ep9: 天井のない部屋
ジェロが初めてハロルと出会ったのは、この“天井のない部屋”だった。
どこまで続いているのか分からない空間の上の方から──ハロルは、まるで隕石のようにはるかかなた上空から落ちてきた。
その身にあったはずの金色の翼は、焼け焦げ、根元からちぎれていた。
「ドスン」
鈍い音が響いたのを聞いて、ジェロが部屋へ駆け込んできた。
「……これは、手ひどくやられたな」
そう呟いたジェロは、意識の無いハロルをそっと抱き上げ、そのまま寝室へと運んだ。
*
一週間以上、眠り続けたのち──
ようやく、ハロルのまぶたがゆっくりと開いた。
「やっと目を覚ましたね。気分はどうじゃ?」
そう言って部屋に入ってきたのは、白髪まじりの髪と丸眼鏡をかけた男。
手にはトレイを持ち、あたたかそうなスープの香りがふわりと漂った。
「スープは食べられるかい?」
そう言いながら、初老の男はトレイをハロルの膝の上に乗せた。
無言のまま、ハロルはスプーンを手に取り、ひとくち……もうひとくち……と、口に運んだ。
やがて、あっという間にスープボールは空になった。
男ははやさしく微笑む。
「さて。わしの名前はジェロという。ここの局長をしておる。君は、どこまで自分の状況を理解してるかな?」
ハロルは、ぽつりとつぶやいた。
「……翼が、ない」
「ふむ。しばらくは飛べんじゃろうな」
「……すごい光。白い炎に焼かれた。……たぶん、それで……」
「他に、なにか覚えておることは?」
「……分からない。頭がぼんやりしてて」
「名前は?」
少しだけ間を置いて、ハロルは答えた。
「……ハロル」
「そうか。では、ハロル」
ジェロは眼鏡を押し上げながら、どこかいたずらっぽく笑った。
「君にはこれから、“手紙の配達”の仕事をしてもらう。まあ、体が治ってからの話じゃがな。それまでは、局の雑用係じゃ」
ハロルは、ぼんやりとジェロの顔を見つめた。
やがて、理解したようで、こくりと頷いた。




