12. 戯れと心の変化
騎士団本部はコーネリア城に併設されていて、大きな吹き抜けの広間で大勢の竜騎士たちが訓練をしている。
竜騎士たちが一斉に同じ方向へ槍を振り、稽古をしている様子は壮観だと言わざるを得ない。
すごい、とラーラが広間に差し掛かる柱の側で見ていると、クリスが何か魔法を自分自身にかけていた。
「何をされているのです?」
「ん? 見ればわかるぞ」
クリスの魔法は変化の魔法のようで、みるみるうちにクリスの格好が変わっていく。
強い魔力光が溢れ出て見つからないように柱の陰に隠れながら行ったその姿は、今さっき見ていた竜騎士の格好そのものだった。
「えぇと……なぜ変化の魔法を使われたので? しかも竜騎士に」
意図がわからない、という顔をラーラがしていると嬉々としてクリスが答えた。
「その方が本物っぽいからな!」
「本物っぽいって、一体何をするんです?」
「まあまあ。ラーラはここで見ていてくれ。きっと面白いものが見られるぞ」
じゃあ、と片手を振られ、走って訓練場で稽古を見守っている騎士団長スタンの目の前へ躍り出た。
(竜王様は何を……)
スタンが「ん?」と息切れをして慌てた様子の一人の竜騎士──つまりは竜王クリスに目をやる。
「その服、伝令隊の者か。お前の訓練は一時間後に始まるが」
「た……大変です! 魔獣が、魔獣の群れが城下町になだれこんで!!」
訓練をしていた竜騎士たちが騒然となり、スタンが目を見張る。
「それは誠か?」
「はいっ! 三つ目の丘の城塞奥の森からです! 私はこの眼で視ました!」
どうかご指示を、と竜騎士に扮したクリスがその場で騎士団の礼をビシッとする。
(まあ……まるで本物の竜騎士のようです。いえいえ、そんな場合じゃありません。スタン様に竜王様のお戯れをご報告せねば)
クリスの魂胆はわからないがこのままでは偽りの情報で騎士団が動きかねない。だがラーラはここで待つようにと言われていて、心のせめぎ合いがラーラをどうしよう、とハラハラさせる。
「騎士団長! すぐに救援に向かいましょう」
訓練していた一人の竜騎士が声を上げる。
スタンが伝令隊のクリスに向き直り、詳しく状況を聞こうと口を開こうとする。
(どうしましょう……あっ)
ちろり、とクリスの竜騎士の服から魔力光が未だ発せられていた。
(スタン様、どうか気づいて!)
ラーラは宙に手をかざし、その魔力光に向かって魔力を飛ばし光を強くする。
きらきらとひらめくような魔力光にスタンが視線をやった。
(これで気づかれるでしょう……いえ、待って。このままだと竜王様が間者だと思われてしまうかもしれません!)
自分のしたことが悪手だったことに気づいたラーラが飛び出そうとしたところで。
「コラ──ッ! いけませんぞ陛下ァ!!」
なぜ気づかれたのかわかっていない竜王クリスはキョトンとした顔を晒す。
騎士団長スタンははみ出た魔力光を摘むようにすると、ぐっと引っ張ってクリスの変化魔法を解かせる。
そこにはいつもの黒の礼服とマントを着た竜王がいて。
「あ、あれは陛下!?」
「変化魔法を! でもなぜ陛下が……」
竜騎士たちがどよめく中、竜王クリスが「あー……」とバツの悪そうな顔をしていると。
「訓練中の騎士団に偽の伝令が伝わり、竜騎士がどのように対応するのか。どう見破るのか。その対処はどうすべきなのか」
スタンがよく通る声を訓練場の皆に伝わるよう聞かせる。
「と、いうのが抜き打ちの特別訓練でしたよね、陛下?」
パチリ、とスタンに片目を瞑られる竜王クリス。
「あ、ああそうだとも! 流石の騎士団長だ、この俺の変化魔法を見抜くとは」
「陛下の魔力は見慣れておりますからな。して……竜騎士たちよ」
鋭い目つきで腕を組むスタンは叱責をした。
「偽の伝令隊員を見抜けず、状況把握をせずすぐ救援に向かおうとし、あまつさえ真っ先に護るべき竜王クリス様をお守りしないとはどういうことだ?」
「──ッ! 申し訳ありません、陛下!」
最上礼をする竜騎士たちに、今さら面白そうだからという理由ではじめたことだと言えなくて、クリスはごほんと咳払いする。
「だが城下町の民を迅速に救助しようとする気概は感じられた」
褒めて遣わす、とクリスが告げる。こめかみに汗を垂らしながら。
「陛下はこう仰っているが、次このような愚行があれば容赦はしないぞ! 心臓の宝珠に誓い訓練に励むのだ、まずは槍の素振り百回!」
はっ、と今までも訓練を続けていた竜騎士たちは疲労を見せまいと必死に槍を握った。
「……陛下?」
「あ、あぁ、スタン。よく特別訓練だと気づいてくれたな」
スタンは笑みを浮かべていたが瞳が全く笑っていなかった。
ははは、と笑う竜王クリスはその場を逃れようとするが。
「逃しませんよ。何をされているんです、いつもの陛下らしくない」
「まあまあ、たまにはキッチリしてない不真面目なところを出そうと思ってだな? その方が竜騎士たちも親しみを持つだろう」
「私が陛下を陛下だと見破れずその場で縛り上げていたらどうするおつもりだったのです」
「気合いで?」
気合いでなんとかなさらないでください、と嘆息するスタンは、竜騎士たちに聞こえぬよう小声でクリスに言った。
「以前より魔力の溢れる量が多くなっておりましたよ。このままでは……」
「ああ、大丈夫だ。魔力光を強くしたのはわざとだからな」
「左様でしたか」
ふぅ、と安心したような顔を見せるスタンは先ほどの叱責をした人物だとは到底思えない。
「どうかお気をつけください。私が陛下の魔力に気づいていなければ」
「お前ならばわかってくれただろう、信じていた。俺が子竜の頃から魔力暴走を起こしてその度に事後処理をしてくれていたお前ならばとな」
信頼していただけるのは嬉しいことですが、と立ち上げた赤髪を掻くスタン。そんな彼にクリスが声をかける。
「それよりスタン。今日の訓練にはお客も来ているんだ」
「お客? もしや……!」
あっとラーラは驚く。
(きっと私のことですよね。ずっと隠れて見ていたことを謝罪しなくては)
と、ラーラが覚悟を決め竜騎士たちの前に出ようとしたとき。
「竜騎士たちよ、一旦訓練はやめだ。今日の訓練には我が婚約者、ラーラが見に来ている」
(竜王様!?)
目を丸くしたラーラだったがここで前に出ねば機会を失う。柱の陰から姿を現し、クリスの側まで寄って礼をする。
「ラーラ・ヴァリアナです。この度は皆様の勇姿を見学しに参りました」
「竜騎士よ、礼!」
スタンの号令でその場で再び竜騎士たちは最上礼をし、ラーラを歓迎する。
「あ……ありがとうございます」
「ラーラは自ら見学したいと申し出てくれた。皆も一段と気を引き締めて訓練に励むように」
クリスが締めるように言うと「はっ!」という竜騎士たちの揃った声が返ってきた。
「申し訳ありません、竜王様。私のせいで……」
「いいや、良い判断だった。俺の伴侶に相応しい行動だったぞ」
俺の無茶を未然に防ごうとしてくれた、流石はラーラだ。クリスがそう褒める。
けれどもしゅんとしているラーラを見てクリスが慌ててどうしようかと思っていると、スタンが声をかけた。
「ラーラ様。貴方様のおかげで私は突然の伝令隊員へ正しい対処ができました。感謝を」
「いっいえ、そんなことは」
「本当です。それに、久々に陛下の楽しそうなお遊びを目にすることができたのですから。ありがとうございます」
にかり、と笑うスタンにラーラがおずおずと尋ねる。
「久々……陛下は昔、よくこのようなお戯れを?」
「ええ、子竜のころの陛下はそれはもうやんちゃであらせられて……」
笑いながらしゃべり出すスタンの話を遮るようにクリスが止める。
「こら言うな。それよりスタン、俺が壊した城下町の第三騎士団寮の近くには怪我をした竜騎士や民はいなかったのか?」
「一人もおりませんよ。報告書は確かに執政官へ渡したはずですが」
いいや俺の方には上がっていないぞ、とクリスが言う。
「上がっていないのであればこの場で報告をさせていただきます。倒壊した騎士団寮には昼間であったことから誰一人としておらず、近くにいた国民も怪我なく無事でした。騎士団寮も私が魔法で対処し今では元通りです」
「そうか。それならよかった」
心底からほっとした顔をするクリス。
(もしや先ほどのエヴァンテール公園にいらっしゃった方々の会話を気にされて……)
ラーラがそう考えていると。
「だが」
金色の瞳を閉じてから、再び開いたときにはぎらりと魔力を発しているクリスがいた。
「この現象、覚えがある。確か二百三十二回目のループで執政官が……」
視界にラーラが入り、はっとしてクリスは話をやめる。
「なんでもない。ああそうだ、君が見学したいと言っていた我が騎士団のことをどう思う?」
鋭い目をしたクリスの口走ったことが気になったが、ラーラは問いに答えた。
「とても良い動きをしていると思います。竜族の方の訓練をこうして見学させていただけるのがとても光栄です。それに」
ラーラは一人の竜騎士、他の竜騎士よりも背の低い少年騎士を見やる。
「あの彼は幼いながらもとても良い槍捌きをされています。他の竜騎士よりも抜きん出ていらっしゃっていて、剣を交えれば面白い戦いができそうです」
スタンがラーラの言葉に「へ、ラーラ様?」と驚く。
クリスがぱちくりと目を見開いた。
「ラーラ、もしかして……」
「はい、竜王様」
ラーラはその場で己に変化魔法をかけて、クリスがしたように竜騎士の格好をして髪もポニーテールに結い上げる。
「私も訓練に参加させていただいても?」
ラーラは久方ぶりに心を躍らせ、海の水のような瞳を輝かせた。
ラーラは 戦いたそうに こちらを見ている!
お読みいただきありがとうございました。
次回も明日夜10時頃の更新予定です。
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