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「ねーしゃ、コレとどいてたよ」


「あら、ありがとうね。ルルからだわ」


小さな手で大事に抱えて持って来た手紙を受け取りシュリニはマーヤの頭を撫でてやる。

家で倒れて以来、お手伝いに目覚めたマーヤは小さな身体で出来る限りの事を進んで行おうとしてくれていた。


シュリニもアレックスも何も言わないが、子供心に従姉の不調は自分も原因だと考えたのだろうことにシュリニは胸を痛めて、好きな事をして良いのよ。と諭したがマーヤはブンブンと首を振った。


「わたしがしたいからするの。ねーしゃと一緒にはたらいて、わたしもおりもの覚えるの」


その言葉に驚いたシュリニにマーヤは言葉を重ねる。


「わたしもこれ覚えたら、ねーしゃと一緒に遊ぶ時間、ふえるよね?」


いよいよその言葉に泣き出してしまったシュリニはマーヤを抱きしめて謝り続けた。

心配を掛けてしまうばかりか、そんなことの一つも叶えてあげられなかったなんて。

父親と母親の役両方を熟さないといけなかったシュリニは自身の身体の弱さに挫けそうになりながらも日々忙しなく働き続けていた。


アレックスが早くに成長せざるを得ない状況を作ったばかりか、こんな小さな子にまで我慢を強いてしまっていたなんて。

将来の不安を与えずに、不自由なく生活を回すのだと頑張っていたのに。

我が儘とも呼べないこんな細やかな望み一つも聞けずにいただなんて。


「マーヤがしたいと言うなら尊重してやるべきじゃない?

姉さんに無理をして欲しくないって気持ちも勿論あるんだろうけど、単純にマーヤにも出来ることがあるって事に気付けて嬉しいんだと思う。

やりたい内に色々経験させてあげた方が本人の為にもなるし、姉さんももう少し周りに甘える事を覚えた方が良いよ」


アレックスにまでそんな事を言われてしまえば、小意地になってまで食い下がる気は起きなかった。

何よりシュリニと一緒の事を出来ると喜ぶマーヤの姿にシュリニ自身も幸福を感じていた。

祖母と母が遺してくれた織物を従妹へ教え、共有出来るという事が背中を押した。


それからは勉強の時間を少しずらして食卓に木枠を並べ織物を織る時間が出来た。

木枠の扱い方を始め、経糸の張り方、織りたい模様を相談して一つひとつ教えていく。

針仕事もそうだが、机に黙々と向かう作業は身体が強張る。

息抜きにと偶にマーヤと手を繋いで外へ出れば昼下がりの暖かな陽気に固まっていた身体が解れていく感覚がした。


マーヤは簡単な図案から始めているので一連の動きを覚えれば後はその繰り返しとなる。

一心に木枠を見つめるその瞳に笑顔を向けながら、シュリニも任されている織物を黙々と織り続けた。

春の新作発表まで、あと半月。

シュリニの手元には最後の仕上げを迎えた織物が光を浴びて輝いていた。





「ねーしゃ、出来たよ!」


明るい声が家に響く。

小さな木枠で先ずは自分で使うコースターから、と始めたキリム作りはマーヤの嬉しそうな声により一つの終わりを迎えた。


玄関を開けて真っ直ぐ進んだ先、台所と居間が続き間となっている広々とした空間の中で食卓に向かってはしゃいだ声を上げる従妹にシュリニは柔らかく微笑んだ。


「お疲れ様。よく出来たわね。

初めてなのにこんなにしっかりしたものを作れるだなんて、マーヤはとても器用ね」


「ちゃんと四角くするの大変だったけどがんばったよ!ねーしゃもおりもの出来た?」


「えぇ。あとは細いものを縫い合わせてお花を作ればお終いよ。

これは服飾店(ブティック)に卸す物だから汚さない内に片付けちゃいましょうか」


小さな針は幼いマーヤが誤って触れてしまうと大変なので仕事部屋で扱う事にしている。

キリムは基本的に木枠と糸、編み目を整える櫛しか使わないのでシュリニも小さな頃から教わっていた。

糸を切る鋏の扱いはよくよく言って聞かせてあるのでマーヤも悪戯に刃を広げる事はしない。


手際良く片付けを終え、食卓を拭いていると木枠と糸を自室に抱えていったマーヤがとてて、と走って来た。

手には何か光るものを抱えている。


「ねーしゃ、これ着けてお外に行ってもいい?」


「なぁに?何か可愛いものでも持ってるの……」


マーヤの手の中に視線を移したシュリニは言葉を止めた。

小さな掌に抱えていたのは亡くなった叔母の形見である髪留めだった。

マーヤにとって記憶に残らない位、少しの間しか共に過ごせなかった母親ではあるが、叔母はマーヤに似合うものをよく分かっていた。


きっと何かのお祝いの時に贈ろうと思っていたのだろう。包装用に巻かれていたらしきリボンと共に透かし彫りがされた金細工が一対握られていた。

金色を弾く花の模様がマーヤの真っ直ぐな黒髪に良く映えるだろう。


「マーヤ、叔母様達のお部屋に行っていたのね。これ以外にも何か気になるものはあった?」


「うん……おかあさんのお服がたくさん置いてあったよ。それと、わたしの赤ちゃんのころのお服が……」


「そう……そしたら今日はこれと好きなお洋服を着て出掛けましょうか!

叔母様達のお部屋に行きましょう?」


「…うん!」


ニコニコとした愛らしい従妹の手を繋ぎ階段を上る。

面影も思い出せない両親との思い出を繋いであげられるのはもうシュリニとアレックスしかいないのだ。

マーヤが両親の愛情をしっかり感じられるように今日はうんと飾り立ててあげたかった。


扉を潜り部屋へ足を踏み入れると昼の日差しを受けて明るく照らされた室内が出迎えた。

換気の為に開けておいた窓からはふわり、と春先の風が迷い込んで来る。


この部屋は叔父夫婦が亡くなってから殆ど物を動かしていない。

定期的に掃除の為に開けているが、物の配置は基本的に変えずにおいていた。

マーヤが自分の判断でこの形見を手に取るまで。

それまでは叔父夫婦の使っていたまま、なるべく残しておこうと祖父と話していたのだ。


今日は少しだけ、マーヤの意思により部屋が動き出すかもしれない。


「叔母様の洋服ならこっちね。

マーヤは今日、どんなものを着たい気分?」


「えっとね、これに合うのがいいな。

あとさらさらしたうすい布みたいなのが着てみたい」


「薄い布?………あぁこのストールね」


金細工の髪留めを指しながら伝えてくるマーヤの希望に沿うようにいくつか衣類を取り出すと、マーヤはある一つのものに視線を向けた。

叔母様が愛用していたストールだ。

春夏に使う日差し避けのものなので、細い糸を織り込んだ透明感のあるものだった。


ここにあるものはまだマーヤの丈に合わせていない物ばかりなので、一先ず巻き方で調整出来るストールは身に付けられそうだとマーヤの側に避けておく。

他にも着てみたいと言った数点を仕分けるものの、丈が合わなすぎてマーヤが着たら手も足も出ないものばかりだった。

流行的には古い物ばかりだが状態も良いし、何よりマーヤが着たいと言っているものなのでストール以外の物は後日、丈を合わせることで話が落ち着いた。


一先ず今日はマーヤの今持っている服とストール、そして髪飾りで可愛く仕立てようと決めてシュリニの自室へそれらを運んで貰う。


部屋を片付けたシュリニは一旦仕事部屋へ向かった後に部屋へとやって来た。

手にはボタンと裁縫道具、そして小さめのベルト。


「さぁ、マーヤ。これから可愛くなるわよ」


楽しげなその言葉にマーヤははしゃいだ声を上げた。

先ずマーヤお気に入りの服の中から緑味のものを選んで貰い着替えさせる。

靴も履き慣れたブーツじゃなく、シュリニが小さな頃履いていたヒールのないパンプスと薄い靴下に履き替えて貰うと、マーヤを自室の鏡台(ドレッサー)の前に座らせた。

鏡にはニコニコとした従妹の姿。

ブラシを取り出して従妹の髪を優しく梳いてやると、気になるのか前髪を弄りだした。


もうそんな仕草を覚えたのか、と内心少し寂しく思う。

少し前まで「ねーしゃ、ちゅう」なんて言って可愛くキスをせがんでくれたのに最近はませて来たのか、言わなくなってしまった。

子供の成長は早いと感じながらも、それに寂しさを覚えつつサラサラの柔らかな髪を梳いていく。


肩から少し伸びた毛先までしっかり整えると引き出しから小さな瓶を手に取った。

昔、学友から誕生日祝いにも贈られた香油で髪に馴染むように調合された専門のものだ。


定期的に自身で切ってしまってお洒落する機会のない髪に使うくらいなら、と香りを確かめた以来、初めてその蓋を開けた。

ローズ系の甘やかな香りが漂うそれを掌へ乗せマーヤの髪に少しずつ馴染ませていく。

艶感が強いから少しずつね。と言った学友の通り、少しの量ですぐに髪に艶が出た。

天使の輪が次第にはっきりと輪郭を纏っていく。


改めてブラシで毛束を整えるとシュリニは久し振りの動きに手こずりながらも髪を編み込んでいった。

この髪型を作るのも母が生きていた頃以来だ。

小さな頃は教えて貰う度に自身で髪を編んで楽しんでいたが、その内うねる髪を纏めるのが大変だと感じ、頭の後ろで一つに纏めるようになった。

下ろしていると癖のある髪はものによく引っ掛かるし、織物の最中に顔に掛かって邪魔になるからと今ではこの髪型以外整えたことがない。


マーヤは真っ直ぐな髪質だから折角なら少しボリュームを持たせる位の方が良いだろうか。

髪留めの位置を調整しながらシュリニは髪型を整えていく。束ねた髪を捻り編み込んだものを左右に分けて金細工の髪留めで留める。

髪が終われば後は最終的な調整だけだ。


鏡台の上に広げたストールの長さを調整して肩から掛け、前を大きな蝶々結びにする。

小さなマーヤの身体にこうすれば丁度ポンチョのように広がってくれる。

このままだと結んだ部分に引っ張られてストールの位置がズレてしまうので後ろの襟元にくるみボタンを着けて、それに髪飾りと共に持って来たリボンをストールに縫い合わせボタンで留める。

最後に立ち上がって貰って中に着ている服の丈をベルトで調整してお終いだ。


ハーフツインの髪は艶を帯びてさらりと肩まで流れている。

リップバームを唇に少し乗せると途端に叔母譲りの顔立ちから祖母に似た雰囲気を纏った。


出来たわよ。というシュリニの声に鏡台へゆっくり振り返る。

常に輝いている萌葱(スフェーン)の瞳が見開かれ、更に光輝くのが見えた。


「わぁ……!凄い、ねーしゃ魔法使いみたい!

これマーヤ着てて良いの?」


「えぇ。これを着て今日はお出掛けしましょう?

私も着替えるから少し待っていてくれる?」


「うん!」


大層喜んでいる従妹の姿に慣れないながらも頑張って良かったと安堵の息を吐いた。

折角だから今日は仕上がった織物を納品してしまおう。

そのまま通りを一緒に散歩してアレックスに何かお土産を買って来ても良いかもしれない。


普段から節制を心掛けているシュリニは衝動的な買い物に気を付けていたが、今日は従妹と弟の為のご褒美という事にした。

最近、アレックスにも心配を掛けてしまっているし、お出掛けをしてお土産まであるとなれば喜んでくれる筈だ。


マーヤの格好に合う服はあっただろうかと考えながら、実は自身も心弾ませている事にシュリニは気付いていなかった。




◇◇◇◇◇




「今日は色んな方に褒められて良かったわね。

マーヤお出掛け楽しい?」


「うん!友達とあそぶのも好きだけど、ねーしゃと一緒におでかけするのも楽しい!」


輝かんばかりの笑顔で話すマーヤの言葉にシュリニも嬉しそうに笑い返す。

始めに下町近くのファブックル家具店へ織物を納品し、今は服飾店『プティ・カナン』へ向かう道中だ。


家具店の主人がマーヤの姿を可愛いと褒めてくれたので、マーヤはウキウキとスキップするように足を弾ませている。

店員の人達も口々にマーヤの姿を褒めちぎり、色味を揃えたシュリニに対しても綺麗だと言葉を添えてくれた。

お世辞だと分かっていても容姿を肯定的に褒めて貰える事は嬉しく感じる。


「ねーしゃも今日はいつもよりキレイよ。

わたしも早くねーしゃみたいに大きくなりたいな」


「ふふ、マーヤの可愛らしさはマーヤだけのものだから姉さんに似たら寂しいわ」


大通りの一本隣、中通りを二人手を繋ぎながら歩いているシュリニは愛らしいマーヤの言葉を受けながら内心少し焦っていた。


今日はなんだかチラチラと見られている気がする。

勿論見られる対象である事がこの瞳由来のものであるとは予想が付くが、今日は幼い従妹も一緒とあって少し警戒していた。

成人したての若い女性と幼い子供二人。


特にマーヤの瞳は昼間の光を受けてキラキラと黄色や赤色の遊色を纏っている。

この辺りは警ら隊も巡回していて治安も良いし、昼間から堂々と子連れに不埒な動機で声を掛ける者も居ないだろうが心配は尽きない。

不心得な者に声を掛けられやしないかとヒヤヒヤしながら道を歩いていると、マーヤと繋いだ手がくい、と引っ張られた。


「ねーしゃ、あれにーしゃに買っていこう?」


そう言い手を引っ張るマーヤの視線を辿ればそこにあったのはお菓子屋だった。

外に立て掛けてある看板にはチョークでミルフィーユの文字が踊っている。

すぐ下には可愛らしいタッチで描かれたミルフィーユの絵が見える。


どうやら幼い子供達の間でもミルフィーユの人気は話題に上るらしい。

確かにこれだけ評判になっていて一口も食べた事がないというのは、普段色々な我慢を強いている子供達には酷に思えた。

今日はお出掛けという事で少し多めにお金は持って来ている。

偶の贅沢くらい子供達にさせないでどうする。


「マーヤはミルフィーユも知っているのね。

偶には頑張っているアレックスにも美味しいものを食べて貰おうかしら。

マーヤもあれ食べたい?」


「ぅ………にーしゃの分を一口もらうから大丈夫………」


「あら、それじゃあミルフィーユの美味しさは分からないわよ。

今日は織物を届けてお仕事も一段落するし、美味しいものを目一杯楽しみましょうか」


「……うん!」


最終的にお菓子の誘惑に勝てなかったマーヤがキラキラとした瞳を向けた。

我が儘を許しては教育上宜しくないが、我慢を必要以上に覚えさせることはない。

お手伝いを頑張ってくれているご褒美だと伝えてシュリニはお店の扉を潜った。


途端に甘い香りが広がる店内にマーヤは早くも笑顔を浮かべている。

やはりミルフィーユはどこも人気らしく店の中は少々混んでいたが、マーヤと共に列に並ぶと程なくして自分たちの番が回って来た。

メニューを広げながらカウンターに立つ店員へ注文を告げる。


「ミルフィーユ3つお願いします」


「大変申し訳ございません。先程ミルフィーユは完売してしまいました。

本日、次の焼き上がり予定は此方となります」


そういいメニューの隣に立て掛けられたボードには夕方の時刻が記載されていた。

はしゃぐマーヤにマナーを教えている間にどうやら売り切れてしまっていたらしい。

それならとメニューに書かれたミルフィーユ3つ分のお金をカウンターへ差し出す。


「それでしたら時間を改めて伺います。予約は可能でしょうか?」


「はい。折角並んで頂きましたのでお取り置きしておきます。此方をお持ち下さい」


そう言い渡されたのは店の看板デザインが刻印された木の札。

金細工を模した模様が表面に描かれている。

始めに並んでいたお客が手にしていたものだ。

人気メニューの取り合いを防ぐ為に取り入れたものだろう。

ついでにとアレックスとマーヤが好みそうな菓子を数品注文し、気持ち多めにお金を渡しておいた。


折角のご褒美日にお菓子がたった一つなんて悲しいことは言わない。

そうして名前と来店予定の時間を記した紙を渡してお礼を告げるとマーヤと共に店を出た。



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