24. 信ずるべきは誰を
「アイリス、ステファン、エリック、シシリー。そして勇者ラーラ、ここに揃いました」
王の間にてラーラが声高に言う。
アルア国王が頷き、奥から騎士がガシャガシャと何かを携えてくる。
それは以前のループで見覚えのある、金を基調とした身体をすっぽりと覆う鎧だった。
「勇者ラーラ様、こちらは我が国で作らせた特注の鎧です。どうぞお使いください。それにその長い髪も戦いに於いては邪魔でしょう」
横の騎士が鋏を待ってラーラに手渡す。
「民もか弱き女性が勇者とあっては心配するもの。さあ」
そう。アルア国王はこう言っているのだ。
男の勇者として振る舞えと。
以前のラーラであればそうしただろう。でも今のラーラは、違う。
『君はここに在っていいんだ』
そうですよね、クリス様。
ラーラは魔力を練り──声高に言った。
「アルア国王。私はここに宣誓します。私、ラーラは名をそのまま、性別もそのままに勇者として旅に出ます」
「なっ……」
まさか拒絶されるとは思っていなかったのだろう。ラーラはアルア王国出身の令嬢、武勇は男がたてるものとして考えると思っていたのだろうがラーラは違う。
ラーラはその場で魔法で剣を創り上げる。
「私は勇者ラーラ。人族も竜族も、すべての生きるものたちを祝福する勇者。そして」
剣を顔の前に、宣誓した。
「邪竜王を、救うもの」
アイリスは嬉しそうに頷き。
ステファンは納得できないという顔をし。
シシリーはハッとした表情をして。
エリックは目を見張った。
「アルア国王。ご厚意感謝いたします。ですがこちらの鎧は私の身体に合っていません。どなたかに差し上げてください」
「な、な、勇者様、それは……」
「そうですね。フィリップ殿下にはどうでしょう。あの方は金色が似合いますから」
と言ってラーラはフィリップの体型に合うように鎧を作り替えて絞り上げる。彼は少し痩せぎすだから丁度いいだろう。
「そのようなことができるなら、ご自分に合わせることなど造作もないはず」
「ええ。だから私、自分で創ります」
「つくる?」
王族や教会の者たちが驚く中、ラーラは頭の中で想像する。
(私は竜王クリス様を救う者。守る者。だから、私の鎧はこれがいい)
軽く、飛びやすく、強化もかけやすい軽装で。
けれど魔法がかかりやすいような白布を使い。
マントは『彼』を迎えるための両翼をあしらって。
その鎧はどこか、竜の騎士に似ている。
(いつか受け取ったあの金色の宝珠のような)
胸元に指先ほどの大きさの宝珠を創って嵌める。
魔法で創り上げた鎧はぴったりとラーラの身体に合う。
そして、ラーラは──手元の剣で、バッサリと短く髪を斬った。
それは覚悟の証。
(必ず助けに行きます。クリス様)
呆気に取られている王族たちや教会の者たちを背にして王の間を出ていくラーラを追って、アイリスたちも出ていけば、そこには。
「──ラーラ・ヴァリアナッ! 僕に恥をかかせた上にシシリーまで奪っていくなんて、極悪非道すぎるぞっ!」
「フィリップ殿下ではありませんか」
第一王子フィリップが己のペット、数匹の犬たちを引き連れて現れたのだった。
アイリスは目を丸くする。
「まあ。随分とよく手懐けているのですね」
「はい、フィリップ殿下は犬の扱いが上手く、魔獣使いとしての才も……」
「言うなッ!!」
はぁ、はぁ、と肩で息をするフィリップはどこか尋常ではなくて。
「ラーラ、君をここで……」
などと好戦的な態度をしている。仕方ない、とアイリスは前に出てほんの少しだけ──竜としての威圧を出す。
「かかってくるのであればお相手しますよ──ワンちゃん?」
『──ッッ!!』
犬たちは瞬く間に尻尾を丸めてフィリップの後ろに隠れてしまった。
「な、お、おかしいだろ、こいつらは俺の犬の中でも……っ!」
「フィリップ殿下、私は往きます。私のできることを探しにいくのです。そうですね、まずは聖剣を受け取りにいかねば」
髪を耳元まで短くしたラーラの姿は美しく輝いていて。
「貴方のできることはなんですか。あるのではないのですか、フィリップ殿下」
ふ、と微笑んでラーラは頽れるフィリップを残し去っていく。
「そんな。なんなんだよ、ちくしょう。僕じゃ、だめなのか。できることってなんなんだよ……っ」
王城の廊下で突っ伏して、フィリップは犬たちに心配そうに囲まれる。
未だ彼は、自分自身にかけた呪縛を解けていない。
「……」
斧使いステファンはじっと、アイリスの背中を見つめていた。
王城を出た勇者ラーラ一行は、早速行動を起こした。
装備を整え、道具を買い集めて王都を守る城門に集う。
「えぇっと。肩慣らしに魔獣を退治してお互いの戦力を確認しないかい?」
弓を扱うエリックがそう提案し、ラーラとアイリスが「そうしましょう」と肯定した。
「やっとオレの出番ってわけか」
「が、がんばりますっ」
ステファンもやる気でシシリーは身の丈に合っていない長い杖を握った。教会から支給されたのだろう。
「皆さんに王都を出たら、守ってもらいたいことがあります」
後で言いますね、とラーラはアイリスを伴って城門を出ていく。その姿を騎士たちは「ご武運を」と礼をしていた。
「守ってもらいたいことぉ?」
「なんでしょうね……あ、食事当番とか?」
ステファンが怪訝な顔をして、シシリーが思いつくことを口にする。
「食事なら僕に任せてよ。これでも結構……」
「やめろ! お前の料理の腕は知ってるからな、エリック!」
「あれ、ステファンくんって一緒に組んだことあったっけ?」
「組んでねぇけど評判は知ってんだよ、魔弓の射手の料理はクソマズいってな! それに『くん』付けすな!」
そんなぁ、美味しいと思うんだけど、と首を傾げるエリックはどんどん進むラーラたちの背中を追う。
「ほら追いかけよう、シシリーちゃん。みんなもう仲間なんだから」
「そ、そうですね。追いかけましょう」
シシリーは柔らかな金髪を揺らして駆け寄り。
ちぇ、といい加減な態度のステファンもラーラたちの元へと走っていく。
こうして勇者ラーラ一行はなんとか一つにまとまっていく──かと思われた。
「うーん。要改善だなぁ」
エリックは木の上から魔獣の額を正確に射抜いたあと、やれやれと言うように身軽に木から地面へと降りる。
ここは魔獣被害の多い森だ。勇者一行の実力を見るのには格好の場所だと思ったのだが。
エリックが叫ぶように言った。
「みんな、独りよがりすぎ! ステファンくんは連携なんて知らないって顔で一番前に行っちゃうし、シシリーちゃんはみんなに付与魔法かけすぎ。アイリスさんは勇者さんにべったりで……一番ひどいのは、勇者さん!」
「へ?」
まさか自分が一番ひどいと言われるとは思わなかったラーラは素っ頓狂な声を上げた。
「そう、勇者さん。君ってば魔力の出し方の加減をわかってない! 暴れ回るように魔法剣ぶっ飛ばすからみんなが攻撃するどころか逃げなくちゃならなくなる!」
いくら強いって言ってもね、とエリックが真剣な顔つきでラーラへと詰め寄る。
この感じ、やっぱり。
(懐かしい、ですね……エリックさん)
以前のループでもこうやって自分のがむしゃらな戦い方を指導してくれたっけ。
ふふ、と怒られながらも微笑んでいるラーラにエリックはさらに諭すように言った。
「解決方法を考えるんだ。勇者さん、君はどうしてそんなに魔力コントロールが下手なんだい?」
そう。ラーラの魔力コントロールは前回のループまでは完璧だったのだが、そうではなくなってしまった原因があった。
(この星で一番魔力量が多かった私は、さらに魔力量が膨らんでしまっている)
それも莫大に。故にラーラ自身もコントロールに手間取っているのだ。
「すみません、これでも上手くやっていると思っていたんですが」
「努力は認めるよ。でも勇者さん、やっぱり振り回されがちだよ。もっと絞らないと剣が折れちゃう」
その通りだった。ラーラは「あっ」と言って剣の強度を上げる。
「これで大丈夫です」
「そういうことじゃない。ちゃんと普段からコントロールを……勇者さんがこんな脳筋だったなんて……」
頭を抱え出したエリックに、ステファンが声を荒げた。
「エリック、追加しとけ。脳筋勇者に頭のおかしい勇者ってな!」
「それは先ほどの発言に対してですか? ステファン様」
アイリスが前に出て言う──が、なぜかステファンは顔を背けて萎縮する。
(あら。ステファンが女性の前に強く出ないなんて、どうしたんでしょう)
などとラーラが思っていると、シシリーが呟いた。
「竜族……と呼べと。竜ではなく竜だって、仰ってましたよね」
「そうだ。頭おかしいだろ、このご時世にあいつらを恨んでねぇやつなんていねぇ!」
シシリーには普通に態度に出してるな、とラーラが思っているとエリックに「ちょっと」と呼ばれる。
「説明してくれるかい?」
「そうですね。私は知ってるのです、竜族が本当は自分から魔に堕ちていないということを」
へ、とアイリスを除いた一同が驚く。
「竜族は、竜王ク……」
「おっほん。竜族は今や人族の最大の敵。下手に蔑称を使えば彼らは怒り狂い戦いが困難になることは間違いないでしょう」
割り入るようにアイリスが言うのでラーラは念話で抗議する。
『アイリスさん! 少しでも竜族への誤解を解かないと』
『いいえ。ここは真実を伝えても混乱するばかりです。徐々に懐柔をしていくのが良いのです』
『でもアイリスさん……嘘は吐きたくありません』
『……ご辛抱を』
念話を一瞬のうちに終わらせたアイリスだったが、未だ視線を向ける者がいた。
ステファンだった。
「……」
「なんです、ステファン様? 先ほどからずっと見つめてきて」
「き、気づいてたのか。なんでもねぇから」
それより、とエリックが二人の会話を遮る。
「シシリーちゃんが何か言いたいみたい」
「……その。勇者ラーラ様」
杖を持ってシシリーがラーラに近づく。
ラーラは一人でに身体が強張るのを感じた。
大丈夫。この彼女はあの彼女じゃない。
「私、勇者ラーラ様を信じます!」
「……へ?」
アイリスもまた驚きの顔をしている。それはそうだろう、前回のループでクリスを邪竜王にしたきっかけの人物の口から出た発言とは思えぬからだ。
シシリーが続ける。
「いつも私、夢でお告げを聞くんです。明日は魔獣が村にやってくるから罠を仕掛けるのですとか、王子様のフィリップ様は素敵な人だからデートを受け入れなさいとか……竜族は異端だから倒しなさいとか」
眉に力を込めてシシリーは言ってのけた。
「でも最近のお告げは間違っているんです。フィリップ様は素敵な人なんかじゃなくて浮気性な方だった。貧しい故郷の村を助けてくれるって約束してくれたのに、彼はそのことを忘れていました」
ぎゅ、と杖を握るシシリーを皆は訝しむように見る。
「しかも毎日めちゃくちゃなお告げがくるんです。『ぱいなっぷる』なるものを食べてみたいとか。変ですよね?」
ラーラは表情には出さなかったが心の中で驚いていた。
(それはクリス様が創った、千里眼で視た並行世界の食べ物! なぜお告げで出てくるの)
シシリーはラーラの目の前に立った。真摯な瞳で。
「勇者様、貴女の言うことを信じてみたい。変なお告げよりも勇者様を信じたいんです! だから竜って呼ぶのやめます!」
「シシリー……さん」
目の前の彼女は確かにクリスと自分を光魔法で撃ち抜いた人族で。でも信じると言ってくれている。
この差はなんなのだろうか。
ぼうっとあのときのことを思い出す──クリスが、血に塗れながら自分を抱き起こす姿を。眦から真っ黒な涙を流すところを。そしてシシリーがぼうっとした瞳で、こちらに杖を──。
「──ん、──勇者さん!!」
「……あっ!?」
ラーラがハッと周りを見渡すと、周りを魔獣に取り囲まれていた。
エリックがラーラに叫ぶように言う。
「君の魔力は強大すぎる! 魔獣たちが漏れ出た魔力を嗅ぎつけ僕たちを見つけて寄ってきてしまったんだ。とにかく乗り切るよ!」
これは自分の失態だ。ラーラは素早く剣を構える。
エリックは危機的状態を打破すべく周囲を見渡せる木の上に素早く上り、指示を飛ばした。
「勇者さんは仲間に魔力を飛ばさないように、ステファンくんはなるべく前に出ないように、アイリスさんはステファンくんが戦いやすいよう足止めを、シシリーちゃんは自分の身を守りながら適宜付与魔法!」
エリックは黄色の花のような瞳の色をまるで千里眼のように輝かせ弓を引いた。
「僕は──敵の頭を狙う」
勇者一行はうまくまとまるのでしょうか。
一刻も早くクリスの元へ行きたいラーラは焦ってきているようです。
明日の更新も夜8〜9時あたりの予定です。よしなに!




