第1章 宵闇の逢瀬①
茶色い地面に作られた一本の赤い道。今もなお作られ続けているその道を歩く者の名は 茶色い地面に作られた一本の赤い道。今もなお作られ続けているその道を歩く者の名は宵闇。彼の身体からダラダラと赤いモノが流れ続け、焦げ茶色の着物は赤く染まっていく。腰まで伸びた真っ直ぐな黒髪には所々赤いモノがこびりつき、前を見据える金色の双眸には未だ力強さが残っていた。
「宵闇!」
「……嗚呼……煌夜か……」
背後から聞こえた煌夜の声に振り返ることはなかった。身体から流れ出る赤い血は止まる気配はない。
煌夜は目の前の光景を受け入れられず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。幼馴染みであり、己の主でもある宵闇が死に向かっている。彼は強かったはず……そんなに簡単に死ぬような奴じゃない。煌夜が知る彼を思い返しては何度も心が叫ぶ。
「お前は……何処かに……行け。もう、俺は助からんだろう」
宵闇の身体から流れ出ているのは、赤い血だ。既にかなりの量の出血しており、助かる見込みなど欠片もない。宵闇は煌夜の方に視線を一切寄越さないまま、目の前にある森の中へと歩みを進める。
「あっ、待て、行くな」
煌夜は宵闇の肩に手を置き、離れていく彼を引き止める。彼が死ぬ、幼馴染みが死ぬ、主が死ぬ、そんなことがあって良いわけがない。しかし、立ち止まった宵闇が依然としてこちらを向くことはなかった。
「それが……お前の……最期の望みなんだな……」
目から涙が流しながら煌夜はそっと手を退ける。宵闇の最期の望みならば叶えなくてはいけないと拳を強く握り締めて、煌夜は徐に彼とは反対の方向へと身体を向け、走り去っていった。
「今まで……ありがとう、煌夜」
遠ざかっていく足音を耳にしてひっそりと呟いた。力強さがあった金色の双眸は翳り始めている。歩く度に傷が痛むが宵闇は足を止めることなく、ふらつきながらも一歩一歩ゆっくりと前に進んでいった。
木の葉が散らばる地面に赤い道ができていく。そろそろ足が限界だと思った瞬間に身体から力が抜ける。薄れていく意識の中で、最期に脳裏に浮かんだのは煌夜の姿だった。最期の最期まで思い浮かぶのはお前の姿なのかよ、と宵闇は小さく笑った。
* * *
遡ること数刻前──
宵闇は目的もなくただ歩いていた。空が赤く染まった夕暮れ時でも、この辺りはまだ人が賑わっている。突如、強い殺気を感じ、条件反射で後方に飛び退く。目の前に振り下ろされた銀色に輝く何かが刀だと気づくのに時間は掛からなかった。宵闇は腰に差してある刀を引き抜き構える。
「いきなり何のつもりだ」
怒りの籠った宵闇の声を境に道行く人たちから戸惑いとどよめきが起こる。殺気を感じ取れない彼らは危険を察知せず、ただの喧嘩だと思い、好奇心で足を止める者もいた。
「金を寄越せ」
「……盗賊か。よりにもよって、俺を狙うか」
真正面から振り下ろされる刃を押し返すと、金属音が響き渡る。戦う理由のない宵闇は逃げるために相手との距離を取った。此処でようやく人々が只事ではないと察して、我先にと散って行く。
これからどうこの場を切り抜けようかと思った瞬間、再び刃が襲いかかって来る。今度は横一文字に切り掛かられたが、咄嗟に後方に飛び退き難を凌いだと思った直後、身体に衝撃が走る。視線を後ろに向けると、血に濡れた刀を持つ男がいた。斬られはしたが、この程度なら致命傷ではない。そのまま宵闇は敵二人を相手取って勝つはずだった。しかし、現実は残酷なものだ。敵は二人ではなかった。