表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲を渡る手紙  作者: tomsugar


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/58

ep36: 小さな旅立ち

助産院の外は暴風雨だった。

窓ガラスを叩きつける雨は、まるで誰かが拳で打ちつけているかのような激しさだ。

稲光が辺りを白く染めた直後、耳をつんざく雷鳴が轟き、世界は一瞬にして闇に沈む。

停電だ。


           *


そんな嵐の中、ハロルはポケットに手を突っ込み、豪雨をものともせず歩いていた。

地面を打つ雨が跳ね返り、顔に冷たい水滴がはじける。前はほとんど見えない。

それでも口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。嵐を楽しんでいるかのように──。

ただ、この天候ではさすがに飛ぶ気にはなれないらしい。

翼は休め、地を踏みしめながら、ゆっくりと歩みを進めていた。


           *


助産院の一室では、非常電源に切り替わり、屋内の明かりが淡く灯っていた。

外の轟音とは別世界のような静けさの中、かすかな泣き声が響いている。

生まれたばかりの赤ん坊を胸に抱き、母親は静かに涙をこぼしていた。

その傍らで、父親も寄り添いながら、同じように目を潤ませていた。


           *


ハロルが嵐の中を歩いていると、

肩から下げた白いカバンに、ふっと何かが触れたような感覚が走った。

──届いた。

それは声でも文字でもない、直接心に響く気配だった。

カバンを開けると、一通の封筒がそこにあった。

ある人へ宛てられた、大切な想いの詰まった手紙だ。


           *


助産院の一室には、深い静けさが満ちていた。

医師が静かに夫婦のいる一室へ入り、赤子を抱く二人の前に腰をかがめて、

短く息を整え、柔らかな声で告げた。

「この子と……一緒に、最後の時間を過ごしてください」

切なげな表情で、そう告げた。


夫婦は小さく「ありがとう」と答えた。


母親は小さな命を胸に抱きしめたまま、震える声で赤ん坊を見つめる。

涙が頬をつたい、赤子の柔らかな頬へと落ちた。

「……あなたの名前は、ルカよ」

生まれたばかりのその子に、静かに、確かに名前を授ける。


その名は、嵐の外へも届くかのように、温かく、やわらかく響いた。


           *


夫婦はずっと赤ん坊に語りかけていた。

小さな耳に届くよう、子守歌をそっと歌い、「生まれてきてくれてありがとう」と何度も繰り返す。


ただ、消えゆく命を大切に守るように──二人は、その限られた時間を抱きしめるように過ごしていた。


部屋の入口に、金髪の青年が静かに立っていた。

夫婦が不思議そうに視線を向けると、彼は歩み寄り、一通の封筒を差し出す。


「その子からのメッセージだ」


父親が封筒を受け取った。

「あの、あなたは?」母親が声をかける。


立ち去りかけた青年が振り返り、短く名を告げた。

「ハロルだ」


そう名乗ると、彼は静かに部屋を後にした。


           *


父親が封筒をそっと開け、中の便箋を広げた。

そこには、誰かが代筆したのか美しい文字が並んでいた。


―――

ママとパパへ


ママとパパに あえて うれしかったよ

おそらから ながめてて

ずっと あえるといいなと おもってたから

ちょっとだけ あそびに きたんだよ


たぶん またあいにくるよ


ルカより

―――


読み終えた瞬間、二人の目から新しい涙があふれた。

母親はすでに冷たくなった赤ん坊を抱き寄せ、父親はそっとその肩を抱いた。


外では、嵐の音が少しずつ遠ざかっていくように感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ