勇者が なかまになって欲しそうに こちらをみている !
「負けだ、強いな君は」
「ふぅ、スッキリしたわ、·····で?何の用だったかしら」
ユーシャを圧倒した私は、流れる汗をタオルで拭いながらユーシャに話しかけた。
というのも、少し頭に血が昇ったせいで、何の話をしていたのか忘れちゃったのよね。
「仲間になって欲しいとか何とか言ってたところまでは覚えてるのだけど·····」
「あぁ、俺が勝てたら遠慮なくパーティに誘えたんだけどな····· 生憎負けちゃったよ」
「そういえばそんな事言ってたわね、で?諦めたかしら?」
ユーシャが勝てば仲間になるとかそういう話をしていたのを思い出し、結果的に勝利した私はユーシャを見下ろしながら問いかけた。
「はは、これだけ強ければ仲間になってくれたら超心強いんだけどな」
「生憎だけれど断らせてもらうわ」
「やっぱりか·····」
そしてユーシャは相変わらず諦めていないようだったけれど、その口調は私が断るとわかっているようなものだった。
まぁあそこまで嫌がって断り、挙句には徹底的に殴って黙らせたのだから結論が変わるわけがないものね。
「用事も済んだわよね?じゃあ私は授業に戻るわ、もう卒業は問題なく出来るでしょうけど出た方がいいもの」
「あぁ、悪かったな迷惑掛けて」
「そうよ迷惑だったわ、じゃあ精々魔王討伐でも頑張りなさい」
私はそう言い残すと、さっさと教室へと戻って授業を受ける事にしたのだった。
◇
「·····で?」
「移動教室だったのすっかり忘れてたわ·····」
勇者を倒し、教室に戻るとそこには誰も居なかった。
この時間は移動教室で、別の部屋で皆が授業を受けているとは知らずに戻ったものだから恥ずかしかったわ。
しかも移動教室に到着して入る時の気まずさは相当なものだったから、ルクシオンで光速移動すれば良かったと何度後悔したか·····
まぁもう過ぎた事だから良いわ。
いいってことにしておきましょう。
「それで、スカウトはどうなったの?」
「断ったわよ、話し合いで」
「·····変なルビが聞こえた気がしたんだけど」
「気のせいよ」
「じゃあさっきから聞こえてた爆音は?」
「ドラゴンの屁じゃないかしら」
「·····」
「そんな目で見つめないで頂戴?私が悪者みたいじゃない」
現に勇者を主人公として見た場合、ルクシアは悪者まではいかないものの、かなりヘイトを買うキャラではあるだろう。
何せ勇者の勧誘を断り、挙句の果てにはほぼ負けイベントと言える戦いをすることになるのだから。
まぁ最も、光速で移動して亜光速の攻撃を放つ理不尽なクソゲー感溢れるキャラな時点で、仲間に加われば作品が崩壊しかねない存在が故に、仲間に加えるのは無理とすぐわかるだろう。
それでもなお、粘り強く勧誘した勇者の勇気は目を見張るものがある。
「結局アイツは何がしたかったのかしら」
「ルクシアちゃんの勧誘でしょ?」
「·····そうね」
私が言いたかったのはそうではないけれど、確かにそうだから反論する言葉があまり浮かばなかった。
「まぁこれで勧誘される事ももう無いでしょうし、やっと学業に集中できるわ」
「ルクシアちゃんがそう思うならいいと思うけど····· ほんとにあの人諦めるのかな」
「そうじゃなきゃ困るわ、さっ、そろそろ無駄話してると減点されるわよ?集中しましょう」
その後、私はユーシャの件を頭の中から追い出して授業に集中したのだった。
◇
「困ったわ」
「何度もごめんなルクシアさん、·····いや、今回はストーカーしたつもりじゃないんだ」
放課後、帰る間際になって今度は学校宛に冒険者ギルドから私に、スパイスの取引の件で話したい客が来てると連絡があった。
で、のこのことギルドに顔を出した結果、またアイツに遭遇した。
「はぁ····· 面倒だわ」
「いや、まさか君がこのスパイスを取り扱ってるとは思ってなくてね·····」
そう、件のユーシャだ。
すっかり忘れていたけれど、ユーシャはこの街にスパイスを探しに来るついでに、強者も探しに来ていたのよね。
そしてその客がスパイスを大量に買いたいと考えてるなら、輸入をしている本人に交渉するのが普通だから、仕方ないのでしょうね。
「それで、スパイスについてだけど」
「売るわよ、そこは商売だもの」
「·····いいのか?」
「えぇ、特に値段を釣り上げるつもりも無いわ、理由も無いもの」
「いや有るんじゃないか?俺に付き纏われてたとか·····」
「その方が良かったかしら?」
「すまん····· 口が滑った」
で、私はユーシャ相手でも特に値段を釣り上げたり暴利で売るつもりは無い。
スパイスの輸入販売はあくまで副業だし、この値段でもかなりの利益が出てるから値段を上げる理由が嫌がらせ以外に無いのよね。
それだとなんか嫌じゃない?
だからユーシャ相手でも普通の値段で売るのよ。
「それで、このカレー····· あっいや、ルクシアスパイスの値段は·····」
「これくらいの袋1つで金貨1枚かしら」
「やっぱり高めだな·····」
「普通は金貨10枚はするわよ?」
普通は握り拳くらいの袋でだいたい10万イェンが相場らしいけれど、私は1/10の値段で売っている。
だいぶ他のスパイス業者に恨まれたりもしたけれど、その人たちのスパイスの輸入もやってるから今は良好な関係になったわ。
·····今度はキャラバンの人に若干恨まれてるけれど。
まぁ今は関係ないわね。
「日本なら1000円もあれば買えたのにな·····」
「·····どこ出身よ貴方、スパイスがそんな激安な地域なんて早々無いわよ?生産地出身なのかしら」
「あぁ、スパイスの生産地じゃないんだけど俺は日本っていう異世界にある国から来たんだ」
「どこかしら、その地域」
「この世界じゃない場所なんだけどな····· まぁ説明しても埒が明かないから良いか」
どうやら、このユーシャが来たのはイセカイという地域のニホンから来たらしい。
今度、光速で探し回ってみましょうかしらね。
スパイスがもっと安く手に入れば利益も増えるわ。
「·····で、このスパイスって確かかなり西の国で作られてる物だったよな?」
「えぇそうね、知ってるのかしら?」
「旅の道中で立ち寄ったんだ、もう半年以上前だけどな」
「そう、大変な旅路ね」
ユーシャはどうやら、私がスパイスを買っている国に立ち寄った事があるみたいね。
「もしかしてだけど、このスパイスは君が買いに行ってるのかい?」
「そうよ?普通は数ヶ月掛かるけれど私なら1秒も掛からないから輸送費を省けるの」
「だから安いのか····· っていうか、君、本当に光速で移動できるんだね」
「だからそうだって言ってるじゃない」
こいつ、まだ信じてなかったのね。
まぁ音の数倍より速くなったら至近距離だったらどの速度でも同じよね。
だってどの速度でも見切れないんだもの。
「すまんすまん、で、とりあえず暫く持つくらいは欲しいから····· その袋10袋分くらい買えるか?」
「えぇいいわよ、ただ安くしている分値引きはしないわよ?」
「わかった、いや、どうせならある分だけ買うか····· どれくらいある?」
その後、取引の結果私は260万イェンも手に入れる事に成功した。
ユーシャは仲間から金を使いすぎとこっぴどく叱られていた。
◇
「じゃあいい取引だったよ、ありがとうな」
「えぇそうね」
「·····」
取引も終わり、別れ際になってユーシャが私の事をじっと見つめてきた。
それも、仲間になってくれと言わんばかりに。
「嫌よ?」
「はぁ····· やっぱり無理か、すまん迷惑を掛けた、じゃあな」
「えぇ、でもスパイスの取引なら応じるわよ?」
「·····そうか」
「じゃあ魔王討伐でもせいぜい頑張りなさい?」
「あぁ、またな」
「さようなら」
そうして、勇者たちはこの街を去っていった。
·····実は勇者はまだ諦めておらず、ピンチになれば光速で助けに来てくれるだろうと考えていた。
まぁ結論を言うと、ルクシアは全く助けに来てくれなかったのだが。
現実は非情である。




