ep3: 迷い猫の行方
貼り紙、SNS、思いつく限りのことは全部やった。
できることは、もうやりきった気がした。
ペット可という条件のために、少し割高な家賃を払って住んでいる、ユニットバスのワンルーム。
そのベッドの上で、由紀はスマホを握りしめたまま、横になっていた。
猫のミーがいなくなって、もう10日。
ずっと家の中でしか暮らしたことがなかった子が、ベランダの窓の隙間から、ふっと外に出てしまったのだ。
ひとりじゃ生きていけない。
誰か、優しい人に拾われていたらいいけど……。
近所に貼ったチラシにも、SNSで拡散した投稿にも、反応はなかった。
番号を晒したけれど、嘘の電話すら一本もこない。
慣れない都会で、15年間ずっとそばにいてくれたミー。
どうか、無事でいて。
ポン、と通知音が鳴った。
画面に浮かんだのは、知らないアカウントからのDMだった。
「猫ちゃん、見つかりましたか?
まだでしたら、夜明け前、東の空にお祈りしてみてください」
……あまりに突拍子もないメッセージだった。
でもふと、思った。
うちのベランダ、ちょうど東向きだ──と。
*
ふと目が覚めると、まだ外は暗かった。
スマホの時計は、5:45。
気がつけば、由紀はベランダに出ていた。
空が白み始めたころ、風が強く吹いた。
その風に乗るようにして、白い鳥がベランダの柵にとまった。
口には、黄色い封筒をくわえている。
由紀がそれを受け取ると、白い鳥は空へと羽ばたいていった。
夢を見ているような気持ちで、封筒を見る。
「ゆきへ」
そう書かれていた。
不思議な感覚に包まれたまま、封を開ける。
⸻
ゆきへ
毎日心配してくれてるゆき。
突然いなくなって、ごめんね。
ぼくは、旅に出ることにしたんだよ。
毎日楽しく暮らしてるから、心配しないで。
ミーより
⸻
文字を追いながら、由紀の目から涙があふれ出した。
止めようとしても、止まらなかった。
「ミー、旅に出ちゃったの? 私を置いて……?」
手の中の手紙は、ふわりと光の粒になって、空に溶けていった。
ぼんやりとしながらベッドに戻った由紀は、いつの間にか再び眠っていた。
*
起床時間。スマホのアラームが鳴った。
ぼんやりしたままシャワーを浴び、髪を整え、化粧をして、会社へ向かった。
心の中は、ぽっかりと空っぽだった。
ミー、もういないんだな。苦しい。寂しい。会いたい。
そんなことを考えていたら、気がつけば、通勤ルートを外れて見知らぬ公園に立っていた。
ベンチには、金髪の青年が座っている。
なぜだかわからない。けれど、由紀は声をかけていた。
「あの……この猫、知りませんか?」
スマホに保存されたミーの写真を見せながら。
青年はちらりと画面を見て、ふっと頷いた。
「ああ、知ってる。……このあいだ会ったよ」
「本当ですか!?」
由紀が身を乗り出すと、青年は軽く笑って言った。
「うん。旅に出るって、言ってたよ」
*
その日、由紀は会社に休みの連絡を入れた。
不思議な青年と別れたあと、貼り出していたチラシを一枚ずつ剥がして回った。
電柱、掲示板の隅、コンビニの壁。
どの場所にも、祈るような気持ちで貼った自分がいた。
スマホを取り出し、あのDMを送ってきた人に、お礼のメッセージを送る。
「見つかりました。ありがとうございました」
送信ボタンを押したあと、しばらくスマホを見つめていた。
心のどこかに、まだぽっかりと穴はあいている。
けれど、ふいに風が吹き抜けて──思わず空を見上げた。
薄曇りの空を、白い大きな鳥が一羽、ゆっくりと飛んでいた。




