ほったらかした大公、我儘公爵令嬢の真相に迫る
二人の部屋の間の談話室に到着するとお酒と焼き菓子が準備されていた。フレデリックが気を利かせてくれたのかユーリの家のもののようだ。ラファエルと話すために気合を入れ直したのも忘れ、俄然楽しみになったマリーズは部屋に入ると焼き菓子の載った皿の前にストンと座った。
フレデリックがラファエルに琥珀色の蒸留酒を渡している。マリーズにはメグが果実水を渡してくれた。
「まさか、まだ食べるのか?」
焼き菓子の前に陣取ったマリーズにラファエルが聞いてくる。
「はい。別腹ですよ」
そういって浮かべた笑顔は美しい花を愛でるかのようだが、実際目の前にあるのは焼き菓子だ。
ラファエルは、マリーズは花を見る時はどんな顔をするのか?と気になった。いや、そもそも花に興味はあるのだろうか?とも。
「本題に入るが、食事改善の主導を取ってくれて感謝する。兵士の鍛錬の一環と言っていたが、本当は料理人を置きたいとずっと考えていた。
言い訳になるが他にやることが多いのと、信頼できる人間に食事を任せたいと悩んでいた。
元々ここにいた料理人たちは両親たちに気前よく譲ったんだが、いざじゃあここをどうするかになると中々決められなかったんだ。
始めの頃募集に集まった料理人たちを調べたら大公領出身ではないことがわかって雇うのを止めた。何故この領で募集していることを知っていて応募してきたのか。役場の職業紹介所にしか募集を出していないのにも関わらずだ。
地元採用を考えていたから尚更おかしいと感じた。だから兵士たちに任せてしまったままになっていた。それが一か月もしないうちに地元出身で信頼がおける料理人を揃えるとは。
感謝する。皆、喜んでいるとも聞いている」
端的であるが感謝の言葉にマリーズは嬉しくなった。
自分もみんなも美味しいものが食べられる。それぞれが自分の仕事に集中できる。自分で言うのも何だが思った以上に良い結果になったと自負している。
「ラファエル様もここに来て最初にお会いした時より顔色が良いように感じます」
「ああ、以前より体の調子が良い」
「それならやって良かったです」
マリーズからは嘘も演技も感じられない。噂に聞くのと全く違う受け答えや表情にラファエルは疑問を感じ始めた。本当に噂通りの人間なのか?探るように目を向けるとマリーズは焼き菓子を片手に今度はお茶を飲み始めたようだ。
その侍女にも暴言を言っている姿を見た者がおらず、常に明るく優しく侍女にも気遣いを見せ、贈り物をしているのを見て、羨ましい、大公妃付きになりたいというメイドが続出していてフレデリックが対応に困っているとまで聞いている。
それにしてもよく食べる。しかも本人が言った通りしゃべりながらどんどん菓子が減っていく。かといって、口に物を入れたまま話すようなことはない。全く不自然ではなく会話しながら食べているのだ。どんな技なのかと思うほどだ。
「君に聞きたいことがいくつかある」
ラファエルは気になっていたことをこの際はっきりさせることにした。噂の真相も、許せない発言も、全て本当かどうか。本人が語ることに嘘が混じっているのかいないのか。
それはラファエルが判断するしかない。
「はい。どうぞ」
マリーズは食べる手を止めると姿勢を改めた。
「二年ほど前から大公領で噂になっている。王都に住む者や住んでいた者に確認もした。
大公の婚約者は我儘公爵令嬢と学園で呼ばれ、学園生に爵位の低さで差別するような発言や、自邸の使用人にも我儘放題で辞める者が後を絶たないと。これは真実か?」
マリーズはいよいよ来たかと思った。いつかはこの噂について聞かれると思っていた。使用人たちのように直接接して仲良くなることで信頼を得ることができるのとは違って、ラファエルからの信頼を得るのは難しいと考えていた。
初夜の日のこともあり、自ら進んで話に行ける状況でもなく、その噂が城内から城下まで知れ渡っている状況でどうやって潔白を証明するのか。事実を言うしかない。信じてもらえるかどうかはマリーズ次第だ。
「私はどうしてそんな噂が大公領にまで広まったのかと考えました」
「ということは事実だということか?」
「いいえ。私が我儘公爵令嬢と呼ばれていた時期はありますがほんの数年だけです」
「数年?」
「はい。それも学園に入学した年近辺だけです。入学したらそう言った噂が広まっていて私に近づく人はいませんでした。
私はあまり社交が得意ではなかったので最低限のお茶会に参加するくらいしかしておりませんでしたのでよりそのことに気づきませんでした。
しかし、そういった噂を信じず私の友人になってくれた人がいます。メルディレン侯爵家のマルグリットです。陰口を言われ講義室でも一人でいる私に話しかけてくれました。
マルグリットは自分が見たこと聞いたことだけが真実だと言って私と話し、食事をともにし、その結果私と友人になってくれました。かけがえのない友人です。
二人で楽しく学園に通っているうちに同じクラスの学園生たちも少しずつ話してくれるようになって、二年生になった春には私の事をそう呼ぶ同学年の学園生はいなくなりました。それに続くように三年生も言わなくなりました。一年生は聞いていた話と違うと言って逆に懐いてくれました。
私は確かに家では甘えん坊に育てられたと思っています。父も兄も過保護なところがありましたし。母は別ですが。
けれど、学園で身分で差別して何かを言うことをしたことはありません。もちろんお茶会などの席でも。
筆頭公爵家であるが故によりその辺りは厳しく教育されました。父は宰相です。身分で部下を選ぶことなく能力で選ぶと常日頃言っています。
ですから公爵家には様々な爵位、または爵位を持たない客人が多く訪れます。父は誰とでもきちんと向き合って話します。そして私もよくその場に呼ばれ紹介され話すことがありました。
何故そんな噂が流れたのかは予想はできていますが、私の予想なのでラファエル様にお伝えすることはありません。予想はあくまでも予想なので。
それから、使用人に関しては、誰にどのように聞いたのか知りませんが、ジョフロワ公爵家の使用人は熟練者が多いです。長年勤めていて、勤めきった人が退職する時にだけ募集をします。離職者が多いというのは全く間違った話が広まっているとしか思えません。
王都の侍女専門学院などに稀にうちの募集が出ると応募者が多すぎて大変になるそうです。ジョフロワ公爵家はそれだけ離職率が低く、なりたくてもなれない職場だということで逆に有名なほどです」
「信じられんな。オレが聞いたのと真逆じゃないか」
「信じていただけなかったらそれまでです。ただ、何故二年前から大公領に広まったかということと、もう一度王都にラファエル様が信頼される方を遣わされてお調べになられたらいいかと存じます。できれば大公領の方がお調べになられたら良いかと。
私に言えることはそれだけです。私が信じてくださいと言ってもラファエル様は簡単に信じる方ではないかと」
ラファエルがジッとマリーズを見る。
「大公領の者を使えというのは食事を改善したことで自分に良い感情を持っていて有利な発言をすると思っているのか?」
「いいえ。私への良い感情などラファエル様への忠誠に比べたら塵ほどのことです。ラファエル様自身がお選びになった信頼できる方の話なら私より信じられるのではありませんか?」
確かにマリーズの言うとおりだ。どの話も外部からでラファエルが聞いた時には既に城下にも城内にも広まっていた。それは疑問だったのだ。
異様な速さで広まっていったからだ。誰かが意図的に広めた?まさかそんなことをして得する人間などいない。
しかし、どうだ。一番信頼しているフレデリックがマリーズに心をくだいている。フレデリックが騙されるようなことはまずない。もしそんなことができるなら超越した悪女だ。
だが目の前に座るマリーズにはそんな欠片も感じない。焼き菓子の中に混じる甘い香りはマリーズのものだろう。ラファエルはグラスを傾け考え続けた。
その間マリーズはまた菓子を食べ始めたようだ。その顔は幸せそのものを食べているようだ。
その顔を見ながらラファエルはまたグラスを傾けた。
酒が美味い。久しぶりにこんなに美味いと感じる酒を飲んだ。
「フレデリック。この酒はいつもと違う銘柄か?」
「いいえ。以前からラファエル様がお気に召しているものですよ」
ラファエルは不思議そうにグラスを見た。不思議なものだ。味が変わったのか?
「マリーズ。まだ聞きたいことがある」
どうしても許せないこともこの際今のうちに聞いておこう。いずれはちゃんと会うことになるはずなのだから。
「はい。なんでしょうか?」
「赤い目が怖い」
「え?」
「ただでさえ赤い目は蛇のようで怖いのに女性が赤い目だとは恐ろしくて近づけない」
「何ですかそれ?」
マリーズは食べかけの菓子を皿に置くと真っ直ぐラファエルを見てきた。
「おまえが言った言葉だ」
マリーズは驚いた。そんなこと言ったことも思ったこともない。赤い目といえばもちろん大公家だ。
ラファエルとラファエルの父アレクサンドル、そしてラファエルの妹のジュリーナが赤い目なはず。特に女性となっていることはジュリーナをより否定したことになる。
「私はそのようなことを言ったことは一度もありませんし、思ったこともありません。何故どこからそのような話が出たのでしょうか?」
「この赤い目は初代大公から続く目だ。
当時王弟であった初代大公は赤い目で黒髪をなびかせてザッパータと戦い、ザッパータはその姿を恐れたと言われている。
だから恐れる者が出てきてもおかしくはないが、我が家ではこの黒髪と赤い目は誇りだ。
それを怖いと婚約者が言っている、しかも女性でそれでは恐ろしくて嫁の貰い手はないとも言っていたと聞いている」
このことか。
ラファエルがマリーズを受け入れない一番の理由は。
それはそうだろう。誇りに思っている祖先と同じ目の色を否定されれば悪感情が湧くに違いない。
ましてや、妹を更に否定している言葉を言っていたとなればより怒りが増すだろう。
蛇のようだ、怖くて近づけない、などと言われて妹思いの兄ならば怒って当然だ。
もしマリーズが言われたとしたらマリーズの兄は絶対に相手を許しはしない。
ラファエルも同じなのだ、きっと。
ラファエルの声は冷え冷えとしている。
これが一番マリーズに冷たく当たる元凶か。マリーズはどうやって信じてもらえば良いのかと思った。言葉を尽くし、行動で示すしかない。
「これだけは信じて欲しいです。私はそのようなことは一度も言っていません、思ったこともありません。
今もラファエル様の目を見て話すことが出来ています。もし怖ければこのように向かい合ってお話することはできません」
ラファエルはその眼差しを受け考える。確かにそうだ。始めからラファエルのことを見つめる目に恐怖や畏怖はなかった。更にラファエルは頭を悩ませグラスを傾ける。
「だがそう言っていたと聞いた。妹はそれを聞いて泣いた。おまえのせいでジュリーナは泣いたんだ。将来の義姉に怖いと嫌われていると」
「ですから、私はそのようなことを言ったことは一度もありません。
もしかして披露宴にご両親やジュリーナ様がいらっしゃらなかったのはそのせいですか?」
「そうだ。自分の事を蛇みたいで怖いと言っている人に会いたくないそうだ」
マリーズは息を呑んだ。そこまで食い込んでマリーズの足元を揺らしているとは。マリーズはそれを言った人間にもちろん心当たりがある。だがここまでされるとはというのが本音だ。
マリーズがそこまで憎いのか?それだけ本気だということか?
「何度問われましても、私は一度もそのようなことを言ったことはありませんとしかお答えできません。ですが言っているのを聞いたことはないという人はいたとしても、それで私が言っていないという証明にはなりません。
言ったという人がいる限りそれが証言となり、私が言ったことになってしまうからです。私はそういうのを見てきました」
「それで?」
ラファアエルがグラスを傾けながら聞いてくる。
「言っていないことを証明するのではなく、怖くないことを証明するしかありません。目を見てきちんと話せばいつかは信じてもらえると思うしかないのです」
マリーズはそう言うと立ち上がってラファエルの隣に座った。
すぐ目の前にラファエルがいる。マリーズはラファエルから目を反らさずにじっと見た。
「私はラファエル様の目が怖いと思ったことはありません。もし、怖いと思っていたら、婚約式のあと、毎月手紙を書いたりは致しません。贈り物を贈ることも。
陛下に頭を下げて婚約を取り消してもらうことを選んだはずです。陛下は無理強いをするような方ではありません。王太子殿下も」
マリーズの目に映る自分をラファエルは見つめた。マリーズは反らすことなく、震えることもなくラファエルを見ている。
マリーズが更にラファエルの頬に触れ両手で挟むとそっとその目元に触れた。怖くない。触ることもできるのだというように。
連日の厨房での仕事でか令嬢にしては少し荒れた指先がくすぐったい。
じっと見つめるマリーズの目に吸い込まれるようにラファエルはその膝に倒れこんだ。
柔らかい。心地いい。そう思っているうちにラファエルは眠りに落ちていた。
「どうしましょう!」
マリーズは慌てた。こんなことになるとは思っていなかった。ただ信じて欲しいと思っての行動だったのにまさか膝枕をすることになるなんて。
フレデリックを見る。
「お疲れだったのでしょう。お酒もかなり嗜まれましたし。マリーズ様さえよろしければしばらくそのままでいてくださいませんでしょうか?」
マリーズはラファエルの肩を少しつついてみたが起きる気配はない。
仕方がないと受け入れるとそっとラファエルの髪に触れてみた。
固いが手触りのいい黒髪。いつまでも触れていられそうだと、ラファエルが起きる気配がないのをいいことにしばらく撫でてみた。
うん、大型犬のようだわ。マリーズはそっと寝かしつけるかのようにその髪を撫でる。
胸が上下し力強い生命力を感じた。
「首元が苦しそう」
マリーズはラファエルがしっかり喉まで留めて着ていた上着の首元のホックを外し、更にボタンを胸元まで外した。
そして現れたラファエルの喉仏に自分とは違うものを感じ、その太い首にマリーズは胸が激しく鼓動を打つのを感じた。
立っている時に抱きついたらどんな感じだろうか?マリーズではぶら下がってしまうかもしれない。でもきっと支え切ってくれそうだ。
それに長いまつ毛。瞬きしたら風が起こりそうだわ。
マリーズは楽しくなって、ラファエルの頬や耳、おでこに鼻と順番に触ってみた。
「ちーっとも起きないわね。なんだかラファエル様ってカワイイわ」
マリーズがいつの間にか戻っていたカレンとロリアン、そしてメグにそう思わないか?と聞いてみた。
「思いませんね」
メグである。
「私も思いません」
とカレン。
ロリアンはと言えば真っ赤な顔をしている。
「ロリアン、顔が赤いわ。体調が心配だからもう下がって寝なさい。それにたくさん寝ないと背が伸びないわよ」
既にマリーズの身長に届きそうなロリアンにそう言うマリーズは、たくさん食べてたくさん寝てもその身長からずっと伸びていないのだが、とメグとカレンは思ったがもちろん口には出さない。
それからもマリーズはラファエルが起きないのを良いことに髪を撫でたり頬を撫でたり、時には首をくすぐったり。
さっきまで厳しい顔をしていたとは思えない無防備さにマリーズは胸が高鳴るのを感じた。
少しは近づけた気がする。
少しずつで良いから関係を良くしていきたい。マリーズは大公妃だ。ここでの暮らしにも慣れ始めている。
きっとラファエルの両親と妹はマリーズのことを嫌っているだろう。
それでもマリーズはここから逃げ帰るつもりはなかった。少なくともやれることをやりきるまでは。
マリーズのことを理解してもらい信じてもらえるようやれることは全てやる。
何もしないで逃げるだなんて相手の思う壺だ。昔は嫌なことから逃げてばかりいたが今は違う。
この婚約も決まった時は嫌ではなかった。ただ淋しくはあったが。
大好きな家族から離れ、遠い大公領まで嫁がなければならない。それでも嫌ではなかったのは、初めて会ったラファエルがマリーズの顔から目を逸らさなかったから。
たったそれだけと思う人もいるだろうが、マリーズにとっては大事なことだった。
外に出ればニキビで醜いと言われ自信を失っていたマリーズにとって、顔合わせでも、婚約式でもマリーズから目を逸らすことなく見てくれただけでこの人は信じられると思ったのだ。
マリーズはふと思った。
そうか、自分はあの時ラファエルに恋をしたのだ。
そう気付いた途端恥ずかしくて顔を覆った。
大公妃になるべく懸命に勉強し、ニキビを治し、絶対に嫁ぐのは自分だと行動したのは恋のためだったのだ。だからあんなに毎日頑張れた。
マリーズはラファエルと恋に落ちたというホランに負けたくないからだと思っていたが違った。
最後にはホランではなく自分を選んで欲しいと思ったから頑張ったのだ。
毎月送る手紙は一文字一文字丁寧に書き、ラファエルを気遣う言葉を書き連ねた。
ラファエルからの返事は全て綺麗に箱に入れ保管した。
贈り物が届けば嬉しくて家族に見せて回った。
それがおかしくなり始めたのは2年前。
儀礼的だった手紙はより儀礼的になった。大公を継いだからだろうと思っていたが、ずっとマリーズに怒っていたのだ。
直接聞いてくれれば良かっただろうに王命で決まったことに反することはできなかったのだろう。
マリーズはラファエルの髪に触れられる嬉しさに今頃になって指先が震えた。
その嬉しさを噛み締めながら髪を撫でる。この人から離れたくない。どんなに嫌われていても、必ず受け入れてもらえるよう、信じてもらえるよう行動するしかない。
「フレデリック。私、ラファエル様が好きだわ。だから信じてもらえるように頑張る」
「マリーズ様のお気持ちは必ず届きます。ラファエル様はちゃんと真実を見る目をお持ちです。今はジュリーナ様のことがあって惑わされているだけです」
「ありがとう」
「さあ、夜も遅いですしお休みください。ラファエル様を起こしましょう」
そう言ってフレデリックがラファエルを起こそうとするが全く起きる気配がない。
「困りましたね。このままここで寝てはマリーズ様が体を壊します」
更に起こそうとするが全く起きない。より深い眠りに入っていくようですらある。
「はてさて、この手もどうしたら良いものか」
マリーズはフレデリックがそう言って差したところを見ると、ラファエルがマリーズのワンピースを握っていた。
フレデリックが指を開こうとするが、すればするほど離すまいと握る力が入るようだ。
「仕方ありませんね」
フレデリックは苦笑すると部屋を出ていき、巡回していた騎士を連れてきた。
そして指示を出す。
「ラファエル様を持ち上げてください。メグたちはマリーズ様を抱えてください」
「え?」
「かしこまりました」
そう言ってラファエルとマリーズはワンピースで繋がったままなんとマリーズの部屋に運ばれた。
ラファエルの体がマリーズのベッドに横たえられる。もちろんマリーズと一緒に。
「え?え?ちょっとフレデリック!」
「申し訳ございません。これしか方法はありません」
そう言った瞬間ラファエルの手からワンピースが離れた。
「手が離れたわ。私はラファエル様の部屋で寝るわ」
「そうおっしゃらずに。ほらラファエル様の手が探しておられます」
見てみると確かにラファエルの手が何かを探すように動いている。
「メグ、カレン頼みますよ」
「はい」
マリーズは助けを求めるべくメグとカレンに駆け寄った。
「どうしよう」
「まずはお着替えをしましょう。そのままでは眠りにくいですからね」
「メグ、そんなこと言ってる場合じゃないの」
「お化粧も落としましょうね。お肌に悪いですから」
「カレンまで!」
あれよあれよという間に寝支度を整えられたマリーズは自分のベッドの前に立っていた。
「どうしたらいいのよ」
「どうもこうも、ほら探してらっしゃいます。添い寝してさしあげてくださいませ」
「メグー」
「お休みなさいませ」
二人はそう言って出て行った。
そうしている間も時折何かを探すようにラファエルの手が動く。
もうどうしたらいいのよ。みんな私のこと置き去りにして。マリーズはオロオロと部屋を動いた。
でもこのまま立ったままでもいられない。
試しにラファエルの部屋へと続く扉を開けようとしたが鍵がかかっていた。
じゃあ廊下に出る扉をと思ったらそちらも何故か開かない。なんなのよー。マリーズは心の中で叫び再び部屋の中をうろうろする。
ソファーで寝る?いや、それでは翌朝ラファエルがその事を気にかけるかもしれない。
マリーズは覚悟を決めるとそっとベッドへ乗ってラファエルの隣に横たわった。
「ひっ」
その瞬間、見つけたとばかりにラファエルに抱き寄せられていた。
薄明かりの中ラファエルを見ると気持ち良さそうに眠っている。私は寝られるのかしら?とマリーズは思い、抱き寄せられるがままにラファエルの腕の中に収まった。
マリーズが化粧を落としている間にフレデリックがラファエルの上着を脱がしたのか、頬にラファエルの筋肉を感じて鼓動が早くなるのが止まらない。
そしてマリーズがじっとしているとラファエルの顔が動いた。マリーズの首すじに頬を擦り寄せてくる。
ヒャーやめてーとマリーズがギュッと目を瞑った瞬間、首すじに痛みが走った。
「痛っ」
ラファエルがマリーズの首すじに噛みついたのだ。歯がぐっと食い込む。痛みがなくなるとその痕をラファエルが労わるように舐め更にもう一度噛みついてきた。
「んっ」
この人本当に寝てるの?マリーズは押してみたがビクともしない。
その後ラファエルはマリーズに絡みつき落ち着いたとばかりに寝息が再び聞こえ始めた。
マリーズは抱き枕状態だ。マリーズは何度も深呼吸し、落ち着かせるとラファエルの胸に押しつけられた頬から伝わるトクトクとしたラファエルの心音を聞いているうちに眠りに落ちていた。