31. 流星が優雅に舞い降りた
「おい、どうしたこんなところで泣いて」
「あ……」
竜騎士の方がこちらに走ってきたので、私は逃げ出そうと思いました。けど、泣いていたのもあって足がもつれて転んでしまったのです。
「……っ」
「こらこら。転ぶとき頭から突っ込むもんじゃないぞ、スカートの中が丸見えだ」
急いでスカートを直そうとしたけれど、別にスカートがその竜騎士に丸見えになっているわけではなくて。
「ハッハッハ! すまんすまん嘘を吐いてしまった。あんまりにもひどい顔で転ぶもんだから引き留めたくてな」
「なんで、ですの」
その竜騎士は転んで汚れてしまった私の顔を水魔法で布を濡らして拭いてくれるが、あまり濡れていなかった。
「……水魔法、かかってないですわよ」
「あ、悪い……俺、赤竜だから水魔法は得意じゃないんだ。ちょっと待っててくれ」
と言ってその竜騎士は足早に近くにあった井戸に向かい、布を湿らせて私の顔を拭こうとした──が。
「……今度は水浸しです」
「す、すまん本当に。絞ってやる。だめだなぁ俺、不器用すぎるって隊長にも怒られちまった」
よし、と絞った布でようやく私の顔は綺麗になった。
「……ありがとう、ございます」
「いいってことよ。なあなんでこんな竜騎士寮の裏なんかで泣いてたんだ?」
「……落ちちゃったんです」
私は膝上で手をきゅ、とさせる。
「執政官になるための試験、実技試験で落ちちゃったんです。私、魔力が皆よりすごく少なくて……」
「そうか。そりゃ辛かったなぁ」
「何回も受けて、でも魔法の試験でいつも落ちてしまう。生まれ持った魔力量は変わらないから向いてないよって言われて、しまって……」
また涙が溢れてくる。どうしよう、初対面の人の前でこんなに泣いちゃダメですのに。
すると竜騎士の彼はこんなことを言い出した。
「俺の家は代々竜騎士でな、隊長とか騎士団長とか出してるすんごい家なんだ。俺もなろうって憧れて入団してみたはいいが、俺の赤竜としての力が強すぎてな。槍は折るは装備は壊すはで叱られっぱなし」
大先輩のレナードさんにも鼻で笑われる始末さ、と彼は言う。
「でもな、あるとき出会ったんだよ。俺より馬鹿でかい力持ってて人に迷惑ばかりかけてる子竜を」
竜騎士は懐かしむように空を見上げる。
「側仕えにも毛嫌いされて、でもあいつ城を抜け出して城下町を駆けずり回って遊んでるような悪戯っ子だったんだ」
「それは、躾が必要ですね」
「ハハハ! 俺も竜騎士の手前そいつを怒ったよ。でもあいつケロッとしててな、次の日にはまた抜け出してやがった」
その子竜との追いかけっこをする思い出を思い出しているのだろうか、竜騎士は笑った。
「そいつ、黒竜だったんだ」
「へ、それって……」
「未来の竜王様さ」
私は驚いて目をまん丸にする。
この星に黒竜は一匹しかいない。つまりはゼレンセン王国の王子その人で。
「俺は思ったんだ。あの小さいガキが黒竜で、でもただの笑ってる子竜なんだ。そんなやつをいじめて笑ってるようなやつから守ってやりたいって」
竜騎士はぐっと拳を握った。
「そのガキは言ったよ。竜族が胸張って生きれるようなそんな国、そんな世界にしたいって。だから俺もがんばろうと思ったんだ、やれること全部やろうと思った」
「やれること、全部……」
なあ、と竜騎士は私に問いかける。
「お前はやれること全部やってるか? 魔力が少ないんなら誰も知らない魔法とか、試したことのない魔法とかやってみたか? それこそ闇魔法とか」
「……やって、ないですわ」
「それだ。皆と同じことしてたらダメだ。皆よりうんといっぱい勉強して、魔法の種類を覚えて、ぎゃふんと言わせるんだ。そんでもってこう言うのさ」
竜騎士は腕を組んで、こちらに片目を瞑って言った。
「私は筆頭執政官になってやる、ってな」
そんな簡単にいくわけがない。そう思ったけれど、不思議と彼の言葉が温かな炎のように私の胸に灯って。
「……なって、やる」
「おう、その意気だ。でかい声で!」
「私は、筆頭執政官になってやる」
「もっともっと!」
「私はっ! 一番エライ筆頭執政官になってやるっ!」
言えたなぁ、と私の背中を叩く彼の笑顔が眩しくて。
「俺も言うぞ。黒竜様を絶対守ってやる!」
ハッハッハ、と気持ちのいい声で笑う彼のことを見上げて、思ったんです。
私も、彼と同じ夢を持ちたい。
彼の言う『黒竜様』を守れるように、一番エライ執政官になりたいって。
はじめはその竜騎士の隣に並びたくて思ったのです。でも試験に受かって仕事をするうちにどんどん自分の夢にもなってきて。
私たちは、黒竜様の両翼になった。
邪竜のままループした陛下をなんとかするために彼と奔走した。苦手だった魔法も闇魔法を駆使して戦闘だってできるようになった。
でも、敵わなくて。
止められなくて。
はぐれてしまって。
「生きていてください……私は、私たちの夢を守るために行きます」
邪竜王が、優しかった陛下が私のいる場所目がけてブレスを打とうとする。
(それでも──)
あの焔の竜騎士の夢を語る笑顔を忘れたくなくて。
ああどうか、彼が生きていますように。
どうか、どうか。
私の焔の夢よ、導きたまえ──。
「アイリスさんッ!!」
ラーラが駆け寄って空いた胸の穴を塞ごうとするが、どくどくと血が溢れてくる。
「アイリス様、アイリス様っ! なんてことを、女神様……っ!」
シシリーが空中を睨むが、もうそこにはあの光はない。沈黙があるのみだった。
「ラーラちゃん! 治癒魔法は試したかい!?」
「やりました! でも効かないんです!」
シシリーが杖を持ってラーラの治癒魔法の補助をしようとする──が。
「ダメだシシリーちゃん! アイリスさんに光魔法を使ったら!」
「ど、どうしてです! 今は一刻を争う……」
「ダメったらダメなんだ!!」
エリックは大声でシシリーの言うことを強制的に黙らせた。
魔法が効かないなら魔法具を。ラーラが懐から取り出して魔法具に魔力を込める。
「……アイリスさんは、竜族だから。光魔法は余計に……だめなんです」
「──ッ!」
シシリーが目を見開いて。
そして、ずっとへたりこんでいたステファンは。
「……くそっ! 俺を裏切るなよアイリス! 裏切るな、やめてくれアイリス……!」
ステファンがせめてと思いアイリスの胸に空いた穴を塞ごうと両手を当てる。
どんどん、どんどん血が広がっていって、ステファンの手が赤く染まっていく。
「裏切んなよぉ……まだ、約束もしてねぇっていうのに……!」
そのとき、別の声が聞こえた。
「そこは裏切るな、じゃないだろ。生きてくれって願うのが筋なんじゃないか?」
神殿を後にしたはずの、大魔法使いであり大薬師である少女クロニカが立っていた。
「クロニカさん! なんで……」
「なんでもかんでもそういうのはあとだ、勇者くん。いいからその魔法具貸しな」
クロニカはラーラから魔法具を受け取り、皆の前で見たことのない魔力光を出し魔法具を操り出した。
「……っ、クロニカさん、お願いします。アイリスさんは、アイリスさんは……!」
ラーラは身を震わせて、絞り出すように言う。
「ずっと私を守ってくれた、大切な仲間なんです……っ!!」
「じゃあ手伝ってくれるかい、さっき渡した新作の本の序章くらいは読んだだろう?」
は、はい、とラーラが治癒を施すクロニカに近づく。
「アタシたちがいつも使う魔法は女神様に祈って行使するようなものだ。だから今の状態、竜族の彼女には効かない」
「だから己と星の魔力の道を繋げて……それなら!」
「ああ、勇者くん。手を」
クロニカと手を合わせて魔力を送り込む。どうか生きてほしい、そんな思いで願う。
「くそ、アタシでも女神様の攻撃を治癒したことはないからな、こりゃ大変だぞ」
「時間がありません! どうしたら……」
はっ、とラーラは思いついたことがあった。
(己と星の魔力の道を繋げるってことは、声が届くかもしれない!)
ラーラが全力の魔力を使って祈った。
「星の竜よ、古の竜よ、どうか力を貸してください! アイリスさんはクリス様を支える片翼なんです……!」
彼女がいなくてはクリスは飛び立てない。彼女がいなくてはラーラも飛べない。
アイリスという気高き空色の竜を、どうか助けて──!
轟轟、と。
地響きが鳴り始める。
「な……なんですか!?」
「わからない、けどラーラちゃんが……何かしてるんだ!」
シシリーとエリックが揺れる神殿の中で転びそうになるのを、ステファンが支えた。
「信じよう、あいつらを……! 星の竜ってのが何なのか知らねぇがオレたちも祈るんだ」
アイリスを何がなんでも助けたい、その思いでステファンが言う。
二人──シシリーとエリックは頷いた。
瞬間、地響きが止む。
そしてラーラたちの耳に──生意気な少年の声が響いてきた。
『仕方ないなぁ、こっちも仕事で忙しいってのにみんなで仲良くやかましい魔力を送ってくるんだから。ボクが手を貸してやるよ』
「まさか、この声は……」
クロニカが驚きつつも治癒の手は止めない。アイリスに添えているクロニカとラーラの手に眩い金色の光が溢れてきて、皆が驚きに包まれる中で光は収まっていって──そこには。
アイリスの胸の穴は塞がり、ゆっくりと呼吸をしている様子があった。
「アイリスさん……アイリスさんっ! よかった……」
ラーラが安心して地面にへたり込んだところで、また地響きが鳴る。
「おっと女神様がお怒りだ。アタシたちヤバイかもだよ」
「今度は大きい! 神殿が危ないかもしれない、みんな逃げよう!」
エリックが呼びかける中で次は地震が起き始めて、急いで全員が退避を始める。
逡巡して、ラーラは聖剣を手に取る。
ステファンが怪我に障らないようにアイリスを横抱きにして、皆は崩れゆく女神の神殿をなんとか脱出したのだった。
「ここまで来れば安全だろう」
クロニカがそう言う中、ステファンは寝台にアイリスの身体を横たえさせた。
ここは村の中、クロニカが最近調査の拠点としている場所だという。女神の神殿から近いが地震の被害はなかったらしい──今では神殿は崩れ去ってしまったが。
「竜族くんの容態は?」
「……エリックさん、お願いします」
シシリーが近づこうとしたが伸ばした手を止めて、エリックに託した。
「うん、大丈夫みたいだ。ちょっと血を流しすぎてたせいだと思うけど顔色が良くないけどね、そこはステファンくんの出番だ」
「オ、オレか?」
そうですね、とラーラも名案だと手を叩いて言った。
「ステファンが栄養のつく大きな獲物を狩ればきっとアイリスさんも元気になりますよ」
「それならがんばらなきゃだな」
それに、とステファンが溢す。
「ちゃんと説明、してもらわないとだし」
「……」
皆に沈黙が落ちる。
知らなかったのだ、アイリスが竜族であることを──ラーラを除いて。
いや、ラーラだけではない。
「クロニカさん、エリックさん。なぜアイリスさんが竜族であることを知っていたのですか?」
ラーラがそう尋ねると、ここには居ないはずの少年の声が聞こえてきた。
『それはボクが説明してあげよう。端末をよこすからそれから話を聞いてくれ』
と、宙からアイリスを助けてくれたあの声が響いて、皆が周りを見渡していると。
「こっちだよ、こっち。全く、人族はこれだから鈍いし騙されるんだ」
いつの間にかアイリスの寝台の横にある椅子に座っていたのは──ラーラの知るあの少年騎士、というよりもっと幼い姿で。
「レナード様! なぜレナード様が!」
「あまり大きな声出すなよ。まだ万全じゃないアイリスが起きちゃうよ、世界で一番エライ人族のラーラ様?」
なんだか懐かしくも恥ずかしい異名で呼ばれてしまいラーラは頬が熱くなるが、皆はきょとんとした顔をしていた。
その中でクロニカだけが目を輝かせて幼い姿のレナードをまじまじと見る。
「キミが星の竜だね!? 光栄だよ、ようやく会えたよ、嬉しいよ!! 美しい魔力、慈愛の精神を宿した碧眼、そして何よりも可愛い!!」
「……ふん、少しはボクのことわかってるじゃないか」
何やら褒められて満足気にしているレナードは「よっと」と椅子から降りて説明を始めた。
「どこから話そうか。まず女神のことからかな。彼女はなぜ勇者ラーラとそこの人族に試練と称してアイリスを殺させようとしたと思う?」
レナードはラーラとシシリーを指差して問いを投げかける。
「竜族だから……かい?」
エリックが恐る恐る言うとレナードが「ぴんぽーん」と応えた。
「そう、女神は竜のことが大嫌いなんだ。この星から竜がぜーんぶいなくなればいいなんて思ってるのさ。その逆で人のことは大好き。なーんかムカつくよね」
それでお気に入りの勇者ラーラと同じ光魔法の使える人族を使って始末しようとした、と続けるレナード。
「次にそこのオバサンと千里眼の赤ん坊がなぜアイリスを竜だと知っていたか。簡単だ、アイリスに嘘吐きの才能はないから。その上魔力も少ないからね、竜だってことを隠し通せなかったんだ」
「オバサンじゃない、大魔法使いの美少女と呼んでくれたまえ、星の竜くん?」
「歳を誤魔化してる時点でもう少女じゃないよねぇ」
先ほどまでの美少女と美少年の華やかな雰囲気がどこへやら喧嘩が勃発しそうな雰囲気のレナードとクロニカを「まあまあ」とラーラが宥めた。
「レナード様。お聞きしたいことがあります」
「あー、当ててあげようか? どうしてボクが助けてあげたのか。そして」
レナードがその碧眼を光らせて言う。
「どうして今のボクが星の竜になってるのか」
「……」
皆が固唾を飲む中、レナードが答えだした。
「そこのオバサンはずっと星の魔力道のことを研究してて弄ろうとしてたんだ。いやぁ煩わしかったね、仕事してるのに小さな棒で突かれてる気分だった」
「だ、れ、が、オバサンで小さな棒だってぇ?」
クロニカが立派な杖を持ち顔を引き攣らせながら凄む。
「あはは、その顔いいねぇ。話は戻すけどずっとボクはキミたちの旅を見てたんだ。んで、流石にヤバイ状況だったしアイリスがいなくなったらあいつもヤバイ。だから助けた」
「あいつって誰です?」
ラーラが尋ねるが、レナードはくすくす笑って答えない。
そんなレナードにステファンが近づいて「ほんとにお前、竜族なのか?」と訊いた。
「だって竜族って翼が変に出てたり、角が飛び出したりしてるだろ」
「それは竜族として力が安定してないからだよ。ボクは優秀だからね、星の竜にもなれた」
星の竜になれたのはキミのおかげだけど、とレナードがラーラを見てほんの少しだけ微笑む。
「星の竜って……それに君の名前、レナードって言ったっけ」
「そうさ、千里眼の赤ん坊くん。ボクはレナード、とっても長生きして星のための仕事をしている星の竜だ」
えっへん、と偉ぶるレナードにクロニカが一言物申した。
「なんだ、ショタおじいちゃんじゃないか」
「うるさいね年齢操作オバサン」
「そっちこそうるさいねぇ、その口を閉じてあげようか」
やれるもんならやってみろ、とレナードが喧嘩を吹っかけたところで、アイリスが身じろぎした。
「アイリスさん! 聞こえますか、アイリスさん!」
「あまり動かしちゃダメだよ、勇者ラーラ。今のアイリスは心臓の宝珠を破壊されて不安定だ」
レナードが忠告し、ラーラはアイリスを揺さぶるのをやめる。
「……う、ぅ……」
「アイリス、聞こえるか。オレだ、ステファンだ!」
ステファンが声をかけるとアイリスの瞼がゆっくりと開かれて、その夕焼け色の彼を瞳に映した。
アイリスにはその色が焔に見えて、手を伸ばす。
「生きて……いたのですね、よかった……ス……」
「ああ、オレたちみんな生きてる! お前も生きてる、大丈夫だ!」
「わたし……?」
は、とアイリスは何が起きたのか思い出したのか身を起こそうとする──が、エリックがその身体を寝台に戻させた。
「だーめ、絶対安静だ。ちゃんと休んでからお話しようね、優しい嘘吐きさん?」
「エリック、様……ふふ、やはりお見通しでしたか」
空色の長い髪が枕に垂れていて、自嘲するように笑みを浮かべるアイリス。
その瞳は、誰がどう見たって縦に割れていて──竜族であることを示していた。
「……オレたちを裏切ったとか、裏切られたとか、もうどうでもいい。アイリスがちゃんと生きてたことの方がもっと重要だ。だから、今は休んでくれよ」
「ステファン様……すみません」
アイリスが目を細め、ステファンは心底ほっとしたようにした。
ふと、アイリスは部屋の隅っこにいる彼女に声をかける。
「シシリー様、どうされたのです」
「……」
ぎゅうっと杖を握って、シシリーは次の瞬間杖を真っ二つに折ろうと力を込め出した。
「シシリーさん、やめましょう! シシリーさん!」
「だって、私! 光魔法でアイリスさんを死なせるところでした。二回も、二回もです!」
ラーラがシシリーの杖をようやく彼女の手から奪うことができて、こう言った。
「大丈夫です、アイリスさんはこうして生きています。貴女のせいじゃ」
「違うんです! あのとき本当に私は……アイリスさんを殺そうとしていたんです。私の気持ちが、殺意でいっぱいになって──」
いんや、とクロニカがシシリーの言葉を遮る。
「そいつは女神様の仕業ってやつだ。ショタおじいちゃんが言うには女神様は竜が嫌いって話だからな……ショタおじいちゃん?」
返事が返ってこないので皆が寝台の隣を見るが、そこには誰もいなかった。
まあいいけど、とクロニカが続ける。
「それにシシリー、アンタは彼女が竜ってことを知らなかった。光魔法で傷ついた仲間を助けようとするのは当然さ」
だから大丈夫、彼女だって怒ってないだろう、とクロニカは言った。
「シシリー様、こちらに来てくださいます?」
「……」
ぽろぽろと涙をこぼしながらシシリーが寝台に近づくが顔は俯かせたままで。
そんな彼女の手にアイリスは自らの手を合わせた。
「前に、一緒にトマト煮込みを作りましたよね」
「へ……は、はい」
「味見をして、おいしかったですよね。そのあと食後に花蜜入りの温かいミルクを皆で飲みました」
「……とても、おいしかったです。アイリスさんの採ってくれた花蜜」
ふ、とアイリスが笑む。
「一緒に、花蜜を採りにいきませんか?」
シシリーがハッと顔を上げる。
「どうして……私のこと、信じられるんですか? いつまたアイリスさんを……」
「信じてくれたからですよ。シシリーさんは一番に私たち竜族を、そしてラーラ様を信じてくれた」
だから、とアイリスはシシリーの手を握る。
「一緒に行きましょう。そして皆でいつものように焚き火を囲んで、ご飯を作って、エリック様が変なものを入れないように見張って、笑って……ラーラ様を支えてください」
「……う、ぅ……っ、はい、アイリス、さんっ……!」
流れる涙をアイリスが懐から布を取り出して、その涙を拭いてあげる。
いつか誰かが自分にそうしてくれたように、アイリスは心優しい人族の仲間を受け入れた。
「危なかったね、世界一エライ人族のラーラ様」
「……どこに隠れていたんですか、レナード様?」
ラーラは宿屋の外に出て、星空を見上げていると聞き覚えのある声が聞こえてきたので言い返した。
「アイリスさん、気にしてましたよ。聞き覚えのある声がしたって。会ってあげないんですか?」
「それはまずい。ボクは忙しいからね」
いつの間にやらラーラの横にいたレナードは、見上げて伝える。
「ボク言ったよね、女神がキミを視てるって。少しは警戒しなよ」
「そんなこと言われましても……女神様はずっと私を視ている?」
エリックがあのとき神殿で、両目を痛そうにしていたのは。
碧眼が細められる。
「そ。女神はずっと、ずっとキミを視ているんだ」
「それは……あ、待って!」
レナードは空中に踊り出すようにしてラーラの目の前に立つ。その姿は透けていて、どうやら時間のようだった。
「まだボクが星の竜になったワケ、話してなかったね。どうしてだと思う? ループしたってボクの思いは変わらなかったからさ!」
だから感謝してるよ、ラーラ・ヴァリアナ。
「……私も、感謝を。レナード様」
「ああ。キミの旅路が、無事彼の元へと辿り着けるように祈っておくよ」
くるくるの金髪が星空に消えていく。
ラーラはずっと、金の流星が流れ落ちたあとも空を見上げていた。
アイリスはクロニカと流星、レナードによって救われました。
久々にショタおじいちゃんが登場です。如何でしたでしょうか。
次回も明日夜8〜9時ごろ投稿予定です。よしなに!




