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夜に見放された物語  作者: 黒羽ユウ
【第一部 人ならざる彼は宵とともに】
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第1章 宵闇の逢瀬⑥


   * * *


 煌夜が作った朝飯を平らげて、宵闇は人里に下りていった。出掛ける前に何度も煌夜にまだ完全に回復したのか分からないだろうと止められたが、病人でもないのに寝たままでは退屈だ。宵闇は人間と関わるのが嫌いではなかった。それに人里には珍しいものが沢山ある。姿形は人と変わらぬ身、余程のことがなければ鬼だと気づかれることもない。実際のところ、人間と鬼、何が違うのか。現状彼が分かっているのは、人間に比べて傷の治りが早いのと、寿命が長いことくらいしかない。


 それでも十分違うといえば違うのだが人間と深く付き合わない限りは正体がばれることはないはずだ。とはいえ、左右で目の色が違うと奇異の目で見られて注目されてしまうので、金色の左目の方には包帯を巻いてある。


 どのみちあの村だけでは生活していけない。宵闇の同族たちは数が少ない上に様々な土地に住み着いている。一つの場所に集まった同族だけでは食料を作ったり、服を作ったり、家を維持し続けたりすることができない。仕方なく人里に下りて働き、食料やら服やら足りない分は調達している。


「心配性すぎるんだ、煌夜の奴は」


 宵闇が人里に下りるのもこれが初めてではない。まだこの土地に来てから日が浅い方だが、既に数十回も調達の役目を負ったことがある。日が浅いと言っても他の同族と比べたら、の話で、年数で言えば十年ほど経っている。


「今回は別に何か頼まれたわけじゃないから好きに散策するか」


 行くあてもなくうろついていると、最近日が長かったり短かったり何かおかしくないか、という声が幾つも聞こえる。人里でも村と同じで夜が来る回数が減っているようだ。つまり、謎の現象は村限定のものではなかったということ。ならば、鬼とこの現象は無関係と思って良いだろう。


「来ないで下さい!」


 甲高い女の声が響く。視線を向けると、淡い朱色の和服を着た少女が走っていた。その後ろから刀を持った男たちが追いかけてきている。明らかに少女が追われている状況にもかかわらず、周りは誰一人助けることなく、道の端に避けて巻き込まれないようにしている。人間は薄情な生き物だな、声には出さないが宵闇はそう感じた。彼が盗賊に襲われたときも誰も救いの手を差し伸べはしなかった。人間とはそういうものなのかと軽蔑の視線を向ける。だからといって、人間を助けてやる義理もない。同族なら迷わず飛び込んで助けるが。少女が宵闇の横を通り過ぎる際にほんの一瞬だが目が合った気がした。


「白昼堂々人攫いでもする気か!」


 気がつけばそう怒鳴りつけ、足元に落ちていた石を男たちに向かって投げつけていた。二つほど投げられた石はそれぞれ男たちの腹や腕にぶつかり、彼らは痛みで立ち止まる。宵闇の後ろで少女が驚いた顔をしている。


「人聞きの悪いことを言わないでくれないか。俺たちは」


 男たちの言葉を聞くことなく、宵闇は少女の腕を掴み走り出した。後ろで何か男たちが怒鳴りながら追いかけてくる音がする。宵闇は右へ左へと路地を駆け回り、神社に来る頃には追っ手を撒くことに成功していた。少女の手を離して石段に座る。疲れたわけではないが自分の行動に呆れて立っている気力すらなかった。厄介事は嫌いなのに自分から巻き込まれにいってどうする、愚かにも程があるだろうと宵闇は自分自身に突っ込む。最近迂闊な行為をしすぎではないかと自分を責めた。


「あの、助けて下さりありがとうございます」


 少女が深く頭を下げるのを宵闇はただ見つめていた。助ける気などなかったのに、気がついたらこうやって助けていた。見ず知らずの人間の少女を。


「私は日菜(ひな)と言います。本当にありがとうございます」


 満面の笑みを浮かべて礼を言う日菜。

 愛しい。この目の前の存在が愛おしい。

 宵闇は鼓動が早くなるのを感じた。人間の少女を綺麗だと思ったのはこれが初めてだ。一生そんな感情は湧き出てこないと思っていたのに。共にいられる時間があまりにも短い、置いていかれると分かった上で、好きになるなど宵闇には考えられない。

 何も言葉を発しない宵闇を不思議そうに日菜が見ている。思考に耽っていてはいけない。今は何かを言って此処から早く立ち去ろう。


「俺は……宵闇だ」


 少し迷ったが名だけで鬼なのか判断できないから、偽名を名乗る必要もない。ましてや宵闇はこの地で十年ほどしか暮らしていない、人の身でも十分暮らせる年月だ。例え名が知られていても問題ない。


「宵闇様」

「俺はもう行くから、気をつけて帰れよ」


 日菜に名を呼ばれただけで心が満たされる。このまま彼女と共にいてはいけない、そう悟った宵闇は別れの言葉を告げ、彼女に背を向けた。そして、彼女が何かを口にする前に宵闇は村の方へと走っていった。


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