13. 剣と槍と少年騎士
竜騎士のすらりとした騎士服に、ループの中で見た、夢にまで見た現実の好戦的な彼女。そして普段見たことのない髪型──ポニーテールが揺れている。
その姿を真正面で見てしまって、竜王クリスは。
「生勇者ラーラだ……!」
「へ、なんて言いました陛下?」
騎士団長スタンが困惑して声をかけると少年のように輝く瞳でクリスは小声で叫んだ。
「凛々しく格好良い、あの生ラーラの勇者バージョンだぞ! しかも竜騎士服を着ている、なんたる新鮮、なんたる光栄! 俺は生きていてよかった、いいぞラーラ最高だぞ!!」
「陛下、もう少し声を抑えて……お気持ちはわかりますが竜騎士たちの手前ですから」
そ、そうだったな、と勢いを抑えこむクリスだったがこのラーラの姿を目に刻みつけようと視線だけは外していない。決して見逃しやしないぞという決意の元で。
竜騎士たちも「おお……」と感嘆している中、ラーラはスタンへと尋ねる。
「騎士団の基本の稽古を教えていただきたいのですが、剣でも可能ですか?」
「え、ええ、できますよ。ですがラーラ様、念のため強化魔法と防御魔法をかけておいた方がよろしいのでは」
「いえ。このまま素の状態で訓練します。ループしたての私がいきなり実践は無理、ならば鍛えねばなりません」
「そうですが……!」
クリスがスタンに助言する。
「大丈夫だ、彼女ならやってのける」
「しかし騎士団の訓練を人族の、しかもラーラ様がされるのは」
「いいから安心して教えてやってくれ」
わかりました、とスタンは観念して訓練用の剣を魔法で取り出してラーラの正面に立つ。
「本来竜騎士は剣ではなく槍を武器として扱いますが、そういった場面も想定して剣の訓練も行っています。その基本をお教えしましょう」
「はい、お願いします、スタン様」
ラーラもまた今の自分に見合った剣を生み出す。
(よし、これくらいでしたら大丈夫です。いけます)
ラーラが自信ありげな表情をして剣を握った。
「格好良いぞ、ラーラ……」
クリスは感極まっている。そんな竜王をよそにラーラとスタンは真剣な顔つきで構える。
「ラーラ様。まずは今からお見せする型を真似してください」
そう言ってスタンはまず剣を頭から振り下ろし、その流れで横薙ぎを二回、三回、そしてその場で飛び上がってくるりと回りながら剣を振るった。
(流石は竜騎士、基本に空中戦を想定している)
ラーラはふ、と息を吐いてから剣を振り下ろした。
横薙ぎ、飛び上がって体を捻らせ剣を振るう。
その際に風を切った音が聞こえ、自分の身体は未熟だが『覚えている』ことを知る。
(いける。でも油断しちゃダメ)
スタンが剣を受け止める構えをする。
「次は最後の動作で私に切り掛かってください」
「はいっ!」
ラーラがザッと踏み出し勢いをつけスタンとの距離を詰める。
そして──激しい剣戟の音が鳴った。
「なかなか、やりますな」
「スタン様こそ。ですがまだ基本ですので今度はスタン様が私に切り掛かってください」
スタンがクリスに視線をやると、頷くクリスがいたので「それでは」とスタンが正面に剣を構える。
──来る。
「……ッ!」
竜騎士の頂点、騎士団長の振り下ろしをまず躱し横薙ぎを後ろに下がって回避、そして最後の大技を受け止める。
その剣の重さはラーラの知る誰よりも重たかった。
(得意な武器ではない上にこれでも相当手加減されている。さっきの動きでまだ私はやれるとわかったから、次は私から!)
基本の型を崩さず流れるようにラーラは剣先を振り下ろして、素早く横に斬りかかりスタンの隊服をチリ、と切り裂いた。
「……む」
ラーラは息つく暇を与えずに飛び上がって声を上げた。
「はあぁッ!!」
受け止めるスタン、肉薄するラーラ。
二人から気迫の風が巻き起こり見る者を魅了する。基本の型でここまで目を奪われるのは、竜騎士たちにとってはじめてのことだった。
(まだまだ……っ!)
とラーラが思ったところで。
「お見事です。身体が動きについてきていますがその剣ではラーラ様に合っていないようですね」
「あ……」
自らの剣を見れば刃こぼれをしていて、相当強い力を込め反動も受けたのだと窺い知る。
ラーラは魔法で修復し、勇者であったころの自分の聖剣に少し負荷を近づけた剣にした。
「そこまで動けていらっしゃるのなら、我が騎士団と演習もしてみては如何ですかな」
「それはいい。竜騎士の実力がラーラにどこまで届くか見てみたいものだ」
「リーチの長い槍相手にラーラ様がどう対処なさるのか、見たくなってしまいまして」
クリスとスタンの申し出にラーラは「良いのですか」と嬉しそうに言う。
スタンは誰が良いか、と見繕っていると。
「スタン様、あちらの少年の騎士の方と一対一でさせていただいても?」
ラーラが見る方向にはきょとんとした顔をした金髪碧眼の少年がいた。
「少年……ええ、まあ。こちらへ!」
「はっ!」
たたた、とスタンに呼ばれた少年騎士が駆け寄ってくる。
(こんなに幼い方が騎士団にいるだなんて。それに先ほどの槍捌きから見て相当の天賦の才を持っている)
少年騎士がラーラの前で騎士の礼をして槍を構える。
彼の眼光を見て、ラーラは久しぶりにぞくりと武者震いのようになって無意識に笑みを浮かべた。
(この子は、強敵だ)
スタンが両者共に準備が整っていることを確認し「はじめ!」と言った。
刹那。
「ヤアァッ!」
少年騎士が突如として鋭い突きを放ってきた。
(……疾いっ!)
咄嗟に横に避け隙を作っている腹側に向けて剣を振りかざす──が。
「甘いねっ!」
少年騎士が身を捩って槍の胴で剣先を弾く。さらに薙ぐようにして二度、三度とラーラが距離を詰められないように槍を大きく振られる。
(これじゃ近づけない。思い出せ、こんなとき私はどうしていたのか)
ラーラは剣を強く握り、少年の懐に入ろうと走り出した。
剣を数度振るうがその全てを受け止められてしまう。
(槍相手には懐を攻めて距離を詰めればいい、はじめの頃はそう思っていた。けれど──強敵となれば上手くはいかない。だから!)
シルバーブロンドのポニーテールが靡く。
ラーラはザッ、と一度止まり──先ほどの少年騎士のような動き、つまりは疾く鋭い突きを繰り出した。
「──ッ!」
驚く少年を置いてけぼりにするかの如く何度も何度も斬りかかり、角度をつけて猛攻する。
不意をついて攻めに転じ、そして疲弊させる。そこに隙が生まれるのだ。
そして、大胆に剣を大きく、かつ重たい振り下ろしをして。
とどめの突きで、首の皮一枚まで肉薄した。
「──そこまで!」
勝った。
ワア、と竜騎士たちが声を上げ、スタンが心からの拍手を送る。
「素晴らしい! 彼を苦戦させるだけでなく勝利してしまうとは。ラーラ様、本当にループしたてですか?」
「え、えぇ……まだまだですが。ほら、もう剣も私の身体も次は無さそうです」
と言ってラーラが剣を見せると、先ほど強度を上げたというのにヒビが入っていた。ラーラ自身も息が上がっている。
クリスは少し離れているところで見惚れるように拳を握り「生勇者ラーラをこの目で、千里眼でなくてこの目で見れた……!」と歓喜していた。
ラーラに駆け寄ってクリスが褒め出す。
「すごい、すごかったぞラーラ! あの突きは俺の頭のデータフォルダに厳重に保存しておいたからいつでも視れるぞ! ありがとうラーラ!」
「で、でーた……? よくわかりませんが、褒めてくださり光栄です」
なんだかラーラは普段よりクリスからの賞賛を素直に受け入れられていて、清々しい思いをしていた。
「……嘘だろ」
少年騎士は尻餅をついていて、自分の槍をぼうっと見ていた。
どうやら負けたことに考えがついていっていないのだろう。天才と呼ばれる類いの者は打ち破られたときこそどのような行動をするかでその後の成長が変わる。
ラーラはそんな彼を見て、駆け寄って手を伸ばした。
「貴方様は素晴らしい竜騎士です。お手合わせ、ありがとうございました」
「……」
「あの、大丈夫ですか? もしかして私、強く出過ぎてしまいましたか? お怪我などされて……」
ラーラの手が彼の手に触れようとしたそのとき、少年騎士の声が訓練場に響いた。
「触るなっ! 人族!」
へ、とラーラは呆然とする。
クリスとスタンもまた驚愕していて、スタンが厳しい表情で少年に近づくが。
「確かに私は人族ですが、勝敗はつきました。貴方様のお名前を聞いても?」
ラーラが優しく声をかけると、その声を振り払うようにして少年騎士が立ち上がる。
「さっきから少年、少年って……ボクの名はレナード! この騎士団の第一隊長!」
そして、彼は腕を組んでこう言い放った。
「ボクは少年なんかじゃない! 竜王サマよりも歳上なんだぞ!」
その容姿はどう見ても十歳ほどのやんちゃな少年にしか見えなくて。
「え、えぇ〜っ!?」
ラーラは久しぶりに腹から驚きの声を出したのだった。
ショタおじいちゃん、レナードくんが登場です。
どうぞよろしくお願いします!
明日も夜10時頃の更新予定です、よしなに!
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