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赤い光

 森の深緑と都市の灰色が交錯する。

 奇怪な空間の中、赤い光の裂け目が線路上に開き、隊列は立ち止まった。

 風の匂いも音も、苔の湿り気も、日常と非日常の境界で無理やり混合されている。


「まさか……」

 パトラの声が、最悪の事態を予見して震える。

 かつてエルフの女王が座していた大木の根元は忽然と消え、代わりに無人駅のホームが森を押しのけるように現れていた。

 ベンチ、自動改札機、赤信号、など冷たく無機質なもので溢れている。


「女王ッ!!」

 マリアの叫びが森に吸い込まれる。返事はどこにもない。

 エルフたちの象徴である女王は、異界の歪み穴によって、この場から上書きされていた。

 その事実がようやく隊列に重くのしかかる。


 今回の目的であるエルフ軍との合流、そしてこの深い森を革命軍の新拠点とする計画は、あまりにもあっけなく崩れ去った。


 空気が波紋のように拡がり、エルフの影が霧散する。

 鳥の声も風の音も止まり、苔は黒ずみ、湿った森の匂いに鉄と油の冷たい匂いが混ざった。


「この赤い光は……異界の反響ね」

 パトラの目が細くなる。

「向こう側で消えた存在の通路……」


 光は、生物のように蠢きながら地形をなぞり、森と都市の境界をねじ曲げる。

 耳元には、戦場の叫び、笑い声が不規則に混ざり、錯綜して響く。


「消え……消えちゃったんですか!? エルフの女王さまが……!」

 少年兵士の声に、パトラは瞬時に隊列を見渡す。

「落ち着いて! 敵じゃない、ただ環境が狂っているだけ。死ぬのは警戒を怠った者だけよ」

 しかし、その言葉の直後、警告もなく赤い光から伸びた触手が森の地面を裂いた。


「危ない!」


 遅かった。

 パトラの声も間に合わず、触手は目の前の訓練兵の腰を絡め取り、一瞬でホームの縁へ引きずる。


「ぎゃあああっ!」

 兵士の身体は光に包まれると、縫い目から抜き取られるように消え、音もなくホームの内側へと吸い込まれた。


 生者の意識を引きずる幽霊の腕のごとく触手は蠢いており、味方の足元には、肉体ではなく、半透明の残滓だけがゆらりと漂っていた。

 まるで、吸い込まれる直前の影が地面に焼き付いたように。


「パトラちゃん……! 女王は……取り戻せるの……?」

 マリアは羽根を握りしめた。汗が凍りつく。

「わからない」

 パトラは低く呟いた。

「でも立ち止まったら全員引きずられる。進むしかないよ」

 パトラは号令し、隊列を整える。

「行くわよマリア、迷っている暇はない」

「う、うん……!」

 涙目のマリアは気丈に力強く頷き、隊列は再び進む。


 裂け目の奥、ホームと森が溶け合う異常空間。

 冷たい光と湿った森の匂いが混ざり、現実感を破壊する。


 その瞬間、マリアの胸に既視感が走った。

 線路の向こう側、ホームの端に、見覚えあるドワーフの男がヨタヨタ歩いていた。


「……ダニーさん?」

 ぼやけた輪郭。

 自決したはずのかつての開発者が、無音のまま歩いている。


「こんなところで……何を……」

 マリアが呟いた瞬間、ダニーの姿は霧が薄れるように消えた。

「い、今の人……」

 少年兵が震える声で問うが、誰も答えられなかった。


 パトラの表情が固まる。


(赤い光に引きずられた者の”写し”……あちらの世界から漏れてきている……)


 その直後、ダニーと同じ”写し”に触れてしまった少年兵が、光に包まれ、悲鳴と共に消えた。

 それでも隊列は息を合わせ、歪んだホームの奥へ進む。


 そして全員、無言で森の端へ抜ける。

 生き延びたぞ……そう信じた瞬間。


『ザザ……ザザ……

 ──システム同期、完了』


 乾いた電子音が、森全体、いや、この空間全域から鳴り響いた。

 緑の大地は無数の白線で区切られ、樹皮はガラス質に、枝はアンテナに変わる。根は配線となり、地面の下で何かが脈動し始めた。

 森そのものが、次々と上書きされていく。


「……うそ、だろ……」


 女王も、消えた仲間も、あの亡霊も…

 すべてを飲み込んだ歪んだホームは、

 ”現実世界の巨大な無人都市”として完全展開した。

 木々のざわめきが止まり、代わりにどこかで電車の発車ベルが鳴る。

 生き延びた革命軍は、ただ立ち尽くすしかなかった。


お読みいただきありがとうございました。

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