8 授業中の落書き表(異性関係)
そんなこんなで。
リヴィとメルは予鈴と同時に自分たちのクラスに戻った。
リヴィとメルはクインドルガ王立学院高等部の一年生。
同じく、一年A組に所属している。近代風の王立学院では、未だに身分制などが生き残っており、生徒は全員、自分の家の家柄階級と自分の学校の成績を平均化して、A~Fまで振り分けられる事になっていた。なかなかに貴族も通う王立学院と言いながら、野蛮な事である。もちろん、年に何回かある全体テストの結果は職員室前の廊下に主席からビリまで全て張り出される事になっている。それによって、生徒を競争に奮起させるということであるが……。
その王立学院において、一年生とはいえ、トップクラスのA組に入っているリヴィ。当然ながら、メルと一緒に、ゲーム内のギロチンエンドが怖くて必死にステータスageに励んできた結果ではあるし、今までそれ以外の事を考えた事はなかったが、ここで初めて、周囲のクラスメイトの顔を振り返って見た。
大体が、貴族の××侯爵や××伯爵の息子や娘で、その中でも特に学業に優秀だったり飛び抜けた一芸を持っていたりするあたりが、このクラスに入ってきているのだ。要するに、学内でもそのステータスで人気を輝かせている連中ばかりである。自分もその一人だったということを、今まで考えたことがなかった。
頭の中は畑いじりと、ギロチン回避の事ばっかりで。自分の方から異性と話した事などない。
「おはよう、リヴィ。どうしたの、複雑な顔をして」
そのとき、既に教室内で自分の席についていた、アンシーがノアを伴ってリヴィに話しかけてきた。
考えてみれば当たり前の話だが、王家の隠し子でヒロインバリバリのアンシーと、正真正銘押しも押されぬ王子様のノアは、A組である。
にっこりと、何の申し分もない笑顔をきらめかせている二人を見て、リヴィは相手が全く痂皮のない王族であり、本来ならゲームの敵になるということを思い出して、引きつった笑顔を顔に浮かべた。
「ううん。何でもないの。朝自習の問題で、ちょっと勘違いがあったことを思い出しただけで」
リヴィがそう言ってごまかすと、アンシーは、「そう?」とまた小鳥のように可愛らしく首を傾げてこちらを見てくる。
「ほら、リヴィったらこの間、単位がやばかったでしょ? それで、その復習をしていてどこがまずかったかやっとわかったみたいなのよね。そこさえ理解出来ていれば、単位余裕だったのにねー、残念」
メルが、引きつっているリヴィの脇からフォローの一言を入れて、彼女の腕を取って窓側の自分たちの席の方へ連れて行った。
リヴィとメルは、これまた偶然なのだが、窓側の一番前の席とその後ろという座席表示である。別に窓際族という訳でもないのだろうが、日当たりも風当たりも良好で、遠くにわずかだが学院内に作った畑が見えるので、リヴィはかなり気に入っている。
それに対して、アンシーとノアは、それこそ、クラスの中央の席を陣取るようになっていた。そこに、王家の取り巻き連中の貴族の子女がついて回って、何やら楽しげに話し込んでいるが、アンシーが、リヴィの方を気にしてこちらをちらちら見ているようだった。
だが、リヴィは、先ほどメルから聞いてしまった内容が内容なので、愛想笑いだけ浮かべて頷いて、後は教科書を開いて無視を決め込んだ。アンシーがリヴィやメル達につきまといたがるのはいつものことだが……それも”がれドル”の仕様なのだろうか? いずれ、無事にギロチン回避して、自分たちの夢をかなえる上ではかなりの強敵になるんじゃないかと思う。もしくは、なんとか普通の友達になれたらいいなあ。
アンシーは先代国王の隠し子で、その身分を知らされずに地方のとある大きな家(庶民)でのびのびと育てられた明るく健気な娘で……という、大昔の少女漫画の鉄板のような話だったはずである。その細かい事情設定については、メルに聞けば何でも答えられるのだろうが、親と引き離されて知らない家に預けられたらしいと聞いただけで、リヴィはそれ以上の話をあえて聞こうとは思わなかった。誰にでも、どこの家庭にも、余人に知られて嬉しくない話がある。ゲーム内ではライバル役のこともあり、国王命令とは言え友人である自分が、”アンシーの方から話そうとしていないのに”、影でこっそり調べて知ったとしたらアンシーは傷つくだろう。それに、自分が口が軽いとは思ってないが、そんな重い事情を知った時に、思わずブライアンや他の誰かに「相談」してしまうかもしれない。そんなことをしたら、自分の評価ステータスが傷つくのもあるが、何よりも、アンシーが傷つくだろうしノアだって気分が悪いだろう。そういうことをしたくなかったので、リヴィは自分からアンシーの家庭の事情、ひいては王家の秘密については、必要な時が来るまで知らなくていいとメルに言っておいていた。
メルはメルで、王家の醜聞になりうるかもしれない話……そして、自分になついてくるアンシーの心を考えて、言わないでおいてくれていた。ということは、メルも、その爆弾のような情報を、今まで誰にも話してないという事になる。
そうしているうちに、担任の教師が入ってきて、生徒達に挨拶をした。担任の教科は「現代国語」。当然、クインドルガの母語であるエヴァ語の文法や文学を教えている。中年のどこにでもいるおっさんに見えるが、頭は相当切れる方、そうでなければA組を任せられるはずがない。彼が流ちょうな調子で現代国語の授業を開始し、リヴィ達はペンを取ってノートに板書を開始した。
基本的には、予習復習を欠かさないリヴィ達にとっては余裕の分野であった。
夕べ、メルに言われた通りに読み込みを入れていた教科書とダブった内容を聞いているうちに、リヴィの頭は自然と、今後のダンジョン攻略……ひいてはユニットに組み込まなければならない、男性陣の事に傾いていった。
メルは時間の余裕がなくて、全部を話してはいないが、相手は五公爵家の男子かノアがメインであるらしい。それだと、数が合わない。
なぜなら、リヴィも、エドワード・アダムズの名前を聞いて、自然と思い出した男子の事が数人あるからだ。
思わず、リヴィは、ノートの余白に鉛筆で、さっと表を書いてしまった。メルにばれたら大目玉だろう。
五公爵
水(筆頭) ダグラス ブライアン
土 アダムズ テッド
風 カーティス ウィルフレッド
火 マーカス ダリル 妹連れて隣国に留学中
空 ジョーンズ フレッド 禁断魔法の使い手
(…………)
ゲームをしていないリヴィでも、公爵令嬢として生きてくれば、つきあいで、自然と他の五公爵家の令息の話ぐらい入ってくる。確かほとんどは2~3歳年上だが、禁断魔法の使い手であるジョーンズ公爵家のフレッドだけは、同い年じゃなかったか。
(しかも、確か双子の妹がいるって言ってたな。二卵性のはずなのに、同じ顔の……)
リヴィは、まだ、禁忌である空(無属性)魔法の事は詳しくは知らなかった。いずれにせよ。
クインドルガ王国誇る五公爵家の中でも禁断の魔法を使いこなし、男女の双子で同じ顔で、こういう乙女ゲーム(R18含む)の攻略対象……?
(え、そういう世界……?)
まずリヴィは、やはり、ひどく耽美で陰惨な想像をしてしまい、とりあえず、ジョーンズ家は最後にしようと決めたのだった。そして、この条件なら、確かに、土魔法のテッドに行くだろうというメルの考えはわかった。……他にも、マーカス家の留学中って、どうやって攻略しろというのだろうか。遠恋か? そうでなければ、風魔法のカーティス家になるが……??