23. 若草色に手を差し伸べよう
「アイリスさん! クリス様は、クリス様は……!」
「……一つ一つ説明しましょう」
アイリスは魔力波によって乱れたラーラの髪を撫でつけながら言った。
「星竜祭、前回のループにて陛下とラーラ様は光魔法を操る人族から攻撃を受け、陛下は邪竜王へと変貌しました。ラーラ様が亡くなられ、そのループは終わり陛下も元に戻るかと思われました」
アイリスは長い睫毛をした目を伏せる。
「陛下は、時が巻き戻っても邪竜王のままだったのです」
「な……なぜ、なぜなのです!」
「わかりません。わからなかったのです。戻す方法もなぜそうなったかも調べる間もなく大勢の魔獣たちが王都に襲来し、暴れ回る陛下と魔獣たちから国民を守るため戦いました。ですが──」
闇魔法を消した手でアイリスはメガネに触れた。
「そのときでした。邪竜となった陛下が咆哮し──魔獣を一瞬にして従え、竜族たちの思考を奪ったのです」
「思考を、奪った……?」
信じられない。あのクリスがそんなことをするだなんて。いや、今までのループにおいて邪竜王はそんな竜族の思考を奪うなんてことはしていなかった。
アイリスが続ける。
「はい。竜族たちはまるで魔獣のようになり、言葉を失い、魔獣を統率するようになりました。人族を襲い、国を滅ぼしていく、まるでゼレンセン王国は魔界のような場所になってしまったのです」
「うそ……。でも、でもなぜアイリスさんは無事なのですか!」
「私を含めスタンやシャル、竜として力の強い者たちは邪竜の魔の咆哮を浴びてもなんとか堪えたのです。生き残った我々は錯乱した同胞を止めようと戦っておりました。ですが……」
一度言葉を止め、ふぅと息を吐く。
「とてもあの数を止められるほど我々の力は強くありませんでした。邪竜の魔の咆哮でいつ我々が魔に堕ちるかわからない、地獄のようなところで戦って、戦って、守ろうとして、守れなくて……」
ラーラは次第に自分の身体が震えているのに気づく。
でもそれ以上にアイリスの姿をよく見れば、傷つき、汚れていて奮闘していたことがわかった。
「生き残ったまともな竜族をシャルに任せ、スタンと共に邪竜を止めようとしました。ですが邪竜は私たちをものともせず、スタンと逸れた私は身を潜めていました。傷を治し、機会をうかがっていたそのとき」
ゆっくりと瞼を開けて、ふ、とアイリスがラーラに微笑んだ。
「こうしてラーラ様に召喚されたのです」
「アイリス、さん……」
「ラーラ様。どうか邪竜を、邪竜をお止めください。あのままでは本当に世界を滅ぼしてしまいます。竜族はおろか人族も根こそぎ虐殺し星を壊しつくす、そんな邪竜を……!」
「アイリスさん。お待ちを」
懇願するように迫るアイリスを止めるラーラ。
「事情はわかりました。私が思っているよりも深刻だということも。でも、私たちは間違っていることをしています」
「なんでしょう、ラーラ様……?」
「『邪竜』ではありません。『クリス様』です。言い間違えてしまえば、クリス様は本当に世界を滅ぼす邪竜王になってしまいます」
傷ついたアイリスの傷を癒しながらラーラは笑んだ。
「共にクリス様を救いましょう。私たちが信じねば、クリス様を救うことはできません」
アイリスは、はっとした顔をする。
「私は勇者、勇者ラーラ。クリス様を救う勇者」
だから、アイリスさん。
ラーラは一人の誇り高き竜族の手をぎゅ、と握って、こう言った。
「どうか私の旅に同行してくださいませんか?」
勇者の微笑みは、不思議な力を持っている。
この人についていけば、大丈夫。
アイリスは瞼を震わせて、けれど決して涙を流さずに勇者を見据えた。
「こちらこそ、同行させてください。勇者ラーラ様」
今は亡きゼレンセン王国の元筆頭執政官アイリスが、一人目の仲間となったのだった。
ラーラとアイリスはアルア国の王城の廊下を歩いていた。
途中、アルア王国の騎士に尋ねられる。
「勇者様、こちらの方は?」
「後ほど説明します。まずはアルア王国陛下にお会いしてからです」
はあ、という顔をする騎士。
背筋を伸ばし、ラーラは勇者然とした表情で先ほどの会話を思い出す。
『アイリスさん。この国での竜族の扱いは今まで以上にひどいものになっているかと思います。なのでその瞳や竜族としての発言は隠すようにしてください』
『ええ、そのつもりです。私は魔力が少なくともゼレンセン王国で筆頭執政官まで成り上がった女、やってみせますわ』
ちら、と隣のアイリスを見やってラーラは思った。
(アイリスさんなら大丈夫。安心できます)
アイリスがこちらの視線に気づいて話しかけてくる。
「アルア国王様にお呼び出しを受けるだなんて光栄ですわ。なんでしょうね、勇者ラーラ様」
「そうですね、私の予想では──」
騎士たちが王の間の扉を開く。
「──勇者たる私の仲間を、選ぶときが来たのでしょう」
ラーラは王の間に足を一歩、踏み入れた。
(私一人とアイリスさんだけで事足りるので仲間などいらないのですが、王の建前もあるでしょうし念のためです)
王の間でまず目を引いたのは数十人もの屈強な戦士たちの姿である。そして王族たちと教会の人間だ。
(フィリップ殿下はいらっしゃらない。けれど……)
なぜ、シシリーがいるのだろう。
なるべくあのときのことを思い浮かべないようにして、国王と王妃の前に立った。
「勇者ラーラ、ここに」
「おお、勇者様。貴方様はこの国の、この世界の救世主となるお方。どうか顔を上げてください」
なんだかアルア国王に敬語を使われるのはむず痒い思いがする、とラーラは思う。
「して、勇者様の側にいるのは……?」
きた。
ラーラがごくりと唾を呑み込んでから説明をする。
「この方はアイリス。私の姉のような方で竜族のことによく詳しいため連れて参りました」
「ほう、竜についてか。それは頼もしい」
アイリスはメガネに触れ、深々と礼をして──こう言った。
「ご紹介に預かりました、私は竜研究家のアイリスと申します」
ぎゅう、とラーラは皆に知られぬように拳を握った。
(竜族であるアイリスさんに、竜族の蔑称を使わせてしまった……)
屈辱だろう。心の底から嫌なことだろう。けれども。
それがアイリスにとっての覚悟だった。
「研究家でもあり、私は勇者の盾となれます。このように」
失礼します、と国王に許可をとってからアイリスは自身の影から闇魔法を行使して、強固な魔力壁を作った。
「おお……珍しい闇魔法の使い手か。それも高性能な魔力壁をこんなにも素早く出せるとは素晴らしい。ぜひ、勇者様のお力となってくれ」
「はい、そのように」
なんとかアイリスのことはバレなかったようだ。教会の者たちの顔を見ても気づいていないようだった。それもそのはず、彼らは竜族の判別方法を縦に割れた瞳、そしてしまえない翼や角といったわかりやすいものでしか見ていないのだから。
「勇者様。今や邪竜王が滅ぼしていない国はこの国アルア王国のみ。敵と戦う者たちから選りすぐりの戦士たちを集めました。勇者様とアイリス殿だけでは魔界ゼレンセンへの道は険しいでしょう」
どうぞお選びください、とアルア国王が言った後に、一人の騎士が前に出て戦士の名と能力を上げていく。
一番前の、筋骨隆々の戦士がラーラに剣を構え腕を見せてきた。
「名はアイゴ、アルア王国でも随一の剣士で──」
「剣士は私がいます。それに魔法も使えぬ、魔法剣士でもないのでしょう。ご足労ありがとうございました」
バッサリと切り捨てるラーラにアイリスは目を丸くする。以前のループではこのようなことは言わなかっただろうに。
それほどクリスのことを早く救いたいという気持ちがあるのだろう。
(時間が惜しい。私の方から魔力探知をしよう)
ラーラは片手を突き出し魔力の探知を行い、その中から一人の男を見つけ出した。
(斧使い、前衛に最適。横暴な性格だけど腕は確か。何よりも魔獣に対して高い魔防御が戦いにおいて要になる)
けれど、彼は。
『──女だって隠してたんだな。オレはお前を勇者として認めて、仲間の中で一番信頼していた。なのにオレを信頼してくれてなかったんだな。オレを、オレたちを騙しやがって』
過去の勇者としてのループで、ラーラを裏切った男。
けれどもこの数十人の中で使えるのは彼しかいない。それに対処法がわかっていれば扱いやすいだろう、もうラーラは彼の素性も斧の太刀筋もわかっているのだから、戦いやすい。
(背に腹は変えられません。彼は戦闘においては本当にセンスが良いのだから)
その昔、背を預けあった前衛仲間なのだ。裏も表も知っているならばやりやすい。
彼を魔法で浮かばせてラーラの前に立たせる。
「ステファン。斧使い、私よりも純粋な力を出すことのできる前衛。魔獣との交戦歴も長く的確な判断を下せる彼を指名します」
かつてラーラを裏切った男、ステファンは。
その明るい夕焼けの髪と、淡褐色の瞳を瞬かせて驚きを隠せていなかった。
「オレを、選ぶのか。女勇者」
「はい。貴方を選びます、ステファン」
ステファンはじっとラーラを見下ろしてから、顔を背けた。
「いくら世界のためって言ってもな。なんでオレが勇者じゃないんだ。剣だって使えるんだぞ、それに前衛でドレス姿の女と背中預けて戦うなんて──」
「そうでした。貴方はそういう人間でしたね。それでは」
瞬間、ステファンはラーラの強烈な攻撃で王の間の扉まで吹っ飛ばされた。
「な、な……!」
「手荒でごめんなさい。でも貴方にはこれが一番効くでしょう」
「今のは魔法じゃなくてただ魔力を飛ばしただけ、だと……!?」
ご明察です、とラーラがにこりと笑顔を見せてから呆気に取られるアルア国王に向き直る。
「彼を私の仲間として迎え入れます。きっと良き関係を結べるでしょう」
「ゆ、勇者様がそう仰るなら……」
そこで教会の者が前に出た。
「教会から一人、後衛として優秀な者を紹介したく」
ラーラは、キッと教会の人間を見つめて思う。
(来たわね。此度は一体誰を推薦するのでしょう)
過去のループではいつもパッとしない後衛を推薦し、言ってしまえば戦いのお荷物となるようなただの教会の面目を保つための人物をラーラの仲間にしてきていた。
教会の人間が声高に言った。
「我がエレノア教会からは、この星で唯一光魔法を扱うことのできる彼女、シシリーを推薦します」
そのとき。
ラーラの隣のアイリスが──尋常でない殺気を出した。
『アイリスさん! 抑えてください! この場は人族しかいません、バレれば……』
『ですが、ラーラ様! あの人族は!』
皆に悟られぬよう念話でアイリスを諭す。
『良い機会だと思うのです、前回のループでの謎を、此度のループの異常さを解き明かすためのチャンスだと。彼女は必ず鍵となります』
『ラーラ様が……そう仰るのなら』
殺気を抑えるアイリスの瞳は縦に割れていたが瞬時に人族の形に戻る。遠い場所に立ち教会の人間たちと共にいたシシリーには見えなかっただろう。
(でも殺気は届いてしまったはず。後で弁解しましょうか)
ラーラはそう考えながらシシリーに尋ねた。
「貴方は何ができますか?」
「わ、私は……光魔法で、竜の弱点をつけます。魔獣だって相手にできます。それに皆さんの回復だって十分にお役に立てるかと思います」
「……そうですね、私の魔力探知においても合格と言えるでしょう。どうぞよろしくお願いしますね」
平民出で王族の持つような美しいブロンドというわけではないが柔らかな金髪の少女、シシリーは「は、はい……」と萎縮したように頷いた。
「ラーラ様。前衛がラーラ様とステファン様、盾として私、後衛にシシリー……様だけですと」
「そうですね。もう一人後衛で頼りになる方が必よ……」
そのとき、王の間の扉が強く叩かれた。
扉前で未だラーラの実力に惚けていた斧使いステファンを押し退けて入室してきたのは。
「すみません! 僕、遅れてきちゃいましたって、うわぁ!」
勢いで入室してきた彼はそのまま床にベシャリと顔をつけてしまって。
若草色の髪を後ろで短く結い、背に弓を携え腰には短剣を装備した好青年で。
(ああ、彼は──!)
その彼の名を、ラーラは。
(思い出した。彼は二度目のループで路頭に迷っていた私を立派な冒険者に鍛え上げてくれた)
ゆっくりとラーラは彼に近づく。
野に咲く温かな黄色の花の目をした彼。
二度目のループだけでなく、幾度もラーラに手を差し伸べて助けてくれた彼。
いつもいつも苦楽を共にしてきた。
心優しき、人族の冒険者。
「エリック。卓越した弓使いで接近戦においても熟練の、冒険者の弓使いの中でも魔弓の射手と呼ばれる方」
二度目のループでは彼が手を伸ばし。
今度はラーラから彼に手を伸ばして、こう言った。
「貴方を、私の仲間にします」
若草色は口をへの字にして。
「えぇ〜っ!?」
と、王城中に驚きの声を響かせた。
勇者パーティがここに集いました。
そしてこの第2章においてのヒーローともいえる、エリックをようやくお出しできました。
実は第1話にも登場している彼やステファン、シシリーはどんな活躍をしてくれるのでしょうか。
評価、ブクマ、感想ありがとうございます。いつも大変嬉しく思っております。
次回は明日夜8〜9時ごろ更新予定です。よしなに!




