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17. 咲き誇る秘密の場所


 朝靄が晴れていくころ。

 ラーラは、早朝にしては早すぎる時間に目が覚めた。


(あれ……いつの間に、寝たんでしたっけ)


 寝台の上に散乱している、民俗の記された本や判子の押された報告書。

 ああ、そういえば連日夜遅くまでこの国のことを勉強したり報告書紛失事件の調査をしたりしていたのだった。


(そういえば、星竜祭まであと二日でしたね。お祭りまでにちゃんとゼレンセン王国の文化や国民のことをよく知らなくてはいけません)


 基本のマナーや他国では許されていてもこの国では禁忌とされていること、魔獣退治の際にはどのような策を講じているのかなど多岐にわたる知識を身につけなければ、竜王たるクリスの正式な婚約者にはなれない。

 少なくともラーラはそう考えていた。


(うぅ、頭が少々、痛いです)


 頭痛を消し去る魔法なんてものはない。どこかの魔法使いが編み出そうとしていることは聞いたことがある。早く使えるようになりたいな、とラーラは眠気の残る中で思っていた。

 ラーラの視線の先に『竜の結婚作法』という本の題名があって、ラーラは寝台のシーツの上に頬をつけながらぼうっと見やる。


(結婚……私と竜王様は、将来夫婦になる)


 実感が湧いてこないし、こんな自分でいいのだろうかとまたクリスに指摘されそうなことも思ってしまう。

 でも、先日クリスに抱きしめられたときのことを考えると。


(あたたかかった……)


 女とは全く違う男の身体全体で、抱きとめられて。

 胸いっぱいに吸い込んだ彼の香りに、心が落ち着いていって。

 だけど胸の鼓動だけは落ち着いていなくて。

 とくん、とくん、とくん。


(私の心臓はどうしてしまったのでしょう。竜王様に気づかれていたら、どうしよう……)


 鉛のように重たい頭痛とよくわからない煩悩を振り払うように頭を振ってから、枕に顔を埋める。

 そういえば。


(あの結婚作法の本に書いてあった、竜の宝珠って……なんなんでしょう……)


 だんだんと瞼が閉じていく。眠気に逆らえない。


(交換するって……書いてありましたけど……宝珠って……一体……)


 つかの間の心地良い二度寝の誘いに、頭痛も忘れたラーラはすぅすぅと寝息を立て始める。

 悪夢のない、彼の体温に抱きしめられているかのような眠りが、ラーラを包んでいった。







 侍女のシャルに起こされるより前に起きて自分で支度を始め、慣れた様子で自分の装いを鏡で見る。


(うん、大丈夫。覚えていました。過去のループで着ていたような服)


 なんだか懐かしくなってラーラは魔法で記憶を頼りにシンプルな黒のワンピースに緑のエプロン、胸の下には紐を縫い付けて。下に着ている白いブラウスを腕まくりすれば、どこにでもいる村娘が現れた。


(勇者も冒険者も職人も、他も色々とがむしゃらに仕事をしていて一度疲れてしまって、片田舎に住まわせてもらったときの格好。やっぱり動きやすくていいですね)


 あのループでは畑仕事にはまって、堆肥なんかも凝ったり魔法で色々と試していましたっけ。

 ふふ、とラーラは思い出す。

 村での生活はのどかなものだった。近所の子どもたちに囲まれて様々な魔法を見せてあげたり、隣人に優しくされて赤ん坊を抱かせてくれたり。

 大切な人がたくさんできて、幸せで。


(そして──アルア王国が筆頭になってゼレンセン王国を敵対国とし、邪竜王になった竜王様を討伐しようと戦争が始まった)


 ラーラの髪を三つ編みにしていた手が止まる。


(そして村に住む人たちは、私は……)


 俯くラーラの瞳には、笑顔で手を差し伸べてくれた村の人々が映っていて。


(会いたい。みんなに)


 けれど皆は、このループではラーラのことを知らない。皆はあの戦争で、村ごと──。

 と、そこで。

 コンコンコン、とラーラの部屋の扉を叩く音がした。


「ラーラ、起きているんだろう?」


 竜王クリスの声だった。

 慌ててラーラは扉を開こうと駆け寄る。


「こんな早朝にすまない、けど君の魔法を感じ取ってしまって気になって来てしまっ……」


 扉を開けたラーラの姿は、このゼレンセン王国では見せたことのない村娘の格好で。


「あっ……こ、これは、その! ちょっと懐かしくなったというか」

「……なんて、可愛らしい」

「へ?」


 ぷるぷるとクリスが身を振るわせ、歓喜を身体全体で表す。


「1011回目のループのときの格好じゃないか! マナナ村で暮らしていた村娘ラーラをこの目で見ることができた……リアルで見れたことに感謝を……!」

「り、ある? よくわからないのですが、その……すみません、このような格好のまま出てきてしまい」

「いやいやっ俺はとても嬉しい! ありがとう、ラーラ!」


 このままだとまた竜王様が興奮して城や城下町が大変なことになってしまう、とラーラは話題を変えようとした。


「あの、竜王様。突然どうされたのですか? 何かご用でしょうか」

「……ラーラ、そのだな。ちょっと朝の息抜きをしないか?」

「息抜き、というと?」


 首を傾げるラーラに、しーっと声をひそめてクリスはこう言った。


「秘密の場所に、行ってみたくないか?」


 そんなワクワクすること、気にならないはずもなく。

 ラーラはすぐさま頷いたのだった。







 クリスの移動魔法で──床に陣を書き、同じく陣を書いた場所の先へと瞬時に移動する魔法である──たどり着いた先は、一面の畑があった。


「すごいです! この土地はもしかすると以前仰っていた竜王様の園芸用の土地ですか?」

「そうだ。ラーラに俺が食事の支度をしているところを見せていないと思ってな」


 そういえばクリスの今の格好はいつもの黒いマントに黒の礼服ではない。普段見たことのない軽めのシャツを着ていた。

 クリスが畑に立ち入って屈む。


「土をいじるのが好きでな。こうして触っていると星の竜たちを感じることができて安心するんだ」

「星の竜の方々が魔力道を調整してくださるから、こうして作物を育てることができるのですね」


 ああ、と土をいじりながら頷くクリスの横にラーラも屈んで、畑の土を触れる。


「わあ……とても良い土ですね。竜王様が丹念にお世話されているのがわかります」


 クリスの手は土まみれになっていて。

 でも汚いなんか思わなくて。


「素敵な手です」

「汚れているぞ?」

「いいえ、竜王様。汚れてなんかいませんよ」

「……赤い血で塗れていてもか?」


 ラーラは立ち上がって、クリスに手を差し伸べた。


「血で汚れていたとしても、竜王様の命の輝きは綺麗なままですよ」

「……ははっ、いつぞやの俺の台詞を使われたな」

「だって、本当にそう思うのですから。信じていませんね?」


 ははは、と笑い声を上げてクリスはラーラの手を取って立ち上がる。


「ここも見せたかったんだが、秘密の場所というのはこの先にある」


 手を繋いだまま二人はとある一角へと向かう。クリスが「目を閉じていてくれ」と言うので瞼を閉じそのまま先導された。


「もういいぞ」

「……わあっ!」


 そこは、色とりどりの花々が咲き誇る温室だった。


「綺麗、綺麗です……! 知らないお花がたくさんあって……素晴らしいです、竜王様!」

「喜んでもらえてなによりだ」


 そう言うクリスの表情は今までの中で一番嬉しそうな顔をしていて、この花の温室に相当入れ込んでいることが窺い知れる。


「ここで座って少し待ってくれないか。茶をとってくる」

「そんな、竜王様にそのようなことを」

「いいから。ここでは俺が主だ。あ、コーネリア城も俺が主だけどな」


 そうでしたね、とくすりと二人して笑う。

 クリスがラーラを長椅子に座らせて、魔法で用意していたのだろう茶器からコップに茶を入れてミルクを少し入れる。

 コップを持ってきてくれたクリスに、長椅子の上から横にずれて彼の場所をつくる。いつぞやのエヴァンテール公園のラーラの行動だったので、クリスはふふっと笑んだ。


「ミルクティーという。飲んでみてくれ」


 茶にミルクを入れる考えがなかったラーラはコップを受け取り恐る恐る口に含むと、やわらかな口どけが広がっていった。


「……おいしいです! もしかすると竜王様の考案されたダージリンにミルクを?」

「よく知っているな。そう、あのダージリンの茶にミルクを入れてみたらまろやかになるんだ。疲労も回復するだろうと思って」


 最近あまり休めてないだろう、とクリスに言われると。


「竜王様だってお休みされてないでしょう。目の下の隈、取れていませんよ」

「おお、流石はラーラだ。ここにしばらく来れていなかったからな、魔法で自動化して食事の準備はできるんだがラーラとゆっくりしたかったんだ」


 ここに来れて嬉しいです、とラーラが周りの花々を見ながら言う。

 ミルクティーの温かな甘みが口の中に広がり、花々は美しく咲いている。


「こんな素敵な空間で、私もゆっくりしたかったみたいです……竜王様と」


 クリスは驚いた顔をした。


「そ、そうか。俺と……そうか」

「はい」


 にこり、と町娘の格好をしたラーラは。


「ありがとうございます、竜王様」


 クリスに向かって花が満開になるような笑顔を見せた。


「……俺が育てた花より綺麗すぎるじゃないか」

「何か仰いましたか?」

「いっいや! なんでもないぞ!」


 紅潮した頬を見せまいと、クリスはラーラから顔を背ける。

 花々だけが、そんな二人を見守っていた。







 あのあと二人はしれっと魔法で格好を変え、朝食を済まし。

 元の忙しい日々に戻っていった。


「シャル、あのダージリンにミルクを入れてくださいますか?」

「ミルクですか? やってみます」


 シャルにも飲ませてみると目を輝かせていて、やっぱり竜王様はすごいとラーラは思う。

 部屋に戻ったラーラはまた書類や本との睨めっこを再開した。


(ふぅ。少しまだ眠いですね)


 欠伸が出てきそうになったが噛み殺し、報告書の紙に向き直って判子を魔法で()()する。

 そうしてミルクティーを一口飲み、報告書に視線を戻すと。


「……へ?」


 目が覚める思いがして、読み間違いかと思った。

 だが報告書は事実だけを示している。

 それは。


「竜王クリス陛下が瀕死の重症を負わせた、元氏族の長(ラヴィ)インゴルドの現在について……?」


 衝撃の事実が、記してあった。



評価、ブクマ、感想などお待ちしております。

次回も明日夜9時あたりに投稿予定です。よしなに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「竜の結婚作法」、言葉だけでも魅力的です。何て書いてあるのか知りたくなります。 主人公の穏やかなループの記憶が切ないですね。 [一言] ふたりが一緒に過ごしている時間がどんどん優しく甘くな…
[良い点] クリス様を意識するラーラちゃんにニヤニヤし、また、穏やかなデートでほっこりしていたら、最後に衝撃が待っていました!一体何があったのでしょう……すごく気になります。続きを楽しみにしています!…
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