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20/24

食いしんぼ大公妃、大公妃の仕事を始める

 朝メグたち侍女隊がマリーズの部屋の前で待機していると、ラファエルがマリーズの部屋から出てきた。

「疲れていると思うから起きるまで寝かせて置いてやってくれ」

 そう言って、つやつやで生き生きとした顔で去っていった。

 これはと思いメグたちは部屋に入るとベッドでぐったりと眠るマリーズがいた。

「これはまた派手にねえ。起こすなと言われても心配になるわね」

「体を清めてから思う存分寝てもらいましょう」

 メグはガウンを持ってくるとカレンと一緒にマリーズに着せた。そしてカレンとロリアンでマリーズを抱えてソファーに移動しカレンがマリーズの頭を自分の膝に乗せる。マリーズはぐったりしたままだ。

 メグはシーツを剥がし通りがかりのメイドに渡し、すぐにベッドメイキングをするように伝えた。部屋の中が見えたのか、メイドがマリーズの姿に心配そうに聞いてくるのに、ちょっと昨夜はラファエル様が中々お離しになられなかったようなの、とだけ答えておいた。

 これでラファエルのマリーズへの寵愛は更に確定的に広まるだろう。

「お風呂に入れたいわね。湯をはりましょう」

 ロリアンは近くのメイドに湯を持ってくるように伝えに行った。

「それにしてもそろそろとは思っていたけど、マリーズ様が目を覚ましたら驚くでしょうね」

「本当に。よくもまあこれだけやってくれたわね。まるで所有印のようだわ」

「それだけ寵愛してくださっているということにしましょう。良いことだわ」

「まあねえ。始めの頃と比べたら大きく変化したものね」

「マリーズ様を知っていただければいずれはこうなると思ってたわ」

 二人は嬉しそうにマリーズを見た。そしてこれは癒して差し上げないとと張り切ったのだった。

 二人がかりで湯船にマリーズを運ぶとメグが体や髪を洗い始め、カレンはマッサージの準備をした。マリーズはまだぐったりと眠っている。

 そして3人で湯船から出し体を拭き髪を乾かす。ロリアンは目のやり場に困り果てているようだ。

 するとマリーズの目がゆっくり開いた。

「おはようございます」

 メグが声をかける。

「え?私どうしたの?」

「お疲れのご様子でしたがお体を清めないと気持ちよく眠れないだろうと勝手ながら入れさせていただきました。お目覚めでしたらこの後マッサージをしましょう」

 マリーズが鏡に映る自分に目を見張った。そして着せられていたバスローブの紐を解くと中を見て更に驚き真っ赤になった。

「あ、あのね。昨日、」

「わかっておりますよ。愛していただいたのでしょう?おめでとうございます」

「おめでとうございます。マリーズ様」

「おめでとうございます」 

 二人の言葉にロリアンは急いで真似をした。

「うん、ありがとう」

 恥ずかしそうに微笑むマリーズは幸せそうで、それを見ている3人も幸せな気持ちを分けてもらったような気がした。

 ドレッサールームに置かれているマッサージ用の折りたたみ式簡易ベッドに、マリーズは自分で行けるわと言って何とか立ち上がって歩こうとしたが全く思うように体が動かなかった。

「メグー」

 これがメグが言っていたことかと実感し、支えてもらって何とか移動した。

「大変なのね。わかったわ」

「いいえ。ここまでになることは滅多にございませんよ」

「え!そうなの?」

「それだけラファエル様に愛されているということです。でも毎晩これではマリーズ様が大変ですから、ちゃんと手綱はマリーズ様がお持ちください」

「どうするの?」

「そうですね、――――――――――とかいかがでしょうか?」

「わかったわ。そうお伝えしてみる」

 そしてカレンによるマッサージが行われ、何とかマリーズは一人で歩けるようになりベッドに戻ると眠りについた。

 

 昼過ぎに目を覚ましたマリーズは朝の分もとばかりに旺盛な食欲で食事をしていると、フレデリックが食堂に入ってきた。

「お目覚めになられたようでようございました。

 お食事の後にお見せしたい部屋がありますのでお時間よろしいでしょうか?」

「ええ、大丈夫よ」

 食事が終わりフレデリックの案内に付いていく。マリーズが来たことがないエリアだ。 

 すると一つの扉の前に止まりそして開いた。

「マリーズ様の執務室でございます」

「え!私の?」

「左様でございます。これからは大公妃としてのお仕事もしていただくことになりますので。

 こちらは前大公妃様も使われていた、歴代大公妃の執務室でございます」

 マリーズは中に入ってみた。窓を背にして大きな机があり、両側には書棚がある。机の前にはちょっとした面談や会談に使うのかソファーセットもあった。

書類を保管する棚もあり、机の引き出しを開けると筆記用具がそろっていた。

「どんな本があるのか見てみないと」

「ええ。ほとんどが大公領のことやフランディー王国についてのものですが、歴代大公妃の執務帳や面談した人一覧もありますからお時間のある時にご覧になるのがよろしいかと」

「わかったわ」

「マリーズ様。まずはこちらの仕事をしていただきたいので資料をお持ちしました」

 そう言って渡された書類には、マリーズが明日から一ヶ月の間に慰問や視察に行く予定がびっしり書かれている。

「まずは大公妃として顔と名前を領民に知ってもらうのに領地を回っていただきます。

 すでに今日の午前中に各所に大公妃が行く旨を伝える書簡を送ってありますので、今日は明日行く場所について予め頭に入れておいてください」

「わかったわ」

 マリーズは机につくと、用意されている書類に目を通し始めた。

「隣はラファエル様の執務室ですから用事があれば気兼ねなく訪ねれば良いですよ」

 フレデリックの言葉に一瞬でマリーズは真っ赤になって俯いた。

 メグたちは良いがフレデリックなどの大公領の人間に名前を出されると、昨夜のことを思い出し恥ずかしさが出てきてしまったのだ。

 急に大公妃としての仕事を渡されたのも、昨夜のことを知り、本当に大公妃として扱うことにしたからだろうとも思ったのだ。

「マリーズ様。お茶を淹れましょう」

 メグが察して声をかけてくれた。

「ええ、お願い」

 マリーズは気を取り直し意識を書類に集中すべく辺りの気配を遮断した。


「フレデリック、質問があるんだけど」

「はい、なんでしょうか?」

「これを見てて思ったんだけど、大公領って食品のほとんどが地産地消でしょ?あとは小麦を少しと加工した魚、そして肉よね。鶏肉以外の。あと酪農品。まあ、あと調味料とか細々したものは他領から仕入れているけど」

「そうでございますね」

「それで、仕入れている商会を見てたら他はいくつかの商会に分かれているのに肉と酪農品は一つの商会だけなのね」

「バルべ侯爵領のドリンガ商会ですね」

「他にバルべ侯爵家には商会はないの?」

「小さいのがありますね確か。バルべ侯爵領は畜産と酪農で利益を出しています。そのほとんどをドリンガ商会が担い、他領への売り出しもドリンガ商会です。他の商会は地元で消費する分を扱っているのみです」

「そう。それはよくないわね。一商会のみから仕入れるのは。正当な価格か判断がつきにくいわ。だからといって他領の商会の仕入れ値を調べるのはすぐには難しいわね。

 たとえばその領のみでしか扱っていない工芸品とかだと一商会で良いと思うの。でも食品は他領でも扱っている物が多いし、いくつかの商会と取引することでそれぞれが鎬を削って、良い商品を適正な価格で仕入れる。

 じゃないと何かあった時に困るわ」

「確かにそうでございますね。隣の領ということで輸送費が安くてすむのでドリンガ商会を使っていたのですが、この際見直しましょう。担当の役人を呼びますので暫くお待ちください」  


 しばらく待つと役人が二人入ってきた。簡単な自己紹介をして話に入る。

「大公妃は一商会独占が好ましくないとお考えなのですね?」

「そう。一昨年聞いた話なんだけど、ガーナット王国で豚にだけ感染する病気が発生した地域が出て、広がらないよう大量に殺処分したそうなの。今も警戒は解いていないそうよ。

 ここはガーナット王国とは国境を接しているし、いつこちら側にその病原菌が入ってくるかわからない。

 他にも牛だけに感染する病原菌があるのも報告されているし、鶏だけってのもあるわね。

 それに一商会だけだと、それが適正価格かわからないわよね?

 他所の商会に卸し値がいくらか聞いても交渉するつもりのない人に話す人なんていないわ。

 でも私厨房にいて仕入れているのを見てたけど、お肉も酪農品も王都より高いわよ。

 王都でもよく料理人に混ざって仕入れているのを見てたからこの辺りは高いんだなと思ったの。

 でもそれが一商会独占ならそうなるなって思ったのよ。競う相手がいなくて言い値のまま購入してくれるんだもの。安くする必要なんてないものね」

「確かにそうです。二代目の大公妃が確かバルべ侯爵家の令嬢で、それ以来ずっとバルべ領からしか購入していません。輸送費用も安くてすみますし。品質に問題はありませんでしたから。

 ですが大公妃のおっしゃる通り王都より高いとなると、隣から仕入れているのに不思議に思いますね。逆に王都より安くないとおかしいです。調査してみましょう」

「ありがとう。確か、バルべ侯爵領の向こうも畜産と酪農をしてたわよね?できれば半分はそこから仕入れたいわね。

 それと王家に遠慮して養鶏しかしてないって話だけど、酪農をやってみない?高原地帯なんだし、それくらいは良いと思うの」

「そうですね。それはまた違う部署の話ですが、確かに酪農をする場所はありますね。考えてみる余地はありそうに思います」

「だったら私からラファエル様に提案するわ」

「よろしくお願いします」

 大公妃の仕事とは何かわからないけれど、とりあえずマリーズが気になっていたことは進められそうだ。ラファエルにも相談しながら進めていけばいい。ダメなら止めてくれるだろう。


 ラファエルは昨日までの自分が嘘のように仕事がはかどった。充実した気分で仕事が進む進む。この分だと少し遅れていた仕事の分を巻き返せそうだ。

「えっらい張り切ってるね。それでマリーズ様に伝えたの?」

 アーロンが聞いてくる。

「アーロンには感謝している。自分から伝えて良かった」

「ふーん。で愛してるって言って私もってなって、がばっとやってそんなに生き生きしてるわけだ」

「アーロン。言葉は慎め」

「マリユスはいなかったから知らないだろうけど、ウジウジしてて気持ち悪かったんだからな」

「それでもだ」

「はいはい。で、確認だけど進展したんだよね?」

「ああ。受け入れてもらえた」

「城内で噂になってるよ。ラファエル様に愛され過ぎて、マリーズ様が起きることができないほどぐったりしていた、ってね。

 マリーズ様は小柄だからラファエル様は加減された方が良いわ、って女性の使用人たちが怒ってたよ。

 おまえ、馬なの?加減を考えろ。マリーズ様は初めてだったんだろ?それを起き上がれないほど抱きつぶすなんてありえないだろ。大切に扱えよ」

「マリーズが可愛いから仕方ない」

 一瞬室内に生温かい空気が流れた。

「ま、まあなんだな。加減はしろってことだ。毎日そんなだと、朝食も一緒に摂れないし、何より嫌がられる」

 ラファエルはショックを受けた顔をしている。そうだ。ラファエルはマリーズとの食事も今では楽しみの一つだ。それができないばかりか、嫌われる?

 そんなの考えただけで嫌だ。

「善処する」

 こうして浮かれていたラファエルは仕事を張り切ってこなし、夕食までには終わらせマリーズと共に過ごすことを楽しみにペンを走らせた。


 その日の午前。カフェに富裕層の娘らしき女が一人座っていた。爪の先を噛み苛立たしげである。更に何か呟いているのが気味悪い。

 店員が恐る恐る飲み終えているカップを下げようとした。

「ちょっとあなた、ローズティー持ってきて」

「かしこまりました」

 声をかけられた店員は慌ててカウンターへと下がった。とばっちりはごめんである。

「何で来ないのよ。手紙を送ったのに。この私を持たせるなんて。2人とも来たらまずは厳しくしつけないと」

「ローズティーお待たせしました」

 店員がさっと置いて去っていく。窓の外を見ても待ち人は来ない

「何で来ないのよ。今までは私より先に来て待ってたのに」

 それから30分。女は立ち上がると叩きつけるようにお金を置いて去っていった。

「あの人って時々この店に来て他の人と話してたわよね?」

「そうそう。約束を反故にされてあんなに怒ってるのかしらね?こっちに当たらないで欲しいわ」

 店員たちが話しながら片付けをする。窓の外にはもう女の姿はない。怖い怖いと言いながら他の客の元へ注文を取りに行った。

 その女はまずマーサの姉の家に行った。仕事が休めなかったのかもしれないと思ったがそれなら先にそう連絡がくるはずだ。

 そして着いた姉の家はもぬけの殻だった。

 なんなのよ!どういうこと?

「ねえ、そこのあなた、ここの家の人どこ行ったの?」

 近所の人間と思われる老婆に聞いてみた。

「あー、あんた知り合いかい?妹さんが体調を崩されてね、ここは人が多いから静かな場所で静養させるって言って出てったよ」

「はあ?いつよ!」

「さあいつだったかね?そんな前でもないけど、最近ってほどでもないような。でも妹さんはかなり体調が悪そうだったさね。

 顔色も悪くて。城から見送りに来た同僚っていう女の人も心配そうにしてたよ」

「もういいわ!」

 いつの間にいなくなってたのよ!私に連絡もせず!体調不良?静養?姉夫婦まで一緒に?この前会った時はそんなじゃなかったのに!

 きっと城で何もできなくなって逃げたんだわ!あんなにお金を渡したのに!恩知らずな女ね!

 そしてロレッソの店に着いた女は休業の札が掛けられている店に合鍵を使って入った。

「今日は約束の日でしょ!なんで来ないのよ!」

 厨房に入りながら叫んだがそこには誰もいない。

「うそ、いない。まさか」

 女は菓子作りの道具を確認した。

「ないわ」

 棚にはロレッソが愛用していた調理器具が全てなかった。まさかと思い、ロレッソの家に行ってみたら、やはりもぬけの殻。

 近所の人間に聞くと、この町にいられなくなったのだと言われた。

 何でも近くの店と揉め事を起こし、その原因がロレッソの一方的なものだった為に商売に支障が出てしまうだろうとこの町を出ることにしたと言っていたらしい。

「なんなのよ、一体!」

 女は被っていた帽子を地面に叩きつけた。

 私に断りもなく出ていくなんて!!

 逃げたに違いない。2人とも。こうしちゃいられない。新しい手駒を探さないと。

 女は少し歩くとある店が目に入った。扉の横には『大公妃お墨付き』の文字が書かれている。

「これね、ロレッソが言っていたの」

 女は書かれていた板を外すと地面に叩きつけた。すると店から若い女が走り出てきた。

「何するのよ!それは大切なものなのよ!」

 女はそう言われて更に板を蹴り飛ばした。

「酷い!なんてことを!!」

「ユーリ大丈夫かい?」

 蹴り飛ばされた板を拾った近所の店の店主がユーリに板を渡す。その他の店からもユーリの声で出てきたのか人だかりができていた。

「あなた、良いところのお嬢様みたいだけど、だからってこんな事していい訳ないんだから!」

「あら、そこに書かれている大公妃って、我儘な公爵家の令嬢なんでしょ?噂は聞いてるわ。身分で差別し、機嫌が悪いと周りに当たり散らす。そんな女が書いたものを飾るなんて逆にみっともないから外してあげたのよ」

 ユーリの顔が怒りのあまり真っ赤に染まった。

「マリーズ様はお優しい方よ!そんな噂、城下ではもう誰もしていないわ!みんなマリーズ様が実は優しくて素敵な方だって気づいたのよ!あなたどこから来たのよ!」

「そうだ!マリーズ様は差別なんかしねーよ!俺らにも気さくに話しかけてくれるお人だ!」

「そうだ!まだそんなこと言ってるなんてあんたこの辺のもんじゃないね!帰りな!」

「そうだ!とっとと帰れ!」

「あなたたちは騙されているのよ。可哀想に。優しいフリなんて誰でもできるわ」

「なんなのよ!マリーズ様は本当にお優しいの!マリーズ様にお会いしたらみんな噂が間違いだってすぐ気づいたのよ!おかしなこと言わないで!

 大公様もマリーズ様のこと大切にされているのよ!」

「黙りなさい!!あんな女が大公妃なんて認め

ないわ!あなたたちは騙されてるだけ!」

「違うわ!それにあんたが認めなくても私たちが認めてるんだから!」

「そうだ!マリーズ様は大公妃に相応しいお人だ!」

「どこのもんか知らんが帰れ!」

 あちこちから罵声が浴びせられる。

 ここの領民から賞賛を浴び、大公妃と崇められるのは自分だったはずだ。何故罵声を浴びねばならない?

 間違いを認めて今すぐそこに平伏せよと言いたい衝動に駆られた。

 そこに一人の子どもの声が聞こえた。

「マリーズ様は輝いていたけどあの人は黒いから怖い!」

 そう言って泣き出した。

 黒いですって!?この輝くような銀髪にサファイアのような目の私が?

「帰れ!」

「消え失せろ!」

 女は子どもの泣き声と罵声が頭の中で反響しあい、だんだん痛くなって走り出した。

 なんなのよ!なんなのよ!私のものなのに!

 許せない許せない!ラファエルは私と恋に落ちたのに!何故私から奪うのよ!選ばれるのは私なのよ!

 女はやっと辿り着いた馬車に乗ると馬車を走らせた。痛い、と思って唇を触ると噛んでいたのか血が出ていて苛立たしさが増し馬車の椅子を蹴った。

 

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