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食いしんぼ大公妃は開き直る

 朝になり部屋に入ってきたメグとカレンはマリーズの姿に愕然とした。微動だにせずクマのぬいぐるみを抱え座ったまま動かない。

 何があったか一目瞭然だ。いや、何もなかったが正しいのか。そしてラファエルに何か言われたのだろうことを察した。

「マリーズ様。お体が冷えています。今湯を準備しますから、まずは体を温めましょう」

 メグはマリーズの手を握ると余りの冷たさに驚いた。何時間このままでいたのだろうか?

 カレンが外にいるメイドに湯を持って来るように伝えるとどんどんお風呂場に湯が運ばれて行った。

 ナイトドレスを脱がせたほっそりとした体にも、それでいて豊かな胸元にも愛された痕はなかった。

 温かい湯に浸からせるとメグは優しく体を洗った。側でカレンも香油の準備をしていた。

 何も聞かない二人にそこで初めてマリーズがポロリと涙をこぼした。

「ラファエル様は大公になったばかりでお忙しいのですって。そのうち跡継ぎは必要になるけど今はその時じゃないから好きに過ごしてろって。

 愛を求めるな。束縛もするなですって。できれば愛して欲しいけど、束縛なんかしないのにね。

 大公妃の仕事もする必要はないんですって。ラ、ラファエル様の邪魔にならないようにしていればそれでいいそうよ」

 明るく聞こえるように言ったつもりだったがやはりダメだった。途中から涙で声が震えてしまった。

「こんな時まで無理に明るく振舞う必要はありません。マリーズ様はいつも明るい笑顔で私たちと接してくれますが、泣きたい時は泣けばいいのですよ」

「そうです。後からマリーズ様の良さを知って愛しているなんて言い始めても遅いんだって言ってやればいいのです」

「マリーズ様は立派な淑女で大公妃になられました。どのようなお立ち場になられても、辛い時も苦しい時も共にいますから」

「うん。うん」

 マリーズは二人の言葉を聞いて守られてるなと思い安心すると同時に昨夜の悲しみが蘇りメグに抱きついた。

「ひっくひっく。子どもがいらないからって、しょ、初夜くらい一緒にいてくれても、ひっく、良いと思わない?ひっく。あんな風に一人にされて。ひっく」

「そうですね。私は怒りしか湧きませんね」

「私だって陛下に言われたから来ただけだけなのに。だけど大公妃になる為にたくさん勉強もしたのよ。ひっく、ひっく。何も、何も、しなくて良いんですって。

 ひっく。私がいない方が楽なのかしら?ひっく」

「そんなことを言ってはなりません。マリーズ様がいない方が楽だなんてもしラファエル様が言ったとしたら、不敬を承知でひっぱたかせていただきます」

「うん。ありがと。ひっく、ひっく。私は子どもが必要になった時だけいれば良いのかしら?子ども作る為の道具なの?ひっく。ひっく」

「滅多なことをおっしゃらないでくださいませ!例え、もし本当にラファエル様がそう思ってらしても、私たちはそう思いません。公爵家の皆様もです。

 公爵様だって本当はこんな遠くの大公家に嫁がせたくなどなかったのですよ。滅多に会えませんからね。でも陛下に言われたので泣く泣く受け入れたと聞いています」

「そうです。女性は子ども産む道具ではありません。お生まれになればラファエル様にも父親としての責任があります。一緒に育て、健やかな子に育つよう見守り、目一杯愛してあげないと子どもは育ちません。

 子種だけで何もしない夫など、こちらからお捨てになればよろしいのです」

「お気持ちを強く持ってくださいませ」

「私はどうしたらいい?何もせずこの部屋で過ごしていればラファエル様はお喜びになられるかしら?ひっく」

 マリーズが徐々に落ち着き始める。

「好きにしたらいいとおっしゃったなら、マリーズ様のしたいことをしたら良いのです。大公妃の仕事はないというのでしたら、別の形で何かなされば良い。誰にも文句は言わせません。

 マリーズ様はこれまで通り、少しずつ大公城の人や城下の人との関係が良好になるようにすればいいのです」

「ラファエル様の目の届いていないところで何かをする分には邪魔をしている、ってことにはならないでしょうし」

「そうよね。そうだわ。私ができることをするわ」

「そうです。嫌な人だなと思ったら離婚したら良いのです。今すぐは無理でも。私がしたように」

 メグは服が濡れることを気にもかけずにずっと背中をさすってくれていた。

「その調子ですよ!それに、男はラファエル様だけではありません。

 例え離婚したとしても、マリーズ様ならいくらでも素敵な方が選び放題ですよ!」

 カレンも明るく言ってくれる。

 この二人がついて来てくれて良かった。もし大公領で侍女を新しく探したりなんかしていたら、今頃マリーズは落ち込み続け、泣きながら公爵家に帰ったかもしれない。

 でも、まだやれることはある。好きにしていいなら好きにする。

「二人ともありがとう。後で三人で城下に出かけましょ。特別手当の代わりに好きなものをご馳走するわ。クロードも連れて行きましょうね。そして帰りに二人には髪飾りを、クロードにはおもちゃを買いましょう」

「滅相もない。当たり前のことをしただけです。私たちのマリーズ様をこんなに泣かせた責任をいつか取らせましょう。それが特別手当で良いですよ」

「ダメよ。ケジメをつけさせて。これからここで生きて行く為の」

「わかりました。ではちょっとおしゃれして出かけましょう。思いっきりマリーズ様だとわかるように」

 そう決めたら気持ちが少し楽になった。新しい世界へ向かっていく。険しい道でも構わない。マリーズがやりたいようにやるだけだ。

 悪い噂なんてドンとこい。吹き飛ばしてやるわ!

 それでラファエルに邪魔だと言われるなら出て行こう。ラファエルだって本当は好きな女性と過ごしたいだろう。

 マリーズに少しも興味がないからあんな風に言われたのだろうから。そう思うと悲しいが、それだけの関係がまだまだ作れていないということだ。

 作れないまま終わりを迎えるか、転換期が来るか。それはわからない。

 なんせマリーズしかやる気がないのだから。一方通行で構わない。だけど気持ちは押し付けない。

 マリーズにだって、ラファエルが好きかどうかなんてわからないのだし。ただ、こんなに悲しい気持ちになったのは少し期待をしていたからだ。

 この四年、毎月交わした手紙。誕生日の贈り物。そして昨日のダンス。それらは大切な思い出だ。大切だと思うのはきっとラファエルに好意がいくらかあったからだ。

 これからもしかしたらどんどん好きになるかもしれないし、どんどん嫌いになるかもしれない。

 それはわからないが、マリーズのやりたいことをして笑ってくれる人がいてくれれば嬉しい。必要だと言ってくれる人がこの大公領で一人でも増えて欲しい。

 確かにこれでは我儘令嬢かもしれないが、これくらいの我儘は許して欲しい。

 いつか、本当に大公妃になる日が来たら、少しでも多くの人に祝福されたい。

 マリーズは欲張りだなと思った。あっちからもこっちからも愛されたいなんて。

 ただ一人愛して欲しい人に愛されることなくこの地を去ることになったとしても、マリーズがここにいた跡を残しておきたい。いつか別れが来たとしても思い出してもらえるように。

 マリーズは前を向くことに決め、湯から上がった。

 それはマリーズの頑張り次第だ。ラファエルが頑張るとは思えないのだから。

 だから、マリーズが頑張ってダメならそれでいい。好きなことをして嫌われるならそもそも縁がなかっただけだ。今は無理矢理繋がれた縁だから。

 お互いが本当に繋がりたいと思えば本当の縁が生まれる。その日が来るのはマリーズ次第。

 マリーズはこれから始まる新しい未来に少しの期待と少しの不安を持ちながら進み始めた。

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