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33. 雨の王都襲撃


「キミ魔法具のこと詳しいんだって?」


 アイリスが回復し、エリックたちにループについて打ち明ける前、ラーラとクロニカ、そしてシシリーはこんな会話をしていた。


「ええ、分解して魔法をかけ直し、組み立てるくらいならできますよ」

「そこらの魔法具職人よりできるじゃないか。まあ、聞きたいことはそれじゃなくて」


 これを見てくれ、と作業机の上に散らばった工具と魔法具らしき宝石のような、ブローチのようなものをクロニカは指さした。


「なんですか、これ? 魔法具にしては小さいですけど」

「何かの制御装置のように見えますが」


 シシリーとラーラが覗き込んで言う。

 ふふん、とクロニカは腕を組んだ。


「これはだね、竜の正気を戻す魔法具さ」

「竜の正気を?」


 おうむ返しするシシリーに、いち早く気づいたラーラ。


「もしかしてここに魔力を流し込み、意識を失って暴れている竜族の方に使えば……!」

「そ。詳しい構造は勇者くんならわかると思うけど説明しておこう」


 クロニカはよいしょ、と高い場所に置いてあった帽子を取って頭に被る。


「勇者くんの話によると光魔法との魔力同調で竜の錯乱……ここでは呪いと呼ぼうか。その呪いを剥がすことができたんだよね」

「はい、その通りです」

「そいつはいい。いいんだけど時間がかかる。いちいち丁寧に傷つけないように魔力同調するなんて、乱戦状態だったらできないだろう?」


 それでこいつの出番さ、と宝石の魔法具を手に取った。


「これを竜の左胸、魔力の源である心臓の宝珠に押し当てる。そうすると全身に光魔法が行き渡りイイ感じになって呪いが解けるって寸法さ」

「すごい……クロニカさん、短時間でこの調整をされたんですか」

「ん、まあね? サインいる?」


 ぜひいただきますとラーラが言って、シシリーが疑問を口にする。


「でも一つじゃ一人の竜族の方しか助けられないんじゃ」

「ご安心を〜。たくさん用意しといたから!」


 クロニカが革の袋の中身を見せると、件の魔法具がたくさん詰まっていた。


「わあ、綺麗……! これ一つ一つに魔力をこめるんですね」

「そそ。これなら勇者くん以外の人間が竜の意識を戻せるし、この袋には空間魔法もかけてあるから想像の倍以上は入ってると思ってくれ。重さも調節してるから軽いしね」


 シシリーがすごい、と言いながら「でもでも勇者様が毎回魔力をこめるのって大変じゃないですか」と言うので。

 クロニカとラーラはシシリーを見つめる。


「へ? どうしました?」


 だんだんとわかってきたらしい。この手段の要が誰なのか。


「もしかして……あらかじめ魔力をこめるのって、私?」


 そうとも! とクロニカが破顔した。


「光魔法使いよ、キミの出番さ! キミの光魔法は竜を傷つけるんじゃない、救うんだ!」


 シシリーの瞳が、やる気で満ち溢れていった。










 五人の懐にはそれぞれ宝石魔法具の入った袋があり、来たる戦いに向けて全力で強化魔法を使い走っていた。


「なんで王都の中に移動魔法の陣がないんだよ! 間に合わなかったらどうすんだ!」

「仕方ありません、アルア王国の王都には守護の魔法がかけられていますから陣を敷けなかったのでしょう」


 ステファンが叫ぶように言って、アイリスが冷静に考えを述べる。

 ラーラ率いる勇者一行は王都からほど近い森の中に移動させられていた。よってこうして被害が受けるであろう王都まで走っているのである。

 エリックがハッと何かを見つけた。


「みんなあそこ! 邪竜王が!」


 ラーラたちは遭遇する。

 世界の敵、災厄の黒竜、魔界ゼレンセンからやってきた邪竜王の姿を。


「クリス様……っ」


 ラーラが苦しげに見つめる先には、飛行しながら暗黒のブレスを吐き、あちこちに破壊の跡を残しながら王都へ向かっていく邪竜王がいた。


『ギャアアアア──……』


 クリス様、どうかもう人を殺さないで。

 そう願いながらラーラは王都に迫る。


「おいやべぇぞ、水魔法でもブレスの炎が消えねぇ!」


 森が黒い炎で燃え上がっていく。王都まだあと少しだというのにこれでは辿り着けない。


「今こそ使うべきでしょう」


 ラーラが空間魔法のかけられた袋から一つ、魔法具を取り出し──宝石を上に掲げて広範囲の魔法をかけた。


「──雨よ!」


 シシリーの光魔法とラーラの膨大な魔力から生み出される雨がアルア王国全体を包み込み、次々と黒炎が消えていく。


「やりました、勇者様! 効いているようです、こんな使い方もできるなんて!」

「ぶっつけ本番でしたがなんとかなりました!」

「この脳筋勇者め! 助かったぜ」


 シシリーが嬉しそうにして、ステファンは悪態のような賞賛を送る。

 そのときアイリスが声を上げた。


「いけません陛下! そこには人族が……!」


 飛行する邪竜王が見つめる先には、王都の門を守る人族の騎士たちがいて。


「させま、せんっ!!」


 ラーラが王都の門全体に魔力障壁を張り、その直後に邪竜王からブレスが放たれた。


「ぐっ……威力が、つよすぎ、る……!」

「大丈夫ですか、ラーラ様!」

「ええ、でも遠すぎて精密性がっ……とにかく全部覆うように守りましたが」


 いやすげぇよ、とステファンが溢すが。


「次が来る……く、ぅ……っ!」


 ラーラが手をかざして、更なるブレスが来る前に何重もの魔力障壁を門に張る。

 歓喜の声をシシリーが上げた。


「大丈夫です、勇者様! 抑えてますよ!」

「いえ、私たちは早く到着しなくちゃいけないんです、気づいていますか」


 エリックが弓を引いて、一匹の魔獣の眉間に矢を放った。


「魔獣も王都に向かってきてるね。門までもうすぐだ、僕たちも早く行かなきゃ」

「おいっあそこ! 門んとこで魔獣どもが!」


 ラーラの魔力障壁にまで到達した魔獣たちが綻びがないか障壁に攻撃を仕掛けている。魔力障壁は魔力が強ければ強いほど硬度を増すが長距離となると精度が欠けていってしまう。


「かけ直さないと、このままじゃ……」


 門を守ろうと騎士たちが剣を構えている。

 邪竜王の呪いによって力の上がっている魔獣は今までの比ではない攻撃力を持っている。きっと並大抵の人族では太刀打ちできないだろう。


「シシリーちゃん、僕の矢に光魔法を!」

「はいっ!」


 真っ白な光がエリックの番える矢先に灯り、弓を引く。

 距離があるのにも関わらずその矢は門前へと届き魔獣たちに光魔法の矢の雨が降り注ぐ。


「いいぞエリック、シシリー! このまま門のとこまで行くぞ! オレの出番だっ!」


 とステファンが意気込む中、今度は邪竜王が門前へと到達し目の前で破壊のブレスを吐く。


「させません──ッ!!」


 ラーラは全力で魔力を障壁に注ぎ込む。

 だが邪竜王の黒炎は範囲があまりにも広く、障壁から漏れ出た炎が周りの森に飛び散っていった。


「おい脳筋勇者! もっと雨だ、さっきの光魔法の雨!」

「やってます! でも同時展開は……あともう少し、届けば……ッ!」


 土砂降りの中でのラーラの視線の先で、一匹の魔獣がよろめきながらも門前の魔力障壁の弱まったところに突進し、穴を開けていた。

 騎士たちに魔獣の牙が迫る。


「うそ、だめっ間に合わな──!!」


 ラーラが必死に手を伸ばした。

 そのとき。

 犬たちの遠吠えが王都から鳴り響いた。


「僕の忠実なる下僕たち!! じ、邪竜王(ジャーイ)の手下なんてお前らでなんとかしろーッ!!」


 うそ、あれは──!

 シシリーが驚きの声を上げた。


「フィリップ殿下!?」

「あの犬たちは彼の!」


 アイリスが威圧したあの犬たちが、魔獣に飛びかかり食いついて離れなかった。

 何匹ものフィリップの犬が応戦し、穴から這い出た魔獣に攻撃を命じているのは。

 あの、幾度ものループにおいてラーラへ婚約破棄をしていた、薄情な浮気王子フィリップ・アルア・ヤルチンダールだった。


「騎士よ、ここは僕に任せて国民を守れ!」

「ですが殿下! お一人では──!」


 フィリップは雨で金髪のセットが崩れながらも、こう言った。


「僕にもできることがあるんだって証明してやるんだ! お前たちはその証人になれ、国を守れ、そして生きろ! この国を守ったのはこの僕だって知らせるためにな!!」


 騎士たちはその勇姿を目に刻み込んで頷き、民を守るため門の奥へと走っていった。

 フィリップは雨の中でも不敵に笑い、自分の魔獣使いとしての才を発揮させるべく犬たちに命令する。


「いいかお前たち! 絶対に魔獣たちを一匹たりとも通すな、さもないと──」


 大声を張り上げた。


「晩メシ、抜きだからなッ!!」


 ギラリと犬たちの目が鋭くなり魔獣に牙を立てる。

 フィリップもまた犬たちに強化魔法をかけ、魔獣たちへ自分に平伏するように魔法の圧をかける。


「僕の……支配下に、なり、やがれっ! 第一王子として相応しくない力でも、僕は、僕はぁっ……!」


 ギリ、と歯を食いしばる。


「証明するんだ、ラーラ・ヴァリアナにっ! そしてシシリーを返してもらわなきゃ、いけないんだ!!」


 瞬間、邪竜のさらなる呪いが魔獣たちに降りかかりフィリップの支配する力に反発していく。


「うそだろ!?」


 魔獣が犬たちを振り解き、フィリップに襲いかかる。


「やめ──……ッ」

「フィリップ様から、離れなさーいっ!!」


 飛行魔法で飛んできたシシリーが魔獣の頭に容赦なく光魔法を満遍なくかけた杖で殴った。

 魔獣は倒れ、光魔法によってその身体の形を失っていく。


「シ……シシ、リー?」

「はい、私です! 私との約束を忘れたり浮気したりするフィリップ様!」

「うぐっ……あ、謝ったじゃないかその件については!」

「あんなのじゃ足りません! でも」


 シシリーは雨で濡れた己の髪を掻き上げて、勇ましく笑った。


「さっきのフィリップ様、ちょっと格好良かったですよ! 勇者様よりはまだまだでしたけど!」


 そこへラーラたちが門前へと到着し、魔獣たちを一斉に葬っていく。


「フィリップ殿下のおかげで時が稼げました。感謝を」

「ラーラ・ヴァリアナ……」


 ラーラは魔法剣で魔獣をフィリップの目の前で斬り捨てながら言った。


「早く中へ。貴方はこの門を守りました。次は国民を誘導し避難させてください」

「貴様に言われずともやれるさ!」


 ふ、とラーラは笑みを浮かべる。


「やればできるじゃないですか」

「……ふん」


 フィリップは雨の中大声で言ってのけた。


「このフィリップ・アルア・ヤルチンダールのこと、勇者一行の危機を救ったってあとで国民の前で発表するんだな! いいか、世界を救ったあとだぞ!」


 フィリップはそう言い残して門の中へと去っていった。


「あいつッ大したことしてねぇのに威張りやがって! オレたちのがいい仕事してるってのに、よっ!」


 戦斧を振り回して魔獣たちを吹き飛ばすステファンが言う。


「まあまあ、良いじゃないですか。あれが彼なりの証明というやつです。ステファンさんっこちらも!」


 アイリスが闇魔法の盾を作っているうちにステファンが魔獣の首を叩き潰し、エリックが正確に頭を射抜く。

 そして──目の前に。

 ドシン、と邪竜王がラーラたち勇者一行の前に立ち塞がった。


(クリス様……!)


 邪竜王の瞳は金色に輝いていて、だが意思疎通はできない。

 もう周りには湧いてきていた魔獣はおらず、これがラーラたちとの初対峙となる。


「クリス様、ラーラです! 目を覚ましてください!!」


 しかし邪竜王はそのまま息を吸い、ブレスを溜める。

 ラーラは咄嗟に聖剣を抜いて魔力障壁を張り、エリックたちはその盾に守られるべく固まる。


「私も……光魔法の雨を!」


 魔法具を掲げありったけの魔力を通し、邪竜王に向けて投げつけるシシリーだったが──強力な呪いの鱗には効かない。


「うそ……!」

「シシリー、こっちだ!」


 間一髪でシシリーをラーラの障壁の中にステファンが引き入れてブレスから守った。


「クリス様ッ!!」


 ラーラが何度も邪竜王に声を届ける。


「クリス様、聞こえているんでしょう、クリス様! みんな逃げてって忠告してくれたのは貴方です、まだ意識が残ってるはずなんです!」


 聖剣が自分を使えとばかりに光り輝くが、ラーラは守りに徹する。

 だから、とラーラは食いしばって、叫ぶ。


「貴方のラーラは、ここにいます!! クリス様ッ!!」


 ふと。

 ブレスが止む。


『……』

「クリス、様……!?」


 雨が一瞬止まったかのように感じられて。

 あの金色の瞳が和らいだように見えて。


『……ァー、ラ……』


 邪竜王が、言葉を発する。

 ラーラが聖剣を投げ捨てて、皆を守るように魔力障壁はそのままに邪竜王に近づく。


「ラーラ様! まだ危ないです、下がって!」


 アイリスの危険を知らせる声が聞こえるがラーラの耳には届かない。

 目の前の大切な、自分の命よりも大切な──心優しくて、ちょっとお茶目で、落ち込む自分を褒めてくれたクリスにゆっくりと駆け寄って。


「クリス様、大丈夫です。今助けます」


 懐から魔法具を取り出し、魔力光が光り出す。

 優しい雨が二人を包み込む。

 邪竜王が受け入れるように首を下げていって──。




 そんな二人を狙うように。

 いや──聖剣を使わぬ勇者に向けて。

 

 女神が矢を番えていた。



明日明後日の投稿はお休みです。

もしかしたら更新できるかもしれませんが、時間は未定です。


次回もエリック編をお楽しみに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘シーン面白かったです!意外すぎるあの人が出てきてまさに面目躍如でニヤリとしてしまいました。 邪竜王もといクリス様ととうとう邂逅できる…!?と思ったらやっぱり邪魔者が~!良いところで終わ…
[良い点] 読ませて頂きました! クロニカ様凄いです!サインください! イイ感じの魔法具でクリス様の正気も取り戻せるかと思いきや女神様…… 一体どうなってしまうのでしょうか、続きを楽しみに待ちたいと思…
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