようなことをした?」


ヴィオレッタは小さく首を振る。

「ううん。ただ……昔と同じことを言うから」


「やっぱり、俺たちはどこかで会ったことがあるんだね?」

「うん」


ヴィオレッタはうなずき、まっすぐにハロルを見つめた。

湖面のきらめきが、二人の間に横たわる長い年月の影をそっと照らし出す。


やがて二人は湖畔に並んで腰を下ろし、天界での遠い日々を語り合った。

かつて互いが婚約していたこと。

ハロルが審問にかけられ、天界から追放されたこと。

そして――天界にひとり残されたことが耐えられず、ヴィオレッタは出奔し、レオンを頼って下界へ降りたこと。


静かな湖面に映る空の青さは、もう戻らないあの日々の色のようだった。

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