ほったらかすのをやめた大公から食いしんぼ大公妃への贈り物
ラファエルが朝目を覚ますと柔らかいものに包まれていた。
「温かい」
その温かいものに顔を押し付けぎゅっと抱きしめる。どうやらマリーズに頭をうずめたまま眠ってしまったようだと気づき、抱き枕にするのも良いがこういう朝も悪くないとラファエルは甘い香りを吸い込んだ。
頭まで布団を被せれらているのを良いことに、マリーズの夜着のボタンを二つ外す。
現れたくっきりとした鎖骨に鼻を寄せ、そのまま唇で少し下まで辿り柔らかな場所に口づけしたあと吸い付いた。
くっきりと痕が残ったことに満足したラファエルはボタンを元通りに留め眠っているマリーズを起こす。
ゆっくり瞼が開き紫色の瞳が見えた。
美しい色だとラファエルはその目元に口づける。
「ラ、ラファエル様。おはようございます」
「ああ、おはよう。そろそろ起きて朝食にしよう」
未だ慣れないのか頬を染めながらマリーズがこくりと頷いた。まあラファエルもまだ慣れていないが、毎朝良く眠れてスッキリ起きることができて温かい気持ちになるのは間違いない。
ラファエルが自分の部屋に戻るとマリーズは朝の支度をするべくメグたちを呼んだ。外で待機していた三人が入って来る。
「今朝も一緒にお目覚めですか?」
カレンがにこにこ聞いてくる。
「言っておくけど何もないわよ」
「それくらいわかりますよ。何かあったらマリーズ様がこうして元気に歩いてませんからね」
「メグまで。どうしてわかるよの」
「その時が来たらわかりますよ」
なんだか揶揄われているなと思いながらドレッサールームに入るとマリーズは夜着を脱いだ。すると三人の視線がマリーズの一か所に集中した。
「どうしたの?」
「マリーズ様、本当に少しも何もなかったんですよね?」
「なによもう。ないわよ。あったら報告してるわ」
それを聞いて三人がそれぞれ自分の胸に指をあてる。マリーズはえ?と思いながら鏡を見た。
「きゃーーーーーーー!」
思わず上げた叫び声にラファエルが駆け込んできた。
「どうしたマリーズ!」
それに下着姿だったマリーズは更に叫び声を上げたのだった。
「すまなかった。あんなに驚くと思わなかったんだ」
朝食の席で再度顔を合わせた二人には微妙な空気が流れていた。
「驚いただけです。ま、まさかあんな痕があるとは思わなかったので」
「あ、ああ。まあ、でもこれで明日からは驚かないで済むな」
そう言ったラファエルをマリーズが睨む。
マリーズは本当に驚いたのだ。いつの間にかつけられていた痕と、下着姿を見られたことに。
護衛騎士が入って来そうになるのを咄嗟にロリアンが扉を押さえて止めてくれなければ、もっと恥ずかしいことになっていただろう。
「悪かった。でももうしないとは言えない」
そうはっきりと宣言するラファエルにマリーズは自分が折れるしかないと判断した。別に嫌だったわけではないのだからと。
「怒ってませんよ。そうですね。もう驚かないように努力します」
そう言って食事を始めた。鶏肉と野菜の具だくさんスープにカリカリのベーコンとフライドオニオンを散らしたサラダ。3種のベリーのジャムはロジャーお手製だ。クリームチーズと一緒に食べるとより美味しいと説明を受けているのでその通りにしたら本当に美味しかった。
「美味しい!やだ、たくさん食べられそう」
そういうマリーズにラファエルが今更かという顔で言ってきた。
「いつもたくさん食べているじゃないか。好きなだけ食べたらいい」
「違います。いつもより更に食べられそうってことです」
しれっと言うマリーズにラファエルが驚いている。
「あれよりまだ食べられるのか?」
「まあ食べようと思えば。流石に自重しているので」
「そ、そうか。底知れないな」
「食べ過ぎで食費がかかると思ってますか?」
しょんぼりとパンを皿に置いたマリーズにラファエルは慌てた。
「これくらい何でもない。好きなだけ食べればいい。マリーズがこの倍食べたからって大公領の財政に問題はない。心配するな」
マリーズは一瞬でパッと顔を明るくすると嬉しそうにまたパンを食べ始めたのだった。
本日のマリーズの予定はこの広い大公城の庭の散策と言う名の果物探しだ。
季節ごとに楽しめるようにたくさんの花が咲くのとは別に、庭に大公領で取れる果物の木が要所要所に植えられているとフレデリックから聞いたのだ。
そして、実がなっていたらもいで食べても良いとも言われ、俄然やる気が出たマリーズは三人と一緒に散策と言う名の果物狩りに出発したのだ。
「木から果物をもぐなんてやったことがないから楽しみだわ」
「私も初めてです。どんな果物ですかね?」
カレンがマリーズの次にやる気満々だ。
メグは挟みを持ちロリアンは収穫用の籠を手にしている。
そんな四人の姿を庭の警備をしている護衛騎士たちが微笑ましく見守っていた。
その頃ラファエルは何とか仕事の仕分けをし、二時間ほどの空き時間を作り城下へと向かっていた。お忍びなので家紋はない。護衛もマリユスがつけた一人だけだ。
城下に着くと馬車止から歩いて目的地を目指した。すると前方に見知った顔を見つけ一瞬目が合った。
だが相手はしたくないと気づかなかったフリをして急いですぐそこの角を曲がると早足で歩いた。
走れば周りが不審がる。そして遠回りして目的の宝飾店に入ると護衛に誰も店内に入れるなと指示をし入口の前に立たせた。
「いらっしゃいませ。おや、ラファエル様ではありませんか」
顔馴染の店主が言う。ここは大公家御用達の宝飾店だ。よく母親が城に呼んでいたので顔見知りになった。ラファエルもカフスなどをこの店で買うことがあるが、店に足を運んだのは初めてだった。
ちょうど店内が無人で安堵した。しかし外が騒がしい。中に入りたいと女の声がするが護衛が止めているようだ。
「店主、すまないがしばらくオレの貸し切りにしてくれ」
「ええ、構いませんよ。ゆっくりお選びください。どういったものをお探しですが?」
「あ、ああ。妻にと思って」
店主は驚いた顔をした。悪い噂は下火になってきたとはいえ、ラファエル自らが大公妃への贈り物を買いに来たのだ。
それもちゃんと妻と言っている。これはもう、噂は嘘に違いないと確信した。
「店主、ルビーの商品を並べてくれないか?」
「かしこまりました」
店主がショーケースからルビーが使われた商品を次々と出して並べている。
ラファエルは今朝の事を少し反省したのだ。自分のものだと印をつけたくてやってしまったが、マリーズがあんなに驚くとは思わなかったのだ。
しかも叫び声が聞こえて駆け付け下着姿まで見てしまい更に叫ばれてしまった。
これはゆっくり進むしかない。だが駆け付けたラファエルの前でしゃがみ込んで体を隠そうとしているマリーズを思い浮かべるとどうしても顔がにやけてしまう。
可愛かったのだ、これがまた。
こんな可愛い妻が他にいるだろうか?いや、世界中どこを探しても見つからないだろう。
そしてラファエルは考えた。謝罪と所有の証を知らしめるために贈り物をしようと。
外ではまだ争っている声が聞こえる。入れろ、貸し切りだ。の繰り返しだ。こんな時に出くわすとは何とも迷惑な話だ。他領まで何をしに来たのか。
本物のマリーズを知るとあの女の醜さが浮き彫りになってきた。会いたい顔ではない。
結婚式で白のドレスを身にまとい平気な顔をしていた姿は今思えば空恐ろしい。あの時は面倒な女だと思っただけだったが。
ラファエルですらそう思うのだから、マリーズはあの時どんなに恐怖を感じただろうか?
とにかく、ラファエルの妻だと誰もがわかる品を贈りたい。
ラファエルは商品を見始めた。外はまだ騒がしい。付き添いの侍女たちが護衛に文句を言っているようだ。
そんなことをしてもここは大公領だ。大公である自分が誰も入れるな貸し切りだと言えば逆らえる者はいない。
色々と見ていると一つのペンダントに目が止まった。ペンダントトップはラファエルの小指の爪ほどの大きさのルビーの周りに小さなダイヤとアメジストが交互に並んで幾重も囲っている。
ルビーはラファエルの目。アメジストはマリーズの目。ダイヤの輝きはマリーズの輝きだ。
マリーズに囲まれた自分を想像し、またこれを身に着けたマリーズはどれほど可愛いかと想像し、ラファエルの妄想が突き進む。
更にルビーの指輪も手に取った。
結婚指輪は大公領で準備した。ジョフロワ公爵家にサイズを確認し、フレデリックに意匠を選ばせた。出来上がってきた箱を開けて並んでいる二つの指輪の大きさの違いに驚いた。
こんなに細い指なのか?つけてみようとしたらラファエルの小指の先にちょこんと乗っただけ。手を強く握ったら折れるんじゃないかとさえ思ったほどだった。
今も自分がしている結婚指輪を見てみる。フレデリックに選ばせたことを今になって後悔してきた。だが結婚してすぐに新しい結婚指輪を買うなどどちらかが無くしたと思われかねないことはしたくない。
それならマリーズにだけ右手にしてもらう指輪を買おう。いや、サイズが左右違うこともあるのか?まあいい。どこかの指には入るだろう。
結婚指輪を作ったのもこの店だったから店主にマリーズのサイズのものを出してもらう。その中から。プラチナのリングにルビーを中心に左右にアメジストがついたものを選んだ。
どこまでいっても、自分の色を身につけて欲しいし、その側にはマリーズの色があって欲しい。アーロンがこんなラファエルを見ればいつからそんな乙女になったんだと言うのが簡単に想像できた。
だが、別に気にしない。マリーズに似合うのは間違いないのだからと開き直ると店主に贈り物用に箱に入れてもらった。
まだ外が騒がしい。いつまで騒いでいるのだと思うが出て行くわけにはいかない。
店主に大公城に請求するように伝えると更に護衛への伝言を頼んだ。そしてラファエルは贈り物を手に店主に案内してもらった裏口から出ると馬車まで急いだ。
馬車に一人で戻ってきたラファエルに御者が驚いていたが、そのまま乗り込み出発させた。今頃店主が護衛に伝えているだろう。
店主には10分経ったら護衛にラファエルは一人で先に帰ったというように伝えてある。ちょうど今が10分後くらいだ。
面倒なことになりそうだったが回避して良い買い物ができた。マリーズの喜ぶ顔を想像しラファエルはこれでまた夜まで仕事を頑張れると思った。
夜二人で部屋でくつろいでいた。ラファエルは蒸留酒を飲み、マリーズはハーブティーを飲んでいた。
マリーズは向かい合って座ったのだがすぐにラファエルが隣に移動してきて、ずっと少し体が触れた状態で話していた。
時折ラファエルが髪を一房持ち口づけたり、手を持ち口づけたりと軽い接触はあるが、それ以上はしてこないのでとりあえずマリーズは安心して座ることができていた。
「マリーズ、これを」
ラファエルが二つの箱をマリーズの前に置いた。箱の形状から、一つはネックレスかペンダント。一つは指輪かしら?マリーズはラファエルを見た。
「開けてくれ」
マリーズが箱を開けると予想通り一つはペンダント、一つは指輪が入っていた。
どちらもルビーが使われ、更にアメジストが使われた意匠だった。すぐにラファエルの色と自分の色だと気付いてマリーズは真っ赤になった。
「その、なんだ。今朝の詫びと、それからオレの妻の証にと思って今日買ってきた。いつもつけていて欲しい」
マリーズは嬉しくて舞い上がった。これはラファエルの側にマリーズがいつもいて良いと言われているように感じたからだ。
「ありがとうございます!大切にします!」
「とにかくつけてみてくれ」
マリーズはペンダントを持つと首につけようとしたが指が震えてとめられない。それを見たラファエルがそっとマリーズの手からペンダントを取るととめてくれた。
白く華奢な首。ラファエルは噛みつきたい衝動を抑えてマリーズを前から見た。
思った通り似合う。肌が白いから赤が映えるのだ。
「似合っている」
さっとメグが手鏡を差し出してくれた。いつの間に取りに行ったのだ。さすがメグである。
鏡に映る自分の鎖骨の間くらいにルビーが輝いている。
「綺麗」
ペンダントトップは大きすぎずでも小さすぎることなく、ちょうどマリーズに合った大きさだ。
「何だかラファエル様に守られている気がします。ありがとうございます」
「そ、そうか。それならよかった」
ラファエルは指輪も持つとマリーズの右手につけようとした。だが薬指にも中指にも入らない。店主がサイズを間違えたのかと思いながらも試しに左手の中指に嵌めるとそこにスッと嵌まった。
「指の太さが左右で違うのだな」
マリーズはラファエルの横に自分が並ぶのを想像しながら指輪に見惚れ聞かれたことにそのまま答えた。
「はい。剣を持つので利き手の右は左より少し太いのです。正確には左にも持ちますが」
そうだった。確かにアーロンがそのようなことを言っていた。だがこんなに太さが違うほどに剣が使えるとは。
「そうだったな。しかしこんな細い腕と指でよく使いこなすな。しかもその話だと二刀流ということになるが」
ラファエルが少し戸惑ったように聞いてくる。それはそうだ。令嬢が剣を使い、しかも二刀流自体が珍しい。
マリーズが剣術の講義を受け始めた時、始めは両手剣を持っていた。マルグリットがそうだったからだ。
両手で剣を持ち攻撃と防御をするスタイルだ。それか、片手剣でもう片方は盾を待つ。もちろん攻撃と防御はそれぞれの役割通りだ。
しかしマリーズには両手剣は少し重かった。そして盾も重くて、マリーズは悩んでいた。
するとマルグリットがじゃあ両手に剣を持てばいいと言ってくれたのだ。攻撃用の片手剣を右手に、それより軽い片手剣を左手に。防御はその剣でする。
なるほどとそのスタイルに変えてからマルグリットはどんどん上達していったのだ。
その経緯をラファエルに説明する。
「なるほどな。マリーズならではの戦い方だな。今度手合わせをしてみよう」
「え!良いんですか?」
「もちろんだ。使わねば剣の腕は落ちる。好きな時に鍛錬するといい。護衛騎士の鍛錬場を使えるように言っておく」
マリーズは引かれることなく肯定されたことが嬉しかった。しかもラファエルが手合わせをしてくれるとは。期待に胸が躍った。
「ありがとうございます。約束ですよ」
マリーズは期待を込めた目でラファエルを見た。
「ああ、約束だ。そのうち時間を設けよう」
そう言ってラファエルはマリーズの手を握った。この手でどんな戦い方をするのか?ラファエルは新たな楽しみが増えたと思った。
そしてその夜もラファエルに抱き上げられマリーズは寝室に運ばれた。
ベットに下ろされその横にラファエルが入ってくる。今夜はどうされるのかとマリーズは緊張したが、ラファエルはマリーズの手を握るとお休みと言って眠りについた。
と思ったらがばっと抱きつかれ我慢できなかったと言われ、結局抱き枕にされて眠ったのだった。