秘技 光分身の術
「成功したわ、どうかしら?」
「は?」
「ふっ、完璧ね」
「説明を」
私は今、フィジクス先生の前に立ちドヤ顔を晒していた。
その理由は、とある実験が成功したからだ。
「お前、いま授業中だろ、勝手に抜け出すんじゃない」
「大丈夫よ、何も問題ないわ、あーちょっと待ってくれるかしら·····」
◇
「ではここ、ルクシアさん」
「·····はっ、ええと····· これは確か近くに可愛い猫がいる時の伝達の信号だったかしら」
「違います、·····いや、戦場でも間違いが多発するほど似ていますが、正しくは『退却』の····· あら、板書が間違えてましたわ、これだと『可愛い猫ちゃんが近くにいる』が正解ですわ·····」
「ふぅ、焦ったわ·····」
私は席に座り直すと、新たな技へと再び意識を集中しなおした。
◇
「·····戻ったわ、まだ2人しか意識の共有は出来ないのよね、制御するだけで手一杯よ」
「お前、何やってんだ?」
「説明するわ、この前私が分裂した事件あったでしょう?」
「あったな、·····またやらかしたのか」
「結果的にそうなるわ、あの分身は重ね合わせたら戻ったのだけど、最終的に2人になるように調整したら分身が出来たのよ」
そう、前に狭いスリット2本の間をルクシオンで通り抜けた時に何重にも分身してしまったアレを利用して、私は分身を生み出す技を会得していた。
まぁあの時のように全員がバラバラに動くのは難しいのだけれど、2人ならかろうじて意識を共有しながら行動できた。
そして今はそのテスト中で、本体は教室で授業を受けながら、こっちの私はフィジクス先生の所に来ている、って感じね。
「というか、どうやって来たんだお前」
「近くの掃除用ロッカーの中に入ってたわ」
「·····もっとスマートなやり方があっただろ、光を歪めて自分を見えなくするとか」
「盲点だったわ」
「というか臭い大丈夫なのか?ここからでも若干臭う気がするんだが」
私は自分の臭いを嗅ぐと、確かにちょっと生乾き臭がするような気がした。
「·····まぁ、たぶん解除したら臭いは消えるわ」
「お前がそれでいいなら構わないが、ほんと問題しか起こさねぇなお前」
「今回は校則的に何の問題も無いわよ?分身して片方は自由行動してはいけない、なんて校則無かったもの」
「後で学院長に加えるよう進言しとくか」
「ふっ、制定される頃には卒業してるわよ」
「そうか····· そういえばもうすぐ卒業か」
「もうすぐと言ってもまだ半年弱はあるわよ」
先生の言った通り、私はもうすぐ卒業だ。
その後はパパの望み通り魔族との戦争に赴く事になる。
武勲なんて挙げるつもりも無いし、魔族に対して恨みも特に無い。
けれど、本気で戦って死ねるなら本望だ。
「·····この際だから言うけどよ、国内が戦争推進って感じだから大っぴらには言えねぇけど魔族学をやってる俺から言わせて貰うと、無理だぞ?魔族に勝つなんて」
「へぇ、そうなのね····· 益々戦ってみたくなってきたわ」
「いや個の力は人によるが俺らの1.5倍くらいだ、だが戦術や使う兵器などが圧倒的に格上だ、俺らはそれを数で押し切っているから何とか互角になっているだけだ」
魔族は力も魔力も高く、そしてルクシアが居るこの国の技術力よりも····· いや、この世界の平均を大きく超える不可思議なレベルの技術を持っている。
その技術の差は、幕末の開国直前の日本と蒸気船で世界中を航海出来る技術を持ったアメリカに匹敵する程だ。
だが、魔族はかなり長命でエルフと同じように繁殖の必要性が低く人口が少ない。
対する人間側は、人数だけが魔族に勝っているため命を捨てるような人海戦術を用いてなんとか魔族の侵攻を食い止めている。
故に魔族は戦場にあまり人員を割けず、油断すれば反転攻勢されるため兵器を利用してなんとか戦線を維持しているのが現状だ。
「ルクシア、お前一人が居たところで戦争は終わらない、無惨に死ぬか、もっと酷い目に遭うかは知らないが、いい未来は待っていないぞ」
「そうでしょうね」
この戦いに勝利した所で、もう人間側にメリットは無い。
それでも戦争を続ける理由は、人間が何回も世代が交代するほど長く続いた事で、魔族に対し累積する恨みが差別へと変わり、特に今の皇帝と将軍が魔族に強い嫌悪感を抱いているのが原因だ。
だが、国民は全員がそうかと言われると微妙で、ルクシアは特に魔族に恨みなどは無い。
フィジクスに関しては全く無いといった状況だ。
「進路を変えるなら今なら間に合う、·····他の教員は嫌な顔をするかもだが遅くは無い」
「そこまでして行かせたくない理由でもあるのかしら?」
「俺は無駄が嫌いなだけだ、それに長年教育を施したお前たちみたいなのを駒として使い捨てで扱うのは勿体なさ過ぎる」
「そう」
他にも何か裏がありそうな気がしたけれど、私は尋ねない事にした。
「でも行くわよ?そう決めたんだもの」
「·····そうか、はぁ、こりゃ止められそうにねぇな」
「止められる訳無いじゃない、私は『光』よ?」
「光ならモノで遮りゃ止まるんだよ、お前は全部ブチ抜くじゃねぇか」
モノに当たっても遮っても止まらないあたり、ルクシアはもはや光というかニュートリノとかのような変な素粒子に近いだろう。
だが、事実ルクシアはもう止まる気配を見せなくっていた。
「今まで微妙な活躍しか出来ない光魔法だったから、今こうして役に立てる力があるのが嬉しいのよ、だから誰かの役に立つのなら本望ね」
「·····理解しきれねぇな、役に立つからってその力を無駄にするのは」
「死ななければいいんでしょう?·····私は死なないわよ」
光になった私は、もう死ぬ気がしなかった。
噂によると頭が消し飛ばない限り、首が飛んでも数秒は意識があるみたいだから、その隙にルクシオンを使えばたぶん再生できるわ。
だから私は即死しない限り、死ぬ事は無いはず。
まぁ上手くいくとは限らないけれど、大丈夫よ。
「それに私の攻撃は遠距離から相手を殲滅させられるわ、先に敵を全滅させれば命を失う事は無いはずよ?」
「··········それを止めてぇんだよな」
「何か言ったかしら?」
フィジクスは眉を顰めて誰にも聞こえない声でそう呟いた。
「何でもねぇ、というか長話しすぎたな····· あっお前、授業はどうすんだ」
「うん?本体が真面目に受けてるわよ?」
「違ぇよ、俺の前にいるお前はどうすんだよ、バレるぞ?2人いるって」
「ルクシオン状態でくっつければ戻っ····· マズいわね、戻れそうな場所が無いわ」
フィジクスと戦争の話をしていた所から一転し、ルクシアは現状が結構ヤバい事に気がついた。
休み時間になれば人も増え、自分が2人いる矛盾に気がつく人がかなり増える。
故に、ルクシアは結構ピンチだった。
「あっ、私がこの部屋に居ればいいじゃない、妙案ね、だからここに居させて貰」
「出てけ、何が妙案だ」
「·····」
妙案をあっさりぶち壊された私は、渋々部屋から出て上手く隠れながら女子トイレに入り、授業終わりの本体の私と合流することにしたのだった。
ちなみに上手くいったからギリギリギリセーフだったわ。




