食いしんぼ大公妃は初めての視察という名目の買い物に行く
マリーズはいつも通り朝の支度をすると、少しだけ良質なワンピースを着た。メグが言った通り、今までの様にお忍びではなく、大公妃マリーズとして視察という名目で出掛けるのだ。
フレデリックが結婚式翌日の挨拶に来たが、それには無難に答えておいた。
おめでとうございます、などと言われても、何もめでたいことがないことを知っているはずだから。
『ええ、ありがとう』で充分頑張ったと思う。
「朝食後出かけるわ。メグとカレンとクロードを連れて。護衛と馬車の準備をお願いね」
「かしこまりました。いつも通りゴードンをつけます。馬車は家紋をつけますか?」
「ええ。正式に城下に視察に行こうかと思って。さすが察しが良いわね」
「いえいえ、いつもの町娘風も可愛らしいですが、本日のお嬢様風も可愛らしいので町では気を付けてくださいね」
「大丈夫よ。ゴードンがいるもの」
そこにはこれまでの一週間と変わらない雰囲気が作られていた。
マリーズも触れないし、フレデリックだって口にだ出すことはできない。しかし、もう少しすればメイドたちが何もなかったと噂し始めるだろう。
やはり大公様は公爵令嬢となんて結婚したくなかったのだと。
地道にやっていくしかないが、何もなかったことは事実だからどうすることもできない。
メグがクロードを連れて部屋に戻ってきた。
「クロード、元気に聖堂に通ってる?」
「はい、まりーずさま。わがままこうしゃくれいじょうといっしょにきたのかときかれたから、まりーずさまはわがままこうしゃくれいじょうなんかじゃないといってやりました。いちどみたらだいすきになるぞって。だからみせてやらないって」
「まあ!ありがとうクロード。私もクロードが大好きだわ」
まさか聖堂の子どもたちの間でも噂になっているとは。もっと真剣に取り掛からないと。メグはその話を知っていたのか申し訳なさそうにしている。
「メグ。黙っておいてくれたのね。でも私は大丈夫よ。さあ、行きましょう」
マリーズはクロードの手を取り馬車止へと向かった。
四人で馬車に乗りゴードンをともに城下へ向かう。昨日は領主である大公の結婚式だったというのに、領民へのお披露目のパレードすら企画されていなかった。
それもラファエルの忙しいの一言でなくなったのかもしれないが、正直、いつも忙しいと言っている人って、どうなのだろう?
上手く息抜きが出来ていないのか息抜きの仕方を知らないのか。それとも単に能力が足りないのか。厳しいことをいうようだが、忙しいで何でも片付く問題ではない。
忙しい中に少しゆとりが持てた方が仕事の効率は確実に上がる。動くだけではいつか立ち行かなくなるはずだ。
マリーズはラファエルにそのゆとりを持って欲しいと考えていた。
いや、ラファエルだけの問題ではない。何となく城の中が淀んでいるのは食事のせいだとマリーズは考えている。
食事は栄養補給はもちろんのこと、楽しく食べること、美味しく食べること、そういったことで同じ料理でも何倍も美味しくなるし、心に余裕ができる。
しかし毎日同じような料理で塩味のみではまずくはないが、程度の食事事情がこの大公城の悪いところらだ。
これからマリーズはそこに手をつけようと考えている。
その前に、二人に特別手当と言う名のお礼を渡すのだと城下につくまで考えていた。
町を走る大公家の家紋のついた馬車を指さしている人々を横目に。
馬車から下りると左手をマリーズ、右手をメグに繋がれたクロードが物珍しそうにきょろきょろしいてる。
南にある大公領の中で高原地帯にある城下は木造建築が多く、石造りが多い王都と全く印象が違うのだろう。
早速マリーズは見つけた宝飾品店に入ると商品を見始めた。
「ようこそ。当店へ。お見かけしないお嬢様ですが、ご旅行中ですか?」
品の良さそうな銀色の髪の40代と思しき女性が声をかけてきた。
「いいえ。初めまして。これからここに住むことになりましたマリーズ・ローランサンです。よろしくお願いしますね」
にっこりとマリーズが微笑むと女性は驚いた顔を一瞬したものの直ぐに態勢を立て直した。
早速我儘公爵令嬢が宝飾品を漁りに来たとでも思ったのかもしれない。
「大公妃殿下であられましたか。今日は何をお求めに?」
もう買うものと決めつけているのか。まあ買うのだが。言われて良い感じはしない。
王都ではどういったものをご覧になりますか?とワンクッション置くのだが。
「今日は私の物を見に来たのではないの。王都から私について来てくれた侍女にお礼と感謝を込めた品を買いに来たの。髪飾りが良いかと思うのだけど、何かこの二人に似合うオススメはあるかしら?」
「まあ、そうでございましたか。さすが王都から来られたというだけあって、侍女の方も洗練されてますわ。何がいいかしら?」
店員は奥に下がると鍵のかかった箱を持ってきた。それを開けると中には煌びやかな大粒の宝石類が並んでいた。
侍女に渡すと言っているのにこれはない。もらった二人も対応に困るに違いない。
「こういったものがちょうど入荷したところなんです。いかがですか?」
「これは今から加工して宝飾品にする宝石たちよね?申し訳ないんだけど、今日渡したいから完成品を見せてくれる?」
「そ、そうでございましたか。申し訳ございません。でしたらこちらにあるペンダントなどはいかがでしょうか?」
連れて行かれたのはこれもまた大粒の宝石を中央に据えた豪奢なペンダントだ。だから侍女に渡すのにこの大きさのものは返って困らせるだけだと何故気づかない。そんなに派手なもの好きに見えるのか?
「マリーズ様。別の店も見てみましょう。城下にどんな宝飾店があるか知るのにちょうど良いかと」
メグの声にマリーズは頷くと店内を後にしようとした。
「お待ちください。城下に宝飾品を扱う店は少ないです。うちが一番の高級店ですよ」
「そう。でもとりあえず見てくるわ。初めて城下で宝飾品を見るのだから全部見て決めないと」
また来るわ、と言ってマリーズは店を後にした。二度と来ないだろうけど。
客の欲しいものを瞬時に理解して出して見せるのが良い店だ。
ここの店員は我儘公爵令嬢が大公妃となってお金をじゃぶじゃぶ使うだろうと勝手に判断して高い物しか出してこなかった。初めに侍女に贈るものだといったにも関わらず。
マリーズが嫌いなタイプの店だ。貴族は高ければ喜ぶだろうと思っている典型だ。
「マリーズ様あちらにも宝飾店がありますよ」
カレンに言われてその店に入ってみた。
「いらっしゃいませ。ようこそリルエット宝飾店へ」
店員たちが一斉に挨拶をした。うん。良い感じだ。
「もしかして大公妃殿下であられますか?」
その中の一人が声をかけてきた。名札には店長ベリーズと書かれている。年齢は30代くらいだろうか。
「ええ、よくわかったわね」
「はい。大公妃殿下は美しい金色の髪に輝く紫の瞳をしていると聞いておりますのですぐにわかりました」
「まあ、どこからそんな情報が出たのかしら?」
「大公妃殿下が来られる前に極秘で当店で調べました」
「そうなの?」
「はい。もし当店に大公妃殿下が来られた際に、お気に召していただける商品を揃えようと王都まで私が行きましてそこで僭越ながらお調べしました。自分の耳で聞き目で見るのが一番の情報ですよ」
ベリーズはニッコリ微笑んでいる。
「わざわざそこまでするなんて商品には自信あり?」
「もちろんでございます。でも、私がお似合いになられると選ぶこともありましたら是非お試しください。お気に召してもらえるよう精一杯選ばせていただきます」
「だったらお願いしたいんだけど、私に侍女としてついて来てくれたこの二人にお礼の品を渡したいのだけど、二人に似合いそうなの選んでもらえる?」
「お任せください」
そう言ってしばらくベリーズは二人を見た。
「こちらのお坊ちゃんはこちらの侍女の方のご子息ですか?」
そう言ってメグを見ている。メグににた明るい茶色の髪をしている。目は緑でメグの母親と同じだそうだ。
「そうよ。クロードっていうの。一緒に大公領まで来たのよねー」
そう言ってマリーズはクロードの頭を撫でた。
「でしたら、こちらはいかがでしょうか?」
ベリーズが手にしているのは、5センチほどの金のコームの中心に一粒エメラルドが埋め込まれている。
「肌が白くてらっしゃるので金の方が映えるかと思います。中心にご子息の目と同じ色のエメラルドがしっかりと埋め込まれているので、万が一ご子息が握っても外れることはありませんのご安心ください」
「良いわねえ。メグどう?」
マリーズは手に取りメグに渡そうとした。
「こんな高そうなもの・・・」
メグが恐縮して手を出せないようだ。確かにこれが純金なら凄い値段だろうが見る限り流石に純金ではない。
「大丈夫ですよ。こちらは18金になりますからそこまでお値段はしませんよ」
メグがマリーズを縋るように見る。
「大丈夫。そんなにしないから。メグはこれにしましょう。もう決めちゃおうっと」
「ではこちらの方は、そうですねー、」
ベリーズが考えているとカレンが言葉を挟んだ。
「私、どうせならメグと色違いがいいです」
「え?カレンにはカレンに似合うのを選ぼうと思ってたんだけど」
「いいえ。色違いが良いです。毎日つけて、私たちがマリーズ様のお側にいる限り何もさせません!とアピールするのに使おうかと」
「カレン・・・。そんなことしなくても二人はいつも私を守ってくれてるわ」
「そうですね。そうしましょう。私たちが、っていうのを見せつけましょう。
もしこれからマリーズ様に侍女が増えても筆頭侍女は私たちが務めさせていただきますので」
メグまで乗ってきた。
「それでしたら色違いがいくつかあります」
そう言ってベリーズが並べ始める。
「同じゴールドにするとしたら石は何にしますか?特別な思いのある色とか」
「それが何も無いの。どうしようかしら迷うわ」
カレンがいくつもある中から迷いだした。それならマリーズが選ぶことにしよう。
「このサファイアが良いわ」
「サファイアですか?」
「ええ。カレンの紺色の髪に映えると思うわ」
「そうですね、それでしたら思い切ってピンクゴールドにしてみませんか?」
「え!そんな可愛らしい色のものなんて私に似合わないわ」
「いいえ。目がぱっちりとされてお顔立ちが可愛らしい系統なので、ゴールドよりピンクゴールドの方が良いと思います」
「えー」
というカレンにベリーズがコームを当ててみる。
「かれんにあってるよ」
そういったのはクロードだ。カワイイ紳士の言葉にカレンがうなる。
「本当に似合ってるんだから大丈夫よ」
メグも付け加える。
「はい、じゃあそういうことでこれにしましょう。綺麗に箱に入れてくれるかしら?」
「もちろんでございます」
ベリーズが言うと他の店員が来て二点を持って後ろに下がって行った。
「大公妃殿下。大公領はいかがでしょうか?」
「良いところだわ。実はこっちに来てから何度か結婚式の前に来ているんだけど、活気のある町ね。他の地域にも行かないと全体はわからないけど」
そう言ってふと見ると一点のカチューシャが目に入った。それに気付いたのかベリーズが商品ケースから出してくれる。
「こちらはプラチナでできておりまして、付け方で言うと、丁度左耳の少し上辺りにルビーが来るようにつけてください。こちらもしっかり埋め込まれているのではずれませんよ。付けてみられますか?」
ふとマリーズは髪は梳かしたまま何もつけていなかったからそのまま手に取った。
しかし自分がラファエルの目の色をつけるのを人々はどう思うだろうか。
その迷いに気づいたのか今度はカレンがカチューシャを手に取るとマリーズにつけた。
「よく似合っておいでです」
蔦の模様を描くカチューシャに二つのルビー。まるで今のマリーズの心のようだ。ラファエルへ心を絡ませもがいている。
「マリーズ様。とてもお似合いですよ。これをつけられてこの後買い物を続けましょう」
マリーズは気持ちを切り替えるとそうねと言ってベリーズに渡した。
「これもいただくわ。全部でいくらになるかしら?」
「え?お城に請求しなくてもいいのですか?」
不思議そうにするベリーズにマリーズが笑いかける。
「今後はそうしてもらうと思うけど、今日は二人へのお礼を買いに来たから、私が公爵家を出る時に持ってきたお金で買うの」
「そうでしたか。では計算させていただきます」
「マリーズ様、ありがとうございます。こんな高級品付けたことがないので落とさないよう気を付けます」
メグは落としそうで心配なのかと思うと意外と可愛く思えてきた。
「マリーズ様、ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
でも似合うかしら?とつぶやいているので、まだ言っていると笑ってしまった。
これからどんどん二人に贈り物をしよう。マリーズが困っている時、悲しい時、二人がいつも側にいてくれる。嬉しい時にも側にいて欲しいと心から願った。
会計を済ませるとマリーズはそのまま付け、他の2人は大切に箱の入った袋を持つと店を出た。
「ごーどんみずいろだね」
クロードがゴードンを見ていう。
マリーズが慌ててそれを止めたがカレンは気づいてないようだった。よしよし。これでいい。
「そろそろ食事の時間ね。ゴードンおススメのお店ある?」
「そうですね。僕たちはよく食堂に行くんですが、大公妃殿下を連れて食堂に行くのもどうかと思うので」
「あら、いいじゃない食堂。そこにしましょう」
「え!本気でおっしゃているんですか?」
「もちろんよ。さあ案内して。一緒に食べましょう」
ゴードンが押し切られ渋々という感じで1本裏通りに入った食堂へと案内してくれた。
何でも、城で食べれば食費が浮くのでほとんど城で食べるが、どうしても違うものを食べたくなった時に来るのだとか。
それはそうか。あの料理ではどうしても飽きがくるだろう。
案内された店はなかなか繁盛していた。男性客の割合が多いがちゃんと女性もいる。
丁度空いていた席に全員で着くと厨房上のメニュー板を見た。どれも美味しそうだ。人前だがたまには良いだろう。
「クロードは何が食べたい?」
「びーふしちゅーがいいけど、ぜんぶたべられるかな」
「残ったら私が食べるから、じゃあそれにしましょう」
「マリーズ様」
「良いのよもう解禁にするのよ。好きにするんだもの」
メグはチキンとレモンのクリーム煮、カレンはきのこと豚肉のグリル、ゴードンはステーキ300グラムを頼んだ。それぞれにパンとサラダも付いてくるようだ。
マリーズはというと、ステーキ400グラム、単品のポテトのサラダとフレッシュ野菜のサラダ、パングラタンときのこのソテーを頼んだ。
ゴードンが目を見張っている。
「お嬢さん、それ全部食べらるのかい?うちは残すのは禁止だよ」
女将が注意をしてくるがマリーズはまだまだ遠慮しているくらいだと思っているので笑って言った。
「全部食べるわよ。後で追加もするかもしれないからどんどん持ってきてね」
「まあ、知らないよ。どこのお嬢様だが知らないけど」
そう言いながらも注文を取って厨房へと向かった。
しばらくするとどんどん料理が並び始める。
「気になるのがあったら食べてみても良いわよ。さてと」
マリーズは精霊リューディアとスティーナに恵みを感謝するとカトラリーを手にした。
相変わらずの美しいカトラリー捌きで次々食べて行く姿に始めはゴードンが驚いていた。隣のカレンに目をやり何か言いたそうにしている。
「私ね、本当は大食いなのよ。だけど背はあまり伸びなかったわ。お兄様は背が高いのだけれどね。ゴードンはたまにこうやって私たちに付き合って美味しいお店を教えてね」
「か、かしこまりました。いやそれにしても素晴らしい食べっぷりです」
その言葉にふふとマリーズは笑う。
「あんたどこから来たんだい?そんなほそっこい体でそんなによく食べられるな」
近くの席のおじさんが声をかけてきた。
「すみませーん。鶏肉のチーズパン粉焼きとキャベツと豚肉の炒め物もください。あとパン4個追加で」
周りが注目し始めた。その目を気にせずマリーズは食べながら先程の問いに答える。
「私は王都からきたの。マリーズ・ローランサンです。皆様よろしくお願いいたします」
にこっと笑ってマリーズが言うと店内がざわめき始めた。
マリーズは気にせず食事を続ける。
「あなた様が大公妃様ってことかい?じゃあ我儘公爵令嬢様にうちの店の食事が合うもんかい」
女将がそう言いながらも新しい料理を運んでくる。
「いいえ、とっても美味しいわ。ゴードンのお墨付きだもの。特に気に入ったのはステーキ。ステーキにかかっているソースがとても美味しいわね。それからビーフシチュー。さっきこの子からもらって食べたんだけど、じっくりに煮込まれててお肉もとろとろで美味しかったわ」
「そうかい。でもあなた様を大公妃様として認めたわけじゃないよ」
おっと急に。食べている途中なのに。
「来たばかりだから仕方ないけど、これから認めてもらえるように頑張るわ」
そう言いながらも手は止まらない。
「そんなもんどうとだって言えるよ。噂では王都では有名料理店でしか食事をせず、庶民の食べ物なんて目もくれないって話じゃないか。庶民の食べ物なんざゴミ同然と思ってるって聞いてるよ!」
女将が段々苛立ってきたようだ。それに比例してメグたちもマリーズを守ろうと目くばせをしあっている。しかしここではマリーズが非難されているのだから自分で乗り切らねば。
「じゃあ女将は私が今ここで美味しいといっている料理は何かしら?高級料理店から持ってきたもの?」
「そんなわけないじゃないか!うちの亭主が作ってるよ!」
「でしょ?私はそれを美味しいとこんなに食べているの。もし王都で高級料理店しか言っていないっていう噂が流れてたとして、それが大公領まで伝わってきたならそれはある意味正しくもあり、正しくもないの。
だって私こんなに食べるのよ。ここに来る前は恥ずかしくて外では馴染の個室のある料理店でしか食べられなかったのよ。カフェには行ったけど周りに合わせてケーキも一個しか食べられないし」
そこでマリーズは一旦言葉を切った。店内中の人が聞いている。ここが踏ん張りどころ。
「だけどここで生きて行くなら恥ずかしいなんて言ってられないわ。もう子どもでもないし。
領民の方々が美味しいと言っているお店にどんどん行って、どんな料理が楽しまれているかこれから領地のあちこちに確かめに行こうと思っているの。そうしているうちにどういった食材が好まれていて、それが領地で採れる物なのか他領から仕入れているのか、直接確かめるの。
その上で、まだ領内で食べられたことのない食材とかがあれば仕入れてみたいし、領地で採れる食材の違う使い方とかも考えたいし。
当面は城下のお店を回ってみるけれどね。せっかくこんなに食べられる体に生まれついたんだから、たくさん食べに行くのに利用しない手はないわ」
そこに一人の男性が入ってきた。
「何だ静かだから休みなのかとおもっちまったよ。ってどうしたんだい?」
顔馴染なのだろう不思議そうに女将の顔をみている。
「気に入った!確かに大公妃様はうちの料理をしゃべっている間に全部食べちまった。飽きれたもんだよ。こんなに食べる娘は見たことないね!しかも美味しそうに食べていたのは事実だ。
私が悪かった。噂を聞いていたからカッとなっちまった。でも噂なんて真相を聞けば、どうってことないもんだねえ。
確かにこんなに食べるんじゃ人目を気にして個室のある店に行きたいと思うのは年ごろの娘さんだと当たり前だわね」
「大公妃様の食べてる姿は凄かったな。上品に食べているのにあっという間に皿から料理が消えちまう。自分のを食べないで思わず見ちまったよ」
「私も追加しようかしら。女将さん、ステーキ、あと150グラムもらえる?」
奥にいた女性がおずおず手を挙げる。
「私はパンをあと2個お願いします」
別の女性も手を挙げる。
「この店の料理は大公妃様も認める上手さだってことだ。女将、看板に書いておきなよ!
大公妃様お墨付きって」
「本当だ!虫のいい話だが書いてもいいかい?」
「ええもちろんよ。とっても美味しかったもの。まだ食べられそうだけど、さすがにここまでにしとくわ」
「!!なんだい、まだ食べられるのかい!凄いねえ。また来ておくれよ」
「ええ。そうだわ。女将さんが書いたら他の店に真似されちゃうから、私が何かに書こうかしら?」
「そうだ、良いことを考えた!」
女将さんが厨房へと走っていく。
「これに書いとくれ!」
それは使い古されたまな板だった。
「捨てようかと思ってたんだけどさ、開店した時に買ったものだから捨てに捨てきれなくてさあ。そのまま置いてあったんだ。お願いできるかい?」
「そういうことなら。良いわ。書くものはある?」
「わしが持ってきてやるよ。そこで壁の塗り替え工事をしてるからペンキがあるんだ」
「じゃあお願い」
しばらく待つとおじさんが青いペンキを持ってきた。
マリーズは外に出るとまな板に大公妃お墨付きと書いて店の入口の横の樽の上に立てかけた。
「良い感じだねえ。ありがとう。酷いこと言っちまって悪かったよ。謝らせておくれ」
「良いのよ。誤解はどこでも生まれるものだわ。直接確かめ合えば分かり合えることもこうやってあるんだし、それでいいのよ」
「優しいねえ。大公様は大切にしないとねえ」
「ふふ、大切にしていただいているわ」
「そうかい!大公妃様に私は期待することにするよ」
女将がドンと胸を叩く。
「ありがとう。そうだわ。折角だから、マリーズって呼んでくれる?大公妃様なんてまだ慣れなくて」
「そんな恐れ多いことできやしないよ!」
「女将さん、お願いよ」
「しょうがいないねえ。マリーズ様でいいかい?」
「ええ!他の人にも名前で呼ぶように伝えてね」
そう言って会計を済ませると手を振りマリーズは店を後にした。
「いやあ。マリーズ様は大食漢であられるのですね」
ゴードンが言うとカレンが足を踏みつけた。
「いった」
「たくさん召し上がるだけです」
二人のやりとりに笑いながら次の店へと向かう。次はおもちゃ屋だ。
「あこにありますよ。玩具店って看板が上がっています」
メグの指差す先に確かに小さいが玩具店があった。店に入ってみる。
「木製品の物が多いわね。角もなくて怪我をしなさそう」
マリーズが言うと店主が声をかけてきた。
「これは昔デオダ男爵領で今はオブラン侯爵領になったフリーブレン地域の工芸品の玩具だよ」
「え!フリーブレンの商品なの!?」
「知っているのかい?珍しいねえ」
「ええまあ。元々木製品を作っていたんですよね」
「そう。それを侯爵様が玩具にも力を入れたいと言って作り始めたのさ。ようやく納得できる商品ができあがって、大公領が一店舗目で出店したのは半年前だよ。もうすぐ王都に二店舗目ができるんだよ」
そうか。マリーズの為にひっそり出店してくれていたのかもしれない。マリーズは嬉しくなって商品を見始めた。
これらはクロードがいる聖堂にある孤児院に持って行く予定だ。
年齢は1歳から14歳と幅広く玩具店だけではなく本屋にも寄ろうと考えている。
「これなんて良いですね。赤ちゃんが握りやすそう」
メグが商品を吟味している。
「あら輪投げもあるわね。これも良いかも。木製のパズルもあるわ。全部動物なのね、カワイイ」
カレンがどれを見てもカワイイを連呼し始めた。
「子供用木琴も良いわね」
そうやって見ること30分。次々と買うものが決まっていく。カレンが御者を呼びに行っている間に会計を済ませると店を出た。丁度来た御者に大量の荷物を預け馬車へと運んでくれるよう頼んだ。
「さて次は本屋さん」
しばらく歩くと本屋が見つかった。マリーズはクロードに話しかけた。
「クロード。好きな絵本を選んで。私が頑張ってメグを守っているクロードに贈り物したいの」
「ほんとう?じゃあねえ」
店内をクロードが歩き始めた。
「マリーズ様すみません」
「メグ、良いのよ。メグがついて来てくれたのはクロードのこともあったからでしょ?」
「ええまあ。元夫と離れた地域で暮らしたいのもありましたので」
「そう、だからクロードにはお礼をしないとね。クロードがいてくれたおかげでメグは住み慣れた王都を離れて私について来てくれたんだから」
「マリーズ様」
「ちなみに私は理想の男性探しです!」
カレンがこぶしを握っている。
「もう見つかるんじゃない?」
「まだまだ探しますよ!」
クロードが欲しいものを選んでいる間にマリーズは王都の子供たちに人気の冒険譚や植物図鑑、探偵物や年若い少女たちが読む恋愛小説を選んだ。
会計をしているとクロードが一冊の絵本を持って走ってきた。
「これがいい!」
それは猫のパン屋さんという、猫がパン屋を開いている絵本のようだ。もちろん買いに来るのは色々な動物たちだ。そんな中起こる小さな出来事を猫の店主が解決するというものらしい。
絵も可愛く、子どもが好みそうだなと思いそれを個別に袋に入れてもらった。
自分で持つというクロードに袋を持たせマリーズ一行は次の店へと向かった。