ep27: 東の島の秘密
ニールとチトは、岩肌が鋭くそそり立つ島の上空を旋回していた。
配達員の手違いで飛び散った手紙を回収するのが任務だ。
潮風を切るたび、ニールの感覚は、思いのほか細かく散らばった手紙の気配をとらえていく。
はるか下では、陽光を反射して白く輝く波間がきらめいていた。
「チト、ついてこい」
そう言い残すや、ニールは翼をたたみ、一気に急降下した。
瞬く間に豆粒のように小さくなっていく背中を、チトは必死に追いかける。
崖の上に張り出す赤茶色の枝に、ニールが軽やかに降り立った。
「ほら、急がないとナツに先を越されるぞ」
挑発するような声が、潮風に混じって響いた。
「うん、わかってる!」
チトも負けん気が強い。妹に先を越されるなんて、兄としての沽券にかかわる。
「お前は陸の手紙を回収しておけ」
そう短く告げると、ニールは翼を大きく広げ、風を切って飛び去っていった。
かつてハロルと配達に出たときは、息をつく間もなく、ただ前だけを見て飛び続けていた記憶がある。
ハロルは、自分たちのことなど気にも留めず、容赦なく任務をこなしていた――そう思っていた。
だが今になって思えば、あれはずいぶんと手加減してくれていたのだ、とチトは痛感していた。
チトは、木の葉に引っかかった手紙、落ち葉に紛れて地面に落ちた手紙、波打ち際で揺れている手紙――目につくものを片っ端から拾っていった。
波間に浮かぶ封筒が、波にさらわれる寸前、指先がそれをつかんだ。
岩がごつごつと続く海岸で手紙を回収していると、遠くから真っ赤な鳥が飛来するのが見えた。
その鳥は、高度をぐんと上げたかと思うと、ほぼ垂直に深く降下していく。
どうやら、かなり深い場所に落ちた手紙を拾っているらしい。
「ニールも…やっぱりすげぇ」
追いつかなければならない――その思いだけで、チトは一度も休むことなく、島のあちこちを飛び回った。
やがて、人の姿になったチトは地面を駆け回り、郵便袋にはすでに二十通以上の封筒が収まっていた。
だが、そこで力尽きたのか、その場に突っ伏したまま眠り込んでしまった。
海から上がってきたニールもまた人の姿になり、ぐったりと倒れているチトを見つける。
「おいおい…」と苦笑しながら、肩にひょいと担ぎ上げた。
「なかなか健闘してるじゃないか」
郵便袋の口をのぞき込み、ニールは満足そうにうなずいた。
*
ニールは、巨木のうろをくり抜いて造られたなじみの宿屋に到着した。
チトをベッドに寝かせると、階下へ降りる。
宿屋の1階には、大きな切りっぱなしの木のカウンターを備えたバーがある。
木の香りがほのかに漂うその場所で、ニールは足を止めた。
カウンターの奥に立っていたのは、艶やかな黒髪を背に流し、神秘的なブルーグレーの瞳を持つ女性だった。
低く柔らかな声が、店の空気を一段と落ち着かせる。
その声の主――ヴィオレッタが、静かに微笑んだ。
「あら、お久しぶりね、ニール」
「やぁ、ヴィオレッタ。今日も美しいね」
「ふふ、ありがとう」
「いつもの地ビールと、今日のおすすめを頼めるかい」
「もちろんよ。今日は配達のお仕事?」
手を動かしながら、ヴィオレッタが問いかける。
「いや、トラブルの後始末に駆り出されてるんだ」
「連れていた小さな男の子も?」
「あぁ、見習いだ」
「あんまり、無理させちゃだめよ。まだ小さいんだから」
ニールの仕事ぶりをよく知っている口ぶりだった。
「適性があるかどうかは、早めにわからせた方がいいだろう?」
ビールのグラスを受け取り、ニールは軽く口をつける。
「学習の速さは、人それぞれよ」
ヴィオレッタはそう言いながら、魚のパイとフルーツサラダを皿に盛り、温めたパンを添えた。
皿の上から立ちのぼる香ばしい匂いが、木造のバーにふわりと広がった。
「はい、どうぞ」
カウンターには、彩り豊かに盛り付けられた料理が並んだ。
「これは、ごちそうだな!」
ニールは嬉しそうにサラダを口に運びながら言った。
「悪いが、明日の朝食は多めに作ってくれないか?チトは何も食わずに寝ちまったからな」
「もちろんよ」ヴィオレッタは微笑んだ。
開け放たれたバルコニーからは、潮騒が心地よく届く。
遠くの海岸では、椰子の葉が風に揺れていた。
しばしの沈黙の後、ニールがふと口を開く。
「ハロルには、君のことを伝えなくていいのかい?」
「ええ、何も言わなくていいわ」
ヴィオレッタは、視線を手元の料理に落としながら静かに答えた。
波の音だけが、彼らの過去を知っているかのように、静かに空気を満たしていった。




