25. 思い出が牙を剥く
「楽しい、楽しい、あはは!」
お人形あそびは楽しいね。
だって自分の思うがままに動いてくれるから。
だいじにだいじに、お人形さんたちを真ん中で踊らせて。
わるい人たちを周りに置いたらさあたいへん。
お人形さんはどこにも逃げられない。
「どーしよっかな、どーしよっかな?」
右へにげても、左へにげても、わるい人。
わあ、わるい人がおそいかかって、お人形さんのなかまが一人、わるい人になっちゃう。
「どーしてかな、どーしてかな?」
そうしてわるい人になったなかまを助けてあげたら、あらふしぎ。
お人形さんたちは、みんな。
「食べられちゃった!」
あは、あは、ふふふ。
お人形の背中には虹色の糸がついてあって、それは少女の指から伸びていた。
「たのしみだね、たのしみだね!」
少女はぎゅっと、いちばんお気に入りのお人形を抱きしめる。
「おねーさんっ!」
あれ、でもなんでお気に入りなんだっけ?
わすれちゃった!
「なぁ、なんでエリックが戦闘の指揮してるんだよ。オレは指図されないと動けない木偶の坊ってか?」
「でもエリックさんのおかげでさっきの戦いはどうにか切り抜けられましたよ」
シシリーが手際よく火の灯った焚き木に割った木の枝をくべて、不貞腐れて座っているステファンに言った。
「まあ、そうだけどよ。気に食わねぇんだよ!」
はは、と眉を下げてエリックは苦笑いをする。
こうして日が暮れる前、ラーラたちはエリックの指示によってなんとか魔獣の群れを撃退することに成功した。
皆、勇者一行に選ばれるだけあって適応力はあったのだろう、ぎこちないながらも連携しその凄まじい力を発揮させた。その結果、はじめこそ時間がかかったが最後の一匹になるころには一瞬で魔獣対峙を完了させたのだった。
特に、ステファンとアイリスの戦闘スタイルは理にかなっているらしく二人ともとても戦いやすそうだった。アイリスが闇魔法で敵の影から手を伸ばし拘束、そこをステファンの戦斧が瞬時に魔獣の首を吹き飛ばす。
ラーラはその光景を思い出して手放しに褒めた。
「ステファン。貴方の斧捌きはやはり格別でしたよ」
「オレに喋りかけんな。脳筋女」
「さっきまで脳筋勇者と呼んでくれたのに勇者と認めてくれないのですか?」
「うるせぇ、お前なんか脳筋女で十分だ」
ふん、と失礼なことを言ってそっぽを向いてしまうステファンだったが、ラーラは気にしない。
(よかった、口はきいてくれるみたいです。以前は彼にこっぴどく裏切られましたがこれなら)
罵倒されたのにも関わらずにこりと微笑んでいるラーラを見てアイリスもまた笑む。
「ラーラ様、楽しそうですね。勇者様の笑顔はこちらもホッとするといいますか」
「えっそうなんですか? ちょっと恥ずかしい、です……」
なまじアイリスは前回のループの自分を知っているから気恥ずかしく思う。今よりも無気力だったこともあったから。
でも、こうして笑えるようになったのは──。
(クリス様のおかげ。早く、早くゼレンセン王国に行かねば)
ぎゅ、と鞘に収めた剣を握るラーラをじっと見つめていたエリックは、こんなことを言い始めた。
「ねぇ勇者さん、アイリスさんは姉のような人って紹介されたけど、そんな人が誰かに取られそうになってたらどうする?」
「へ? どういうことです?」
エリックはくすくすと笑って、今晩の食事である焼いた肉に塩を──エリックは砂糖の瓶を持っていたのでラーラに止められた──かけて口で引きちぎる。
「ステファンくんだよ」
ぎくっ、とそっぽをむいていたステファンが反応する。こめかみには汗もかいていた。
「だって王城で王子様に会ってから、ステファンくんってば隙あらばずっとアイリスさんを……」
「うううるせぇっエリックてめぇ! 見てなんかねぇっ!」
「僕はまだ見てるなんて言ってないよぉ」
明らかにおちょくっているエリックにこんにゃろ、と頬を真っ赤にしてエリックの胸元を掴み振り回すステファンを見て「まあ」とアイリスが笑った。
「ステファン様、そんなに見たいなら真正面から見てくださいな。こうして……」
「うおっ!? ち、近づくな、俺は闇魔法使いが苦手なんだ」
「そんなこと言って先ほどの戦闘では私のことを『よくやった』とたくさん褒めてくださったではありませんか」
ぐぐ、と歯切れの悪くなるステファンに、尚も近づくアイリス。顔を染めて後退するステファン。
(これはアイリス、楽しんでわざとやってますね)
ふふ、とラーラが笑っていると、シシリーもまた笑顔になっていた。
「勇者様、もしかしてこれは、もしかするとですよ!」
「なんだか意外です。彼は女性を毛嫌いしていると思ってましたから」
「そんなこともなさそうですよ。ほら、楽しそう」
シシリーが指さす方向には、視線を合わせないステファンを闇の手で縛り上げて無理やり視線を交わそうとしているアイリスがいて、ステファンは必死に目を瞑って「やめろやめろ!」と叫びエリックはそれを見てニコニコしている。
「なぁステファンくん、さてはあのとき自分にも言ってほしいなぁとか思ってなかったのかい?」
「なっ何のことだよ!」
「王子様が連れてた犬さ。アイリスさん、すごい顔で『ワンちゃん』って呼んでたよね。もしかして……」
「わーっ!! やめろやめろ!!」
アイリスが目をまん丸にしている中で、ステファンが真っ赤な顔でエリックを追い回していた。
「仲間って、なんだかいいものって思えてきました」
「勇者様はとてもお強いですから一人でゼレンセンに行きそうな感じもしましたが、どうして私たちを選んでくれたんですか?」
ラーラはふと隣のシシリーを見る。
彼女の平凡な碧色の瞳からは敵意は見えない。平民の、光魔法が使えるただの女の子。
「……今の私だったら、一緒に戦ってくれる人がいても大丈夫だと思ったから」
「前は、違ったんですか?」
「そう……ですね。前だったら一人で突っ込んで、この機会をふいにしてしまってたかも。この旅は私にとってとても重要だから、絶対に失敗できない」
「……それなら、なおさら皆さんがいたら心強いですね」
だって皆さん、この国で一番といっていいほどの力の持ち主で、こんなに仲良さそうにしてますから。
そんなことをシシリーが言う先には三人が揉みくちゃになっていて。
「そう、ですね」
自分とアイリスだけで行くつもりだった。けれど、魔力が膨大に膨らんでしまってコントロールの効かなくなってしまった今の自分ではサポートが必要だ。
「私、シシリーさんの付与魔法にも助けられているんですよ。そのときに応じて私の魔力を支援してくれて……」
あれ。
シシリーがいない。隣にいたのに。
周りを見渡せば──。
「──ッ!」
「勇者さん、戦闘準備だ」
エリックが矢を番える。アイリスは周囲に鋭い眼光を、ステファンはいつの間にか戦斧を勇ましく構えている。
ラーラは彼らに背を預けて魔力探知を直ちに行い、尋常でない数の魔獣に囲まれていることを知る。
「まずい。さっきよりも強い個体が集まってる。シシリーちゃんも恐らく攫われた。広い空き地には僕が周りの状況把握できる高いところもない。だから」
「仕方ねぇな、オレの後ろで後方支援してろ! オレとアイリスが全部ぶっ倒してやる」
「まあ、やる気ですわね」
ラーラは、ぎゅっと剣を握った。
「エリックさん。私の背中は任せました」
魔弓の射手、エリックが頷く。
「行きますよ、皆さん!」
ラーラの掛け声と同時に、戦闘が始まった。
斬っても斬っても魔獣は居なくならない。むしろ増えているような気がする。
ハッとラーラが注意深く魔獣の死体を見れば──確かに死んでいたはずなのにまた動き出した。
「エリックさん! 無尽蔵に見えるのは死体が利用されてるからです! 操ってる誰かがいます!」
「そういうこと、かっ!」
的確に魔獣の急所を射抜いていくエリックが周囲を見る。
「こんなに魔獣がいたら魔力探知なんか……」
「お任せを!」
ラーラがなんと目を瞑り魔獣を剣で制圧しながら魔力探知をする。
(右が手薄……いや、あれは罠。左も同じ。シシリーさんは……いた! でも何で近づいてくるの?)
ラーラは皆に声をかける。
「皆さん固まって! 何かおかしいです!」
「なんだよ脳筋女、何がおかしいって」
「攫われたシシリーさんがこちらに戻ってくるんです! 魔獣と一緒に!」
一斉に皆が警戒するその先から、シシリーがゆらりとやってきて。
何も言葉を発さず、こちらに歩みを進めてくる。
(私の魔力探知では彼女はシシリーさんだと告げてる。でも明らかに……操られてる?)
ラーラは日が暮れて暗くなったこの場を明るくするように魔力光を発する魔法剣の斬撃を飛ばす。
『ギャアアアッ!』
魔獣が何体か倒れて、また立ち上がる。
そして、ラーラは見た。シシリーの身体に伸びた、光の反射で見えた無数の虹色の系を。
「視えた! これでっ」
エリックがシシリーに伸びていた糸を魔力の込めた矢ですべて弾いた。
糸が切れた影響でシシリーが地面に頽れて、ラーラが魔獣の群れの中を切り込みながら抱き起こし仲間の元へと走る。
「おら、木っ端微塵だぁっ!!」
ダンッ、とステファンがその剛力で地面を戦斧で叩けば──地響きのように地面が鳴って土が隆起し魔獣たちに土の槍が突き刺さる。
「シシリーちゃん、大丈夫! 聞こえるかい」
「待ってエリックさん、まだ系がついてます。でもこれは……」
ステファンとアイリスが魔獣を抑え込んでいる間、ラーラとエリックに囲まれたシシリーの瞼がゆっくりと開かれる。
「に、げて……くださ、」
「ダメだよシシリーちゃん、こうして戻ってこれたんだから──」
「いえ、エリックさん。私たちは逃げなくちゃいけない」
ラーラの言うことにエリックは目を見張る。
「勇者様の、言う通りです……私の身体、おかしくて」
シシリーの身体が震える。
「私、わたし、皆さんのこと……おいしそうに見えるんです」
「まさか、魔獣化!? そんな芸当できる魔獣なんか──!」
シシリーの肌が鱗模様に変貌していく。
ラーラはごくりと生唾を呑んだ。
(邪竜になったクリス様は竜族を作り替えた。魔獣を統率できるように。その中に強い力を持った個体がいたとしたら)
途端、ラーラの腕の中にいたシシリーがラーラを突き飛ばし、暗い森の中へと走り出した。
「私が囮になりますっ! だから私をこんなにした犯人を探してください! どこかに、近くにいるはずなんです!」
「シシリーちゃん!!」
エリックが見つめる先には必死に光魔法で辺りを照らし、魔獣化現象に犯されながら仲間たちが探しやすいようにするシシリーの姿があって。
「行きますよエリックさん!」
「……ああ!」
エリックと共に森の中を走りながら犯人を探す。
シシリーが苦しみながらも打つ光魔法の中で、小さな人影が見えた。
「そこ、ですねっ!」
魔力を込めた魔法剣を飛ばせば──。
『きゃあぁっ!!』
小さな人影が倒れ、どこかへと走り去っていく。
「待て! くそ、逃げられた」
エリックが弓を下ろし悔しそうにして、ラーラはゆっくりと先程の人影がいた場所を注意深く見る。
「──ッ! これ、は……!」
「勇者さん、何か見つけた……って、ぬいぐるみ?」
エリックは念のため魔法が仕込まれてないか探知し、持ち上げてラーラに手渡す。
「犯人は子どもってことになるのかな」
「……ええ。この戦いを引き起こしたのは、一人の竜族の女の子です」
へ、とエリックが驚く先には、薄汚れたぬいぐるみを悲痛な目で見つめる勇者ラーラがいて。
(嘘だと言って欲しい。だって、これは──)
そのぬいぐるみは、桃色竜の形をしていた。
仲良くなりはじめたのもつかの間、試練が待ち受けていました。
評価、ブクマ、感想などお待ちしております。
次回は明日夜9〜10時ごろ投稿予定です。よしなに。




