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22. 勇者ラーラのはじまり


「勇者……?」


 なぜ勇者に。そしてなぜ今、勇者に任命されるのだ。


(勇者としての生は過去のループで数あれど、婚約破棄の後に任命されてきた。でもこんなに恭しく、しかも縋るようにされたのははじめて)


 婚約破棄は謂わばラーラの人生の転換期だった。

 だが、何かがおかしい。


「……陛下。なぜ今、私に勇者の任を与えられたのですか?」

「神殿の神託です。それも女神様のお声が教会に下ったのです。これは1245年前の『大いなる戦い』以来のこと」


 大いなる戦いとは。

 神と竜の全面戦争のことである。

 神話によると神と竜が星によって生み出され、神は人を、竜は魔獣を生んだ。だがそれぞれの『子どもたち』──つまり人と魔獣が食う食われの関係となり、それが原因で神と竜のいがみ合いのきっかけとなったのだという。

 その昔、神は人よりも数多くいた。今でこそ人族は大いなる戦いで神々が姿を消した中戦いを平定させた女神エレノアを唯一神として崇めているのだが、なぜ女神が今になって神託を下したのだろうか。


「勇者として選ばれたことは光栄に思います。ですが私は人探しをしているのです」

「おお! 既に勇者様と共に戦われる戦士たちをお探しでしたか!」

「いえ、黒髪に金の瞳で、ゼレンセン王国の──」

「ゼレンセン!?」


 アルア国王が驚愕の声を上げた。


「ゼレンセンは今や魔獣とそれを従える(アイ)、そして邪竜王(ジャーイ)の巣食う魔界ではありませんか!」


 なんだ、それは。

 ラーラはあの光景を思い浮かべる。

 平和で美しく、竜族が竜族として自由に在れる国。竜王クリスの治める、命の輝きが溢れるあの光景を。


(あの場所が、魔界に──?)


 信じられなかった。

 おかしい。このループは何かがおかしい。

 そしてラーラの頭にこびりついて離れない、ラーラにとってつい先ほどの出来事。


(クリス様が私の盾となり、胸に穴があいて──血塗れのまま、私に駆け寄って……)


 どんどん、自分の身体が冷たくなっていって、命が消えていく感覚。

 どんどん、目が霞んで彼の顔が見えなくなっていって、彼の顔が絶望に歪んでいく悪夢。

 目の前で彼が、邪竜王へと変貌していく姿を見た。


(クリス様、クリス様──クリス様は、どこ!)


 尋常でない様子で周りを探し出すラーラにアルア国王と王妃が声をかける。


「いかがしましたか、勇者様」

「きっと突然勇者に任命され動転されているのでしょう。勇者ラーラ様、どうぞ王城でゆっくりと……」


 ラーラは脇目も振らず叫んだ。


「ゆっくりなんてできません!! 私は──」


 そのとき晩餐会への扉……剣と薔薇をあしらった扉が開いて。

 現実で、夢の中でも何度も聞いたあの声が聞こえてきた。


「ラーラ・ヴァリアナ、こんなところにいたのか。一体この騒ぎは……父様と母様!?」


 フィリップ・アルア・ヤルチンダール第一王子。

 そして、その傍らにいるのは。


「……シシリー!!」


 ラーラは首に掴みかからんとばかりの勢いでシシリーに近づいて肩を掴んだ。

 この人が、この人がクリス様を。この人がクリス様を邪竜王にした原因──!


「シシリー!! なぜ、なぜなの!! あのようなことを!!」

「ラ、ラーラ様? なにを……」

「とぼけないで、女神のお告げよ! 貴方はそう言っていた、それは一体どういうことなのですか!!」

「な……なんの、ことですか」


 シシリーは恐怖で涙を浮かべる。


(もしかして、本当に何も知らない?)


 フィリップがラーラの剣幕に動揺しながらも怒った。


「貴様っシシリーに散々ひどい目に遭わせた挙句乱暴な真似を……」

「フィリップ殿下は黙っていてください!!」

「く、口答えする気か! いいだろう僕だって言いたいことがあったんだ、君との婚約を破棄……」


 アルア国王が一喝した。


「フィリップ!! そこに直れ、勇者ラーラ様の御前であるぞ!!」

「ひぇ、父様……? 勇者? そりゃ今世界はとんでもないことになってるけど……」


 フィリップの頭を無理やり下げさせてアルア国王もラーラに謝る。


「申し訳ない、愚息がこのようなことを」

「……い、え……」


 ラーラは震える声で立ち尽くす。


(落ち着け、私。こういうときはまず状況把握だとスタンさんも言っていました)


 目の前にクリスを邪竜王にしてしまった原因であるシシリーがいる。

 ぼうっとした様子で杖を構え、どこか夢遊病のようだった彼女。

 今ここで行動を起こしても何もわからない。真相を、真実を、このループの異常さを調べなければ。


「陛下……厚かましいかもしれませんが、王城で休ませていただいても? 私、やっぱり勇者って突然言われてびっくりしちゃってるみたいで」

「もちろんです。案内しましょう」


 アルア国王がラーラを恭しく連れていく。


「勇者、ラーラ様」


 シシリーは心配そうに。

 フィリップはラーラの背中を、ずっと恨みがましい目で見つめていた。








 王城の一室をあてがわれたラーラは早速行動を起こそうと考えを巡らせる。


(今からすることは大きな賭けです。誰にも見られぬようしなければ)


 ラーラは扉前にいた騎士たちに声をかけた。


「騎士様。少しよろしいですか」

「ゆ、勇者様! なんなりとお申し付けください」


 この差はなんなのだろうとラーラは思った。

 以前のループで勇者として任命されたときはこれほど仰々しく扱われたことがなかった。

 それほど今の世界、このループでは戦いが激しく切羽詰まっているのだろうか。

 ラーラはにこりと笑ってお願いをする。


「私、神託を受けましたので私も女神様のお声が聞けるかどうかお祈りをしようと思うのです。少し外していただいても?」

「もちろんでございます! 周りの騎士も一度離れさせましょう、お祈りの邪魔になるでしょうから」

「ありがとう、ございます」


 嘘を吐くのは気が引けるが仕方がない。お祈りが終われば声をかけると約束して扉を厳重に魔法で閉じて、念のため椅子を扉前に固定する。

 長い腰掛けや家具を移動させて、部屋の真ん中を確保する。


(どうか、うまくいきますように)


 女神へのお祈りなどはしない。ラーラはとある魔法を使うのだ。

 部屋にあった侍女や召使いを呼ぶためのとあるものを手にして、教えてもらった魔法を刻んでいく。


『便利な魔法ですね。私にもその刻印の描き方を教えていただいても?』


 懐かしい会話を思い出す。


(あのときは何も考えず、クリス様や皆さんからの厚意をただ享受していた。あのような事件が起きるとも知らずに)


 これは戒めなのかもしれない。前回のループで『生きよう』と思わなかった罰なのかもしれない。


(でも今の私は、生きたい。こう思えるようになったのもクリス様のおかげ)


 そしてこのループの謎を解き明かさねばならない。

 クリスが既に邪竜王として目覚めてしまったループのことを。


 だから、ラーラは──呼び鈴を手にして。


『ベルには魔法が刻まれていていつでも私に音が届くようになっておりますので』


 ありったけの魔力をこめる。


(どうか、どうか届いて──!)


 リィ────ン……と魔法のベルが王城に鳴り響く。

 瞬間。

 部屋が膨大な魔力に包まれ、余波で周りが光り輝いていく。

 この賭けは一回勝負だろう。これを逃せばもう機会は訪れない。

 それでも、それでも──ラーラは。


「お願い、来て──ッ!!」


 部屋の中心が眩い光を発し、ラーラは目を瞑る。

 そして。


「……この魔法具のベルを知るものは一部の者のみ」


 深い青の魔力波の中から現れたのは、空色の髪を結い上げた女性で。

 凛とした声をした、竜族とわかる縦に割れた蒼色の瞳。

 片翼のマントをし、きっちりとした官吏の服を着ていて。

 今にもラーラに攻撃を仕掛けようと闇の魔力を漂わせ、手をこちらに突き出している。

 彼女の名は。


「アイリス、さん……っ!!」


 ゼレンセン王国筆頭執政官、アイリス。

 彼女はラーラの姿を認めて、目を見開く。


「貴方は、貴方様は──ラーラ、様?」


 ラーラはふらふらと寄って、彼女に抱きつく。


「アイリスさん、アイリスさん……っ!」


 一度も今まで涙を見せなかったラーラが彼女の胸元で涙を流す。

 竜族の女性はラーラの頭を優しく撫でる。


「生きて、いらっしゃったのですね。怪我もなく生きている……」


 彼女は安心させるように、ラーラの目を真っ直ぐに見つめて言った。


「ラーラ様。私の名はアイリス。貴方を守る盾となりましょう」


 そして、力を込めてアイリスは希う。


「どうかゼレンセン王国を、お救いください」


 ラーラは強く、頷いた。



勇者ラーラのはじまり、いかがでしたでしょうか。

第二章も楽しんでいただけたら嬉しいです。

次話は実は存在だけ仄めかされていた新キャラが出てきます。乞うご期待。


評価、ブクマ、感想、お待ちしております。

次回は明日夜9時更新の予定です。よしなに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読ませて頂きました 新章待ってました!アイリスが来てくれた時は本当に安心してアイリス〜!となりました。 これからどんな冒険が待っているのか、クリスと再び逢える時が来るのか、続きがとても楽し…
[良い点] 混乱していても諦めることなく行動を起こす主人公が頼もしく思えます。アイリスが出てきたときは興奮しました! [一言] 衝撃的な一章の終わりからどうなるのだろう、とワクワクしながら待っていまし…
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