約束は破るためにある3
前々回・約束は破るためにある。
前回・約束は破るためにある2は↑からどうぞ。
続き思いつき次第纏めます。
「駄目だ。」
「…もうッ!これもですか?何がダメなのか説明してください!」
眉間にしわを寄せ頬を膨らませるサリアの可愛らしさに心臓が悲鳴を上げたが、これだけは譲れない。
「露出が多すぎる。何故そんなに肩や背中を出すんだ…!」
「今年の流行だからです!」
睨み付けてるつもりのサリアに見上げられ、一瞬強い瞳の圧に負けそうになる。が、視界に入る華奢な肩や柔らかそうな胸元がレースに飾られている様に頭を振って踏みとどまった。すでに5回以上着替えているが、そもそも候補に挙げられているドレスの露出度が高い。ただでさえサリアは美しいというのに、流行りなど取り入れて着飾られれば要らぬ虫が付くだろうが…っ!
「やっぱり手持ちのドレスで済ませましょうよ…、」
疲れからか飽きてしまったのか、ボスっと音を立てて豪快にカウチへ座り込んでしまった。
「駄目だ。サリア、君は王家に次ぐ権力を有す公爵の人間なんだ。それに俺のつ、妻でもあるのだから、それ相応の格好というものが、」
「わかってますっ!」
予想よりも大きな声が出たのか、慌てて自分の口を抑えて小さく謝罪を口にするサリアの表情は暗い。仕立て屋が来てドレスを見ていた最初のうちは、表情も明るくむしろ布やデザインの話で楽しそうにしていた。しかし次第に表情が曇り口を引き結んでしまった。
「疲れたか?今日中に決まらずとも、まだ日はあるから改めてもいいが…」
「…大丈夫です。」
ちら、とこちらを向いた紫の瞳がすぐに逸らされる。やはり疲れてしまったのだろうか…?しかしなにか言いようのないものが胸に引っ掛かり言葉が出ない。
「旦那様がお決めになってください。私はどんなものでも構いません。」
「し、しかしな…、」
どこか怒りすら感じる物言いで突き放されてしまった。いや、これは確実に機嫌が悪いんじゃないか?なぜだ。こういった催しは女の方が拘りがあるのではないのか?ドレスを選んでいるうちに、夜会のことが億劫になってしまったのだろうか。それともそもそも俺と出席することが嫌で…、嫌悪、されているんだろうか…。
「グッ、アルフお前いい加減に…っ」
ゴッと鈍い音を立てて踵を蹴り飛ばされ振り返ると、予想していた位置より遥か下にある頭。苦言を入れようとした声は引きつり一瞬思考が止まる。
「ジェイス?…なんだ、どうした?」
苦虫を噛み潰したような顔でそれこそ虫に向ける視線で俺を見るジェイス。くるくると表情を変えるサリアとは真逆に基本無表情な彼女は何を考えているのかまるで分らない。なによりサリア以外とは最低限の会話しかせず、かといって雰囲気が悪くなるわけでもない…不思議な存在だった。思わず視線が泳いで室内を見ればアルフはサリアに紅茶を出しながら何か話し込んでいる。声は聞こえないが、あっけにとられた表情をしたサリアは小さく笑い出した。それだけだというのに、そこから目を離せずにムカムカと腹の奥が苛立ち
「旦那様。」
「な、なんだ?」
低い、咎めるような声に肩が跳ねる。
「旦那様はお嬢様…、いえ、奥様がお嫌いなのですか?」
「なん、そ、そんなことはない!」
訝し気な言葉にすぐさま否定する。俺がサリアを嫌うなど、いや、確かにはじめはフラウの蟇蛙と結婚などと、と思っていたのは事実だがそれは俺が噂に踊らされ恥を晒したのであって、よく調べもせずサリアの為人を知らぬままにあんな最低なことを、むしろ、嫌われて然るべきは俺の方で…
「では何がご不満ですか?」
「不満?俺が?サリアにか…?」
サリアが俺に、ではなく?予想外の言葉に俺はだいぶ間抜けな表情をしていたのだろう。暫く観察されていたかと思えば、重くため息をつかれた。な、なんなんだ?
「旦那様、奥様は今日をそれはそれは心待ちにしていました。」
「!そ、そうなのか?しかし、とてもそうは見えないが…、」
サリアの侍女であるジェイスが言うのだから、サリアは今日を楽しみにしてくれていたのだろう。それだけで少し胸の内が晴れるのに、先ほどまでのサリアの表情を思い出すと息が詰まる。着飾ることは構わないなら残る可能性は夜会が…人前が嫌いなのか、俺がパートナーであることが嫌なのか?考えたくはないが他に連れ立ちたい相手がいるのだろうか…
「…なるほど、旦那様は唐変木なのですね。」
「う、ぐ…、」
あまりに曇りのない目で罵倒されて言葉が出ない。なぜ俺の周りはこういった者ばかりなんだ?落ち込むとまではいかずとも、悩む主人を前でいうことだろうか。しかしこうも言い切られると言い返せないんだが。
「私は奥様を幸せにしたいと日々考えています。旦那様は、奥様を幸せにしたいとお考えですか?それとも、奥様と幸せになりたいとお思いですか?」
「…俺は、許されるならサリアと本当の夫婦になりたい。」
真っ直ぐに見上げてくる赤い瞳は光を反射して玉虫色に輝きを放っている。不思議な虹彩に全てを見透かされているような錯覚に、胸の内が小さくこぼれた。
「まぁ、及第点ですね。現時点で旦那様が一番マシです。」
「辛辣すぎないか…?」
なかなかに酷い言われ様だというのにまるで反論する気が起きない。しかし先ほどまでより遥かにジェイスの雰囲気が柔らかくなっていることだけが感じ取れた。
「旦那様。」
「なんだ?」
「自分の言動を振り返って下さい。」
「唐突だな…、」
「見えない先を心配するより、今見えているものをしっかり認識してください。」
それでは。と一礼してサリアの下へ去るジェイスの言葉を反芻する。もしや、何かのヒントだろうか?
「ゲルドさ…旦那様。奥様はもう少し休憩されるそうですよ。」
「そうか、疲れているなら無理をすることもないんだが…、」
入れ替わり戻ってきたアルフにそう返せば、ジェイスまでとはいかないが険しい表情を向けられ首をひねる。辺りを見れば新しいドレスを並べる使用人や針子も歯に物が挟まっているかの様な顔をしていて、…俺だけが何もわかっていない、のか。思い当たった可能性にアルフを見るとこれ見よがしに愛想笑いを張り付けてきた。
「旦那様、奥様のご機嫌が思わしく無い理由に心当たりはございませんか。」
「あ、そう、だな。…着替えに疲れ、」
「違います。」
「夜会が…」
「違います。」
「俺以外に誰かと、」
「違います。」
言い終わるより早く切り捨てられた俺の推測達。言い切れるということはアルフは答えを知っているということだ。そしてそれは聞き耳を立てている使用人達から向けられる落胆の瞳によって、俺だけがわかっていない事として確定したことに冷や汗が流れる。
「旦那様、唐変木すぎません…?」
「うるせぇ…」
今日二度目の罵倒が突き刺さる。顔を抑えて唸る俺に仕方が無いとでも言わんばかりにため息をついてきた。この野郎。八つ当たりに睨み付ければ苦く笑って肩をすくめて見せてくる。
「…奥様、お綺麗だと思いませんか?」
「思っているに決まっているだろう。」
「夜会ではきっと注目の的ですね。」
「ああ、そうだろうな。だからこそ着飾られては困る。しかもあんなに肌を晒すなど…!」
「なぜですか。」
「?要らん虫が寄ってくるだろうが。」
何を当たり前のことを言ってくるんだ此奴は。呆れて向きなおれば周りの使用人達の雰囲気が柔らかくなった。小さくよかった。安心した。などと言っているのすら聞こえる。
「旦那様。私は幼少期より共におりますから、旦那様が唐変木なのも口下手なのもわかっています。」
「…何の話だ。」
「旦那様が奥様の全てを知らないように、奥様も旦那様を知りません。まだ新婚ですからね。それなのに先の心配ばかりをして言葉を尽くさずいるのは些か短慮では?」
咎める物言いに、言い返そうとしたはずが息が詰まる。先ほどのジェイスの言葉といい方は違えど同じ事を言われている。言葉を尽くしていない?…今日、俺はサリアと何を話しただろうか。
「お待たせしました、すみません。」
「いや、問題ない。」
振り返ればいつの間に着替えたのか、俺の色を身に纏うサリアがそこにいた。流行だという開いた背中や首回りは繊細なレースが肌を隠し、身体の曲線を拾うドレスは年頃の令嬢が着るものより遥かにシンプルだ。足元に向かうほど広がる裾は暗い夜の色と星が散らばり光を反射させていて…。
「後付けのレースのボレロなんだそうですよ。これならどうです?」
「……、」
「似合いませんか?」
不安げに見上げてくるサリアの紫の瞳に我に返る。馬鹿か俺は!見惚れている場合ではないだろう!…いやしかし言葉を尽くすと言われてもなんと伝えれば…、
「…似合っている。夜の女王のようだな。」
「へっ、…ふふっ、あははっ!」
つい思ったままに口から滑り落ちてしまった。やってしまった…。ある意味間違ってはいなかったとでも云うべきか、あっけにとられて笑い出したサリアに安心する。
「はぁあ、すみません、ふふ…。詩的ですね?」
「すまん。次回からはもう少し語彙を増やしておく。」
「んっふふ、大丈夫です、でもよかった。」
笑いが後を引いているのか、赤くなった顔を仰ぐサリアと目が合うと眉を下げて。
「仁王立ちで難しい顔をしているか、怖い顔で『駄目だ。』しか言わないんですもん。」
「…は、」
こんな感じですよ?と俺を真似ているのか仁王立ちで腕を組み、眉間に皺を寄せて睨みつけてくるサリアは聞いたことのない低い声で駄目だ。と短く言いながら首を横に振っている。
「そんなに夜会が嫌ですか?それとも私と登城するのが不快です?」
「違うッ!そんなつもりはなかった、君が何を身に着けていてもどれもとてもよく似合っていた。本当だ…、すまない、まったくその、他の事を考えて…いて…、」
強く出た否定も次第に申し訳なさと自身の失態に気づき声がしぼむ。サリアが着たどのドレスもよく似合っていた。しかし俺はサリア褒めもせず、他の目を想像して否定し想像上の相手に腹を立てていた。彼女からはそんなことはわかるはずもなく、ただ否定だけを伝えられ不機嫌を隠しもせず立つ男に困惑して…楽しみにしていてくれたのだから、なおさら傷付けてしまっただろう。そんな態度でいられれば、誰だって機嫌を損ねる。当たり前だ…。見限られても可笑しくない状況にまるで気が付いていなかった自分を殴り飛ばしたい。しかしそれよりも先に、
「…君が、注目を浴びるのが嫌だったんだ。」
「それは…、私は『フラウの蟇蛙』なのでどうしようもないのでは…?」
何をいまさら。と首を傾げるサリアに逡巡する。いや、いい加減に腹を括れ俺。彼女との関係が悪化することに比べれば、俺の恥など気にしていられるか。
「…そうではなく、君はそのままで十分美しい。それなのに着飾って夜会などに出れば、男が寄ってくるだろう。君の美しい姿を他の男の目に晒さなければいけないのは、その、腹が立ってだな…。」
「…そ、う、ですか。」
「すまない…」
「いえ、…あの、ええと、とりあえずその、ドレスはこれにしますね…。」
「あ、ああ。」
「装飾は後で選びますので…、」
「わかった。」
結婚当初とまるで一貫性のない自分の言動に後ろめたさが勝ち、サリアを見ることができない。サリアは突然のことに困惑しているのか、取り繕う余裕もなく淡々と身支度を済ませて自室に戻ってしまった。
「言わなければよかった…、」
「え、なんでそうなるんですか。ナイスガッツでしたよ。」
「どこをどう見たらそうなるんだ?!」
「むしろゲルド様は目ン玉腐ってるんですか?」
「アルフてめぇ…!」
「あ、恋は盲目ですもんね。節穴の間違いでした申し訳ありません。」
どっと押し寄せてくる後悔と、飄々と返してくるアルフに何をする気力もなくカウチにうなだれる。いつも通りのこいつに割く思考の余裕などない。契約結婚の相手が嫉妬など、契約違反だろうか…。そもそも気持ちが悪いのではないか?!そういった目で見ていると言ったようなものだろういやしかし、契約は破棄しているのだから違反も何もないではないか?いや彼女に契約破棄を伝えていないのだからそんなわけがあるか!
「…騎士団長が形無しですねぇ。まぁ頑張ってください旦那様。ゴールは思っているより近そうですよ?」
頭を抱えて唸る俺は、笑うアルフの呟きなどまるで聞こえていなかった。
「大丈夫ですかお嬢。」
「…お嬢じゃなくて奥様、でしょう。とっさの時にボロが出るから直す約束でしょ。」
「顔真っ赤ですよ奥様。」
「んんんんん゛…、なんだったの今の…っ!」
「聞いたままじゃないっスか?」
「聞いたままって…、」
「美人な俺の妻が俺以外の男の目にさらされるのが嫌だからずっと不機嫌だった。」
「ひょわっ!そ、そんなわけないでしょ!意訳しすぎっ!」
「じゃあ奥様は何だと思います?」
「だ、だから、唯でさえ噂で注目浴びてんのにこれ以上目立つなってことで…、」
「美人はどこいったんっスか?」
「それは社交辞令でしょ!仕事か何か考え事してて上の空だったから、謝罪するのに装飾しただけで…、」
「……、」
「な、なんだよぉ…っ!」
「先が思いやられる…破れ鍋に綴じ蓋なんスかね…。」
「失礼!だ、だって契約結婚だぞ!それにこんな面倒な噂とか、実家とか年の差とか色々あるのに…っ!」
「契約は置いといて。噂は説明したし当主様共犯っスよ?年の差なんて15程度ならよくあるよくある。」
「で、でも、」
「なんスか?」
「好かれるようなこともした覚えがないのに…、」
「…単純に一目ぼれじゃダメなんスか?」
「ぅううう゛…っ!わかんない!保留ッ!」
「まぁこんなこと悩んでる時点で手遅れっスよお嬢。」
「うるさいやい!」
「夜会の後にアリス先輩とお茶会なんスから、相談したらいいのでは?」
「うわぁあんアリス~~ッ!喪女に恋愛はハードルが高いよぉおおお!!」
三話目だというのにパーティーまで書かないんかーい!
お久しぶりです~久しぶりに文字打ちました。('ω')
感想や評価ブクマ等ありがとうございます!
短編ヒロインはほぼ全員同じ世界にいて転生者です。
名前がしっかり出ているのは戦闘訓練の精霊の愛し子とここだけだけどね!
次があればパーティーにいきたいです。(願望)