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現世侵出

 それは突然の出来事であった。

 革命軍のキャンプから、一番近い南の亜熱帯にある歪みの穴。不可解な現象はまずそこから端を発し、局所的に起こり始めた。

 これまで、空に映像や文字が浮かんでは消えていたものが、そのまま残るようになったのである。


 セーラは、その異常事態を一番最初に敏感に察知した。


「わたし、見てくる」

 マリアやパトラ、革命軍の仲間に断り、セーラは四枚の翼を羽ばたかせ現地へ向かった。



 そこにはビル郡、電柱、車、民家、ショッピングモールなどが立ち並び、

 草木が生い茂る自然の中の一部だけが、近未来的な街と化した不自然で奇妙な光景であった。

 住人の姿はどこにも見当たらず、足元のアスファルトが波打ち、街の景色を瞬間的に崩れさせる。


「これは……もしかして現実世界…?」

 セーラの声が震える。


 前方の交差点に、黒いスーツ姿の男が立っていた。

 眼鏡の奥で、無機質な瞳がセーラを観察している。


「……誰」

 セーラの胸が高鳴る。


 男はけたたましく笑った。笑い声が街に反響する。

 背後のビルが歪み、ガラスが粉状になって落ちた。

 男の周囲に、見えない力の濁流が現れる。

 歩くたびに都市を形作るデータが分解され、空中で蠢き、再構築される。

 まるで街そのものが、男の意志で動くかのようであった。


「やる気ってわけね……」

 セーラは深く息を吸い、周囲の風景を自分の感覚に取り込む。

 そしてビルの壁を蹴り、空中に飛び上がると、目の前の男に向かって光線を放った。

 が、男は微動だにせず、その攻撃を無効化した。


「効かない!?」


 男の指先で触れただけで、周囲の車や街灯が粉状になって漂う。街の空間はもはや物理的な制約を失い、戦場そのものが情報の砂場となった。


「ここは一体……貴方は何者なの!」

 セーラは必死に踏ん張る。


「ノーネームとでも」

 男の瞳が光を帯び、空間がさらに歪む。

 男が歩くたび、街の建物が微妙に溶け、瓦礫が中空に吹き上げられる。


「hey」

 男は、ぱちんと指を弾く。

 その瞬間、街の地面が裂け、歩道は液状に変わる。セーラの足が沈み、踏み込むたびに波紋が広がる。

 あらゆる攻撃は、男がまとう粉状のフィールドに吸い込まれ、反射もせず、ただ消えていく。


「っ……どうして、何も効かない!」

 セーラは翼を最大限に羽ばたかせ、空中に跳び上がる。

 男は微笑みすら見せず、都市を覆う霧を指先だけで操る。

 車が空中でねじれ、看板が粉々に砕け、粉塵となって空中で螺旋を描く。


「……街そのものを……武器に……?」

 セーラの眼前の空間が爆発的に変化していく。

 建物の壁が隆起し、ガラスが光の束となり、道路がうねる。

 街の景色が複数のレイヤーに分割され、上下左右がぐちゃぐちゃに入れ替わる。

 セーラは空中で姿勢を保とうと必死に羽をばたつかせた。


「……これならどう!」

 セーラは両手から光の魔法陣を展開、羽ばたきの衝撃と魔法の光を重ねて攻撃をしかける。


 しかし、光が男に触れた瞬間、波紋で街全体が振動し、セーラの視界は、粉塵に埋め尽くされた。

 交差点にあった建物が、まるで別の場所に瞬間移動したかのように変形し、信号機も消え、空には淡い光の帯がアーチを描いていた。


「……何よ…これ」

 セーラはふと、遠くの空にも小さな歪み穴の断片が光り、消えずに浮かんでいることに気づく。


「なかなか動けるな、大したものだ」

 ノーネームと名乗った男の声が響く。

 冷徹だが、どこか楽しんでいるようでもある。



「誰だか知らないけど、放っておくわけにはいかないようね」

 セーラは深く息を吸い、羽を広げた。

 攻撃がことごとく無効化され、彼女は焦っていた。


「黒い翼には慣れたか? ミシェル」 

 男がそう言った瞬間、

 セーラの認識するこの街全体が真っ黒なOSエラー画面のように変わり、白いカーソルが点滅するだけになった。


「えっ…何が起こったの!? それにその名前──」

 セーラの声は上ずり、視界は真っ黒な空間に支配された。

 赤い光が彼女の視界を切り裂き、過去の戦闘、箱庭での悲劇をフラッシュバックさせる。

 ミシェルとルーテの声が断片的に響く。

 まるで世界が彼女の脳裏に入り込み、心を試すかのようであった。


 そして、黒い翼の一枚が光を帯び、街の一部に裂け目を作る。

 粉状になったビル、ねじれた道路、空中に漂う看板……すべてが、翼の力によってセーラの感覚で操作できるようになった。


「…なるほど」

 くぐもった声が響き、男は何度か頷くとあっさり姿を消した。興味を失って切断するかのように。

 濁った光の束がゆっくりと収束していく。

 OSエラーの黒画面は残ったまま、白いカーソルだけが点滅し、静寂が広がる。


「何だったの……」

 セーラは重く羽を降ろし、全身の力を振り絞るように深呼吸した。

 南の局地における狂気の戦いは、一旦の幕引きを迎えた。しかしその痕跡は、セーラの心にも、世界にも確実に刻まれた。


お読みいただきありがとうございました。

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