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食いしんぼ大公妃はいよいよ食事改善に着手する

 翌朝きちんと時間通りにやってきたロリアンはマリーズの部屋を見てきょろきょろしている。

「おはよう。ロリアン。来てくれてありがとう。まずは昨日のうちにロリアンの部屋が準備されたからメグに案内してもらって荷物を置いてきて。食堂とか簡単な説明も受けてくるといいわ」

「はい。マリーズ様」

 緊張しているのが伝わって来るが緊張してこそ成長がある。

 メグに連れられてロリアンが出て行くとしばらくしてフレデリックが女性を二人連れて部屋にやってきた。

「マリーズ様。今すれ違ったのですが、侍女見習いとはロリアンのことでしょうか?」

「ロリアンを知っているの?」

「ええ。前大公妃殿下がよく色んな場所に慰問に行かれておりまして、その內大公城から一番近いロリアンのいた聖堂には私も何度かお供をさせていただいたので知っております」

「良い子でしょ?昨日その聖堂に慰問に行って話をしてて、仕事をそろそろ探したいって言うから、だったら私のところで働きなさいって誘ったの」

「マリーズ様。ありがとうございます。前大公妃殿下もロリアンの事は気にしておりまして。大公城から別荘に移る時も、最後まで私にたまに様子を見に行くようにおっしゃってたんです。真面目で良い子だから変な男に騙されないか心配だとかおっしゃってたんですよ」

「そうなのね。ふふ、とりあえず大公妃の侍女に変な男が近づけないようにしないと。でもしっかりした紳士がついているから大丈夫よ。

 でもフレデリックが知っているなら仮採用期間を飛ばして今日から本採用でいいわよね?」

「さようでございますね。あの聖堂は聖官長も人徳者ですし」

「聖官長とフレデリックって話が合いそうね」

 マリーズが笑うとフレデリックも嬉しそうにほほ笑んだ。

「ところでマリーズ様。こちらが大公城の制服を担当している店の者です」

「初めまして大公妃殿下。カリッソ洋品店のアクアでございます。ご用命の品をお持ち致しました」

 そう言って付き人に手伝わせ5着の侍女服を並べ、更にカタログも渡してくれた。

 カレンと一緒に並べられた侍女服を眺める。5着とも甲乙付けがたい。

「これは迷うわね。本人に選ばせましょう」

「マリーズ様。私はロリアンはこれを選ぶと思います」

 カレンが自信たっぷりに言う。

「あらどうして?どれも良いじゃない」

「見ててください。絶対これですから」

 しばらくするとメグとロリアンが戻ってきた。

 ロリアンにこの中から侍女見習い中に着る服を選ぶように言うと目を輝かせて1着ずつ見始めた。

 すると、

「これか良いです」

「私の言った通りでしたでしょ?」

「本当だわ。どうしてわかったの?」

 ロリアンがきょとんとしている。

「マリーズ様は侍女服を見る時どのあたりを重視されますか?」

「そうねえ、動きやすさもありながら清潔感と清楚さを見るかな。他のお邸に行ってもこれはここの主の趣味なのか、本人たちに選ばせているのかどちらかな?って思うわね。動きにくそうで豪華さ重視のを着ている侍女を見たら大変そうだなあとか」

「そうなんです。私たちは仕事内容を知っていますから、動きやすさを一番に重視します。けれど、初めてこういった服を見たら、それはもう、乙女は可愛いの選んじゃうよね!ロリアン!」

 ロリアンが真っ赤な顔をしてオロオロしている。その手には白い襟にレースが縫われ、折り返した袖口も同じようになっている。

 スカート部分はひだがたくさんあるフレアスカートでロリアンが着ればちょうど膝下くらいだろう。

 付属のエプロンも肩にリボンが付いていて、確かに実に可愛い。ロリアンに似合いそうだ。

「す、すみません。違うのにします」

 ロリアンが慌てて違うのを選ぼうとするのをマリーズは止めた。

「これにしましょう。気に入ったものを着た方が気合が入って張り切って仕事ができるでしょ?

 そのうち背が伸びればまた買い替えるし、その時はまた違うのが良いと思えばそれにしたらいいのよ。

 ロリアン。それに着替えてきて。靴も渡してあげてくれる?」

 マリーズがアクアに頼むと、持ってきた靴の中からロリアンに履かせてサイズの合ったものを渡していた。

 恐縮しながらも真新しい侍女服と靴とタイツを持ってロリアンは一旦部屋に下がっていった。

「あれと同じものをあと4着いえ、3着後から届けてね。すぐ背が伸びちゃうかもだしね。さあ、メグとカレンはカタログの中から好きなのを選んで」

 二人はマリーズを挟んでソファーに座るとページをめくり始めた。

「何で私を挟むのよ」

「マリーズ様も一緒にご覧になってください」

「そうです。私たちだって可愛いの選んじゃうかもですし。その時は止めてください」

 絶対選ばないだろうにカレンが楽しそうに言ってくる。仕方ないなあと思いながらマリーズは一緒にカタログを見た。

 これがいいかしら、いやこれでしょ、こっちもいいわね、いやいやこれも捨てがたい。

 などと3人で言っていて中々決まらない。そのうち生地見本を見だして、先に生地を選んでしまった。

 そしてようやく決め終わり、アクアとフレデリックが退出した後ロリアンが戻ってきた。

「カワイイ!似合うわね!」

 マリーズが声をかけると恥ずかしそうにロリアンがもじもじしている。

「そうですねえ。恐ろしい程似合ってますね。これは危険です」

「本当に。狙われちゃいそうです。どうしますか?」

「大丈夫あなたたちが護身術も指導すれば良いのよ。さあ、3人並んで」

 マリーズの言葉にメグ、カレン、ロリアンの順で並ぶ。

「今日からは3人体制で私の侍女をしてもらうことになります。筆頭侍女はメグとカレン。両輪で私を支えて欲しい。

 ロリアンは二人から習い、そして見て侍女の仕事を覚え、1日でも早く私に見習いの文字が取れたと言わせなさい。では頑張りましょう!」

「「「はい!」」」

 元気な返事が返ってきた。

 頼もしい2人に可愛い1人が加わり中々楽しい顔ぶれになったなと思って見ていると、ロリアンが横のカレンの髪を見ていることに気付いた。そこには昨日マリーズが贈ったコームがつけられている。もちろんメグにも。

「これを見ているの?」

 カレンが頭を指差す。

「はい。とても綺麗で似合ってるなって」

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。これは筆頭侍女の証なの。ロリアンはまだまだね」

 それを聞きマリーズは立ち上がると、クローゼットの中から昔使っていたヘアピンを持ってきた。

 細いながらもしっかりとした細工で作られていて、金の留め具の先に小さなダイヤが付いている。それをロリアンの髪に留めてあげた。

「私のお古だけど、ロリアンはこれをつけるといいわ」

「良いんですか?」

「もちろんよ。本人が持ってきて良いっていってるんだから。似合ってるわ」

 マリーズがロリアンの頭を撫でるとロリアンは真っ赤になった。

「ありがとうございます!」

 はじけるような笑顔で言うロリアンはマリーズの心も明るくしてくれる。

「これに見合うようしっかり今から教育します」

 しばらく見ていたメグがそう言ってロリアンを連れて行った。マリーズはカレンに目をやる。

「昨日メグと相談をしたんです。今日はみっちりメグがロリアンの姿勢と言葉使いを直させます。

 ええもうみっちりとです。大公妃の侍女になるんですから生半可な育て方はできませんからね。

 で、私はマリーズ様のお側に仕えます」

「早いわね。私もどちらかにそこから始めてもらおうと思ってたの。さすがね」

「今日はどうなさいますか?」

「そうねえ。ゆっくりするわ、と言いたいところなんだけど、ロリアンの普段着とマクギーの服を買いに行きましょう。マクギーはまだ料理人の制服は早いから、清潔な白いシャツで揃えたいのよ。

 マクギーを連れて行くと色々言うだろうからこっそり準備しましょ。

 既製品なら大体のサイズはわかるでしょうし。普段着も一緒に買うわ。

 2人とも新しい下着類も欲しいわ。考え出すと忙しくなってきたわね」

「良いですね!お買い物楽しみです」

「今日はお忍びにするわ」

「はい。では準備をしましょう」

 カレンはクローゼットに行くとサッとワンピースを取り出してマリーズの支度を進めていく。髪はハーフアップにし、靴は踵の低いものを選んでくれた。

 それにマリーズは小さな鞄を持つ。二人への贈り物だからマリーズのお金を使うのだ。

 カレンもサッと着替えて来ると二人は馬車に乗り城下へと向かった。

 

 二人であれこれ言いながら洋品店で服を選んでいく。特にロリアンの服を選ぶのは楽しかった。 

 そんな二人の姿を店員たちが訝しげに見ていた。見慣れない顔の二人が自分の服ではないものを必死に選んでいるのだ。

 だがあまりにも楽しそうで、そのうち微笑ましく見守るようになっていた。


 二人がこの前の食堂で昼食を食べ部屋に戻るとまだメグたちはいなかった。相当厳しく指導されているのだろう。

 マリーズはカレンにお茶を淹れてもらい昨日買ってきたユーリの店の焼き菓子を食べていた。

「本当においしいわ。特にこのドライフルーツのパウンドケーキ。一本食べられそう」

「マリーズ様なら軽くできそうなんで一本で注文しておきますか?」

「そうねえ。どうせなら2本にしようかしら」

 などと話しているとノックの音がしメグがロリアンを連れて入ってきた。

「マリーズ様お帰りなさいませ」

 きっちり30度のお辞儀でロリアンが挨拶した。立った時の背筋もピンと伸びていて1日でここまで成長したようだが、顔に疲労の色が見えている。

「ただいま、メグ、ロリアン。ロリアンにお土産があるの。お休みの日に着てね」

 マリーズからカレンが受け取りそれをロリアンへ渡す。

「ありがとうございます」

 またきっちり30度。よし。

「さて、実践で覚えることもあるだろうから、カレンにお茶の淹れ方を教えてもらって淹れてみて」

「え!もうですか?」

「そうよ。ロリアンは早く侍女になりたいでしょ?メグとカレンは優秀な先生だから大丈夫よ。

 何回淹れても良いから、これならってのが淹れられたら持ってきてね」

「はい!」

 カレンはロリアンを連れて厨房に行ったようだ。

「メグ。フレデリックに確認してマクギーの部屋にこれをしまってきてくれる?」

「お一人にするわけにはまいりません。カレンが戻ったら参ります」

「ちょっとの時間よ。大丈夫。お願い」

「仕方ないですねえ。すぐ戻りますから」

 メグが出て行くと部屋は静寂に包まれた。

 いよいよ明日から忙しくなる。

 1か月毎食作るのだ。子どもたちの体力が持つか。自分も料理担当になりたいという人が出てくるか。それが一番の難題だが、きっと出てくると信じている。

 マリーズは焼き菓子を食べながらどんなお茶が出てくるのか楽しみに待った。

 しかしお茶は中々来ず、カレンより先に戻ったメグに淹れてもらって、マリーズのお腹が焼き菓子とお茶で満たされた頃に漸くロリアンの淹れたお茶が出された。

 カレンの指導のおかげでとりあえずの合格を告げ、ロリアンがほっとした顔をしたのを見て、このお茶よりロリアンの方に癒されるわとマリーズは思った。


 翌日、時間通りにマクギーがやってきた。しかもフレデリックに連れられて。

「マリーズ様。マクギーを料理人見習いになさるおつもりですか?」

「ええ。孤児院でも作っていたっていうし、本人も料理人になりたいって言ってたから」

「それは私としましてはロリアンと同じで嬉しいことなのですが、大丈夫でしょうか?

 かなりの人数の料理を作ることになりますから体力も必要になってきます」

「それを補ってくれる人が出てくれるのを待つわ。

 マクギー、これを」

 マリーズが王都から持ってきたジョフロワ公爵家の料理人が書いてくれたレシピ集だ。

 どの食材をどのように調理するのか。どれとどれが食べ合わせが良いのか。絵付きで様々なことが事細かに書かれている。

「まだその中に書かれているもので揃っていないものもあるんだけど、今から部屋に案内してもらってそれを見ておいて。今夜から準備に入って、明日の朝から本格的に始動するわよ。

 数日は今ある食材で作れるものを作りましょう。今夜厨房が片付いたら見に行ってメニューを考えましょうね。

 あと、当面はマクギーを中心に私とメグとカレンとロリアンで作るから。

 ちょっと大変だと思うけどこれを乗り越えればきっといいことがあるわ」

「マクギーきょろきょろこっち見ないでマリーズ様を見なさい」

 カレンが注意する。カレンの横に立っているロリアンが気になるのだろう。微笑ましい。

「それから、部屋に普段着と、料理をする時に着る服を入れておいたわ。

 どっちがどっちかはすぐわかるだろうから敢えて言わないけど、きちんと料理人になったなあと思ったら料理人専用の服を贈るわ」

「はい。わかりました。ありがとうございます。あの、できれば紙とペンをいただけますか?」

「良いわよ。メグ、私のを渡してあげて」

「いいえ、私が準備します。部屋にも案内しますし」

 フレデリックが割って入ってきた。

「そう?じゃあお願いね」

 では解散と、マクギーはフレデリックに連れられて部屋を出て行った。

「さあ、私たちはそろそろ厨房に挨拶に行きましょう。先にフレデリックに伝えてもらってあるけど、不満に思っている人もいるかもしれない。

 でもここは譲れないわ。さあ行きましょう!」

 マリーズは3人を連れて厨房へと向かった。


 厨房の中は昼の支度で忙しそうだ。マリーズは入口に立つと声をかけた。

「こんにちは。マリーズです。皆さんも既に聞いているかと思うけど、明日から1か月、皆さんには食事作りをお休みしていただきます。

 その代わり私たちが作ります。皆さんの本業は兵士だと聞いています。私は皆さんには本業に専念してもらって、ここにはちゃんと料理専門の人を置きたいと考えています」

 うろんげに見ていた一人が口を開いた。

「ご令嬢は、おっと失礼、大公妃様は俺らが作る料理がまずくてこんなことを始めるんですか?」

「いいえ、皆さんの料理は美味しかったです。でも、はっきり言いますが、バランスが良くないのと、同じような料理に偏っていて、体に良くありません。

 特に皆さんは体が資本のお仕事をされているので、美味しさも必要ですが、バランスも必要です。

 それから、毎食同じような食事だと食べることが苦痛に感じませんか?」

 マリーズが言うと心当たりがあるのか沈黙が流れた。

「美味しい食事を楽しみながら食べる。私はそんな食事を皆さんにしてもらいたいです」

「でもラファエル様がいざという時の練習も兼ねていると」

「練習は練習日を別に設ければいいのです。毎日誰かが練習として三食作る必要はないと私は思います」

「ラファエル様の許可はお取りなんですか?」

 一人が困った様に聞いてくる。

「いいえ。私の独断です。でもラファエル様からは好きなようにして良いと言われているので、皆さんの食事環境の改善を優先事項として行っていこうと思います。

 まだ人数が足りなくて、料理人見習い一人と私や私の侍女が作ります。

 食堂に張り紙をしますが、兵士の方でも、メイドの方でも、料理人に転向しても良いという方がいらしたら、料理担当として正式に異動していただきます。

 もちろん誰もいなければ外から探してくることになりますが、できれば、食に関する大切なことなので信頼のおける人に任せたいのです。

 ですから現在大公城で勤務されている方からなり手が出てきて欲しいです。

 では明日からよろしくお願いします」

 マリーズは頭を下げた。そのことに中の兵士や雑用をしていたメイドたちが騒めいた。

 まさか大公妃、しかも我儘公爵令嬢と噂されるマリーズが使用人に頭を下げるとは思わなかったのだろう。

「わかりましたよ。明日から楽しみにしてますよ、大公妃殿下」

 一人が言うと皆が頷き作業を再開した。

 マリーズの第一段階突破である。

 後は実際に作って美味しいと思わせて、中からなりたい人が出てくるのを祈るだけ。

 マリーズは一旦部屋に戻った。

 マリーズの前を歩くメグ。マリーズの後ろを歩くカレンといつの間にか増えていたロリアン。

 この4人連れが城内を歩くと誰もが振り返る。

 それはもちろん大公妃マリーズがいるのもあるが、全員がそれぞれの美を放っているからである。

 我儘公爵令嬢などと噂されていたが、マリーズが我儘を言っている姿を誰も見たことがない。

 お金も必要最低限しか使わず誰にでも明るく挨拶し、侍女を大切にしている姿を見るばかりだ。

 メイドたちも何かにつけて怒られると勝手に思っていたが、感謝の言葉は言われても怒られたという人間はおらず、どうせすぐに料理に文句をつけてくると思っていた兵士たちは、一度も何も言われず、全て綺麗に食べられ下げられてくる皿に驚いていた。

 その為、いつの間にか我儘公爵令嬢と噂をする人間は城内ではほとんどいなくなっていた。

 これから始まるマリーズたちの料理も本当は楽しみにしているのだ。この2年、誰もが食事に飽き飽きしていたのだから。

 ただで食べられるというだけで食べていただけなのだ。食費が浮くと。

 でもそれが美味しいものになるなら、こんな嬉しいことはない。明日からの食事を実は誰もが黙って期待していた。


 夜9時。マリーズの部屋に集まった侍女二人、侍女見習い一人、料理人見習い一人はそれぞれがそれぞれの思いを胸に抱いていた。

 メグは息子にもっと美味しくてバランスの取れた食事をさせたい。

 カレンは料理も得意な大公妃の侍女として素敵な男性を掴まえたい。

 ロリアンはとにかく何でも良いからマリーズの役に立ちたい。

 マクギーは料理人のスタートに立ったのだ。誰よりも決意は固い。

「マクギー、手に持っているのは何?」

 マクギーがしわしわになった紙を手にしているのだ。

「これはマリーズ様からお借りしたレシピ集を書き写したものです。汚すかもしれない厨房には持って行けませんから。それに書いたら記憶に残りやすい頭なんです」

「え!あれ全部今日だけで書き写したの?」

「はい。時間はたっぷりありましたし。でもここは確かに、昼も夜も同じような食事でしたね。

 僕たちがいた孤児院より酷いです。改善したくなって当然ですね」

 意外と辛辣である。

「そ、そうね。頼もしいわ。では厨房へ行きましょう」

 クローゼットにしまってあった調味料や調理器具を持って、マリーズ一行はいざ厨房へと向かったのであった。


 厨房には既に誰もいなかった。お世辞にも綺麗に片付いているとは言えない。まずはここから着手しないとならないようだ。

 でもその前にとマリーズは全員に指示を出すべく向き直った。

「さて今から私たちの任務開始です。それぞれ慣れない仕事で大変だと思うけど一緒に頑張りましょう」

 マリーズの言葉に全員が「はい!」と挙手をして応えた。

「マクギーとメグと私は食料保管庫を見てきましょう。カレンとロリアンは厨房をもう少し片づけておいて」

 マリーズたちはランプを手にすると厨房の奥の扉を開けた。

 そこは大公城の最奥部で扉を開けた目の前には小さな山がある。人工的に作られたものだ。

 石造りの入口には扉がされており、厨房に置いてあった鍵で扉を開けた。

 中に入るとひんやりとしていて、短い通路のあと、少し開けた場所に出た。丸い空間をしておりそこには野菜類や果物類が保管されていた。

 艶やかに輝く果物たちにマリーズの喉が鳴るが今は食べる時間ではないと我慢する。かなり色々な種類の食材が揃っているようだ。

 更に奥へと続く通路を行くとぐっと寒さが増し防寒具を着てくれば良かったと思うほどだ。そして辿り着いた場所には肉や卵、牛乳やチーズといったものが保管されていた。

「さ、寒いわね。いくら人工的に作られた保管庫といってもさすが高原地帯」

 寒さのあまりマリーズは肩を撫でた。

「明日の朝のメニューはどうしようかしら?」

「僕がレシピ集から選んだものを作っても良いですか?」

 マクギーが目を輝かせて食材の山を見ている。

「任せるわよ。今夜のうちに仕込みがあるなら一緒にやりましょう」

「ありがとうございます」

 マクギーがそう言って、食材を選び始め、保管庫にあった台車に次々乗せている。野菜の葉物なども乗せていて何ができるか楽しみだ。

 一通り選ぶとマクギーが台車を押して歩き始めた。マリーズたちは後を付いて行くのみだ。

 そして外に出て鍵をかけると厨房へと戻った。

 厨房の中は粗方片付けが終わっていた。元々メイドが掃除していた為に汚れていたわけではないが料理道具や食器が乱雑に並んでいたのを整えてもらったのだ。

「じゃあ、まず葉物の野菜を洗ってザクザクと切っておいてください。赤カブは酢漬けにするので薄切りに」

 マクギーが指示した通り、葉物の野菜を綺麗に洗うとメグとロリアンがザクザクと切り始めた。カレンとマリーズは大量の赤かぶを薄切りにしていく。

 マクギーは酢漬けの漬け汁を作っているようだ。見る限り意外と手際が良い。

 漬け汁が作り終わり冷ましている間に、マクギーは大鍋二つに水を入れ始めた。そこに葉物野菜を入れていく。全て入れ終わると竈門に火を付け煮込み始めた。

 次はパンを仕込むようだ。全員でパン生地を作っていく。マクギーだけ違う生地を作っているようだ。

「マクギーのはどんなパンになるの?」

 マリーズが聞いてみると額の汗を手首で拭きながらマクギーが答えた。

「皆さんのは半分はそのまま焼いて残りの半分にはバジルを混ぜて焼きます。僕のは明日の昼に使うパンです。少し柔らかめのパンですよ」

 五人で楽しく話しながら仕込みが進んでいく。一番動いているはずのマクギーだがこれからの期待に満ちた顔をしている。

 そして仕込みが終わると片付けをしそれぞれの部屋へと戻った。

 二時間もいなかったが慣れないことをしたので疲れ切ったマリーズはぐっすりと夢も見ずに眠った。


 早朝5時に起こしに来たメグたちとともに厨房へと向かう。いよいよ料理人デビューだ。大公城の人たちが喜んでくれればいいのだが。

 厨房に行くとマクギーが既にパンを焼き始めていた。

「さあ、私たちも頑張るわよ」

 マリーズは気合を入れた。

 竈門には昨日端物野菜で出汁を取ったスープが火にかけられている。

 丁寧に濾したので久しぶりに見る透き通ったスープだ。それにロリアンが細切りにした人参とキャベツを加えている。

 マクギーに指示されるがままマリーズたちは動き、盛りつけた皿を厨房と繋がっている使用人用の食堂に並べ始めた。大きな皿と小さな皿。スープ用のカップにカトラリー。次々と並べている間に使用人たちがやってきた。

 そこにはいつもと異なる景色が広がり目を見開いている。

 今朝のメニューはプレーンのカンパーニュとバジル風味のカンパーニュ。もちろん焦げたものはない。

 赤かぶの酢漬けとフレッシュサラダ。サラダにかけるドレッシングは3種類。

 ベーコンをカリカリに焼いたものと卵料理。この卵料理が成功するかがマクギーにかかっていた。

 それはマリーズが公爵家で料理長によく作ってもらっていたもので、フライパンに溶き卵を入れ薄くのばすと細切りにしたチーズとハムをぱらつかせくるっと巻いていく。それの繰り返しをしてふっくら大きな卵のドームができるのだ。それを取りやすい大きさに切って並べて完成なのだが、見事マクギーは作ってみせた。

 そしてその卵ドームに茹でトマトの瓶詰と玉ねぎのみじん切りを混ぜ合わせて味付けをしたソースをかける。

 他にもチーズと果物が数種類並び、もちろん全て取り放題だ。チーズの中には蜂蜜をかけて食べるとより美味しいものがあり、そう記して蜂蜜を置いておいた。

 ポンガを絞って作った果実水もあり、朝としてはこれくらいのメニューがちょうど良い。

 一気に作れないのと順番にやってくる使用人たちに合わせながらマクギーは卵ドームを焼き続け、ロリアンはスープが煮立たないように気を付ける火の番だ。

 メグとカレンは皿を下げたり料理を入れ替えたりパンを切ったりし、なんとマリーズはずっと皿を洗っていた。マリーズが食堂に姿を出すと気を遣わせるだろうと判断したのだ。

 思った以上の早さで料理がなくなっていくので、マリーズが皿や調理器具を洗う手を止めてサラダを作ったり、卵ドームの盛り付けもした。

 マクギーも卵ドームを作るかドレッシングを作るかで休みもせず動き、赤かぶの酢漬けは後半にはもうなくなっていた。

 最後の一人が出て行く頃には食堂にはほとんど何も残っていなかった。そして美味しかったと皿を下げたりしているメグたちに言ってくれる人がたくさんいたようで二人は喜んでいた。

「さあ、みんなお疲れ様。何とか朝は乗り切ったわね。酢漬けが食べられなくて残念だけど、私たちも食べましょう」

 マリーズが言うと食堂にわずかに残っていたものと、自分たち用に作っていたものをマクギーが並べ、全員揃って食べ始めた。

「ああ、このドレッシング懐かしい。美味しいわ。マクギー才能あるんじゃない?」

「そんなことないです。必死でレシピ集を見ながら分量を量って作りましたよ。バジルのパンも僕は食べたことなかったので心配だったんですが、調味料の中にあったので使ってみたいなと思って作ったんですが、なくなっているところを見ると気に入ってもらえたようですね」

 うん美味しいとマクギーが自分で食べて唸っている。

「どれも美味しいわよ。朝食を食べながら言うのもなんだけど昼食はどうする?」

 マリーズが聞く。

「マリーズ様の大好きなものを作ります」

「私が大好きなもの?」

「お茶会やお昼によく召し上がってらしたと書いてありました」

 自信あり気にマクギーがいう。あのレシピ集にはマリーズの特に好きなものにそう書かれていたのか。マリーズは改めて料理長に感謝した。

「ということは、サンドイッチね!」

「正解です。いろんな食材を挟んで作ろうかと」

「やだあ、もう今から楽しみ~」

 マリーズの心はもう昼食だ。食べることが大好きなマリーズは昼はほとんどサンドイッチを片手に食堂で勉強をしていた。料理長は飽きがこないようにと色々な具材を考えてくれ、バランスが取れている上、満足感がある美味しいサンドイッチを皿にいっぱい作ってくれたものだ。

 マリーズはそのことを思い出しながらバジルのパンとサラダを食べていく。スープはもう3杯目だ。

「マリーズ様って、その、たくさん召し上がるんですね。そのお体で」

 遠慮がちにロリアンがいう。

「うん、そうなの。だから実はここで出される食事じゃ物足りなくて。こうしてたくさん食べられて嬉しいわ」

「そんなに食べてその体形だなんて羨ましすぎます!」

 ロリアンが拗ねている。たくさん食べたい年ごろだが体形も気になる年ごろでもある。

「たくさん動けばいいんだからお腹一杯食べなさい。ロリアンも今日は頑張らないといけないんだから」

 マリーズが言うとロリアンはそっとバジルのパンを手に取り切ってある卵ドームを挟んで食べ始めた。

 その食べ方があったか!マリーズが慌てて真似して作っている姿に厨房は笑い声で満ち溢れた。


 こうしてマリーズの食事改善が始まり、初日から三食大好評だったのはいうまでもない。

 だが、サンドイッチが好評過ぎて、思った以上に食べられてしまい、マリーズは他の皆んなと同じ量しか食べられなくて涙した。

 マクギーがまた数日後に作りますからと慰めてくれ、代わりに果物をたくさん切ってくれたのをマリーズは全て食べきった。

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― 新着の感想 ―
他の料理ができてなくても、デザートの果物が美味しいって最高ですね…!! 生の美味しい果物ってよほどの技術がないと運べないですもんね。日本でも果物を多種類食べられるようになったのって平成になってだいぶた…
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