ep24: 雀の受難
朝の澄んだ風が吹き抜けるころ、チトとナツは郵便局へやって来た。
入口で、ちょうど配達物を取りに来たハロルと鉢合わせる。
彼は今まさに、空へ飛び立つところだった。
「ハロルさん、おはよう!」チトが声を弾ませる。
「おう、チト、ナツ。おはよう」
「……おはよう」ナツは少し元気のない声で答えた。
「今から掃除の仕事か?」ハロルが首を傾げる。
「ううん、配達のルールをみっちり叩き込むって、ジェロが言ってた」
「ははっ、それは災難だな。ま、二人とも頑張れよ」
そう言い残し、ハロルは軽く助走をつけて地面を蹴った。
次の瞬間、真っ白な大きな鳥となり、朝日を浴びて大空へ舞い上がっていく。
「ハロルさん、かっこいいねぇ~」
二人は、白い翼が小さくなるまで、目を細めて見送った。
*
二人が郵便局に入ると、エリオットが迎えた。
「おはよう。僕が今日から君たちに規約の講義をする」
「おはよう、エリオット」
「おはよう……」ナツは小さく返事をした。
エリオットに案内され、小さな休憩室へ。
いつもは茶器と角砂糖の置かれたテーブルが並ぶだけの部屋だが、今日は黒板と砂時計が置かれ、簡易の“教室”になっている。
そして、朝から――細かいルール説明、が延々と続いた。
チトは机の縁を指でとんとん叩き、ナツはまばたきの間隔がどんどん長くなる。
「……はい、いまからお昼休憩」
エリオットの一言に、二人の背筋がぴんと伸びた。
「はぁ、助かった!」
「生き返った~!」
「ただし、昼休みが終わったらテスト。ぜんぶ覚えておくように」
釘を刺す声を背に、二人は勢いよく外へ飛び出していった。
エリオットは砂時計をひっくり返しながら、戻ってこない可能性を半分覚悟していた。
……が、午後の始業の鐘が鳴るころ、二人はちゃんと帰ってきた。
「よし、ではテストだ」
席を離して座らせ、薄青の試験用紙を二人の前へ置く。
「時間は二時間。ゆっくり考えて答えなさい」
前半は質問に答える筆記。
最後は――規約についての作文だ。
*
「小さな子どもには、少し厳しすぎると思います」
エリオットは、その日の前日、局長ジェロの執務室でそう進言していた。
ジェロは書類から目を上げ、静かに答える。
「甘やかした結果、罰を受けるのは彼らなんだ。
厳しくしてやるのが、愛情というものだ」
重く、しかし揺るぎない声音だった。
「……そうですか」
それ以上、エリオットは反論できなかった。
この人は、自分の知らない事情を数多く抱えている。
それを踏まえたうえでの処置なのだ――そう思うしかなかった。
*
テストを終えた二人に、エリオットは柔らかく微笑んだ。
「二人とも、よく頑張ったね」
そう言って、湯気の立つ紅茶と、小皿に並べたバタークッキーをそっと差し出す。
ふわりと甘い香りが、部屋に広がった。
「わーい!」
「エリオットさん、好き!」
二人は先ほどまでのどんよりした顔を一瞬で晴れやかにし、
カリッと音を立ててクッキーにかぶりついた。
*
それから、数日間、二人はエリオットの授業を毎日受けた。
初日の答案は、壊滅的だったが、5日目となると、それなりの答えが並ぶようになっていた。
ジェロが、二人を局長室へ呼び出した。
エリオットも付き添う。
「5日間、よく頑張ったな二人とも、規約についての理解は深まったかな?」
「はい!」
「はい!」二人は元気よく答えた。
先生をしていたエリオットが二人の総評を語った。
「初日のテスト結果は、燦燦たるものでしたが、だんだんと理解が深まって、二人の規約の理解、具体的なシチュエーションへの対応方法などの回答もすばらしいものとなっています」
「ふむ、そうか」ジェロは満足そうにエリオットの報告を聞いていた。
「君たちの処遇が決まったよ。下界の人間に直接的な干渉は認められなかったため、処分は無しということになった」
少し、不安そうな表情が残っていたチトとナツの顔がパーッと明るくなった。エリオットも、とてもうれしそうにしている。
「じゃが、油断は禁物じゃぞ二人とも。配達業務は甘い仕事ではない。ルール違反時の罰則も厳しい。気持ちを引き締めて任務にあたるように」
「はい!」
「はい!」
2人は、元気よく返事をした。
「ハロルが次の任務に行くときには、同行を許します」ジェロは、にこやかに二人に伝えた。
「やったー!」
「やったー!」
2人は飛び跳ねながら、郵便局を飛び出していった。
*
二人が局長室から飛び出していった後、静かになった部屋でエリオットが口を開いた。
「……正直なところ、ニールさんやハロルさんに同じテストを受けてもらって、同じような点数が取れるとは思えませんけど」
ジェロは目を細め、ゆっくりと首を振る。
「それを言うな。あの二人は天界でも有名な問題児だぞ」
手を後ろに組み、窓の外の空を見上げながら続けた。
「……あれでも、だいぶましになったんだ」




