14. レナード・エ・ラヴィの視線
ふわふわくるくるの蜜色髪に、吊り目のこぼれ落ちそうなほど大きな碧の瞳。竜騎士の隊服はきっと特注なのだろう、その背丈はラーラの胸元ほどしかなかった。
「フンッ! キミが世界一エライ人族のラーラサマ、だっけ? ボクは手加減してやっ……」
「大変! 申し訳! ございません!」
ズザザ、と騎士団長スタンが第一隊長であるというレナードの頭を地面に擦り付けるようにして謝罪させた。
「いっいえ! 私は気にしていません」
「陛下の婚約者様でいらっしゃるラーラ様への先程の無礼な発言、お詫び申し上げます。私もまた若輩者であり指導がなっておりませんでした」
スタンまでも頭を下げていて、けれどもレナードの方は反省していないようで頭を上げて抗議する。
「若輩者とはなんだ! ボクはスタン、キミよりも歳は上なんだぞ!」
どうやら騎士団長に対しても同じ態度らしい。再びレナードは頭を掴まれ下げさせられた。
「コラッ! レナード第一隊長、少しは隊長としての振る舞いを……」
「図体も態度も大きくなりやがって、ちょっと前はボクよりも小さくてよちよち歩きの子竜だったくせに!」
「何百年前の話だ! 申し訳ありませんラーラ様、この通りです」
平謝りするスタンにラーラは焦る。
「本当に大丈夫ですから。竜族の方は長命だと伺っていましたが、今後のためにもおいくつかお聞きしても?」
「人族がボクに話しかけ……」
レナードがまた無礼な口を開きかけたところでスタンが彼の両頬を下から掴んで強制的に口を閉じさせた。
「レナード第一隊長は騎士団の中でも最年長、3955歳です。クラムの中でも長であり、名は──」
「名乗るものか、人族なんかに!」
まあ、とレナードの歳と容姿を比べてしまって驚きの声を上げるラーラ。それを見てレナードはさらに手足をばたつかせスタンの手から逃れようとする。
「クラム……確か竜の氏族の名称でしたよね」
「そうだ、ラーラ。俺から話そう」
側から見ていた竜王クリスが近づいてきて説明をしだす。
「竜の氏族は七つに分けられていて、レナードはその一つであるエ族のラヴィ、つまり氏族の長。レナード・エ・ラヴィというのが彼の正式な名だ」
「レナード・エ・ラヴィ様……」
ラーラが名を口にすると、レナードがキッと睨めつける。
「気安くボクの名を呼ぶな。ボクら竜族への仕打ちを忘れたとは言わせないぞ」
「……レナード」
クリスが諌めようとするがレナードは今度こそスタンの拘束から逃れて不遜にも腰に手を当て豪語する。
「竜族がこの星へどんなに貢献してるか知らないくせに。ボクは次の星竜祭で星の竜になるラヴィなんだぞ。何度もループしたからって、このボクが手加減した稽古で勝ったくらいで調子に乗って……」
静かなる憤怒。
「レナード」
轟、と魔力の波が放たれた。
竜王クリスの膨大なる圧により竜騎士たちは軒並み地面に這いつくばり、苦悶の表情を浮かべている。スタンはかろうじて膝をついて耐えているがレナードはこの中で立ったままだ。
「……」
じっと竜王を見つめる碧の瞳。最年長の竜はただでは屈しない。
「レナード。ラーラを侮辱するな。この俺が許していない」
「……侮辱したければ許可が必要なのですか、竜王サマ?」
「跪け、レナード・エ・ラヴィ!!」
一際強くなる魔力圧に皆「ぐっ……!」と歯を食いしばる。
心の臓に刻みつけられた名を魔力のこもった声で呼ばれ、ようやくレナードは膝をついた。
「もうしわけありませんでした、ラーラサマ」
その声の調子は少しは落ち着いたものの全く怖気付いておらず、むしろ開き直ったかのように聞こえた。
「次はない」
クリスはそう言って、フッと魔力の圧を拡散する。
(竜王様の全力……いえ、全力に近い魔力でした)
ラーラはクリスの後ろにいたため圧は感じられなかったがその波動は感じ取っていた。そのためクリスがラーラのために憤怒の感情を露わにしたことに驚愕したが、この場をどうにかしようとクリスのマントをちょい、と引っ張る。
「あの、竜王様。その……」
「ラーラも怒っていいんだ。こけにされたのだから、自分を大切にしてくれ」
「いえ。レナード様の仰る通りです。私は竜族のことを人族の側でしか知っておりません」
それに、とラーラは続けた。
「人族による竜族への差別は異常なもの、それは事実ですので。私も無意識の差別を行っていたことがあったかもしれません」
「ラーラはそんなことしていない。俺は全てのループを観測していたからわかる、君は竜族蔑視にいつも立ち向かって人族の意識を変えようと努力していた」
「ですが」
ラーラが俯く。手の内のヒビが入った剣を見つめながら。
「竜族の方へ剣を向けたこともありました」
「それは……」
スゥ、と自らの魔法で生み出した剣を宙に解けさせて、ラーラは再び心を閉ざすように瞳を曇らせる。
静寂が訓練場を包み込み、第一隊長であり竜の氏族の長であるレナードはラーラをじっと見る。
「それでも」
クリスがラーラの両肩を掴んで顔を上げさせた。
「それでもラーラは、俺たち竜族をいつも想ってくれた。君の行いは星が見ている。他が何と言おうと星の竜たちはわかってくれているんだ」
無論俺もだ、と安心させるようにクリスは笑みを浮かべた。
どうか君が君を肯定してくれますように、そんな願いを込めながら。
(星の竜……)
星の竜とは何なのだろう。聞いたことがなかった。
でもそれを尋ねようと思うほどの勇気はなくて、またラーラは俯いてしまった。
「ラーラ様」
スタンがやわらかな声でラーラに話しかける。
「良いことをお教えしましょうか」
「……スタン様?」
ふふふ、とスタンが空気を変えるようにほくそ笑んだ。
「陛下の御歳についてです。陛下はこう見えてまだ……」
「スススタン、お前の方こそいくつになったんだ」
クリスが竜騎士の手前、ほんの少しだけ慌てた様子でスタンへ詰め寄る。
「私ですか? 私はこの前1206歳になったばかりですよ。さ、ラーラ様、陛下はですね」
「やめろスタン! 俺から言う!」
ごほん、ごほん、と何度か咳払いをしてクリスは恥ずかしそうに小声で言った。
「……715歳だ」
「……まあ」
ラーラは目を見開いて。
「竜王様は私よりおじいさまなのですね」
「ぬぁっ……!」
おじいさまなどと呼ばれてしまったクリスはのけ反ってしまうが、すぐに立て直して前向きに返した。
「純真無垢な目でおじいさまと呼ばれるのも、悪くない……悪くないぞ、むしろ心地よく思うぞラーラ!」
「プッハハハ!」
一連の流れをずっと見ていたレナードがけらけらと笑い出す。
「竜王サマでおじいさんならボクはどうなるのさ。へぇ、キミけっこう面白いね!」
じゃあボクはなんなの、と笑いながらレナードがラーラに尋ねた。
「え、えぇと……大大おじいさま、でしょうか」
「アッハハ! 歳上を敬うのは良いことだぁ!」
腹を抱えて笑い出すレナードの頭にスタンが手刀をして──あいた、とレナードは本気の手刀に少しだけ目頭に涙を浮かばせた──ラーラに向けて言う。
「まあそんなわけで魔力量はこの世界に生きる竜の中で一番な陛下ですが、御歳としてはまだまだというわけです」
「ちょっと不敬だぞスタン! 歳上マウントなら俺にもできる! ループの回数だけ精神年齢は上がっているんだぞ!」
「ハッハッハ、陛下はまた難しいお言葉を使われますなぁ」
マウントはれっきとした言葉で並行世界でよく使われているんだ、とクリスが尚も笑顔でい続けるスタンに、揶揄う兄へと怒る弟のように食ってかかると。
ラーラが思わずといった風にくすくすと笑い出した。
「ラーラ?」
「す、すみません。ですがどうしても、ふふ……可愛らしく見えてしまって」
不敬ですよね、と笑いが引かないラーラにレナードがキラキラと瞳を輝かせて言ってのけた。
「うん、不敬だよ! ラーラサマ!」
「コラッ! 第一隊長こそ不敬だ!」
今度こそスタンはレナードの頭に拳骨を落とした。
「あー、竜騎士たちよ、本日の訓練はここまでだ! 特別訓練の対処の仕方についてよく反復するように!」
騎士団長の顔に戻ったスタンが竜騎士たちに号令をかけて、レナードに向き直る。
「レナード第一隊長は残って訓練場の掃除だ」
「ハァッ!? なんでさ意味わかんない! 歳上を敬え!」
「そんなこと言ってバリバリ現役でしょうに」
ニコニコと笑ってスタンがレナードにとって恐ろしいことを言い出した。
「寝る前に飲んでるホットミルクの花蜜、くすねてるのをアイリスにバラすか、訓練場の掃除かどちらを……」
「ボク急に掃除がしたくなってきちゃったなー! あー忙し!」
と、レナードは訓練場の奥へと一目散に走り去ってしまった。
「アイリス特製の花蜜は美味いからなぁ、無理もない」
クリスはうんうんと頷いていると、スタンがクリスにもそのニコニコした末恐ろしい笑顔を見せた。
「陛下? 私知ってますよ、陛下もアイリスが採った花蜜を……」
「あー俺もなんだか執務がしたくなってきたぞ! ディナーの仕込みもしなくてはいけないしな!」
じゃあな、とクリスがラーラの手を取りどんどん進んでいくのでラーラが「あっ!」と言ってスタンへと挨拶する。
「スタン様っ! 稽古をつけてくださりありがとうございました!」
「またいつでもいらしてください、ラーラ様」
にこやかに騎士の礼をするスタンの姿は、とても歳上と主君たる竜に対して脅したようにはとても見えなかった。
(スタン様って皆様のお兄様みたいな方ですね)
そんなことを思いながらラーラはクリスに連れられて城の奥へと足を進める。
「……」
掃除道具を持ってきたレナードは二人を──正確には黒い背中を、その姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。
「竜王様、竜王様」
「……ん? ああすまない、考え事をしていてな」
なんだラーラ、と立ち止まってクリスが言うと。
ラーラがその場できっちりと礼をした。
「この度は城下町へ、そして騎士団の訓練まで見学させていただきありがとうございました。見識が深まり一層のことこの国を知りたいと思い……」
「堅いことを言うな。俺は楽しかったぞ、ラーラとのデート」
はっとする。そうだ、デートだったのだ、今日は。
ラーラの頭の中で様々な場面が浮かび上がる。
(竜王様に両肩を触れられ、竜王様に膝をつかれて私の手に、手に……唇を!)
ぼふ、と顔が一瞬にして真っ赤になるラーラに「どうした?」とクリスが声をかける。
さっきまでの憂鬱そうなラーラとは打って変わって、声を張り上げてラーラが叫んだ。
「どうか! 人前であのようなことはなさらないでくださいっ!」
「あのようなことって、どれだ?」
首を傾げてしらばっくれた後に──ニパッ、といたずらっ子のように笑う。
「訓練中の竜騎士たちに特別訓練をしかけたことか? あれはラーラに笑ってほしくてやったことだが、それとも……」
「い、言わないでください……!」
赤い顔でぷるぷる震えるラーラの心は、いつの間にか目の前のクリスのことだけでいっぱいになっていた。
クリスの千里眼は並行世界のどこかを観測して様々な言葉をこの世界に取り入れているようです。
読んでくださりありがとうございました!
明日も夜10時ごろ更新予定です。よしなに!




