ep15: 風見鶏の塔
尖った屋根の塔がいくつもそびえる、古くも美しい石造りの建物。
長い年月を経た外壁は、ところどころ苔や蔦に覆われ、石は風雨に削られて鈍く光を返している。
その一角、東側の細い塔に、十歳ほどの少女セイラは暮らしていた。
彼女が立ち入りを許されているのは、この塔の内部だけ。
外へ出ることはなく、日々同じ階段を上り下りし、同じ部屋で眠り、同じ窓から外を眺める。
セイラの日課は、塔の最上階まで行き、そこから見える風見鶏を観察することだった。
屋根の上に取り付けられたそれは、はるか街の象徴でもあったが──もうずいぶんと前から錆びつき、同じ方向を指したまま、ただ風に揺れているだけになっていた。
それでもセイラは毎日、風向きと風の強さを記録する。紙に残した数字や矢印は、いつか誰かが必要とするかもしれない、そう信じて。
この日も、狭い最上階の部屋から梯子をのぼり、屋根の窓を開けた。
外の空気が頬を撫で、少し冷たい風が髪を揺らす。
ふと見上げた瞬間、空から影が差し込み、大きな白い鳥が舞い降りてきた。
「やぁ、君がセイラかい?」
思わず目を丸くしたセイラは、しばらく黙ったまま、言葉を話す鳥を見つめた。
「……そうだけど?」
久しぶりに誰かと声を交わしたが、意外にも言葉はすんなりと出た。
「手紙の集荷だ」白い鳥は短く告げた。
梯子を下りるセイラの後を追い、白い鳥も軽やかに天窓から中へ入る。
床に降り立ったその瞬間、白い羽が舞い、鳥の姿は金髪の青年へと変わった。
「あなたは天使なの?」
「ただの配達人だよ。君からの手紙を集荷に来たんだ」
「手紙って?」
「さぁ」
「あっ、風見鶏が壊れてしまっているの。困っていたんだけど、そのことかしら?」
「うん、まぁ、それでいいんじゃないかな」
そっけない返事に、セイラは少し首をかしげた。
けれど、こんな機会はめったにない。すぐに自室へ戻り、机に向かって便箋を広げた。
ペンを持つ手がわずかに震える。
それでも、丁寧に文字を綴る。
―――
領主さまへ
風見鶏が壊れていて困っています。
修理をお願いします。
セイラ
―――
書き上げた手紙を持って戻ると、青年は窓際に立って外を眺めていた。
「こんな手紙を送って、怒られたりしない?」
「怒られはしないさ。大丈夫だ」
短く言い切ると、青年はそのまま手紙を受け取り、再び白い鳥の姿へ変わった。
羽音が塔の壁をかすめ、真っ白な影が空へと飛び立っていった。
その姿を見送りながら、セイラはふと、帳面の記録に目をやった。
―――
Observed this 23rd day of May, Anno Domini 1625,
at six of the clock in the morning.
Wind: East-North-East (ENE)Force: Light
観測日:西暦1625年5月23日 午前六時
風向:東北東 風力:弱風
―――
彼女の最後の観測記録がそこにあった。




