28. おいしい思い出に変えよう
この狭い村の中で探せばすぐに見つかると思っていたが、目算を誤っていたようだ。
体の大きい、夕焼けの色をしたような髪が見つからない。
ラーラを中心として皆が消えたステファンを探す。
「ステファンくーん、どこでーすかー。だめだ、こっちもいないや」
「勇者様、こちらにもいなさそうです」
そう、とラーラは悩む。アイリスからもいないと連絡を受けたし、無論ラーラ自身の足でも探していた。
「……あ」
ふと足を止めるラーラに、アイリスが声をかけた。
「何か手がかりがあったのです?」
「いや、そうではなく……私すっかり気が動転していて魔力探知をすればすぐわかることを忘れていました」
エリックが「勇者さんそれだ!」と言う。
「早速探知してくださいますか? 私たちの探知能力ではこの村の中でしか探せなくて」
「任せてください」
お願いします、とシシリーが頼み込むのでラーラは力強く頷いた。
(魔力がループを経るごとに増えていくし、今回はぐんと強大になってしまったから慎重に探知しないと)
ラーラは目を閉じて集中をする。
(魔力光は……見えない。ここら一帯まで範囲を広げたら私が保たなくなる。だから彼の魔力のかたちを思い出して、彼の夕焼けの髪のような色を思い浮かべれば……)
ゆっくりと、瞼を開ける。
「いました。ステファンさんを見つけました」
「どこですかっ! ちゃんとステファンさんにはアイリスさんに謝ってもらわないといけないですから、早く行かないと」
「ええ、行きましょう。でもシシリー、彼の様子が変だったんです」
へ、という顔をするエリック。顎に手を当て「ステファンくんはいつも様子がおかしいけど」なんてことを言うが。
「どう変だったんだい」
「……穴を」
ラーラが地面をじっと見つめて、アイリスたちが心配そうに見つめる。
あれはちょっとどころじゃない。何かに取り憑かれたようだったのだ。
「戦斧で、穴を掘っていたんです」
必死に、何かを探すように。
いや違う。探しているんじゃない。
何かを埋めようとして、穴を掘っていたのだ。
日が傾きかけたところで、戦斧が振り下ろされる音がする。
森の中で見えた人影は土に塗れていて。
地面には幾つもの歪な形をした穴が空いてあった。
「やっぱり、ここにいました。ステファンさん」
ラーラたちが駆けつけると、彼──ステファンは淡褐色の瞳をぼんやりとさせてこちらを向いた。
先ほどアイリスへ投げつけてしまったのにも関わらず、彼女に対しても「ああ、誰か来たのか」といった態度で。
「ステファンさん。なぜ逃げたんですか?」
ラーラが一歩前に足を出して問うた。
「アイリスさんに対してだけ、貴方は普通の態度をとっていた。どこか好意的だったようにも見えました。それなのに貴方はどこかへと走り去り、こうして穴を掘っている」
「……」
「あの野菜だってただの野菜です。放り投げるくらい嫌いな食べ物だなんて、子どもではないのですから。何か事情があるはずです」
心配そうにエリックが声をかける。
「僕たち、勇者さんの仲間なんだよ。ステファンくんが抱えてること、僕たちだって聞いてあげたい」
勇者、という単語を聞いて、戦斧の柄をぎりり、と握りしめた。
「ステファンさん……もし嫌だったら何も言わなくてもいいです。今日ずっと食べてないからお腹が減ってるんですよ。別の食べ物でお料理しましょう」
シシリーの言葉にも、歯を食いしばるようにして。
「私は気にしておりませんよ。服なんて洗えば良いのですから」
なんともなさそうに言うアイリスの顔をゆらりと見て、ぎゅっと目を瞑り。
「ステファンさん。穴を塞ぐのは簡単ですから、一緒に──」
「……うるせぇ、脳筋女ッ!!」
溜まっていたものを爆発させるようにステファンが声を荒げた。
「てめぇが一番気に食わねぇんだ。女のくせに勇者に選ばれやがって、俺があのとき斧じゃなくて剣を持っていたら選ばれたはずなのによぉ」
「……勇者が選ばれるのは、聖剣が選ぶのと同等です。いくら剣の腕も良くても選ばれるとは限りません」
「それでも!!」
ステファンは目を吊り上げて言う。
「なんで俺じゃなくて女なんだよ。女なんて、女なんて……」
「ステファンさん……」
ラーラは思い出す。目の前の彼に裏切られたループのときのことを。
『──女だって隠してたんだな。オレはお前を勇者として認めて、仲間の中で一番信頼していた。なのにオレを信頼してくれてなかったんだな。オレを、オレたちを騙しやがって』
ステファンは『勇者』のことを信じてくれていた。信頼してくれていた。何がそこまでして『女』が彼のとっての逆鱗に触れることに繋がるのだろうか。
(確かにあのループでは私は女だということを隠せと言われて、男の勇者として振る舞っていた。あのときの仲間に隠し事をしていた。いつも思っていた、騙していたことは悪いと思っていたけれどなぜ『女』というだけで敵に売り飛ばすようにしたのか)
それはきっと。彼の中の『女』という存在が、『ステファン』という存在を脅かしているのだ。
ラーラは剣を鞘から抜く。
「勇者さん……?」
「エリックさん。手出しは無用です。アイリスさんもシシリーさんも離れて」
心配そうに見守るエリックたちが後退したのを確認して、ラーラはステファンに剣先を向けた。
「ステファン。貴方に決闘を申し込みます」
「……あんだって?」
「私が勝てば貴方は私を認め、これからの旅に同行してもらう。貴方が勝てば──」
ラーラの青の瞳が鋭く細められる。
「貴方が、勇者です」
「……乗った」
土まみれの戦斧をゆっくりと前に構えるステファン。
聖剣ではないけれど強化魔法をかけた剣を構えるラーラ。
二人は同時に、動いた。
「うらぁッ!!」
ラーラがいた場所に、巨大な穴が空いた。ステファンの単純な力による凄まじいほどの斧の振り下ろしだった。
(あれを受ければひとたまりもない。足場も穴だらけだから足に強化魔法を)
地面に着地するより前に赤い魔力光を発してラーラは強化をかけ、足が地面に触れたのと同時にステファンに肉薄する。
だがステファンも伊達ではない。
これでもトップレベルの冒険者で斧の使い方はアルア王国、いや他国の中でも一番なのだから──彼は巨大な斧を持っていると思わせないほどの速さで斧を薙いだ。
「──ッ!」
「……女ってのは、今の攻撃ですぐやられちまう。なんでお前は避けられたんだ」
「私が勇者だからです」
「……勇者、勇者って……!」
ステファンが足で地面を蹴り上げ高く飛び上がり、勢い良く斧を振り下ろした。
轟音と共に、砂煙が上がる。ラーラはじっとステファンを観察した。
次は斜めからの振り、そして身体を捻らせて豪快な一撃。彼のいつもの戦いのスタイルだ。
(貴方の斧捌きに何度救われたことか。覚えていますよ)
ラーラがぎり、と剣を握り、ステファンは咆哮するように言う。
「女はすぐ裏切るッ!! てめぇもなんだろ!!」
「裏切ったのは貴方の方ではないですか!」
「なんのこと、だっ!」
ラーラの突きが繰り出され避けるステファンの身体はよろめいていて、好機だと思った。
「はぁああッッ!!」
剣を彼の横腹へ撫でるように掠めようとして──咄嗟に身体が動いて回避した。
ステファンの、強烈な拳が迫っていたからだ。
「斧は両手持ちが基本。だから油断して拳がとんでくるなんてことはフツーは思いもしないんだが」
「……見ていますから。それに気づいたこともあります」
「あ?」
ラーラは剣を真っ直ぐに構えて言う。
「貴方は女が嫌いなのではない。怖いだけ」
「……!」
「裏切られるのが怖くて遠ざけてるだけ。アイリスさんにだけ態度が柔らかいのは何か理由がある」
「……るせぇ」
「きっと貴方の大切な人がその昔貴方を裏切った。貴方はその人のことを未だ許せていない。けれど、アイリスさんだけは守りたかった」
「うるせぇ、やめろ、やめろってんだぁ!!」
暴れるように戦斧を振り回すステファンにラーラは機をうかがう。
「だって──似ているんでしょう? その大切な人と」
「やめ、ろぉッッ!!」
怒りを爆発させて大きくステファンが振りかぶった。
(今だ)
ラーラは足を踏み込もうとして──途端、魔力コントロールが効かなくなり強化が解ける。
(うそ!)
ずり、と地面の穴に足がとられる。その一瞬が致命的で。
「……ッ!!」
それを見たステファンが斧の勢いを止めようとしたが間に合わない。
確実に強烈な斧の攻撃がラーラに当たる。
(──く、一か八か!)
ラーラはわざと転けるようにして──剣をも手放し、純粋な身体の捻りだけで斧の振り下ろしを躱した。
そしてピタリと、ステファンの背後を取り彼の頸に手刀を立てる一歩手前で、止めた。
「……殺せよ」
「殺しなんてしません。私は救う勇者ですから」
「けっ……」
ステファンの手から戦斧が滑り落ち、ゴン、という音が森に響いた。
「デタラメな強さで、剣も落としてまで戦って勝つなんて……」
悔しそうに、でも口元を戦慄かせながらも笑って。
「やっぱ、脳筋勇者だわ……お前」
ステファンは、全身の力を抜いて膝をついた。
皆で地面に空いた穴を塞いでいく。
その間は無言の時間で、誰かが口火を切ろうとしては閉ざしていた。
そこで、凛とした声が聞こえる。
「私の服はラーラ様が綺麗にしてくださいました。なのでお構いなく」
アイリスがステファンに近づいて言った。けれどその顔はいつもの彼女とは違うもので、ほんの少し怒っているようにも見えた。
「……すまん」
「謝るのならラーラ様に」
「……それは、」
「それとも私の闇魔法の餌食に遭いたいですか?」
「や、やめてくれよ! もうあれはやめてくれ!」
ふ、とアイリスが表情を和らげたのでステファンは呆気に取られる。
「私、この服を大事にしてるんですからね。お分かりで?」
「わ、わかったから影の手はしまってくれ」
シュン、とアイリスの影に隠れる影の手。
「話していただけますか? このような事態にまでなったのですから」
エリックとシシリー、そしてラーラも穴の修繕が終わったようで近寄ってくる。
「てめぇらそんなにオレの話を聞きたいのかよ。しょうもないぞ」
「しょうもないかどうか決めるのは聞いてからさ」
エリックがやれやれ、といった具合に言った。
「大丈夫です。勇者様だってちゃんと聞いてくれますよ」
ラーラも寄ってきたのでシシリーが視線を彼女に向けて微笑んだ。
わかったよ、とステファンが観念する。
「ほんとにしょうもないからな……まあ、オレが小さいころ父親が病気で死んじまってよ。母親がすんげぇ悲しんでたけど、どこでかは知らねぇが再婚相手を見つけてきたんだ」
ステファンが地面に座り込んで続ける。
「竜の……竜族の男だったんだよ。再婚相手」
皆は静かに話に聞き入っていた。誰も邪魔をする気などならない、真剣に聞かずに聞くには辛すぎる話だったから。
「奴隷の男でもいい、私はこの人を愛してるんだって母親は言ってた。オレは当時竜族のこととかよくわかんなかったけど母親が嬉しそうならってんで男も受け入れた。ちゃんと二人はオレの面倒を見てくれたよ、そこまではよかったんだ」
ぎゅ、とステファンの手が握りしめられる。
「母親が産んだんだ──バケモンみたいな赤ん坊を」
うそ、とシシリーが口を手で抑え、エリックが顔を曇らせる。
「母親が赤ん坊をバケモンから元に戻すために薬探してくるって走ってって、オレはバカだからいつもの畑仕事をしていた。そしたら教会の奴らがやってきて再婚相手の竜族を捕らえたんだ。そんで──剣で突き刺したよ、赤ん坊の喉を」
アイリスはメガネの奥を揺らしながら聞いていて、ラーラはステファンから視線を外さなかった。
「オレは何もできなかったよ。教会の奴ら、いつもと違ってすんげぇ怖かったからな。隠れちまったんだ、オレ」
そして、とステファンが顔を俯かせる。
「残った赤ん坊の死体をそのままにして奴らは竜族の男を連れてったよ。それでオレはとにかく赤ん坊を隠さなきゃって思ったんだ。母親に見つかる前にどこかに、でも死んじまったから──弔うってことはあまりよくわかってなかったが、墓に埋めなきゃってことだけはわかってた」
ラーラは後ろの、穴ぼこだらけだった地面を見やる。
「母親ってのはすぐわかるもんだな。オレが埋めた墓を掘り起こして赤ん坊抱えて泣いてたよ、バケモンみたいな血塗れの赤ん坊をな。オレはずっと見てた、畑を荒らして墓を探して穴掘って、オレの作ってた野菜をぐちゃぐちゃにしてくところ」
ステファンの手が震えていることにラーラが気づく。
「その野菜って、もしかして」
シシリーが恐る恐る訊く。
「ああ。あれさ、トマト。再婚相手が好きだったからせっせと作ってたんだぜ、バカだろオレ」
はは、と空笑いをするステファン。
「ほらな、しょうもないだろ。さっきだってトマト見ただけで思い出しちまってまた埋めなきゃって思ったんだ。ほんと、バカだよなぁ」
母親がもう泣かないように。母親が二度と赤ん坊を見つけないように。彼はまた墓を掘ろうとしていた。
はは、というステファンの乾いた笑い声は、誰に向けての嘆きなのだろうか。
「母親は……オレを責めて、オレを闘技場へ送った。女は裏切るもんだって思ったよ。赤ん坊が生まれたら一緒に仲良く暮らそうねって言ってたのに、母さんは……オレを売ったんだ」
ステファンはゆっくりと顔を上げて、放り投げられた戦斧を見つめる。
ずっと武器だけが彼を守ってくれた。人を守れば裏切られないと思った。勇者になればもう誰も自分を裏切らないと思った。
(貴方は、裏切られたから──逃げるように私を裏切ったのですね)
ラーラは座り込んでいるステファンと視線が合うように屈んで、その鍛え上げられた手にそっと触れた。
「私は。私たちは、貴方を見捨てたりしません」
ステファンの、淡茶色の──ヘーゼル色の瞳がゆっくりと見開かれる。
「だって、仲間ですから」
にこりとラーラが微笑む。
シルバーブロンドの短い髪が風によって揺れて、その煌めきが瞳に映る。
「竜族と人族との子は奇形児になる可能性が高いと言われています。赤ん坊はそうだったのでしょう。ですがきっと……その赤ん坊は、そのまま野晒しにされるのではなく温かな土の下に埋められることを望んでいたと思いますよ」
アイリスもステファンの前に座って、彼の手を上から触れた。
「竜族の間では、亡くなった竜は地に埋められることで生まれ変われるのだと言われているそうです。だからきっと、赤ん坊は元気に生まれ変わっていると……私は願っています」
「……そっか。そっかぁ。アイリス……お前はそう思うんだな」
はい、と蒼の瞳は──縦に割れている本当の瞳を隠して、優しく笑んだ。
「オレも、そう願うよ」
夕焼け色は、くしゃくしゃの顔で笑い返した。
「いいですかエリックさん、お肉のトマト煮込みに砂糖を入れる順番はですね……」
「わかった、わかったってば勇者さん!」
ステファンの視線の先には厨房で何やらエリックに詰め寄っているラーラの姿があって。
「なんだよお前ら、痴話喧嘩か?」
「違います! エリックさんがまた味音痴を発揮して料理を台無しにしようとしてたんです」
おいおい、とステファンが鍋を覗き込んで味見をする。
「……こんくらいがトマト煮込みにはちょうどいいぞ」
「へ、本当です?」
「本当だ、ちゃんと味見したか?」
ラーラも味見をすると、なんと舌触りの良い酸味と甘味が調和した味わいが広がって。
「どうして……エリックさんはあんなに砂糖を入れてたのに」
「この辺のトマトは酸味がものすごいからな、逆にたくさん砂糖入れなきゃいい味がでねぇんだよ」
「もしかしてステファンさん、この近くに住んでたことが?」
さぁてね、とステファンはラーラに向けて口元だけでニッと笑った。
「あ……ステファンくん、今女の子に笑った? 笑ったよね?」
「うるせぇエリック! 脳筋勇者に笑うなんてことしねぇよ!」
やんやと騒ぎ出したステファンとエリックの声が聞こえたのか、テーブルに皿などを並べて準備をしていたアイリスとシシリーが厨房に入ってくる。
「まあ、美味しそうですわね。味見をしても?」
「アイリスさん、私も味見を!」
匙ですくって味見をしている二人は目を輝かせて、もう一回、私にももう一回、と何度も味見をしていて。
「待ってください! お二人とも!」
ラーラが厳しい声を上げて。
彼女もまた、匙を持って。
「私にも味見を!」
「おい脳筋勇者! さっきも味見しただろ、それにこんな大人数で味見したらオレの分なくなるだろうが!」
ついにはステファンまで匙をとってきて皆で鍋を取り囲む。
「僕の味付けなんだけどなぁ。ようし、僕も味見させてよ」
エリックがステファンの匙を奪って──おい、とステファンは無論怒った──ひと口、味見をした。
「うーん」
「エリックさん、美味しいですよね!」
ラーラがそう言うと、エリックは神妙な顔つきでこう答えた。
「まだまだ砂糖、足りないよ!」
さらに砂糖を鍋に入れようとするエリックを、総動員で止めたのは無理もない。
こうして勇者一行の料理作りは、賑やかなものになったのだった。
ステファン編、いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけていたら幸いです。
シシリー、ステファンと続いて次は誰のお話になるでしょうか。
評価、ブクマ、感想ありがとうございます!励みになります。
次回は明日夜8〜9時ごろ投稿予定です。よしなに!




