16. 舌戦が見つめる
「報告書の調査にあたって知りたいことあります。幾つか伺っても?」
ラーラが尋ねると、アイリスは「恐れながらその前に」と止めた。
「ラーラ様。お気持ちはわかりますがこのような我らの不祥事に関わられると御身に何があるかわかりません」
「いいえ、やらせてください……アイリス様、私に何か言いたいことが、本音があるのでは?」
「……」
黙るアイリスは目を伏せてから、言わぬ方が不敬であると考えて口を開いた。
「では、厳しいことを申し上げますが。ラーラ様、貴方様は未だゼレンセン王国の政務に関わる立場ではいらっしゃいません」
「ちょっとアイリス!」
「シャルは口を挟まぬように」
アイリスのいつにも増して政務に直向きな様子を見て、侍女であるシャルは口をつぐむ。
「続けてください。アイリス様」
「……陛下はラーラ様を婚約者とすると仰いますが、それは口約束。正式な発表がなされておりません。正式なお披露目は恐らく星竜祭の日になるかと思いますが、後ほど陛下からお達しがありましょう」
そしてアイリスはラーラを真っ直ぐに見つめて言った。
「これは政務に携わる者が解決すべき問題であるということです」
「……」
ぎゅ、とアイリスの気迫に押されそうになりながらラーラはドレスの上で拳をつくる。
(アイリス様の仰ることはごもっとも。部外者の私が出る幕はない)
だがラーラにだって信念がある。
「政務に携わっていないただの客人である私が関わることは許されないということはわかります。ですが」
アイリスのような真に優秀な人間には──竜族ではあるが──感情論は効かない。有益な情報を見せて納得させ、正論で返さねば取り合ってもらえない。
ラーラは対等に見据えるような瞳でアイリスを見た。
「私は、紛失に至ったであろう報告書を調査する手立てが提示できます」
「手立て、というと?」
「私には数えきれないほどループした経験、そして魔法の腕があります。失礼なことを申し上げるかと思いますがアイリス様──魔力の少ない貴方ではそれはできない。他の執政官の方でも」
「──っ」
アイリスは気取られないように内頬肉を噛む。
(これもまた戦い。畳み掛けるのは今です)
ラーラは声高に言った。
「竜王様のお手を煩わせたくないでしょう? 竜王様は以前のループでも同じことが起こっていたことを気にされていましたよ」
「陛下が……!」
驚愕でメガネの奥の深い蒼の瞳が揺れる。そんなアイリスにラーラは立ち上がって彼女の手を握った。
「早急に対処すべき事態なのではありませんか? アイリス様」
ラーラは自分より背の高いアイリスを見上げて微笑み。
アイリスは一度目を閉じて、やわらかな視線を向けた。
「わかりました。ラーラ様、どうか貴方様のお手をお貸しください」
「はい、ぜひとも。今度こそ詳しくお話を聞かせていただけますね?」
ええ、とアイリスが観念した。ラーラは心の中で安堵の溜息を吐き、アイリスにも座るように促す。
「では、お言葉に甘えて」
「私、アイリスの分のお茶も用意しますね」
そう言ってシャルは嬉しそうにダージリンの茶葉の入った茶器を持ってきた。
ラーラは背筋を正して尋ねる。
「早速お伺いします。騎士団から報告書を受け取る際の形式はどのようになさっているのですか?」
「内務省と騎士団、両組織に配備されている報告課の執政官が竜騎士の報告課から受け取るようにしていますわ」
「その際の規則やこの国でしか行っていない決まり事などはありますか?」
「そうですね。互いの組織しか扱っていない紙で報告書として書き上げ、それを提出しております」
ふむ、とラーラは顎に手を当てる。
「互いの組織しか扱わない紙というのは具体的に言うと?」
「……ラーラ様ですので申し上げますが、本当はシャル、貴方は席を外して欲しいことです」
「あ、じゃあ私焼き菓子を焼いてくるね。実は自信作になりそうなの」
ではごゆるりと、とシャルがラーラに礼をして奥の間へと消えていく。
「それほど重要機密なのですね、アイリス様」
「他国では扱われていない手法ですので。念のためです」
魔法を卑劣な方法で使う輩もいますのでシャルを守るためでもあるのです、とアイリスが言ってから言葉を続ける。
「報告書の紙には、『判子』を使用しているのです」
「はんこ……というと?」
「陛下が考案した、個人や組織がその当事者であることを証明する印のことです。千里眼で視られた手法を御身自ら改良され、魔力を使って魔法具で押すため署名よりも機密性が上がっております。我が国の報告課でしか判子を解除できなく、間者には読むことすらできない代物です」
なるほどそんなものを、とラーラが感心していると。
「ラーラ様の手立てというのは一体どういうものでしょうか。お聞きしても?」
「気になりますよね。簡単なことです、報告書に付着した魔力をこの国全体で探索すればすぐにわかります」
「この国、全体で……それは確かに私や他の執政官には真似できないですわね」
それに、とラーラは重ねて言う。
「報告書の内容を書いた本人である竜騎士の方に教えていただき、私の頭に転写して探索魔法を行使してもできるでしょう。こちらの方が確実性がありますね」
「まあ。並大抵にはできないことですわ、魔力量も多くコントロールも卓越していらっしゃるラーラ様にしかできませんね」
竜王様もできるかと思いますがお願いするわけにもいきませんから、とラーラが言いアイリスも頷いた。
「その判子ですが、魔法具なのですね」
「はい。そういえばラーラ様は過去のループにおいて魔法具職人であったとも伺っておりますが」
「あのときは職人としてはまだまだでしたけどね。店を持ち始めて少ししてから、病にかかり死んでしまいましたから」
左様でしたか、とアイリスの顔色が暗くなる。すかさず「お気になさらず」とラーラが言ってから考え込む。
(魔法具であるという判子を押された報告書。でしたら探知の精密性がぐんと上がりますね)
パンッとラーラは手を合わせる。
「道筋が見えてきました。騎士団からの報告書が提出される時期はいつなのでしょう?」
「星竜祭の季節ですから毎日、それも飛び交うように提出されておりますわ」
「……アイリス様、お願いがございます」
なんでしょう、とアイリスが答える。
ラーラは頑強な意志を瞳に宿してお願いを口にした。
「紛失が起きたときから現在までの判子の押された報告書を全て私に見せていただいても?」
「全てですか? 膨大な量ですわよ」
「それでもやらねばなりません。単なる魔法具の探知でしたら幾つかで足りますが、此度は国における政務に使われる魔法具です」
それに竜王様の考案された魔法具ですから丁重に扱わなければなりません、とラーラは微笑んだ。
「……ありがとうございます。陛下は私たち執政官や竜騎士のことを考え、仕事をしやすいよう様々な改革をされていらっしゃるので、そのように思ってくださるのはとても嬉しく思います」
「私がこのような平穏な生活を送れているのは竜王様のおかげですから。それに」
くるり、とラーラは指先で己のシルバーブロンドの髪を巻く。それも頬を少しだけ赤らめさせて。
「たくさん、褒めていただいてますし……」
「まあ」
ふふっとアイリスが手で口元を隠しながら笑む。
「そのお気持ち、大切になさってくださいね」
「……は、い」
ラーラはとてつもなく恥ずかしいことを言ってしまったのではないかと思って誤魔化すように茶の入ったカップを傾ける。
シャルの焼いた菓子の芳しい香りが、二人を優しく包んでいった。
そうしてこの国の史実と民俗を記した資料と魔法具で押されている報告書との睨めっこ生活が始まった。
竜王クリスは神聖な星竜祭の準備に追われ、その上相次ぐ報告書の紛失と不備に頭を抱えて。
ラーラはその事件を追うため毎日、寝る間を惜しんで資料の本を読み耽り、魔法具の判子の印を読み取って。
しかし二人は食事を共にしないという選択肢を取らなかった。
なぜか、互いに『この時間を大事にせねばならない』という感覚を抱いていたためである。
「竜王様、その」
「なんだ?」
ラーラが食事の間にやってきて、クリスには見えない背後に何か──史実を記した本を何冊か隠している。
「お行儀が悪いのはわかっております。ですが……」
「ラーラ」
クリスが近寄って、ラーラの目の前に自分も背中に隠していたものを見せる。
「執務の書類、です?」
「ああ。お揃いだな、俺たち!」
考えていることは同じだったらしい。クリスはニパッといたずらっぽく牙を見せた。
食事中にクリスは片手で執務を、ラーラは本を読み、恐る恐るといった視線が合い二人してくすりと笑い合う。
忙しいけれど、どこか心穏やかな日々が続いていった。
「ラーラ、このところ毎日笑顔を見せてくれるな」
「そう、ですか?」
「ああ。俺は嬉しく思うよ」
毎晩の寝る前の魔力同調。手を合わせて、呼吸を合わせて魔力を交わらせる。
この時間だけは、二人は息をつけるときなのだった。
「今回のループが始まったとき、君の顔には笑顔なんてなかった。傷ついて、傷ついて、もう治りっこない傷口を抱えていた。けれど」
クリスは穏やかな金色の瞳の中にラーラを映す。
「少しずつ……君の命の輝きが、増しているように見えるよ」
「竜王様……」
とくん、とくん。
この胸の音が目の前の彼にも伝わっているのだろうか。
魔力の同調が終わり、手を離す。
ふと、ラーラがクリスを見上げると目の下に隈があるのを見つけた。疲労が溜まっているのだろう。
「竜王様、あまり寝ていらっしゃらないのですね?」
「気がかりなことがあってな。ラーラは気にしなくていい」
「……」
ラーラの海の底のような瞳が揺れる。
(ぜったいに、貴方様の心を晴らせます)
クリスのために。自分がこうして生きていられることに感謝を込めて。
このループで最後にすると誓ってくれた目の前の彼のために。
「ラーラ。その」
「なんでしょう?」
「……少し、触れてもいいだろうか」
へ、とその言葉に驚く。
けれどもそうされることに何の抵抗心が無いことに気づき、ラーラは──ゆっくりと、頷いた。
「……ラーラ」
ぎゅう、と。
クリスに抱きしめられた。
(……竜王様の。腕の中に、いる)
いつぞやの空の飛行でお姫様抱っこをされたときに嗅いだ、彼の香りがする。
魔力同調のときの手の暖かさよりもずっと、身体の暖かさが伝わる。
どうしてか、ずっとこうしていたい。そんな高望みをしてはいけないのに、想いが溢れてくる。
「急にすまなかった。でもラーラ」
暖かな体温が離れて、クリスが決意を口にした。
「君をもう二度と、泣かせないから」
「……!」
夢のような時間が終わり。
おやすみ、とクリスが手を振る。
ラーラは廊下の暗闇に溶けていくその姿が、どうか消えていって欲しくなくて。
見えなくなるまでその黒の背中を見続けていた。
ずっと、ずっと。
好きなラーラ発表ドラゴンが
好きなラーラを発表します
勇者、冒険者、魔法具職人、パイナップル食べてるところ
正式名称がわからないラーラも
好き好き大好き
(好きな惣菜発表ドラゴンより)
大好きな曲です。
次回は明日夜9時ごろ投稿予定です。よしなに!




