食いしんぼ令嬢は大公様に嫁ぎましたが何だか観察されているようです
10日の道中を経てローランサン大公領の大公城に着いたのは昼過ぎだった。ラファエルは忙しいとのことで執事のフレデリックが応対に出てきた。
メグもカレンもその対応が軽視されていると怒って部屋に案内された後ぐちぐちとずっと言っていた。
「奥様になられるマリーズ様が来たというのに出迎えもしないなんて!先触れも出してあったのに」
「本当ですよ!出迎えが執事のみってどうなの?ないがしろにされているわ!」
「そんなことないわよ。だってこの部屋、大公妃の部屋でしょ?あそこに扉があるもの。大公様の部屋に繋がっているのね。だから花嫁として迎えられているのに変わらないわ。
部屋も綺麗に整っているし。家具類も落ち着いた雰囲気のもので良いわね」
「もう!マリーズ様は優しすぎるのです。きっとこの落ち着いた家具は、前大公妃のものをそのまま使っているだけですよ。前大公ご夫妻と妹君はラファエル様が大公位を継承したあと、領内の別荘に移住したと聞いてます。その時に置いて行ったままの家具に違いありません!」
「いいじゃない。どれも見る限り良質な品よ。使い勝手も良さそうだわ」
「もうマリーズ様は。素直なのも良いところですが、人を疑うこともしませんと」
「わかっているわ。大公妃としてやっていくには人を信じるのみでは駄目ってことよね。時には疑わないといけないの。残念なことにね」
そこへ執事がティーセットをもってやってきた。
「マリーズ様がお茶をお飲みの間に侍女の方の部屋へ案内させてもらってもよろしいでしょうか?その後荷物の片付けをしていただいて、終わる頃には夕食の時間になっているかと思われます」
「ええ、二人とも行ってきて。私は一人でお茶を飲んでいるわ」
「お一人にするわけにはまいりません」
メグが交代で行くというのに対して、マリーズは二人で行って二人で一緒に戻ってきてさっと片付けましょうと言って二人を促した。外には案内役の使用人が待っているようだ。
渋々部屋を出て行った二人を見送ると執事とマリーズの二人きりになった。
「フレデリック、とてもいい部屋を準備してくれてありがとう。上質な家具ね。落ち着いた雰囲気も気に入ったわ」
マリーズから話しかけた。フレデリックは50代くらいだろうか、髪に少し白いものが混ざり始めたといったところだ。落ち着いた物腰の如何にも執事といった雰囲気だ。
「喜んでいただけましたようで何よりです。準備したかいがあるというものです」
「このお茶も美味しいわ。フレデリックはお茶を淹れるのがとても上手なのね」
「お好みに合いましたか?それはようございました。マリーズ様にこれからもお茶を淹れさせていただきます」
「フレデリックの仕事もあるでしょうから、時間の合った時はお願いね」
マリーズが笑いかけるとフレデリックも笑い返してくれた。
窓の外は見たことのない景色。美味しい紅茶を飲みながらゆったりとした時間が過ぎていく。
私はここで生きて行かなければならない。ラファエルと良好な関係を築き、そして領民の要望を叶え、生活をよりよくしなくてはならない。
大公妃は王妃に次ぐ高位になる。それに見合うものを領民に示し、その思い答えなくてはならない。学んできたことを生かして頑張っていこう、そう決意を新たにしたところで二人が戻ってきた。
顔が生き生きしている。
「マリーズ様。一人部屋でとても綺麗な部屋でした」
「本当に。ビックリしました。さすが大公家ですね。使用人の部屋もしっかりとした家具が使われていました」
「良かったじゃない!ゆっくり休んで仕事をがんばれるわね。メグはクロードはどうなったの?」
「クロードと一緒に使える部屋です。ベッドも二個用意されていて。仕事中は近くの聖堂に預ける手配をしてくれているそうです。後から挨拶に行って来てもいいですか?」
「もちろんよ。クロードが早く生活に慣れてくれるといいわね。二人が嬉しそうで良かったわ」
「はい。マリーズ様。あ、大公妃とお呼びした方が良いですね!」
カレンがウキウキとしている。
「何を言っているの。まだ結婚してないから大公妃ではないわ。それに結婚しても今まで通り名前で呼んでくれたらいいのよ。大公妃なんてまだまだ遠い未来ね。私なんて」
「そんなことありません。マリーズ様はたくさん勉強されてきたじゃないですか。大公妃に相応しいようにって」
「勉強と実際にやるのとは違うわ。まずはここでの生活に慣れないとね。王都より南だから少し暑いわね。でもやっぱり思った程暑くはないのね」
マリーズの言葉を受けてフレデリックが答える
「やはりとおっしゃったということはご存知だったのですね。ここの気候を。
ここまでこられるのに長い坂道を登られたでしょう?大公城は領内の中の高原地帯にあります。他は鉱山地帯。その周りに加工工場や、それを直売する商店街。
前大公様がお住まいの別荘は平地になりましてここより暑いですが、美味しい果物がたくさん実る農業地帯です。ですから思ったほど暑く感じられないのですよ」
「大公城付近は高原野菜もたくさん収穫されるのよね?楽しみだわ。南地方の果物は王都では珍しいからそちらも楽しみね。
小麦も蕎麦の実も収穫されるから結構地産地消できてるわよね。他領から仕入れいているのは肉類と塩や酢に漬けた魚類ね。領地で育てているのは鶏。卵とお肉の両方でお得ね。
他の肉類は隣のバルベ侯爵領から主に仕入れているから近くて良いわね」
スラスラというマリーズにフレデリックが驚きながらもうなずいている。
「蕎麦の実を使った料理が日常的に食べられるなんて嬉しいわ。王都ではなかなかなかったもの」
「マリーズ様は大公領についてお詳しいてすね」
「こう見えてちゃんと勉強したの。4年もあったしね」
「それはありがたいことです」
ふふと笑いながらマリーズは片付けをしている二人の元へ行った。
広いクローゼットルームはほぼ片付けが終わっていた。かなり持ってきたつもりだったが、広いクローゼットルームの為半分も埋まっていなかった。
「お疲れ様、2人とも」
「いいえ。これくらいササッですよ。マリーズ様がお待ちになられていた荷物はどこに片付けられますか?」
「そうね。あっちに棚があったからそこにいれるわ」
「ではこちらは?」
そういってカレンが抱えているのは大きなクマのぬいぐるみ。ラファエルからもらったものだ。
マリーズはそれを受け取るとソファーセットの一脚にドンと置いた。今まではベッドに置いていたがさすがにそれは躊躇われたからだ。
手紙類を書き物机の棚に入れようとしたらフレデリックが声をかけてきた。
「そちらは?」
「ラファエル様からいただいた手紙よ。大切に片付けて置かないと」
「さようでございましたか。きっとラファエル様もお喜びになりますよ」
ラファエルからもらった髪飾りなどはクローゼット内のアクセサリー入れに入れると完了だ。
そこへノックの音がした。答えるとメイドが入ってきた。
「お食事の準備が整いました。侍女の方の分は使用人用ダイニングに準備してありますのでそちらで召し上がってください」
「ありがとう」
「食堂までご案内します」
「よろしくね」
マリーズはメグにクロードと聖堂に挨拶してから先に食事をしてくるようにと伝えるとカレンを連れて食堂に向かった。
ラファエル様が同席してくれるかしら?それとも一人かしら?でも晩餐の招待はされてないからきっと一人ね。
「こちらが食堂です」
そういって執事が扉を開けてくれたが、やはりカトラリーは一人分だけだった。
悲しそうなのに気づいたのかフレデリックが付け加える。
「ラファエル様はお忙しく執務室でお食事を取られることがほとんどですので、マリーズ様もお一人がほとんどです。これからはお部屋にお運びしましょうか?」
とんでもない。そんなことをしては家庭内別居一直線だ。何としても避けなければ。
「いいえ。食事は食堂で取りたいです。このまま食堂でこれからも取らせてもらえると嬉しいわ」
「さようでございますか。それではこれからもこちらに準備させますね」
「ええ、お願いします。気が変わったらまたいうわ」
扉が開き食事が運ばれてきた。その食事を見てマリーズは一瞬固まった。
形がバラバラな野菜の入ったスープ。レタスを千切っただけのサラダには塩がかけられているようだ。豚肉はマリーズだったら3口で終わりそうなほど小さいのが一切れ。そしてパンはあちこち焦げていた。
料理人っていないのかしら?と思ったが出された食事に文句は言えない。ありがたくいただくのみである。
マリーズは焦げたパンから焦げている箇所を取り除き残った部分をちぎって食べてみた。
味はまあ、悪くない。素朴なパンだ。スープも見た目の割には美味しい。たくさんの野菜が入っているからその味が染み出て優しい味わいだ。
サラダはまあ、そのまま塩味だ。実家で美味しいドレッシングで食べていたマリーズにしたら物足りなさはあるが、何もかかっていないより食べやすい。
豚肉は焼いて塩を振っただけのようだ。特別なソースがかかっているわけではもちろんない。
塩でも美味しく食べられるので問題はないが、大公家の料理人が作ったならこれはどうなんだろう?毎日これでは塩味のものしか食べられない。
明日はちょっと厨房を見に行こうと思いながら食べ進めると、あっという間になくなった。
物足りない。
マリーズの食欲が満たされない。普段のマリーズならこの何倍も食べているのだ。
食欲旺盛と言えば聞こえはいいかもしれないが、ただの大食いなのがマリーズだ。母も兄もそうだったから子供の頃はそれが普通だと思っていた。しかし、初めて出たお茶会で一種類のお菓子を食べるだけか、ほんの一口しか食べない令嬢を見て自分はおかしいときづいたのだ。
マリーズならそこに並んでいるお菓子を全て食べられるのにと。
だから外では気をつけていた。奇異の目で見られるのも嫌だったから。
きっと大公家でも普通の令嬢ならこれで充分だろうという量をだしたに過ぎない。マリーズがおかしいのだから。
そこへデザートが運ばれてきた。
見たことがないものばかりの念願の南国の果物たちだ。切って皮を剥いただけであろう果物だが、マリーズには輝いて見えた。
「美味しそう!」
マリーズは思わず声に出してしまったが一人だから答えてくれる人はいない。メイドとフレデリックがいるが聞こえなかったのだろう。カレンは何だか眉間にシワがよっているようだ。
マリーズはフォークを手に果物を食べ始めた。どれも甘くて美味しい。特に気に入ったのが柑橘類の果物だ。こんなに甘くて美味しいのは食べたことがない。
「フレデリック。この柑橘類の果物はもしかしてポンガ?」
「さようです。この地方でしか育たない品種です。よくおわかりになりましたね」
「ええ。大公領について勉強してる時に知って食べてみたかったの。とっても美味しいわ」
「お気に召していただけたようで良かったです」
あっという間に果物も食べ終わり、ごちろうさまと言うとカレンとともに自室に戻った。
そこにはまだメグが戻ってきていなかったのでカレンに食事に行くように言った。
「お一人にするわけにまいりません」
「またそんなこといって。ここは大公城よ。誰もこないわ」
「マリーズ様はお優しすぎるんです!何ですか、あの料理!焦げたパンをこれから大公妃になるマリーズ様に出すなんてありえません!料理人は何をやっているのですか?」
「あまり料理が得意じゃない料理人なのよ。でも美味しかったわよ」
「そういう問題ではありません!みすぼらしいサラダ。焼いただけの肉。私でももっと上手に作れます!」
なるほど、これで眉間にシワが寄っていたのか。マリーズへの扱いがおかしいと。
そこへメグがちょうど戻ってきた。
「聖堂はよさそう?」
「はい。明日から預けられます」
「ねえ、メグ、食事はどんなだった?」
カレンがメグの肩を掴んで聞いている。
「あまり良いとはいえませんね。パンはところどころ焦げていたし、スープはふぞろいな野菜を煮込んであって。でも味は良かったですよ。
クロードはスープが気に入ったようでした。でもサラダはちぎったレタスのみ。メインは豚肉を焼いて塩を振っただけでした。
すべてブュッフェ形式で食べたいだけ取れるのですが、たくさん食べたいと思わせる料理はなかったです。
果物は見たことないものばかりで美味しかったですけど」
「どうしたんですか?お二人とも」
カレンが物凄い形相になっている。
「まさかのマリーズ様と全く同じメニュー!
使用人と次期大公妃が同じメニューなんてある?マリーズ様はパンなんて一個だったのよ!
これならブュッフェ形式の使用人の方が好きなだけ食べられて良いわ!」
「そうなの?私でももっと美味しく作れるなあって思ってたから、使用人の分は使用人が交代制で作っているのかと思ってたんだけど」
メグも驚いているようだ。良いなあブュッフェ形式。と思いながらマリーズは話に加わった。
「まだ私の好みもわからないでしょうし、しばらく様子見するわ」
「マリーズ様!はっきりと抗議するべきです!」
「カレン。良いのよ。ちゃんとした食事を出してくれるだけで。
この結婚は王命なの。私を気に入らなくて追い出して結婚をなかったことにしたいなら、食事は不味いものを出させたり、使用人に嫌な対応させたり、そういったことで傷つき怒る令嬢もいるだろうから、そうやって相手側からなかったことにしてほしいと陛下に直談判させに行けばいいもの。
そうすれば使用人が勝手にしたことで自分はそんなこと指示していない、で済むしね。
だから執事のフレデリックの対応もきちんとしてたし、食事も美味しいからそれで良いのよ」
そこでふとマリーズが扉に視線を向ける。カレンとメグに視線を戻し声をひそめ簡単に説明し、交互に二人に指を振って目配せすると二人は頷き会話を始めた。何気ない今日の出来事だ。そしてそれぞれが動き出す。
マリーズは靴を脱ぐと羽が生えているかのように素早く音を立てずに移動すると扉をカバっと開ける。
そこには二十代中頃の青年が立っていた。
「いつ気づかれたんですか?」
青年が一瞬驚いた顔をしたがすぐにとぼけたように言った。
「それより名乗ってくれる?あと、誰の指示で私の部屋の会話を盗み聞きしていたのかしら?」
「いやー、まさかバレるとは思いませんでしたよー」
「そう。私の質問に答える気がないのね。メグ!」
後ろ手に手を出すとさっと細身の剣が渡された。
「下がってて。
さあ、あなたは公爵家令嬢でもうすぐ大公妃になる私の何を探っているのかしら?」
そういって剣を鞘から抜くと男に切りかかった。もちろん殺すつもりはない。
相手もひょいひょいと交わしている。
マリーズはマルグリットとともに剣術の講義を受けているうちに、講師が予想していたよりずっと早く上達し、卒業する頃にはこのまま騎士になって欲しいものだと泣かれたほどの腕前になっていた。
しかも2年生の時から学園の大会では決勝戦はいつもマルグリットとマリーズの2人だった。
一度もマルグリットに勝てなかったのが残念だが仕方ない。マルグリットは騎士になるのだから覚悟も気合も違うのだ。
マリーズは廊下を剣を振るって進みながら最後に斬りかかると見せかけて一瞬で突きに変えると相手の頬に剣がかすって血が流れた。
相手は驚いて血を拭っている。
もらちろんマリーズは軽く頬に傷をつけようと狙ったのだから狙い通りだ。
「まだ名乗るつもりはないの?次はその結構素敵な顔じゃなくて息を止めに行くわよ」
ドレスを着てふわふわの金色の髪に紫の瞳をした小柄な令嬢が剣を構える姿はどこかちぐはぐなようで危うさを感じる。
しかし舐めてかかれば痛い目に会うのは相手側だ。
それを悟ったのかようやく盗み聞き犯は両手を上げ負けを認めた。
「こんな情報なかったんだけどなあ」
まだぶつぶつ言っているのかともう一度剣を構えると、慌ててまた両手を上げたのが滑稽だ。
「まずは名乗りなさい」
マリーズの言葉に恭しく礼をとるとようやく名乗った。
「アーロンと申します」
「それから?」
「ラファエル様の側近です」
「そう、それで?何が知りたかったの?」
その間マリーズの切っ先はアーロンに向けられたままだ。
「到着されてから問題なく過ごされているかなと思いまして」
「そう、それで盗み聞き?あなたの個人的趣味なの?それともラファエル様の命令?」
「盗み聞きが趣味なわけではありません。ラファエル様から様子を見てくるように言われただけです」
「そう、それで?様子を見るつもりが盗み聞きすることになった理由は?」
「盗み聞きするつもりはなかったんですが、楽しそうな会話が聞こえてきて、入りにくかったので入るタイミングを計っていただけです。本当に盗み聞きするつもりはなかったんです」
「でも結果的に私の部屋を盗み聞きしたわ。それはもうすぐ大公妃になる私にすることかしら?
それからあなた、気づいてる?さっきから一度も私に謝罪していないこと。
私は謝罪するに値しない存在だと大公様の側近たちは思っていると判断して良いかしら?」
マリーズはカチリと剣を構える姿勢を変えた。初めから舐められるわけにはいかない。例え政略結婚だとしても。
「そんなつもりありませんよ!誤解です!
改めまして、申し訳ございませんでした。ただ本当にラファエル様が命令したのは様子を見てくるように、というだけなのは信じてください」
マリーズはやっと剣を下ろすとメグに渡した。メグが鞘を拾い収めている。
「謝罪を受け入れます。聞きたいことがあるなら聞くから中に入って」
マリーズはアーロンを中へと促しソファーに座った。
「マリーズ様!危険です!この男が本当のことを言っているか怪しいですよ!」
カレンがもう一本の剣を持ったまま言う。実はマリーズは二刀流だ。防御も剣でする。
マルグリットとマリーズの闘いはまるで美しい舞を見ているようだと人気が高く、大会当日は朝早くから良い席に座るため列ができるほどだった。
「大丈夫よ。この人の襟についてるの大公家に仕える人のものだから」
「よくご存知で。それなのに聞いてきたんですか?」
「当たり前よ。私にしたら先に自ら名乗りなさいよってこと。
名乗らない人間は名乗れない理由があるってことでしょ?そんな人大公家の関係者だってわかっても話す必要はないもの」
「おっしゃる通りですね。失礼な態度を取り申し訳ありませんでした」
再度謝罪するアーロンにカレンとメグが厳しい顔をしている。
「メグ。お茶を淹れてくれる?」
「この男の分もですか?」
声が尖っている。盗み聞きする者に出すお茶はない、といった感じだ。
「ふふ。二人とももうそんな怒らないの。私は謝罪を受け入れたんだし。さあ、メグお願いね」
メグは渋々といった感じで準備するべく部屋を出て行った。
カレンはというとまだ剣を持っている。
「あの、その物騒なもの片付けてもらえませんか?」
アーロンの言葉にカレンが蔑むようにアーロンを見ている。
「マリーズ様がお許しになってもこの後何が起こるかわかりませんので片付けるわけにはまいりません」
カレンの言葉にアーロンは言葉を詰まらせたがマリーズはカレンのしたいようにさせておくことにした。
ここではまだマリーズの味方は少ないのだから。
「それで何を知りたいの?」
「何事もなくお過ごしになられているか、ですね」
「何も問題はないわ。部屋もとても落ち着いた上質な家具で揃えられていて居心地が良いわ。
私の侍女の部屋も良い部屋を準備してくださったようだし」
「でも料理には問題があると」
ちゃんとそこは聞いていたのか。気を抜いていたとマリーズは反省した。
「美味しいものを出してもらえたと思っているわ。嫌味でもなんでもなくて本当によ。
ただ料理人が作ったのかしら?とは思ったわね」
マリーズは正直に答える。
「そこなんですよ。料理人が作っていません。実は大公城には料理人がいません。前大公の時はいたのですが、ラファエル様が継承した際に前大公に別荘に料理人が必要だろうからと異動させましてね。
この2年は料理人ではなく大公領の兵士が当番制で作っています。いざという時に戦地で料理するのも兵士だからと」
「なるほど」
「本当は僕たちも美味しいものが食べたいなあ、とは思っているんですよ。今のでも充分ですけど、もっと気合が入るような。
でも領地から急に料理人を募集するのも中々大変なんですよ。かといって王都に出してもこんな田舎に誰も来ませんしね」
「あなたたちの言い分はわかったわ。それなら仕方ないわね。ラファエル様は真剣に探す気がないんでしょ?
真剣に探せば見つかるはずだわ。これは本格的に兵士の皆さんを鍛えてるのかもしれないわね」
「そうなんですよ。ですから料理についてはご勘弁を」
「ええ。それで、あなたはラファエル様に、公爵家の令嬢は料理に文句を言っていましたが、納得させておきましたってこと以外に報告する何か発見はあったかしら?様子を見てこいと言われたのでしょう?」
「いえ何も。問題なくお過ごしですと言っておきます」
「そう、ありがとう。これからよろしくね」
「マリーズ様。その男をもっと尋問するべきです。
女性のしかも大公妃になられるマリーズ様の部屋を盗み聞きしていたのです。
こんな甘い処置ではこれからもされかねません」
「メグ。大丈夫よ。それに、もしまたされたとしても私に疚しいことはないもの」
「そうですよー。もう何もしませんてー」
メグが剣をマリーズに捧げ持つ。
「舌を切り落とした方がよろしいかと」
「同感です。ラファエル様に本当のことを報告するかどうかもこの調子では怪しいものです」
カレンまでくわわってアーロンを非難している。
「公爵家の侍女さんたちはそんな恐ろしいこと言わないでくださいよ。本当に誓って、嘘はつきませんから」
話し方にいちいち軽さがあるから信用されないのにこれがこの男の対人スタイルなのだろう。
「私はアーロンを信用することにするわ。服で隠れているところに短剣を忍ばせているけど、私と戦っている間出さなかったもの。
剣を向けて良い相手だとは思っていないってことよ。だから二人もアーロンを許してあげて」
「それもお気づきとは。私はマリーズ様に忠誠を誓います」
そう言って膝をつくと頭を下げた。
「ありがとう。でも私に誓ってもいいの?ラファエル様に誓っているでしょ?」
「お二人に誓うということですから問題はありません」
「じゃあもし夫婦喧嘩したらどうするの?」
「それはもちろんマリーズ様の味方につきますよ。
マリーズ様を怒らせる主なんて、マリーズ様に怒られて当然なことをしたんでしょうから」
「ふふふ。頼もしい味方ができたわね。さあ、私はもう寝る準備をするわ。
アーロンはラファエル様にそろそろ報告にいかないとお待ちになられているんじゃない?」
「はい。報告してきますよ。侍女さんたちは今度からもう少し優しくしてくれると嬉しいなあ」
二人が警戒しているのを感じて後からなだめないとなあとマリーズは苦笑いした。
「どうだった?」
室内には男が4人、ラファエルの執務室に集まっていた。
ラファエルとアーロン、そしてフレデリックとマリユス。マリユスはラファエルの護衛騎士だ。
「マリーズ様は朗らかに笑い、侍女たちにも優しく聡明な方です。
嫁いで来られるまでの間に、かなり大公領について学ばれたようで大変お詳しいようでした」
フレデリックが答える。
「料理については料理人を使ってないだろうと予測してたよ。だからといってそれに不満があるようではなかった。
美味しかったと言ってたしね。
後驚いたのが、マリユスと同等に戦えるんじゃ?と思うくらい素晴らしい剣術だった」
「おいおい、剣術?何をやらかしたんだ?」
マリユスが呆れたように聞いている。
「様子を見に行ったら話し声が聞こえたから、ちょっと立ち聞きしてたら、なんとご令嬢に気づかれて、剣を向けられたんだよね。
それをのらりくらりかわそうかなあと思ったら、即効斬りかかられて、まあ向こうも本気じゃなくてどうでるか反応を試している感じで、最後に華麗に薄皮を切らちゃった」
アーロンがひょいひょいと指で頬を指す。
「うっわ。おまえまだ血が滲んでるぞ。そんなに凄いのか?」
「凄いねー。軽やかに舞うような剣術で、もうお手上げ。服の下に短剣を隠し持ってるのも気づかれてたし、僕は逆らいたくないね。
あんな可憐な見た目で小柄なのに、どこで学んだのか想像できない動きをするんだよ。
侍女たちもしっかりしてたよ。ばっちり連携が取れてた。
いやー、僕思わず忠誠誓ったもん」
「はあ?様子を見に行っただけだろ?おまえ何言ってんの?」
「それくらいのお方だよ。会えばわかる」
「そうでございますね。正に噂はあてにならないという例ですね」
「で、どうするの?僕はご令嬢は噂のような方だとは思わないと判断する」
「そうでございますね。私も同じ意見です。お会いになればおかりになるかと。
そうそう、ラファエル様が贈られたプレゼントや手紙を大切にお持ちになられていましたよ。あのクマのぬいぐるみは今お部屋に鎮座されています。
大変お手紙も大切にされていたようで、自らお手持ちになられてらしたようでご自分で棚に片づけてらっしゃいました」
「大公妃の座を、だろ」
「そういったものではありませんね。本当に大切にされていたのでしょう。このフレデリックが断言いたします」
「そんなに二人の評価は高いのか。たった一日でアーロンとフレデリックを味方につけるとは凄いな」
「で、計画通りに進めるの?」
アーロンの言葉にラファエルが立ち上がった。
「計画は変わらない。面倒はごめんだ」
「はいはい。せめて結婚式はちゃんと出てくださいよ。新郎のいない結婚式なんて前代未聞ですからね。公爵家もくるんだし」
「結婚式から涙する新婦は見たくありませんしね。大切になさる方がよろしいかと」
「意見は聞いておく。私も問題を起こしたいわけではないからな。
噂通りの令嬢なら楽だったんだが」
そう言って四人の会議は終わった。
その頃それを知らないマリーズは疲れの為かぐっすり夢の中だった。