ep18: 悪魔祓いの末路
ジョセフは、前領主であった父とは折り合いが悪かった。
生前は幾度も衝突し、顔を合わせれば口論になるほどだったが、父が他界してからは屋敷の空気が一変した。静かで、息のしやすい日々。
広い屋敷に残っているのは、代々仕えてくれる使用人たち──皆、年老いた顔ぶれだ。
その中でも最古参の執事、ピーターが、トレイにコーヒーを乗せて入ってきた。
「ピーター、父が行った東の塔の悪魔祓いについて覚えているかい?」
カップを手に取りながら、ジョセフは何気なく問いかけた。
一瞬、ピーターの眉がわずかに動いた。
「……はい、覚えております」
「どんな様子だった? 本当に悪魔は祓えたのか?」
「それが──神父さまはその場で倒れてしまい、御父上もそれから体調を崩されたのです」
カップを持つジョセフの手が止まった。
「……なんだって?」
「神父さまは病院へ運ばれ、御父上は四十度を超える高熱に一週間ほどうなされました。やっと回復されましたが、その後、東の塔への干渉や立ち入りは固く禁じられました」
ジョセフは息を呑む。当時は全寮制の学校にいたため、そんな出来事があったことなど露ほども知らなかったのだ。
*
ジョセフは車を走らせながら、今朝の会話を反芻していた。
「神父と父を襲ったのは、セイラなのか……それとも、別の存在か。本人に聞いてもいいものだろうか」
そんな思考が、潮風の匂いとともに胸の奥で渦を巻く。
やがて、港町を見下ろす小高い丘に建つ、中世の石造りの教会が視界に入った。
灰色の石壁は長い年月の風雨に耐え、塔の上の十字架が青空を背に沈黙している。
庭では、牧師のリチャードが手入れに没頭していた。
彼の前に立ったジョセフの手には、セイラから受け取った手紙と──これから送ろうとしている便箋が握られている。
「これを、読んでほしい」
差し出された封筒には、まだインクの香りが残っていた。
―――
親愛なるセイラへ
建物の修復に賛同してくれてありがとう。
工事の日取りが決まったら、改めて知らせるよ。
それとは別に、一つ提案がある。
今度の日曜、東の塔の最下層で小さな礼拝を開こうと思っている。
ハーバーライト教会の牧師、リチャードにも来てもらう予定だ。
もちろん強制ではないけれど、もしよければ君も参加してくれないか。
君がずっと守ってきた塔に、祈りの声を響かせたいと思っている。
君が賛同してくれるなら、きっと意味のある時間になるだろう。
返事を楽しみにしている。
ジョセフより
―――
「どうだろう? 東の塔へ出張礼拝、頼めるかな」ジョセフはリチャード牧師に問いかけた。
「もちろん。私もセイラと会って、話をしてみたい」
「実は、この手紙はハロルという青年が配達してくれていて……僕はセイラとは面識がないんだ」
「鳥の配達人かい? 君も会えたんだね」
リチャード牧師は、少し嬉しそうに目を細めた。
「君も会ったことがあるのか? 金髪の青年だった?」
「いや、私が会ったのは赤い髪の青年で、赤と青と黄色の羽を持つ鳥だったよ」
「……そうか。配達人は一人じゃないんだな」
ジョセフは小さく頷き、手元の封筒を見つめる。
「で、礼拝はいつにする? 彼女が異教徒で、怒りをかってしまったらどうする?」
「だから、彼女の返信を待ってから開催日を決めようと思っているんだ」
「それがいいかもしれないね」
リチャード牧師はわずかに口元を上げ、どこか遠いものを見るように視線を向けた。
*
ジョセフが帰宅すると──きれいに刈り込まれた庭園の中央に、金髪の青年が立っていた。
「ハロル、手紙をお願いするよ」
差し出した封筒を、ハロルは静かに受け取る。
「あっ、待って。君の知り合いに、赤と黄色と青の羽を持った配達人はいるかい?」
「ふふ……どうかな」
意味ありげに微笑むと、ハロルの姿は白い鳥へと変わった。
翼が陽光を反射し、一閃。
空高く舞い上がるその影を、ジョセフはしばらく目で追っていた。
やがて鳥は雲の向こうに消え、庭には風の音だけが残った。




