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食いしんぼ大公妃、また子どもを助けて喧嘩をする

 朝目が覚めるとすやすやと眠るマリーズが腕の中にいた。ラファエルは昨夜のことを思い出し顔がにまにましそうになるのを必死に堪えた。

 穏やかに談話室で会話した後マリーズを抱えベッドに下ろし、のしかかったラファエルにマリーズが言ったのだ。右手の人差し指でラファエルの唇を抑えて。

「一日二回までです。それ以上したら一週間お相手しませんよ。いいですね?」

 ちょっと怒っている風に言っているのがまた可愛い。それに一日二回なら毎日してもいいと言っているのと同じだ。そんなの毎日を選ぶに決まっている。

「わかった」

 そう答えるとマリーズに体を絡ませたのだった。

 ラファエルは昨夜のやり取りを思い出すと悶え死にさせる気かとマリーズに抱きついた。

「ん、ラファエル様。おはようございます」

 今日はちゃんと朝目覚めたマリーズにおはようと言いながら頬に口づけをする。くすぐったそうに笑うマリーズに、ラファエルはいつか本当に悶え死ぬ日が来るのではと思った。

「まだ早い時間だ、もう少し眠るか?」

「いいえ。スッキリ目覚めました」 

 そういって、マリーズが布団から出てベッドの上に座る。

 おい、朝から目のやり場に困るだろ。服を着ろ、とばかりに近くに脱ぎ捨ててあった夜着を渡す。

 マリーズは慌てて袖を通しラファエルに提案してきた。

「ラファエル様は時々早朝に鍛錬されていると聞きました。私もしばらく動いてないので一緒に鍛錬しませんか?できれば手合わせして欲しいです」

 思わぬ提案にラファエルは驚いた。そして運動なら昨夜もしただろ、と一瞬言いそうになり怒られそうなので慌てて口を閉じた。

 ラファエルは気持ちを切り替え、マリーズの剣の腕は見てみたいと思っていたので着替えて護衛騎士の鍛錬場に集まることにした。

 そして現れたマリーズはワンピース姿で剣を両手に持っていた。しかも足元を見れば低いが踵がある靴を履いている。

「マリーズ。その姿でやるのか?」

「はい。学園では騎士服を着て講義を受けていたのですが、実戦となると私は騎士服を着ていることはありませんからね」

 そうして二人が向かい合う。早朝にも関わらずどこから聞きつけたのか人だかりができていた。

「はじめ!」

 メグの合図で手合わせが始まった。

 キーン、キーン、と剣が当たる音が響く。ラファエルは両手剣だ。打ち込んでくるマリーズの剣を薙ぎ払う。しかしマリーズは態勢を崩すことなく更に切りかかってくる。

 ラファエルが打ち込めばマリーズは左手に持った剣を滑らすようにいなし右手で打ち込んでくる。

 とにかくマリーズは羽が生えているのかと思うほど軽々と動き、ラファエルの剣を避け切りつけようとしてくる。マリーズの力では相手を殺すのはなかなか難しいので相手を戦闘不能状態にする戦い方なのだろう。致命傷を狙うより徐々に動けなくさせようとするのだ。

 マリーズは高く飛び上がり上から剣を振り下ろす。ラファエルはそれを止めると少し間合いを取った。

 今のはダメだ。あんな攻撃をしたので膝まで見えていたため大きなどよめきが起こっていたのだ。

「マリーズ。服がめくれていけないから、今の攻撃の仕方は禁止だ」

「そんなの気にしていたら戦えませんよ」

「とにかく、ダメなものはダメだ。せめて鍛錬中は禁止だ」

「わかりました。ラファエル様がそうおっしゃるなら」

 その後も打ち合いは続いた。舞うように剣を振るマリーズを騎士たちが応援している。

 だがラファエルは大公として力の差を見せるのも騎士たちに必要だと、マリーズの剣を払いながら前に進み一瞬でスッとマリーズの首元で剣を止めた。

 わっと歓声が上がる。

「さすがラファエル様です。やはり敵いませんね。私もまだまだ鍛錬しないと」

「いや、マリーズもかなり強い。護衛騎士の中では負ける者も出てくるだろうな」

 だからといってマリーズと護衛騎士を手合わせさせるつもりはない。マリーズはあくまでも護衛対象だ。マリーズが強ければ護衛騎士がとっさの判断で見誤ることが出てくるかもしれない。

 そのためまだ剣を交わしていたかったが終わらせたのだ。マリーズは強いが、ラファエルに敵う相手ではない。護衛としての任務を怠るなと見せつける為に。

 今度誰もいない場所で思いっきり手合わせしようとラファエルは思った。次々と出てくる技に見惚れながら楽しく手合わせができた。

 剣を振るうマリーズは輝いていた。いつまでも見ていたいほどに。

「軽く汗を流して朝食にしよう」

 ラファエルはマリーズに声をかけると一緒に部屋に戻った。

 今日も朝から充実した始まりだとラファエルはマリーズを見つめた。


 今日のマリーズの予定は視察だ。商会組合に行き案内人を連れ市場に行くのだ。

 商会組合とは領内の商会が所属し、情報のやり取りやもめ事の管理、または互いに利益を上げていく為の相談をする為の組合で、その為専用の建物があり商会長が交代で取りまとめている。今回の案内人は商会長自らが買って出てくれた。

 市場は活気があって新鮮な野菜や果物がたくさん並んでいる。見たことのないものの前では店主に質問をして食べ方を教えてもらい、これはと思うものはメモをしマクギーに仕入れてもらって食べてみようと考えたりしていた。そして困っていることはないかなども聞いたりした。

 その中で多く聞かれたのが、ドリンガ商会についてだ。領民の生活に肉類は欠かせない。それを知ってか独占販売しているドリンガ商会が横暴だというのだ。

 馬車は規定の速度以上で人通りの多い道を走り、肉屋には仕入れたいと言っている以上を買わせるのだそうだ。

 前ドリンガ商会長の時はこんなことはなかったが最近息子が継いでから始まったらしい。

 肉屋は売り捌く為に必死に呼び込みをしているという。

「そんなことしたら薄利多売で安く売る店や商品をもて余す店が出てくるわ。肉の値段の相場が荒れちゃうじゃない」

「そうなんです。それで肉屋の間で喧嘩が起こったりするんですよ。そんなに安く売るな!とか、客をとるな!とか」

 着いてきていた商会長を見る。

「ドリンガ商会はうちに所属していませんからね。強く言えないんですよ。もめ事が起こるのも毎回なわけではないんです。上手いこと加減をみてやるので、こちらが注意したら止める、しばらくしたらやるの繰り返しです。

 他の仕入先も入れたいんですが、ドリンガ商会が専属販売を大公様としているからと言っているのです」

「そんな事実はあるの?」

「かなり古い書簡を見せてもらったことがあります。一瞬でしたが。専属販売許可証と大きく書かれているのと、代々大公様が使われてきた紋章が押されているのは間違いありません。ただ細かい内容や詳しいことは見せてもらえないのです。

 それでもこんなことが続けば他を入れると言ったら、ドリンガ商会は他を入れようとしたら道路を封鎖すると」

「大公領に行く為にはバルベ侯爵領を通る道が一番大きくて早い他領が多いからその道を封鎖するというの?」

「そうなんです」

「そんな権利一商会にあるわけないじゃない」

「ええ、そういったら、荷車を確認して肉を積んでいる馬車だけ通さないと」

「ラファエル様に相談したの?」

「いえ、まだです。もう少し様子を見てと思いながらもう一年していません。実はその専属販売許可の書簡が本物だった場合、大公様に領民の怒りの矛先が向くのではと心配してしまって」

「そんな心配は無用だわ。それより領民が困っている事実の方が大事なの。私が確認するわ」

「ありがとうございます。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「良いのよ。問題ないわ。私もこのままだと気になって仕方がないし。さあ、この話は終わりにしましょう。花屋はあるかしら?」

「花屋でしたら大きいのがあちらの大きい方の通りにありますよ。お連れ致します」

 マリーズは大公領の花も楽しみだったのだ。庭園に咲く花も美しいがそういった花じゃないものもみたいと考えていた。

 そこへ、

「危ない!!」

 馬車が通りを凄い早さで走って来るが道の真ん中に幼い子供が座りこんでいる。

 マリーズは咄嗟に飛び出すと子どもを抱えて通路脇に転がった。もちろん受け身も忘れない。

 子どもはわんわんと泣き出しマリーズは怪我がないかと確認していると、子どもの母親が駆け寄ってきたので子どもを渡す。前方では止まった馬車から男が顔を出し怒鳴ってきた。

「道の真ん中にいるから悪いんだ!次やったら轢き殺すからな!」

「あなた、おりてきなさいよ!」

「なんだあ?小娘のくせに俺に喧嘩を売るって言うのか!」

「この道での走って良い速度を大幅に超えて走っていたのはあなたの馬車よ。ここでは人が歩く速度で馬車を走らせるように立札があったのが見えなかったの?」

「はいはい。うちの御者がすみませんねえ。でもあんなもんあってないようなもんですよ。俺にしたらね」

「御者はおりてきなさい!」

「そんな必要はない!こっちは仕事で来ているんだ、小娘の相手なんてしている暇はない!」

 そこで先日もこんなことがあったのをマリーズは思い出し馬車を見ると案の定ドリンガ商会の馬車だった。

「ドリンガ商会の馬車ね。専属販売の権利を持っているって話だけどその書簡を見せなさい!」

 そこでマリーズの近くに大公領の商会長がいるのに気づいたのかドリンガ商会長が下りてきた。

「ふん。これだ」

 さっと開いて見せるとすぐに閉じた。これでは確かに大きく書かれた専属販売の許可と大公の出したものだということしかわからない。

「ちゃんとみせなさい!」

「うるせえ小娘だな。そんな必要はねえよ」

 マリーズが書簡に手を伸ばそうとするとマリーズの手を掴み上げ引き倒した。慌てて付いて来ていたメグと商会長が側にくる。

「ドリンガさん、乱暴は止めなさい。この方は・・・」

 商会長がマリーズのことを言おうとするのをマリーズは止めた。

「今、先に手を出したのはあなたよ」

 マリーズはそう言って立ち上がるとさっと後ろに回りドリンガが後ろ手に持っていた書簡を取り上げると足払いをして転ばせ距離を取った。

「期間は30年になっているじゃない!日付を見たらとっくの昔に期限は切れているわ!こんなもので騙して専属販売の権利を持っていると嘘を言っていたのね!」

 ドリンガが悔しそうな目でこちらを睨んでくる。

「ドリンガ商会の専属販売の権利の期限は切れている。だから大公領は他からも仕入れをする権利がある。もし通行を不当に邪魔すれば恥をかくのはバルベ侯爵よ!」

「ふん!すぐにまた書いてもらえるさ!なんってったって、今いる大公妃はお飾りで直ぐに離婚してバルベ侯爵家のご令嬢のホラン様が直ぐにお輿入れされるんだからな!」

 マリーズはこんなところまでホランの名前が出てきて驚いた。

「そんな事実はないわ。大公と大公妃の離婚もない!この書簡はラファエル様にお見せして正式にドリンガ商会に苦情を申し入れしてもらいます!」

「なんだと!小娘返せ!」

 ドリンガが突進してくるのをメグが前に出て庇うようにし躊躇うことなく姿勢を低くするとドリンガの急所を蹴り上げた。そして倒れこみそうになっているドリンガの顔面を全力で殴りつけた。ドリンガが呻きながら膝をつく。

「これは正当防衛です」

 メグの言葉にドリンガが苦しそうにしているが、今は分が悪いと思ったのか這う這うの体で馬車に乗り込むと去って行った。

「あの、本当に申し訳ありませんでした。うちの子を助けていただいてありがとうございました」

 子どもの母親が頭を何度も下げている。

「あんな悪い人がいるからお母さんの手を離してはダメよ」

 マリーズは子どもに言うと子どもは頷いた。

「さて、この書簡は期限切れということがわかったわね。それなら、他領からの仕入れも考えないと。今日すぐとはいかないけど、徐々にドリンガ商会から他に移しましょう。こうも問題を起こされたら大公領として示しがつかないわ」

「マリーズ様のおかげで実情を知ることが出来ました。ありがとうございました」

「いいのよ。関連部署に伝えておくから新しい商会に代わることを肉を扱っている店に伝える文書を作って配っておいてくれる?できるだけ早い段階で移行したいわ」

「ではすぐにでも」

「ええ。私はもう大公城に帰るわ」

 商会長とその場で別れマリーズは城へと戻った。


 城に戻るとマリーズはラファエルの執務室へと向かった。

「ラファエル様にご報告があります」

 そう言って今日の経緯を説明し期限切れの書簡を見せるとラファエルはそれに怒ったようだ。勝手に期限切れの書簡で大公の指示として商売されていたのだから当たり前だろう。

「これは担当者に渡して即刻肉類の取り扱い商会をいくつかに分散するように変更しよう。それから、マリーズには言わないとならないことがある」

 ラファエルが真剣な顔でマリーズを見る。

「確かにマリーズは身が軽く護身術も習っただろうが、今回のようなことがあったら、まず護衛騎士を動かすことを覚えろ。大公妃が視察先で怪我をしたとなれば問題に問われるのは護衛騎士と付き人だ。マリーズは自分が悪いと言っても彼らの職責から考えるとそうなる。

 マリーズは護衛騎士や侍女を守りたいなら自分が動くのを控える努力も必要だ。

 それにオレが心配するだろ?心配させないでくれ」

 マリーズはその通りだと反省した。マリーズを守るために付いている護衛騎士よりマリーズが動いて怪我をすれば責任は護衛騎士が負うことになる。考えなしで動いた自分を反省しなければならない。

「申し訳ありませんでした。これからは気を付けます。ラファエル様ごめんなさい」

「わかってくれればそれでいい。ただ、良いことに気づいてくれた。この件に関してはずっと大公家の名を使って暴利を貪っていた商会があるということがわかったからな。領民の為にも解決しなければならない」

「はい。お願いします」

 するとついてきていたメグが一歩前に出た。

「発言をお許しください」

「メグ?」

 マリーズが声をかけたがメグはラファエルを見ている。

「発言を許そう」

「ありがとうございます。

 先程ドリンガ商会の商会長と揉めた際に、こう言っておりました。

 『今いる大公妃はお飾りで直ぐに離婚してバルベ侯爵家のご令嬢のホラン様が直ぐにお輿入れされる』、だからまたすぐに書いてもらえる、と。

 これは事実でしょうか?」

「メグ!!止めなさい!」

「いいえ、このような話が隣の領では出ているということが問題です」

 ラファエルを始め室内にいた全員が厳しい顔をしている。

「そんな話はない。ホラン嬢と会ったことは何回かあるが誤解されるような関係ではない」

「私にではなく、マリーズ様にお伝えください。私はそう約束していただけるならこれ以上何も申し上げません」

 そういってメグは一歩下がった。

「マリーズ。この話をマリーズも聞いていたんだな?それでもオレに言わなかった。何故だ?」

「私はその場で否定しました。大公と大公妃の離婚はないと。そのようにラファエル様を信じているからお伝えしませんでした。ただ、学園時代もあちこちでその話を聞くので私もここに来るまで不安でしたし、メグを始め侍女たちが心配をしておりました。

 大公領に来てからもそういった話を耳にしましたので不安であったのも確かです。

 けれど、私はラファエル様が今になって私に嘘を吐く必要はないと思いました。もしその話が事実であれば、結婚式のあの日から私たちの関係は変わることはなかったでしょうから。

 だから、私はラファエル様の言葉を信じると決めています」

「わかった。マリーズ。それでいい。オレはマリーズに嘘は吐かない。マリーズと離婚もしないし、側妃も娶るつもりもない。

 メグ、侍女たちに伝えて欲しい。頼む。それからそのことを教えてくれて感謝する」

「ありがたきお言葉。感謝申し上げます」

 メグは深くお辞儀をするとマリーズを見た。その顔は良かったですねと言っているようだった。マリーズがこの噂に長く苦しんでいたことをメグはずっと見てきた。だからこのタイミングで聞いたのだろう。今しかないと思って。

 マリーズたちは執務室を後にし、自室へと戻った。

「メグ、ありがとう。でもラファエル様がお優しいから大丈夫だったけど、怖い人には言ったらダメよ」

「私の主はマリーズ様です。マリーズ様のお役に立つのが私の仕事であり使命です」

「本当にメグは真面目なんだから」

「何があったんですか?」

 カレンが二人のやり取りに入ってきた。

「カレン、喜んで!ラファエル様がマリーズ様と離婚するつもりもないし側妃を娶ることもないと断言されたわ!」

「とうとう言質を取ったのね!!さすがメグだわ!」

「そうです。大公妃はマリーズ様以外考えられません!」

 ロリアンまで加わって大はしゃぎしている。

 マリーズはああ、こんなに心配をかけていたんだと改めて思った。王都にいる両親や兄、義姉も心配していただろう。きっとマルグリットも。マリーズはたくさんの人に愛され支えられここまで来れた。

 その思いに報いるには立派な大公妃になってラファエルを支えることだ。心配しなくてもここで幸せに暮らしていると家族に伝えなければならない。そしてこの優秀な主思いの侍女たちに心から感謝しなくてはならない。

「ありがとう。みんな。私はここで頑張るわ!負けないから!」

「そうです。ラファエル様もマリーズ様以外の妻は作らないと言っているのですから自信を持って行きましょう!」

 メグの言葉でメグに抱きつくと再びありがとうと伝えた。

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