15. 貴方の助けになりたいのです
「星竜祭?」
竜王クリスとの城下町と騎士団の視察、もといデートを経た次の日。ラーラは朝から筋肉痛に見舞われながら朝の支度をしていると、侍女のシャルに聞き覚えのある単語を聞かされた。
「はい、今から一週間後にゼレンセン王国における神聖なお祭り、星竜祭がエヴァンテール公園にて行われます。竜王クリス様はもちろんのこと、国民全員が見守る大事なお祭りなんですよ」
シャルがラーラの絹のような髪の毛を丁寧に梳かしながら言う。
昨日その祭りのことをちらと聞いたばかりで、ラーラが気になって尋ねた。
「どういったお祭りなのですか? 私、この国のことをもっと知らねばならないのです」
「ありがとうございます、ラーラ様。星竜祭はその名の通り星の竜に至るためのお祭りで、毎年この星によって限られた数の竜族が選ばれるんです」
ラーラは重ねてシャルに訊く。
「星の竜に至る、とはどういうことなのでしょう?」
「ラーラ様もご存知ですよね、この星には魔力の道が無数に通っていることを」
「ええ、魔法を扱う者は己の魔力と星の魔力道からの魔力を交わらせて魔法を編み出していると。それに関係しているのですか?」
はい、とシャルは肩口までの亜麻色の髪を揺らして首肯した。
「星の竜はいわば星の魔力道の管理人。溢れたり、弱ったりする魔力道を調整する栄誉ある竜のことなんですよ」
今年は誰が星の竜に選ばれるんでしょう、とワクワクした様子でシャルがラーラのハーフアップにした髪につける髪留めを選んでいると「そういえば」とラーラが口にした。
「騎士団の第一隊長、レナード様が今年の星竜祭で星の竜になるのは自分だと仰っていましたよ」
「氏族の長のレナード様……」
シャルの手が止まる。ラーラが鏡に映ったシャルの表情を見れば、彼女はなぜだか不安そうな顔をしていて。
「……今年こそ、星の竜に選ばれると良いんですが」
と、シャルが溢す。
「あっいえいえー! 選ばれるのは誰にもわからないんですから、今考えても仕方ないことですので!」
「そう、ですか」
「ラーラ様、この髪留めなんかいかがでしょう? ラーラ様の髪の色に似合ってます!」
シャルが取り出したのは上品な花の形をした銀の髪飾りだった。
お洒落をするのはここ最近のループの中で久しぶりだ。ずっと自分に無頓着でいたのでラーラはお洒落の良し悪しが感じにくくなっていたが、毎日の竜王との食事で失礼のないようにせねばならない。
(竜王様の婚約者、ですものね。私は)
なんだか目の前に差し出された銀の髪飾りが綺麗に見えてきて、ラーラは言った。
「そちらでお願いします、シャルさ……」
言いかけたところでクリスに以前言われたことを思い出し、ラーラは笑みを浮かべて言い直した。
「いえ、シャル」
「ラ、ラーラ様今なんて? シャルって呼ばれました?」
「はい、お嫌でした……か?」
ラーラが少し心配そうにしていると、シャルはグッと拳を作った。
「そんなことありません、むしろとっても嬉しいです! ありがとうございます、ラーラ様! 私これからいっぱいがんばりますね」
ふんふふん、と鼻歌をうたって機嫌が良くなったシャルによって、ラーラの髪の飾り付けがより美しくなったことは言うまでもなかった。
「アイリスにも報告しようっと! ラーラ様がシャルって呼んでくださったこと!」
「ふふ、仲が良いのですね」
「はい! 幼馴染ですから!」
アイリスは昔っから甘いものに目がなくて花蜜はもちろん蜜を求めて虫の巣箱に頭から入ったりしてたんですよ、とシャルは茶目っ気たっぷりに教えてくれたのだった。
「星竜祭か。もうあと一週間後に迫っていたな」
今日も朝食を食べていてエライラーラのおかげで思い出せた、と竜王クリスは食卓で微笑む。
「一段と今日は綺麗だ。君の素が素晴らしいのもあるが侍女も良い仕事をする」
「あ、ありがとう……ございます」
「侍女がやる気を出せるのもラーラが元気でいてくれるからだ。こちらこそ感謝したい」
ラーラが生きていて尊い、しかも可憐で美しいとクリスが褒め称え、ラーラは「そ、そんなことは」と慌てる。
「私のことよりも、竜王様。星竜祭では竜族の方が星の竜に選ばれるお祭りだと聞きました。選ばれる条件などはあるのでしょうか?」
「あるにはある」
カチャリ、とクリスが静かにカトラリーを皿に置く。
「だが、竜王しか条件は知らない。他の竜族は聞けないからな」
「聞く、とは一体……」
「無論、星の魔力道にいる古き星の竜たちからだ」
ラーラはクリスの言葉に驚いた。
「星の竜の方々は、星の魔力道の中にいらっしゃるのですか!」
「ああ。星の竜は内側から、竜王は外側から魔力道を守り調整をしている。外が竜王たる俺だけというのは単純に内側の方が大変だからな」
クリスが果実を絞った飲み物を口にしてから、ふぅ、と小さく息をつく。
「昨晩も調整をしていてな、星の竜となった古き竜王たちとも対話していた」
「……私との魔力同調の後にそのようなことを。負担になってはいませんか?」
「大丈夫だ、おまじないは必ずやる。朝のラーラのすっきりしている顔を見たいからな」
竜王様のおかげで快眠できています、とラーラが笑顔になり、クリスもまた笑みを浮かべた。
「歴代の竜王様も星の竜に選ばれるのですね」
「確率が高いというだけだ。条件を知っていても自分からなれるものではないし、そればかりは己の理念次第だな」
ラーラがお気に入りの黄金色の果物、パイナップルを口に含み、あっと思い出す。
「昨日レナード様が仰っていましたよね。今年は自分が星の竜に選ばれるのだと」
「そんなことを言っていたな」
「選ばれるといいですね。何でもご存じでいらっしゃる経験豊富な竜族の方ですから──」
「いや」
クリスがラーラの言葉を遮る。
こんなことは珍しい。ラーラが目を見張っていると、クリスは食卓の皿の上へ視線をやり静かに呟く。
「今年も選ばれないだろう」
クリスとラーラが手を伸ばさなかった真っ赤に熟した果実を見つめながら。
今日は部屋でゆっくりしているといい、筋肉痛がするだろうと言われる。
「なぜおわかりに……竜王様の千里眼ですか?」
「そうだ。あっ言っておくが部屋を覗いたわけではないぞ」
朝に挨拶をしたときに魔力の巡りに歪みがあったからなとクリスが慌てて答えた。
「大丈夫ですよ、竜王様のことを信じております。本日はお部屋でお休み、ですか」
「なにかしたいことでも? 良いことだ、なんでも言ってくれ」
朝食の部屋を出て廊下を二人で歩いていると、ラーラが一つのお願いを口にした。
「この国の詳細な地理や歴史、民俗の史料を拝読したいです」
「……ありがとう、知ろうとしてくれて。アイリスに任せよう」
では俺は執務がある、と言ってクリスと分かれる。クリスはいつも食事後にこうしてラーラの部屋の前まで送ってくれるのだ。
此度もありがとうございます、とラーラは礼をする。
(アイリス様もお忙しいでしょうに。何かお手伝いできることがあればいいのですが)
部屋に戻るとシャルが出迎え、ラーラのために椅子を引いてくれて茶を淹れに奥に向かった。
ラーラが座りながら窓向こうをふと見ると、遠くエヴァンテール公園の時計塔から鐘の音が聞こえてくる。
(竜族の平和な国。お祭りもきっと素晴らしいのでしょうね)
見てみたいものです、と自然に思いながらシャルが淹れてくれた茶を飲む。
口当たりが良くて飲みやすい。香りも良くてラーラはカップを何度も口に持っていくが、元令嬢らしくその姿は上品なものだった。
(こんな風に心穏やかにお茶を楽しめる日がくるなんて……)
本当に何から何まで竜王様のおかげです、と考えていると。
「ラーラ様、こちらのお茶はお好きですか? 実は陛下のお創りになられた茶葉を使っているんです」
「竜王様が?」
「はい。『ダージリン』とこの茶葉を陛下が呼んでおりましたよ」
私も好きなんです、とシャルが嬉しそうに言うので、ラーラは「ご一緒しませんか」と誘うと。
「有難いお誘い、ありがとうございます。でも……」
「私とのお茶の時間は休憩に含まれないよう竜王様へ上達いたしますので。もちろんシャルがよければですが」
「……では、お言葉に甘えて!」
自分の分も淹れてきますね、とシャルが奥の間に行きカップを持ってくる。
共にダージリンを楽しみながら、シャルの賑やかな話に聞き入っているとまた時計塔の鐘の音が耳に聞こえてきた。
「アイリスったら遅いですね。ラーラ様がこんなに待っていらっしゃるのに」
「いえいえ、大丈夫です。私はシャルとお話をするこの時間が心地良いと思っていますよ」
「私もです! それでですね、陛下がそのとき仰ったんです。俺にはラーラを視る時間の方が大事だから見合いの写真は持ってくるなって!」
ラーラ様のことを一途に想っていらっしゃるんですよ、とシャルが言う。
「そんな恐れ多い……」
ラーラが心を落ち着かせるためにカップを口に運ぼうとする。
そのとき、ラーラの部屋の扉が叩かれた。
「どうぞ。アイリス様」
「遅くなり申し訳ありません」
ラーラと侍女であるシャルがお茶を共にしていることを目にして「まあ」と目を丸くするアイリス。
「アイリス! 遅いわよ。時計塔の鐘が二度も鳴ってしまったじゃない」
「シャル、私は大丈夫です。何かあったのですか?」
とラーラが尋ねると、腕に史料を抱えたアイリスが申し訳なさそうに言う。
「筆頭執政官として情けないのですが、内務省の動きが滞る事態が起きてしまったのです」
「何が起きたのかお聞きしても?」
「……騎士団からの報告書の受け取りに支障が起きておりまして。こちらは受け取っていないというのに騎士団は確かに届けたと言うのです」
お恥ずかしい話ですが、とアイリスは目頭を押さえた。
「報告書の紛失があったのかもしれませんね」
ふとラーラが昨日クリスが呟いていたことを思い出す。確か前にもそのような事態があったと。
「アイリス様」
「なんでしょう、ラーラ様?」
ラーラは身を乗り出した。
「その報告書が今どこにあるのか、私に探させていただいても?」
竜王様とアイリス様の力になりたいのです、と言うラーラの顔は、気迫に満ち溢れたものだった。
お読みいただきありがとうございます。
評価、ブクマなどお待ちしています。
明日の更新は夜9時頃の予定です。よしなに!




