20. 命よ、祝福の光を灯せ
「お、ケヴィン! 忘れ物にしては遅いぞ、スタン団長がご立腹だったんだからな」
「すまないすまない、緊張しちゃって忘れ物しちゃった」
警備隊に任命された竜騎士がケヴィンの肩を叩く。
「お前、後で団長の秘技鼓膜破り『コラーッ!!』が飛んでくるぞ」
「あ、はは……ご勘弁願いたいですね、団長のあれはすごいものでしたから」
竜騎士が怪訝な顔をする。
「『でしたから』? なんかお前喋り方おかしいぞ」
「そっそんなことないぞ、いつも通りだ」
「まあいいが。それで忘れ物ってなんだったんだ」
整列しコーネリア城から夜のエヴァンテール公園へと続く城門に向かいながらケヴィンが心底ほっとしたような様子で答えた。
「母さんの宝珠だよ。騎士団寮が倒壊したとき一緒に壊れたのかと思ってたんだけど、見つけたんだ」
「そりゃ取りに戻るか。大事だもんな、そっかお母さんの……」
「ああ。本当に、よかった」
ケヴィンは安渡の溜息を吐く。
「陛下も魔力コントロールをなんとかしてほしいもんだよな。世界一エライ人族ラーラ様がいらっしゃってから魔力暴走が多い気がしないか?」
「せっ世界一エライ人族ラーラさ、ま……が関係してるんだろうか?」
「そりゃそうだろ。星の竜の儀式が終わった後に婚約の儀式もするって予定なんだから。こんなこと言っちゃなんだが」
竜騎士がケヴィンに囁く。
「ぶっちゃけ陛下に警備なんていらなくないか? 一人で暗殺者やっつけちゃうくらい強いんだから」
「警備がいなければ竜王様が、国民が万が一のとき大変じゃないですか! そのための竜騎士で……」
「なあやっぱり今日のお前おかしいぞ?」
い、いやぁ緊張してて、とケヴィンは頭を掻いた。
竜騎士は目を鋭くする。
「何か隠してないか。おい、騎士団の規則を一から言ってみろ。さもなくば……ん?」
背後から一人の竜騎士が走ってくる音が聞こえて、警備隊は一度歩みを止めた。
「どうした。伝令か?」
「いえ、陛下の警備を任命されたケヴィンです。遅れて申し訳ありません」
先ほど遅れてやってきたケヴィンと、今しがたやってきたケヴィンの顔は瓜二つで。
「は? 何を言って、ケヴィンはもう……」
警備隊長や他の竜騎士たちがぽかんとした顔をした──次の瞬間。
「かかれ────ッ!!」
騎士団長スタンの号令で城門に隠れていた大勢の竜騎士がケヴィンを取り押さえる。
「な、何が起こって……やっぱりお前!」
先ほど遅れてきていた方のケヴィンが微笑む。
「大丈夫。ご安心を」
「ケヴィン……?」
騎士団長スタンは魔力を通した縄で縛り上げられたケヴィン──二番目に遅れてきたケヴィンの目の前に立ち塞がる。
「大人しく観念するんだ。騒げば俺の槍の鯖になるぞ」
「……ッ!」
もがくケヴィン。
だが一人の竜騎士が声を上げた。
「団長! こっちのケヴィンもなんだか様子がおかしいんです! 調べ上げて状況把握、そして陛下の守りを──」
「いや、そっちのケヴィンは大丈夫だ。なにせそのお方は……」
魔力光がケヴィンを包み、次の瞬間竜騎士の前に現れたのは。
「ラ、ラーラ……様?」
「騙すようなことをしてすみませんでした」
ふふ、と微笑んでドレス姿で華麗に礼をするラーラがいたのだ。
「本物のケヴィン様はアイリス様と共にいます。命に別状はありません。私はこちらのケヴィン様に用があって竜騎士に扮していました」
ゆっくりとケヴィンに近づくラーラ。スタンが偽の彼をさらにきつく縛り上げる。
「貴方はケヴィン様が計画に失敗したことを知り、彼の存在をこの世から消そうとした。間違いありませんね」
「……」
じっとラーラを見上げる偽のケヴィン。
「駒が捕まったと知り貴方は急いでケヴィン様に化けて現れ、竜王様に接触しようとした。報告書を紛失させるよう指示したのも貴方」
ラーラの詰めに偽ケヴィンは焦りを見せ、こめかみから汗を流した。
「貴方自身の手で行わなかったのはケヴィン様に罪を着せるため。彼は竜王様に恨みがあった」
「……宝珠を! 壊されたんだ、大事な母さんの、死んでしまった母さんの宝珠を!」
偽ケヴィンは尚もケヴィンを演じる。ラーラはそんな彼に、手の内のものを見せた。
「だから俺は、竜王を、竜王を……」
偽ケヴィンの前に差し出されたのは、竜の魔力が込められた美しい宝珠。
「な、ぜ……宝珠が……? 壊れていない?」
「私が治しました」
「なっ!? そんなことができるはずがない! 竜の宝珠だぞ! 心臓の核とも言われる、俺たち竜族が心より大事にする宝珠をどうやって!」
ラーラは魔力を生み出す心臓のある自らの右胸に手を当てる。
「星の魔力道から星の竜になられたケヴィン様のお母様の魔力を探知し、お母様に手伝っていただいて宝珠を治癒したのですよ」
「そんな……バカげたことができるはずがない!」
スタンが代わりに言った。
「この星で一番の魔力量を誇るのは誰だ? 星の魔力道へも探知できるコントロール力をお持ちなのは誰だ? 他でもない、数々のループを経て誰よりも強くなられた、ラーラ様だ」
「ラーラ……ラーラ、ヴァリアナ……」
身を震わせる偽ケヴィンは、きっとラーラを睨めつける。
「お前さえいなければ計画は上手くいったんだ! こそこそと報告書を調査して、ケヴィンまで籠絡して……計画はめちゃくちゃだ! お前さえ、お前さえこの国に来なければ──」
そのとき。地響きのような声が空から降ってきた。
「次はないぞと、言ったはずだが」
黒のマントが風になびく。
静かに憤怒する金色の瞳。
犯人の目の前にゆらりと魔力を漂わせながら降りてきたその人は──竜王クリス。
「聞こえていなかったのか? レナード・エ・ラヴィ」
竜王は犯人の名を呼ぶ。
偽ケヴィン──否、変化魔法を解かれ真の姿を現したこの国の第一隊長、レナードが憎悪を込めて竜王を見上げた。
「竜王、クリス……!」
「ラーラからアイリス、そして俺に連絡が来たときはまさかとは思ったが、なるほどお前には俺を狙う正当な理由がある。俺の口から言ってもいいが──」
「うるさい、うるさい!」
くるくるとした金髪を振り回して怒りを露わにするレナードは喚き散らす。
「インゴルドに、俺の弟に虚偽の罪を被せたお前が! ボクに口を利くな!!」
レナードの叫びに竜騎士たちがどよめいた。
「ボクは知ってるぞ。インゴルドがお前に毒を盛り結果的には前王妃が死んで、お前に首と心臓を穿たれたあの日のことを。前竜王が邪竜になりかけたお前を止めようとして、お前の手によって死んだことを。インゴルドは竜王殺しは犯していない!」
息を呑む竜騎士たちの中で、一人だけ──スタンのみが、レナードを縛る縄をきつくした。
「ぐっ……インゴルドはバカなことをしたよ、次期竜王である黒竜を暗殺しようとするだなんてね。ボクだって仕方なく責任を取ろうとエ族の氏族の長になったよ。氏族の長の座は首輪みたいなものさ。でも聞こえてきたんだ、同じ星の魔力道から生まれた弟の声にならない叫びが! 苦しみが!」
レナードは顔を伏せてから目を見開いた。
「知らぬ罪をも着せられて何百年も投獄される。死を許されず生き地獄を味わわされる。だからボクが、星の竜になってインゴルドを解放してあげるんだ!」
竜王クリスに向かって慟哭にも似た叫びを上げる。
「なあ、教えてくれよ竜王サマ! 何年、何百年経ってもボクは星の竜に選ばれない! 星の竜になるための条件を教えろ、竜王クリスッ!!」
「……レナード」
金色の瞳は一つの真実のみを伝える。
「お前では、星の竜に一生なれない」
「なっ……」
クリスは静かに言った。
「恨みを持つ者。他種族を赦さぬ者。命を冒涜する者は星の竜にはなれぬ」
「…………ッ!!」
声にならない絶叫をしたレナードを中心として、魔力の渦が湧き起こる。
「竜王様、お下がりください!」
ラーラがクリスを守ろうと前に出ようとするが、クリスが手を伸ばしてラーラを逆に守る。
「スタン! レナードの相手は俺がする!」
「承知! 竜騎士よ、民が被害を受けぬように城門を閉ざせ!」
竜騎士たちがコーネリア城を封鎖し、城前の広間で今にも爆発しそうな魔力のうねりを驚愕の目で見る。
眩い魔力光から現れるは、古から生きる生き物であり。
金の鱗と血のような赤い目をした竜族であり。
『ギャアアアアアア!!』
星の竜に昇れぬ哀れな古代竜が、竜王とラーラの前に姿を現した。
「レナード・エ・ラヴィ。お前の言う通り、インゴルドは虚偽の罪をも着せられている。だから俺も覚悟を示そう」
「……竜王様!」
クリスはラーラを下がらせて。
パチン、パチンと腕輪を解放する。
そして──災厄の竜、ゼレンセン王国の竜王である黒竜が、古代竜の前に対峙した。
『レナード、お前を暴れさせ国民を危険に晒すわけにはいかない』
『うるさい、うるさいうるさい!! 竜王、クリスゥッ!!』
金色の竜のブレスが吐かれ、ラーラはスタンによって手を引かれて魔力壁で守られる。
黒竜は魔力の風を起こしブレスを相殺し、ゆっくりと古代竜に近づく。
『星の竜とは。星を護り命の循環を司る魂の存在』
『そんなの知ってる! でもボクはなれない、なれないって!!』
『命の輝きを尊ばぬお前はなれないだろう』
『うるさいっ! 来るなくるなッッ!!』
暴走するかのように古代竜はあらゆる方向へブレスを吐き始める。
『自己を律し、他己を赦し、竜も人も魔獣も在るものとして存在を認める』
『そんなのできるわけがないッ! 竜族は竜なんて呼ばれて蔑まれてきた!!』
『それでも』
黒竜が古代竜に肉薄し、ブレスを竜の手で受け止める。
『在ることだけでいい。存在を赦すんだ』
黒竜が暗黒のブレスを溜めた。
『くるなッ! やめろ、やめろォ──ッッ!!』
古代竜は悶え、ブレスが暴走し出す。スタンは背後にいるラーラを避難させようと後ろを向くが。
「陛下は共に身投げされるおつもりか!? 早くお逃げくださ……ラーラ様!?」
ラーラは一人、スタンの背中から飛び出して二匹の竜へと走り出した。
二つのブレスがぶつかる──瞬間。
黒と金の魔力を抑えるように魔力壁が張られた。
「ぐッ──!」
ラーラは間一髪のところで二匹のブレスを止める──が。
暴走しだした金のブレスが魔力壁から漏れ出し、一気に四方八方へ飛び散っていく。
これでは城下町にも被害が出てしまう。竜騎士たちが、スタンたちが魔力壁を出そうとするがこの量は対処しきれない。
絶対に間に合わない。そう思ったそのとき。
「──……魔力壁、全展開!」
元勇者の魔力が、眩く唸る。
ラーラが両手を出し全方位に向かって何重もの、幾つもの魔力壁を展開し、金の魔力砲となったブレスを受け止めた。
「……ラーラ様!」
「スタン様、私は大丈夫です! それよりレナード様は!」
古代竜は自身の許容範囲以上の魔力を吐き出してしまい、ふらついていた。
だが尚も抵抗をしようと口から魔力を溜めようとしていて。
『グ、グ……く、り……す……』
黒竜は、魔力も何も込められていない、けれども全力の力で拳を作り。
『牙を食いしばれ、レナードッ!!』
古代竜の横っ面を、ぶっ飛ばした。
轟音と共に古代竜はコーネリア城の城壁に吹っ飛ばされ、地に伏した。
「……竜王様」
ラーラは黒竜にゆっくりと近づく。
古代竜にもう戦いの意志がないのを確認し、黒竜は魔力光に包まれていく。中から現れるのは、人型となったクリスの姿で。
「竜王様っ!」
ラーラはクリスに自ら抱きつき無事を確かめる。
「ラーラ、大丈夫だ。傷ひとつない」
「本当ですか、本当ですね、嘘だったら許しませんよ」
一通りクリスをぺたぺたと触って傷がないか調べ、ふぅと一安心する。
『ぐ……うぅ……』
はっと古代竜の方へ視線を向ければ、だんだんとその姿は小さくなっていき──元の金髪の幼い姿、レナードが地面に倒れ伏す。
瞳の色も碧に戻っていた。
「レナード様……」
クリスと共にレナードに近づく。そしてラーラはレナードへ語りかけた。
「星の竜になる方法は私にもわかりません」
「……」
「でも」
ラーラは優しく、微笑んで言った。
「貴方様は罪を犯し、罪を被せられたインゴルド様を赦そうとした。そのお気持ちはきっと、他の種族にも向けられるはずです」
「存在を……ゆる、す……」
レナードの瞳が潤むその先に、災いと呼ばれる黒竜の竜族と元勇者の人族が手を取り合っている姿があって。
「は……はは」
なぜだかレナードは晴れやかな気持ちになり。
(なんだよ、それ)
ぼうっと目の前が霞む。
全力を出し切って空っぽの今だからこそ、星に生きる全ての命の輝きが見えてきて。
(ああ──きれい、だ)
きらきら、輝いているのを今更知る。
(ボクは……こんなにきれいなものを、見ようとしていなかったんだ)
乾いた笑いをこぼしたレナードは空を見上げた。
「愚かな罪深い竜族はボクの方だったか。認めよう、竜王クリス。認めよう、ラーラ・ヴァリアナ。ボクは──星の竜に、相応しくない」
レナードは認めた。がくりと項垂れて、瞼をゆっくりと閉じる。
(感じる。空っぽになったボクに流れ込む命の息吹が。あったかい、な──)
瞬間。
ふわ、ふわり、とレナードの身体から魔力光が空に向かって放たれ始めた。
「レナード様!」
「大丈夫だ、ラーラ」
なんだこれは、と目を丸くするレナードと、彼の安否を案じるラーラに向けてクリスは微笑んだ。
「星の竜になるんだ、レナードは」
「……レナード様は星の竜になれないって、竜王様は!」
クリスのその言葉に驚き見上げるレナードとラーラ。
「そう、レナード。お前は今、命の存在を認めたんだ。竜も人も、魔獣をも。等しく生けるものとして祝福した。お前はもう十分、星の竜として相応しい」
「祝福……これが、命を祝福する心……」
レナードは己の胸に手を当てる。
「そっか。ボク、ずっと選ばれるものだと思っていた。けど違ったんだ。星はずっとボクたちを見守っている。祝福している。だから同じように命を祝福すれば、星とひとつになれる。それが星の竜になるってことなんだ」
眩い金色の光に包まれていくレナードが、ラーラに向けて泣きそうな笑顔で言った。
「ごめんね、今まで酷いこと言って。竜王サマにも酷いこと言っちゃった。前竜王を死なせたのはインゴルドだって、原因を作ったのは弟なんだって認めたくなかったんだ」
「……いいや、レナード。父を殺したのは俺だよ」
「それでも」
レナードが、クリスに手を伸ばす。
「竜王クリス、キミに祝福を。それでもキミの命は、輝いている」
輪郭が、彼の心臓が強き光を発する。
「ラーラ・ヴァリアナ。女神はキミを視ているよ。キミに、輪廻の終わりがあらんことを」
二人が見守る中レナードの姿は光の渦へと変化し、空へと打ち上がった。
そうして、星の竜となったレナードは光の流星となって空を舞っていく。
竜族たちは空を見上げて、星の竜が生まれたことを歓び、魔力の光を灯して空へと浮かび上がらせる。
その色とりどりの魔力の光は、星に至る竜を導くように寄り添って。
全ての命を、祝福していった。
差別とは、隣に在ることを認めない心から生まれると思っています。
評価、ブクマ、感想いつもありがとうございます。
次回は明日夜10時ごろ投稿予定です。よしなに。




