妻にメロメロ大公、真相を知る
マリーズに贈り物をして三日。マリーズは毎日ラファエルが贈ったペンダントと指輪をしてくれている。さすがに就寝時は外しているが。
そしてそれをラファエルは嬉しい反面ちょっと後悔していた。
何故ならあの意匠ではどちらもラファエルがマリーズに囲まれ守られているようだからだ。
失敗した。自分の色をつけて欲しいが為に選んだが、マリーズに囲まれる自分じゃなくて、マリーズを囲うラファエルにした方が良かった。その方が自分がマリーズを守っているようではないか。
こんなことを三日も後悔しているラファエルをアーロンが呆れたように見ている。
「おまえ意外と乙女だな。また贈ればいいだろ?何回言わせるんだよ」
「夫婦になって初めての贈り物なんだ。完璧にしたかったんだよ」
仕事をする手を時々止めながらため息を吐くラファエルにアーロンが言う。
「でもマリーズ様はお喜びになってるんだろ?それなら良いじゃないか。おまえの色を贈られて喜ぶんだから、好かれているってことだろ?毎晩一緒に寝てもいるし」
「好かれているのだろうか?」
「はあ?どう見てもそうだろう?」
「オレはマリーズにあんな酷いことをしたんだ。好かれる要素がない」
「それは謝罪もしたんだし、それで受け入れてもらったんだから問題ないだろ?」
「そこは許しを得たがそれと好かれているは別問題だ。一緒に寝てくれているのも大公妃としての務めの一環かもしれないだろ?」
「存外気持ち悪いヤツだな、おまえ」
「なんとでも言え」
はあ、とため息をまた吐くラファエルにフレデリックが言う。
「城内ではお二人が仲睦まじいと評判ですよ。ご心配の必要はありません」
「だよな?主におまえにいい変化があったとみんな言ってる。マリーズ様様だよ。
それにさすがに大公妃の務めとかで添い寝してるわけじゃないだろ?そのつもりなら子作りするときにだけ一緒にベッドに入れば良いだけなんだし」
「わからない」
「はあ?なんで?」
「オレが押しかけてマリーズのベッドに入ってるだけだしな。それを優しいマリーズは断れないだけかもしれない」
「ホント、気持ち悪いな。ウジウジと。好きだとか愛してるとかちゃんと言ったんだろうな?」
「言ってない」
「はぁ?なんだよそれ。それで好かれているかわからないとか。言ってないなら伝わらないし、マリーズ様からも言われてないなら、自分から先に言えばいいだろ?そうしたら答えてくれるだろうが」
「そうかもしれない。でもマリーズは優しいからオレに言われれば自分もと言うしかないと思うかもしれない」
「気持ち悪い、ああ気持ち悪い。何それ?自分は言わずに先にマリーズ様から言われたいわけ?
そんなのおかしいだろ?しっかりしてくれよ。言わなければならないことはちゃんと自分から伝えないと。いつまでも言わないで待つばかりだと不安になるのはマリーズ様だぞ」
確かにそうだ。ラファエルは全身で好きだと表現しているつもりだが、言葉にしなければ正確に伝わらないし不安にさせているかもしれない。
「わかった。言う」
「良かった。頼むからそうしてくれ。オレにこれ以上気持ち悪い目でおまえを見させないでくれ。
それに今回のことが片付いたら大公妃お披露目パレードをするんだろ?初めはしないって言ってからこっちは急いで準備してるんだからさ。頼むよ」
「わかった。玉砕したらすまん」
「なんで玉砕するんだよ!」
そんな話をしている時だった。
ノックがして、マリユスが帰還したことを先触れが告げてきた。装備を解いたらすぐにこちらに来るというのでしばらく待つとマリユスが顔を出した。
「ただいま戻りました」
「ご苦労だった。報告は少し休んでからでもいいぞ。疲れただろう?」
「いえ。大丈夫です」
「そうか?なら報告を頼む」
「はい。結果から申し上げますと、マリーズ様が噂にあるようなことを言ったり行ったりした事実はありませんでした」
「そうか!」
「事の発端はまず4年前。婚約が決まった時です。陛下は王子たちに公爵家から婚約者を選ばないと宣言されていました。
実際選ばれておりません。ですから王家に次ぐ大公家の次期大公にも公爵家からは選ばないと誰しも思っていたのですが、公爵家のマリーズ様が選ばれたことにより、ほんの一部の令嬢たちの反感を買ったようです」
「王家と大公家は別だろ?勝手に推測して反感を持つなどとは」
「それで、お茶会の席で、マリーズ様にどんな手を使って選ばれたのか?とか、公爵家の力を使って選ばれたんだろう?とかいう令嬢方がおりまして、マリーズ様はあまりお茶会に出席されなくなったようです」
「凄いな。女ってのは怖いねー」
アーロンが嘘っぽく震えている。
「しかしその頃は学園内ではマリーズ様の悪い噂はありませんでした」
「何故?まだ入学していないからか?」
「いいえ。学園にマリーズ様のお兄様が在籍されておりました。そこでそのような噂が出ればお兄様が嘘だと言えば誰もがお兄様を信じるほど、人気があった方です」
「なるほど。それで」
「お兄様が卒業し、マリーズさまが学園に入学された年にその噂が瞬く間に学園に広まったようです。それ以前からお兄様の耳に入らない程度には少しずつ広めていたようですね。
学園は3月頭で卒業式を迎えますから、その後在籍している2年生1年生の間で広まり入学された時にはもう、という感じです」
「酷いな。入学したら自分を悪く言う人間ばかりになっていたってことだろ?」
「そうです。しかし、しばらくしてマリーズ様にマルグリット様というご友人ができます。メルディレン侯爵家の次女です。
二人でいる姿をよく学園で見かけるようになり、またマリーズ様がとても優秀で気遣いのできる方だと徐々に知れ渡り、同じクラスの学園生は噂とは違うと思うようになって、関係が変化していきます。
また3年生に在籍されていた第三王子殿下もそんな噂に紛らわされるなと周囲に言っていたようです。
何度も噂が広まりその度収束するのを繰り返していたようですが、約2年前、マリーズ様が2年生になられた時それがなくなります」
「ほう、何故?」
「噂を流していた人間が卒業したからです。
マリーズ様は我儘で下位貴族を差別している、などそんな事実はありませんでしたから一気に消えたんでしょうね。
同学年の生徒何人かに確認しましたが、マリーズ様のそのような姿は一度も見たことがないが、いつの間にかそんな噂が広まるのが繰り返し起こるので嫌なものを感じたと。
自分はマリーズ様は優しく勉学だけではなく、剣術にも優秀な素晴らしいご令嬢だと思っていたと言う者たちばかりでした。
マルグリット様とマリーズ様はその後学園の人気者になります。
大公妃に選ばれて当然だと言う者もおりましたね」
「そうか!」
「ちなみにジョフロワ公爵家は離職率がとても低いです。熟練者が多く、熟練者が辞めた時にだけ募集が出るそうです。
つまり、マリーズ様が我儘で使用人が辞めていく。入れ替わりが早い、などとは真っ赤な嘘です。
公爵家に出入りしている商人にも聞いてみたのですが、マリーズ様は使用人たちにも人気があったようです。大公家に嫁ぐなど遠くて心配だと言っている者が今でも多いそうです」
「マリーズについての噂は嘘だということはわかった。で、目に関しては?」
ここが大事なことなのだ。
「それを調べるのが少し大変でしたので、思い切って、近衛騎士育成専門学院に行きまして、マルグリット様に面会を申し出ました」
「おまえ大胆だな。相手は侯爵家の令嬢だぞ」
「ああ、でもそれが一番早いからな。気さくな方で直ぐに会ってくださいました。明るく元気な方ですね。
それで、大公領に広まっている噂や学園のことをお聞きしましたが、大変激怒されました。
『マリーをそんなとこに置いておけないから返せ!』と暴れられもしましたよ。それで、今は城内も城下も噂は鎮静化しているとお伝えしたら落ち着かれましたが。
あんなバカ女の手に騙されたアホ大公とおっしゃってましたよ。
はい。こちらマルグリット様からのお手紙です」
ラファエルはその手紙を恐る恐る開いた。アホ大公。その通りだと思ったからだ。
しかし手紙にはラファエルを罵る言葉は一切書かれず、マリーズが如何に大公妃になる為に努力したかが延々と綴られていた。
その中にはマリーズがラファエルから贈られたものを嬉しそうにマルグリットに見せていたことや、手紙の返事が来たと喜んでいたなども書かれていた。
「とてもいい友人を持っているのだな」
「そうですね。ちなみについでに手合わせをしてきたんてすが、なかなかお強い方でした。女性ならではの戦い方もするのですが、剣が当たる瞬間に全力をかけているのか、思った以上に一太刀が重いんですよ、結構。うちの護衛騎士の中には負ける者もいるかもでしょうから、もっと鍛錬させないといけません。
あ、話が逸れましたが、マリーズ様が赤い目を怖がっていると言っているのを聞いたという人は学友にも使用人にもいませんでした。
それにマルグリット様がおっしゃっていたのですが、もし本当にマリーズ様が嫌だったならこの結婚はなくなっていただろうと。
マリーズ様のお父様は宰相ですからね。一番の国の要職です。陛下は臣下を大切にされていて、よく話を聞くそうですし、宰相殿もお子様を大変大切にされているので、もし泣いて嫌がっていたとしたら、宰相殿が陛下になかったことにして欲しいと必ず言っただろうと。
そもそも大公領など遠いところに嫁がせるつもりも本来なかったはずだと。
それにマリーズ様のお兄様は時期宰相が決まっているので、幼い時から王太子殿下の元に遊びに行かれていて、その時にマリーズ様もお連れになっていたこともあるそうです。
妹のようにマリーズ様を可愛がってらっしゃるそうで、そんな王太子殿下ももしマリーズ様が泣いて嫌がっていると聞けば陛下をお止めしただろうとも。
それと赤い目が嫌だという話は王都では一切聞かないんですよ。マルグリット様もそのようなことは聞いたことがないと断言しておりました。
ラファエル様が大公を継いだときの式典に呼ばれなかったことで泣いてらっしゃったそうですよ。自分を婚約者だと思ってくれていないのではないかと。
マルグリット様はその時から嫌な予感がしてマリーズ様に何かあるのではと心配なさっていたそうで、実際そうなったことに大変物騒な言葉を使って怒ってらっしゃいました。
ですから、要は2年前から意図的に大公領で流された噂ということです。
噂の出どころははっきりしています。マルグリット様もそのお名前を出してらっしゃいましたので間違いないかと」
ラファエルはマリユスの話にマリーズを自分はどれだけ悲しませたのかと思った。
大公就任式典の少し前に赤い目の話を聞き、妹が泣き自分も怒り、敢えて呼ばなかった。披露パーティの時に、宰相からマリーズからの寿ぎの手紙を受け取ったがろくに読まなかったし、その返事も書かなかった。
大公領に行ってみたいと連絡が来たがそれも断った。会っても何も会話をすることがないからだ。面倒だが月1の手紙の返事と誕生日の贈り物だけは儀礼的にした。
2年前からは選んだのはフレデリックだ。そんなものに割く時間が勿体ないと。
だがそんなことも知らずにマリーズは喜び友人に見せていたのか。ラファエルはどんな物を贈ったのか記憶さえないというのに。
フレデリックからは一応これを贈る見せられたがよく見もせずそれで良いと答えていた。
「オレは何をしていたんだろうな。こんなにマリーズを悲しませて。更に傷つけた。人の言ったことを鵜呑みにして真実か確認もせず。
オレはマリーズを幸せにできるだろうか?」
「できるだろ。これから。過去は過去。大事なのは今と未来だ。
おまえが幸せにしたいと願うならこれから幸せにするための行動を取れば良いだけだ」
「そうですね。さっさとこの際片付けてしまいましょう。
ちなみに噂の出どころでは―――――――――――と、言っているらしいですよ」
その言葉にその場にいた全員が嫌な顔をした。どこでそうなった?何故そんな誤解ができた?そのためにマリーズは苦しんだのか?
マリーズはまさか今も誤解しているのだろうか?もしそうなら一刻も早く解決したい。
やることは決まった。謝罪はした。何度もすると逆にマリーズが気を遣うだろう。だから、代わりに今の思いを伝えよう。誠心誠意、思いを込めて伝えよう。何度も何度も。
マリーズが嫌がっても伝え続けよう。呆れるほどに。溢れるほどに。




