ep34: 風受信機の羽根
郵便局では、手紙の集荷や配達だけでなく、電報――いや、この世界では「風報」と呼ぶべきか――の受信と配達も、重要な仕事のひとつだ。
風報は、遠く離れた地から風に乗せて送られてくる、目に見えぬ手紙のようなもの。
郵便局の最上階にある塔の上に設置された風受信機が、その微細な震えを拾い上げる。
受信室では、熟練の技師が風のささやきを耳で聞き取り、指先でその律動を読み解く。
やがてタイプライターが軽やかにカチカチと音を立て、白い紙の上に、風の言葉が一行ずつ浮かび上がっていく。
文字に姿を変えた風報は、専用の封筒に収められ、配達員の手に託される。
受信室にはタイプライターの音と、窓から吹き込む高空の風が入り混じり、郵便局の中でも異質の雰囲気を放つ場所だった。
*
ある午後、受信室から技師の声が響いた。
「発信の形跡はあるんだが……声が途切れて、まともに拾えない」
紙送りの止まったタイプライターの前で、技師は眉をひそめた。
受信機の風向計は、ありえないほど激しく回転している。
塔から下界の様子を眺めると、雲の下で風が渦を巻き、雷光が時おり閃いていた。
雲の裂け目から吹き上げる風が、塔の支柱を唸らせ、風受信機の羽根を不規則にきしませている。
「下界の嵐が干渉しているようだな」ジェロが低くつぶやく。
紙に残されたのは、かろうじて読み取れる断片的な単語だけ。意味はつながらず、発信者の意図は霧の中だ。
受信技師は計器を見ながら言った。
「おおまかな発信方向は割り出せますが……声を聞き取るには雑音が強すぎます」
ジェロはしばし沈黙したあと、決断した。
「――あとはハロルに任せるしかあるまい」
*
ハロルは気配を読む能力に長けていた。
かすかな風の揺らぎや、残された発信者や受信者の気配をたどることができる、数少ない配達員のひとりだ。
普通の配達員が目印にするのは、住所や地図、あるいは空から見える地形だが、ハロルはそれらがなくとも“相手の存在”を嗅ぎ分けることができた。
「発信源は、おおよそこの方向……だが嵐の渦の中だ」技師が指差す地図には、危険区域を示す赤い円が重ねられている。
ハロルは技師の説明を聞いていた。
「問題ない。行ってくる」
短くそう告げ、彼は地を蹴り、荒れ狂う雲の海へと飛び立っていった。




