ep1: 失われた写真
湿気を帯びた、ひんやりとした朝の空気の中。
高校生くらいの1人の少女が庭先に佇んでいた。
「おじいちゃん、また会いたい」
その少女ー舞は、ーそんな願いを胸に、東の空を見つめる。
──夜が明ける少し前、東の空に向かってお願いをすると願いが叶う。
そんな噂をどこかで聞いて、今こうして試しているのだ。
祖父が病院で静かに息を引き取ったのは、十日前のことだった。
まだ四十九日も明けていない。
“まだこの世にいるかもしれない”──そんな期待が、舞をここに立たせている。
けれど、いくら話しかけても、祖父の気配も匂いも感じられない。
都市伝説のような噂にすがるしか、もう手段がなかった。
まだ薄暗い庭先で、背後の空気がふっと動いた。
舞ははっとして振り返る。
そこに立っていたのは、金髪の長身の青年。
どう見ても見知らぬ他人、不審者にしか見えない。
けれど、なぜか不思議と怖くなかった。
──ああ、この人に、頼めばいいんだ。
直感のように、そう思った。
「……あの、天使さんですか?」
舞の問いかけに、青年──ハロルは少し驚いたように眉を上げた。
「いや、違うけど」
「亡くなった、おじいちゃんに会いたいんです!」
舞は、胸の奥から絞り出すように訴えた。
ハロルは、ゆっくりと右手を伸ばし、舞の右側を指さす。
「たぶん……そこにいるのが、君のおじいさんだと思うよ」
「えっ?」
舞はすぐさま振り返った。だが、何も見えない。
その瞬間、彼女の目から涙が溢れた。
声を上げて泣き崩れ、その場にしゃがみこんで、しばらくのあいだ泣き続けた。
ハロルは何も言わず、ただ静かにその様子を見つめていた。
「おじいちゃん……会いたいよぉ……」
繰り返し泣きながら、やがて、ふっと力が抜けたように立ち上がる。
まだしゃっくり混じりに肩を上下させながらも、舞は少しスッキリした顔をしていた。
「……ねえ、天使さん。おじいちゃんと一緒に撮った写真、スマホが壊れて消えちゃったの。直せたり、しない?」
そう言って、ポケットから取り出したスマホをハロルに差し出す。
だが、ハロルはそれを受け取らなかった。
「……俺は、手紙を届けるだけだよ」
その言い方はどこか素っ気なかったが、嘘ではなかった。
「えっ、そうなの? じゃあ……ちょっと待ってて!」
そう言い残して、舞はバタバタと家の中へと駆けていった。
庭に残されたのは、ハロルと、そして見えないはずのもうひとり。
祖父は、ハロルと向き合って立っていた。
(目の前にいるんだから直接話せばいいのに)
そう思ったが、舞には見えていない。仕方のないことだ。
そんなことを考えていたハロルに、祖父がぽつりと話しかけてきた。
「舞との写真は、桐のたんすの戸棚に入れてある……どうか、それを伝えてやってはもらえまいか?」
数十分後、舞は家から封筒を手に戻ってきた。
「おじいちゃんへ」と丁寧に書かれたその手紙を、金髪の青年に差し出す。
「これを……おじいちゃんに届けてください」
深く頭を下げながら、舞はそう言った。
ハロルは静かにうなずくと、封筒を受け取った。
そして、まるで思い出したかのようにこう告げる。
「君のおじいさんがね、桐のたんすの戸棚に、写真を入れてあるって。探してみたら?」
それだけ言い残して、ハロルの姿はふっと揺らぎ、風とともに消えていった。
金髪の青年がいた場所には、もう誰の影もなかった。
舞が差し出していた手元には、封筒の感触だけが残っていた。
*
その日の学校帰り、舞は祖父の家に立ち寄った。
居間にある桐のたんす──その戸棚をそっと開ける。
中から出てきたのは、古びた丸缶。
蓋を開けると、そこには赤ん坊の舞を膝に抱いた祖父の写真。
家族旅行の一枚、小学校の入学式の一枚……
舞の記憶には残っていない、けれど確かに存在した祖父との時間が、そこに詰まっていた。
舞はその中から、数枚の写真を選んで、ポケットにそっとしまう。
「データより、紙のほうがいいな」
澄みわたった薄い青の空には、
このあたりではあまり見かけない、大きな白い鳥が──
翼を広げて、ゆるやかな円を描きながら飛んでいた。




