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悪魔カフェにて

 現実世界に上書きされた無人都市、その西側の地に、ぽつんと灯る明かりがあった。

 地上は静まり返ったままだが、地下へ降りるエスカレーターだけが、小さく温かな光を漏らしている。


 そこには悪魔が運営しているカフェがあった。

 エクスマキナの旧居住区を改装したものだ。

 マグナの趣味で作られた店で、厨房もウェイトレスも低級〜中級の悪魔たちが黙々と働いている。


 天井には規則的に並ぶ蛍光灯。

 無音の地下鉄路線図。


 タナトスは窓際の席で、フリードリンクのコーヒーを啜っていた。

 湯気の向こう、ぼんやりと漂うのは、いまだ胸にこびりつく重さ。


「……アグラト」

 タナトスはコーヒーの湯気をじっと見つめたまま、ふと名前を零した。

 その名を口にすると、胸の奥に沈んでいた記憶が鮮明に蘇る。

 喪失感はまだ心の底に重く沈んでいた。


「お兄さん、一人?」

 顔を上げると、トレイを持ったエプロン姿のマグナが立っていた。

 栗色の長髪を高く結い、色気のある黒ドレスに、白いエプロンが妙に似合う。


「……マグナか、何のコスプレだ」

「いやぁ、暇で。こういうの、一度やってみたかったんですよお」

 マグナは対面に腰を下ろし、悪魔特有の無邪気さと妖しさが混じった笑みを頬に浮かべる。

 深紅の瞳が、暗い店内に灯るように映えた。

「なんでお前が接客してるんだ……」

 タナトスは小さく嘆息する。

「制服が可愛いからでっす」

「そうか」

「なんか暗いですねぇ」

「……私は失ったんだ、パートナーを」

「知ってます。わたくしも同じですしぃ」

 マグナは、エスプレッソを自分で注いだ。


 しばし静寂。


 機械仕掛けのキッチンから、悪魔のウェイトレスがシロノワールを運んでくる。

 タナトスは手を伸ばしもせず、ただカップを見つめていた。

「まだアグラっちのこと引きずってるんですかあ?」

「お前こそ私の双子の弟、主であるヒュプノスを失ったんだぞ、もっと悲しめよ」

「そりゃあショックでしたけどー…」

 マグナはエスプレッソを飲む。

「ルシフェル様がお互い相方を失った同士で組めば、とおっしゃってましたのでぇ」

「お前と?」

「そうでーす」

「そんな簡単には切り替えできんな」

 訝るタナトス。

「タナトス様はぁ」

 マグナがふっと笑う。

「アグラっちのこと、死神らしく送ってあげました?」

「……まだだ」

「そうですかぁ…なら、今日くらいは人間の真似でもしときましょうか。泣くとか、怒るとか、後悔するとかー」

「……」

 タナトスは目を閉じた。

 胸の奥、ずっと形にならなかった痛みが、ようやく少しだけ表面に浮かんでくる。


「でですね」

 テーブルの上に、マグナは薄いデータパッドを置いた。

 そこには“北の覚醒人類都市”の地図と、“東南の無人都市”のシステム異常ログが並んでいる。

「次はどうします~? いつまでも、ここで止まってるわけにもいかないんでしょう?」

「……行くよ。歪みの中心を探す」

 タナトスはコーヒーを置き、ゆっくりと立ち上がる。

「わたくしも行きます」

「危険だぞ」

「知ってまぁす。でも、ヒュプノス様がいつも言ってました。“私を超えて進め”って。……あの人らしいでしょ?」

 そう言ってマグナも立ち上がる。

 タナトスは微かに笑った。

 マグナの足首まで垂れた艶のある髪がふんわりと揺れる。


 そして二人は、地上へ向かうエスカレーターへ歩き始める。

 マグナは登りのエスカレーターをしゃなりしゃなりと駆け上がった。

 見ないふりをするタナトス。


 無人都市の地上には、赤い光がうっすらと漂い始めていた。

 静かな休息からまた時は動き出す。


「この街もいつ上書きが来るか分からん」

「せっかく作ったカフェなのになぁー」

 マグナは本気で残念そうであった。

「あっ! でも地下だから大丈夫かな?」

「かもな」

 タナトスは黒装束、マグナは肌の露出が多い派手なデザインのドレスを着ていた。

「しかし扇情的な格好だな、お前は元天使であろう」

「今は堕天使です」

 そう答えるとマグナはその背中に生えた漆黒の羽根を撫でた。

「わたくしを愛したら感電しますよお」

「気をつけることにするよ」


 そうやってお互いの傷を癒しながら、二人は目的地のノースヘブンの街に向かった。


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