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2 ドSな吸血鬼はコブシがお好き

 アンシーは追ってこなかった。


(だろうなあ)


 ピート・スチュアートはドSということで有名である。そして、彼は人類とは異なる価値観と法を持つ吸血鬼。別に、相手が、現国王の養女だからといって、遠慮する筋合いはどこにもないのであった。


 故に、ドSはドSらしく振る舞うのである。


 Sと言えばメルもSなのだが、彼女の場合は、時と場合と相手を選んでSを発揮するので、まだまだと言えるレベルである。だが、それは、考えようによっては、TPOを選んでSをサービス出来るということでもあるので、リヴィとしては甲乙をつけがたかった。


(そんな甲乙、つけてどうするのか、わからないけどさ)


 そうこうしているうちに、ブライアンが研究室のドアをノックして、中からブライアンの声がした。


「どうぞ」



 色で表すならクールな群青のような声だった。


 その途端に、リヴィとメルは全身の毛が逆立つような気がした。幼等部から、彼女達がオイタをやらかすたびに、駆り出されたのがどういう訳か、ピートなのである。

 どういう訳もこういう訳も、魔族とつきあって平然としている公爵令嬢とそのお取り巻き(ゲーム上)に対抗しようとしたら、吸血鬼でも出すしかないではないか。




 部屋の中に入ると本の匂いがした。古い紙の独特の埃くさい匂いが、リヴィ達の事を妙に安心させてくれる。屋外の騒々しさを一瞬にして忘れさせてくれるような、クラシカルな空気だ。


 ピートは、デスクの上にコーヒーカップを置いて、じろりとこちらを睨んだ。



 安心したのは一瞬だった。

 リヴィは顔面を八割方凍らせながら、スマイルの仮面を張り付けた。笑顔は友好の証というが、この場合、どれぐらい通じるんだろうか。




「先生、すみません。この間、話していた魔道心理学の本に関して、少々質問したいことがあるのですが、時間は……?」

 ブライアンは澱みのない口調でそんな事を言い出した。



(あれ? そういえば、お兄ちゃんさっきも、茂みの小径にいたんだっけ? あ、そっか~。最初から、先生に用事だったんだ)

 リヴィはようやく気がついた。


 メルはとっくにそんな事は気がついていたらしく、ブライアンの隣に立ってリヴィよりはるかに整った営業スマイルを見せた。


「私もなんです。先生。この間、血液のイメージ、シンボルとしての言語表現と色彩的課題の問題点が」

 そのままメル語でどどどどどっと話し出す。

 それにしても、吸血鬼なんだから血液の話題を出せば機嫌が良いだろうというのはあまりに安直な発想。それはそれとして、その場でそれだけ話せれば十分だろう。


 ピートは冷ややかな表情で、ブライアンとメルの顔を、三秒ずつ眺め、最後にリヴィの方を見た。



「お前は?」



 リヴィは笑顔のまま固まってしまった。

(あー……えー……)

 笑いながら、リヴィはとりあえず話題を探す。さっきまで、変態は七難隠すとかアホな事を考えていた罰である。同じ時間に、メルは”血液の言語的表現のイメージが魔道心理学にもたらす影響についてのワタクシのコウサツ”を考えていたのだろう。


「へ、変態……」

「変態?」


 言ってしまってから固まった。

 勿論、メルもブライアンも固まった。


 固まってないのはピートだけだった。ピートは、黙って静かにリヴィの方に視線を当てている。舐めるように。


「へ、変態と変質者ってどっから違うんでしたっけー?」

 その場を取り繕うように(取り繕っているんだが)、明るく笑いながら頭をかいているリヴィ。

 凍り付いたままもう何も言えないメルとブライアン。


「変態は趣味の範疇で、変質者は犯罪者だ」

 あっさりとピートはそう応えた。


「はい?」

 自分でそれ相応の地雷を踏んだ自覚はあるリヴィは、怯えながら返事をした。


「例えば、男性が、女性用の下着に興味を持って、店で買ってきて履いたら変態。他人の女性の下着を無断で盗ってきて履いたら変質者。わかったか?」


「なんで即答出来るんですか?」


 あんまりにもスラスラと返答されてしまい、リヴィはさらに質問を重ねてしまった。


「愚問だな」


「なんで!?」


「十年ぐらい、男子中学生の担任を受け持った事があるので」


 至って冷たく怜悧に告げるピート。

 おお~、と、納得の空気を流す生徒三人。




「つまりだ」

 ピートは、デスクの上に置いていた定規を持って、リヴィの方に歩いて行った。

 リヴィは引きつり笑いを浮かべながら、またしてもじりじりとドアの方へ後ずさりをした。


 ドアにがんっと後ろ頭をぶつけたその瞬間、定規が炸裂した。


 今日、一体何回目に、頭を叩かれた事だろう。


 そろそろ脳細胞が死滅しかかっているかもしれない、とリヴィは思った。


「お前の頭は男子中学生並みという事だ! 公爵令嬢が、何を訳のわからん事を言ってるのか!! 少しは、たしなみと色気というものを持ってみろ!! 上品さを身につけろ、上品さを!!」


 そんな脳細胞が心配になってくるリヴィの事を頭ごなしに怒鳴っている。

 2ワードに1回ぐらいの割合でテンポ良く定規でリヴィの頭を叩くピート。


 さすがに涙目になってうつむいてしまうリヴィ。



「先生、もうそれぐらいに」

 止めに入るブライアンだが、ピートは全くもって耳を貸さない。


「また妹びいきか、ブライアン。将来、公爵家を継ぐなら控えろ。妹のために、かえってよくないぞ」


 言いにくい事を簡潔にまとめてはっきり言う。


「……」

 言葉を失うブライアンの脇で、メルは背中に緊張を走らせる。


(ここって、だんすぃって言われなかっただけマシって笑ってあげるとこなのかしら? そういや、中2病って明らかに男子中学生っぽいけれど、女子の中2病っていったら代表例は何になるのかしらねえ)




 とりあえず優等生らしく背筋をピンと伸ばして真面目な顔を見せるメルであった。


「と、言う訳で。単位の説明をしてもらおうか」


 ピートは定規を取り上げ、自分の肩をトントン叩きながらそう言った。


「……」


 リヴィは咄嗟に言葉が出ない。


 ただ曖昧に笑いながら、背の高いピートを見上げるのみであった。



 すると、ピートも笑った。にっこりと。

 完全無欠の笑みであった。びっくりするほど優雅であった。

 この人は、笑いながら人を刺せるんだろうなあ、と、リヴィは察して、悪あがきはやめた。


「試験の最中に寝ました」

「何故?」


 ぴくりと眉を撥ね上げるピート。


「前日の夜に、夜更けまで、突風で屋根を吹っ飛ばされたビニールハウスの補修をしていたもので、試験中に、つい」


「つい、試験の補習を受けるハメになったのか」

「そういうことになります」



「バカ」



 ピートは真顔で、それしか言わなかった。


 十秒たった。

 二十秒たった。


 ピートは、真っ直ぐに、リヴィの方を見ていた。


 三十秒たった。

 四十秒たった。


「それだけですか?」


「そうだ」

 そのたった一言で、人の精神にここまで傷痕を残せるものであろうか。リヴィは実際に、目眩を覚えてしまうほど、「バカ」の一言を胸に刻みつけた。脳より余程痛い場所である。



(バ、バカだなんて、私だって自覚あるのに、何もそんな胸にしみいる言い方することないんじゃないのー!?)


 じわじわと目に涙浮かんでくるリヴィ。

 嗚呼。

 きょうかんや むねにしみいる ばかのこえ。



「オリヴィアの評価については、それ以上はない。だが、試験はこのまま放置には出来ないので、追試の宿題を用意しておく。来週中には用意が出来るので、取りに来なさい」


「はい……」


 もうそれ以外には言えない、オリヴィアであった。

 うなだれているオリヴィアの頭を、ピートは定規で軽く小突いた。


「君は、とにかく、集中力を身につけなければならない。軽率な行動も数多く見られるが、多くは集中力によって克服出来る問題ばかりだ。さらに言うならば、行動を起こす順番がおかしい。これからは、行動する前に感じる。感じる前に考える癖をつけるべきだ。何か物事が起こったら、まず、考えなさい。その次に、感じる。その後に、行動を起こすんだ。わかったな」


 そこで、ピートはいったん、言葉を切った。


「はい」


 赤面しながらオリヴィアは教師を見上げ返事を返した。

 それは、さすがに恥ずかしい事ではあったのだ。

 オリヴィアのような顔で頬を染めつつ、上目遣いになると変な魅了の効果が出てしまう。だが、それすらも冷たくスルーするドSのピート。





 ちなみにこの教師は、生徒には誰にでも、こういう態度である。

 平等に冷たく、平等に指導をする。

 それはアンジェリン姫であっても変わらないのであった。




 当然ながら、特に用事がある訳ではないアンシーがここに入ってくる様子はない。もちろん、ノアもこちらには来なかった。



 次期国王であるノアや、その婚約者のアンシーにすら恐れられるピート。

 吸血鬼としてもただ者ではないだろう。


「ブライアン。それで、本に関する質問とは?」


「はい。少々、長い質問になるかもしれないのですが、よろしいですか?」



 礼儀正しい態度でブライアンがそういうと、ピートは軽く頷いて、研究室の並んだ机の手前にある椅子を促した。


 ダグラス兄妹3人は、一人一人、席に着いた。


 ブライアンは鞄の中から、教科書と参考書を取りだし、ページを開きながら質問事項をまとめて話し始めた。


 メルは興味深そうに話を聞いている。

 リヴィとしても、兄がどんな勉強をしているのか気になるので、二人の会話に黙って耳をすました。



 魔道心理学は、主に、魔道の中でも幻覚作用を用いて、人間に試験的な実験を行い、心のあり方を突き止めるというものである。

 クインドルガ王国において、魔法は決して珍しいものではない。だが、「魔道」に関しては高等な学問で必要経費がシャレにならないとされている。

 魔法は学問体系の中、人道や宗教的な教えを含む事があるため、別して魔道と呼ばれているのだ。それを学べる人間は、余程の金持ちか貴族王族クラスとされている。





 その中でも魔道心理学は、支配者階級に当たる人間にとっては必修科目であるのは論を待たない。

 その必修科目を、ビニールハウスのために単位落としたんだから、リヴィも全くいい根性をしている。バカと言われて当然と言えば当然なのであた。



「違う、そうじゃない」

 不意に、ピートがブライアンの持論をさえぎった。

「幻術における心理学の対効果費用の見積もりが甘すぎる。試験的に行われる、イメージ作用による心理学的支配は、被った個人の生育歴のみならず、当人の資質と気分、いわゆる個性によって大幅に揺れ動く。そのことを、少なく考えすぎだ。この件においては、どれだけ多く見積もっても、不公平にはならない。甘い」


 そのままピートは、一種の言葉責めではないかと思うほど、公爵家の嫡男を、鋭い語彙と文法で打ち据えた。


 ブライアンは黙って聞いていたが、段々、顔面蒼白になってきている。


「あ、あの……」


 さすがに、メルが止めに入ろうとしたとき、ピートがすっくと立ち上がった。


 部屋の中には簡易的なキッチンと、魔法で作られた洗濯機も備えられている。研究棟に出入りする人間は、何日も泊まり込んだり徹夜をしたりして、自分の生きがいに打ち込む事が頻繁にあるため、学院側が配慮しているのだ。



 ピートはその簡易キッチンの方へ向かい、魔法ガスにやかんをかけてお湯を沸かし、棚から上等の紅茶を取り出し始めた。



「あ、お茶を入れるぐらい、私がやりますのに」


 兄の事もあって、リヴィが立ち上がってピートを追いかけた。


 ピートが振り向いて言った。次の言葉はこうだった。


「お水」


「~~~~!!」


 ここまで言われると頭に来てしまうリヴィ。


(な、なんで、お兄ちゃんの失敗を取り繕って、お茶を入れる手伝いをしようとしただけで、そこまで言われなきゃなんないのよーっ。さっきのバカは、実際バカなんだから言われても仕方ないけれど、私は水商売なんてしたことないわ! 勘違いしないでよねっ!)


 きっとまなじりを釣り上げて、リヴィは言った。


「私は、水商売なんて、一回もしたことがありません。それなのに、そんな言い方はないと思います。取り消してください」


「?」


 思いも寄らぬリヴィの反撃に、ピートは意外そうな顔をした。


「だ、だって、学生の方が、気を利かせてお茶を入れるぐらい、どこの研究室だってあることでしょう?」


 リヴィは必死に食い下がった。

 実際に、リヴィはそこまで気が利く方ではなかったが、ブライアンが窮地に立たされていたので、自分がそれぐらいやってもいいと思ったのだ。

 いくらバカとは言っても、お茶を入れるぐらいは普通に出来るし。


「まあ大体言いたい事は分かったが、この場合は、何も女性や妹の立場が卑下することはないんだ」


 どうやら、リヴィの心理を見透かしたらしく、ピートが言った。





「失敗を挽回したいのなら、周囲ではなく当人がやれ。妹が自ら買って出た事とはいえ、そういう厳密な事を問題にするなら、セクハラに抵触する可能性がある。ブライアン、お前が失地を挽回出来るぐらい、上手に茶を入れてみせろ」


 ピートがそう言って、やかんの手前をブライアンに譲った。


 ほけ~っとしてしまうリヴィとメル。

 最近の学院の研究室では、女子がお茶を入れるか入れないかで、そこまで言われるような状態になっているのだろうか。


(なんかさあ、男とか女とかこだわりすぎじゃない? ジェンダー論?)

(お茶とか、食器洗いとかも、当番制にしないとヤバイってこと? そのとき、飲みたい人が飲んで自分で洗うじゃだめなのかしら?)

(先輩とか後輩とかそういうのが絡んだら、どうなるんだろ。ややこしいね)


 コソコソと耳打ちをしあうが、結論は出ないのであった。


 そうこうしているうちに、ブライアンは茶葉を丁寧にむらして、一通り、誰にも文句をつけられない手順で紅茶を入れた。


 四人は席について一服した。

 上等な茶葉を、丁寧な作法で入れた紅茶である。緊張がときほぐれる程度には、うまかった。




 気分がほぐれたのはピートも同じであるらしい。


「最近は暖かくなってきてそろそろ辛夷の花が咲くんじゃないかと思うんだが。毎年、通学路ではそれだけが楽しみでな。辛夷の花は、白いのが薄く咲ほころびできたぐらいが美しいんだ。今日はまだ早かったようだが、明日にはきっと……」



 ブライアン、リヴィ、メルは顔を見合わせた。


 その辛夷の花が咲いている通学路とは、先程、自分達が走り抜けてきたところである。


 つまり、花壇の周囲の街路樹だ。


 ……大木が次々と粉砕されていった光景が思い出される。


 地雷を回避しようとしてまた地雷。ブライアンのみならず、リヴィとメルまで顔がどんどん青くなる。


「どうした、お前ら?」


 何気ない世間話のつもりで言ったらしいブライアンは、三人とも黙りこくっているのを見て、そう聞いた。


「その街路樹なんですが、実は……」


 そこはブライアンが、あえて言いづらい事について、口火を切った。


「先程、アンシーストームがありまして……」


「何?」


 アンシーストーム、花の嵐と言えば聞こえはいいが、それは、アンシーが起こす天災の類を指す。


 アンシーが小さきは机から大きくは体育館まで、存在するだけでぶっ飛ばして破壊の限りを尽くしてしまうことである。


「花壇周辺の辛夷の街路樹は全滅です……」




 冷や汗を垂らしながら、ブライアンはそう告げた。

 モノを言いながら、その言葉が、腹の中に氷のように詰まっていく気分であった。





「……」


 ピートはティーカップを、無言でソーサーの上に置いた。

 何とも言えない表情であった。


(だからどうして、吸血鬼が朝早くから登校して、街路樹の辛夷の花の咲き初めを愛でたりするわけなのよ……)


(知らないわよ。吸血鬼だって勤め人になれば、早寝早起きで規則正しい生活を心がけるようになるんじゃない? あんたも、少し、真面目さを見習いなさいよ!)


(うえーい……)


 またしても、リヴィとメルは小声で語り合い、肘で小突きあうのであった。なんだかんだ言って、姉妹よりも密な距離感なのかもしれない。



 そんな学生達の前で、ピートの青白いコメカミが、ひくひく言っているのが、テーブルを挟んでいても分かった。

 コメカミに青筋立てて、今にも、血管ブチギレそうになっているピート。

 ただでさえドSなのに、どうしよう。



「ところで先生、辛夷の花と木蓮の花はよく似ていますが、どこで区別をつけることになってるんでしょうね?」


 そこで実にさらりとブライアンが言い出した。


 一瞬、気を飲まれて大きく目を瞬くリヴィとメル。


「ん、ああ」


 怒り心頭状態に近かったピートだったが、一瞬にして我に返った。



 その質問で、ピートは我に返ったらしい。元の冷たい声で、植物の件について話し始めた。


「まず、辛夷と木蓮では高さが違う。辛夷は全長10メートルに及ぶが、木蓮は4メートルだ。そして、咲く次期も違う。辛夷は早春に咲くが、木蓮はやや遅れて春に咲く。辛夷は葉よりも先に花がつくんだ。知っての通り、とてもいい匂いのする白い大きな花だ。花弁は六弁。ちなみに蕾からは鎮静剤や鎮痛剤が取れるぞ。木蓮も同じく、花のあとに葉がつくんだ。そして、色が違う。暗い紅紫色の花弁を六つつける。花の形が似ているから、混同されがちだが、木の高さも、匂いも色もみな違う。特に、木蓮は、枝の形がまばらに分けられているのが特徴だ」


 なんといっても教員である。

 色々とこういう知識系の話を、学生に教えるというのは、得意な訳で、心地よい声で余裕綽々と語った。他にも、かゆいところに手が届く勢いで、細かい事まで教えてくれた。


 そうしている間に、すっかり自分を取り戻して、優雅な仕草で紅茶を飲む。


(さっすが、お兄ちゃん)


 ブライアンが呼吸のように使ったテクニックは、心理学的なものなのか、それとも、公爵家の嫡男として磨いてきた手腕なのか。


「それにしても、アンシーのストームは、一体何が原因なんでしょうね……。魔道学的な何かがあることとは、思いますが」


 それからさらに、矢継ぎ早とは言われない程度に落ち着きながら質問を繰り返した。


 ちょうどいい話題であるし、ピートも前から考えていた事を話す気になったようだった。



「まあ、因果律がこじれているんだろうな」


「因果律?」


 メルが鸚鵡返しにした。






「ちょうどいい。アメリア・ダグラス。因果律と魔法の関係を簡略に説明してみろ」



「簡単にですね」

 メルは軽く咳払いをした。


「魔法というのは、魔力の高い人間が、この世界を支配する運命律、学問上は因果律と呼ばれる法則性に干渉し、奇跡を起こす事です」


「では、運命律とはなんだ」


「運命の法則と、一般の庶民には理解されています。我々、学院の関係者にとっては、いわゆる宇宙の原因と結果の法則であり、それに対して、王族や貴族を始めとする、魔力の高い人間が、個人、時として集団で、作用を与え、その反作用が奇跡を起こすという原則になります」


「及第点だ。だが、多少、冗長に過ぎる。もっとコンパクトにまとめてもいいだろう」



 リヴィはびっくりしてしまう。メルはとてもよく答えられていると思ったのに。

 

(捕捉するなら、魔力が高いのは、私達貴族だけじゃないってことよね。庶民の中にもちらほら、魔力が高かったり、家系的に魔法を使いこなせたりする人間はいるわ。ま、それでも、王族が魔力最高値なのは確かな事なんだけど。というよりも、そういう高すぎる魔力を利用して、王家を切り開いたっていう歴史があるんだし)


 メルの説明を聞きながら、リヴィは心の中でつけくわえた。


「アンシーは、その因果律が何か……?」


 ブライアンが尋ねると、ピートは頷いた。


「恐らく、本人の魔力値が、想定以上に高いんだろう。そのため、存在するだけで、因果律に抵触し、勝手に魔法のようなものが常時炸裂しているんだ。本人が意識すると意識しないとに関わらず。そうやって、魔力を垂れ流し状態にしているにも関わらず、ピンピンしている。大したお姫様だよ」





 そう言って肩を竦めるピートであった。


「前々から、大学の教員同士で、そういう話をしては、食い止める手段を考えているんだが、肝心の王家の方があまり乗り気じゃなくてな」


「どうして?」


 意外そうにブライアンは身を乗り出した。


「原因を突き止めるためには、検査や実証実験をしなければならない。王家の愛娘の身柄を拘束して、”そんな研究”を行わせたくないそうだ。全く、馬鹿げてる」


 やれやれ、といわんばかりにため息をついていた。


「なるほど……」



 リヴィとメルは同時に頷いた。

 それならば、アンシーストームの原因も分かるし、それがなかなか解決されないことも分かる。



「そういう研究、早く取りくんでいただかないと、困りますよね。純粋に、大木が倒れるのは愚か、地震で道路が地割れ起こすとか、そういうレベルの騒ぎが起こり続けているんですから」


「本当だよね……。アンシーのアタックって、年々、激しくなるばっかりだもんね」


 メルの言葉にリヴィは頷き、ついつい、アンシーに対するグチを明らかにしてしまった。



「天然でフワフワしてるのは分かるんだけど、悪気がなさすぎるのもちょっと……」



「自分が悪い事しているって自覚がないんだよね。当然、悪気なんてあるわけもないし。だから、自分がそういうストームというかアタックというか起こしまくっても、自分で解決しようとしないのよ。不思議そうな顔で、首傾げてるの」





 何しろ、ダグラス姉妹--従姉妹同士なのだが、既に、周囲の認識はそうであった。違う家に住んでいる姉妹ぐらいの感覚で、二人の事を取り扱っている--は幼い頃からアンシーに懐かれ、被害を最も受けてきたのである。


 言いたい事なら山ほどあるわけで、それが、口からつるつる脳からつるつる出て来そうになってしまった。



「魔力って、成長に応じて、どうしても高くなってくるじゃない。まあ、その他にも、自分で修行して魔力高めるとかもあるわけなんだけどさあ。アンシーも、18歳ではあるんだから、子どもの頃より魔力が強くなっているのよね」


「アンシーストームも、どうしたって激しくなるわけで。私達の防御力だけじゃどうにもならなくなってきちゃうしさあ」


 メルが何か言うごとに、相づちを打って答えるリヴィ。

 二人の表情は、あんまりイキイキはしていない。



「よせよ……」


 ブライアンが苦笑いをしながらそう言った。

 いくら、可愛い妹達とは言え、そんな顔をいつまでも見ていたくはないだろう。

 気持ちは分かるが。


 特に、メルの方は幼少のみぎりに、ちょっとびっくりどころではない事件があったため、どうしてもアンシーにしこりがあるらしい。


「だって本当のことだし」

 メルが紅茶のカップを片手にそう言った。

 うんうん、と頷くリヴィ。


「お前達、よしなさい」

 そこではっきりとブライアンは諫めた。

 そうされてしまうと、どうしても、二人は押し黙ってしまうのだった。

 まるで母猫に首筋をかまれた子猫のようなありさまで、項垂れている。




 思わず噴きそうになるピート。

 学院の中でも手がつけられないと言う点においては、リヴィもメルも全く人の事を言えた限りではない。


 むしろ、×2で数が多いだけ厄介な連中と言える事も出来るのだ。


 その当の本人達が、自分達の事を分かってないのもさることながら、兄にちょっと怒られたぐらいでしゅんとなっているのがおかしかった。



「お前ら、アンシーの事が嫌いなのか?」

 ブライアンがさらに、諫める時の独特の柔らかい声でそう聞いた。


「全然?」

 リヴィはそこは首を左右に振る。


「アンシーは好きなんだけど、アンシーストームが厄介。それだけの話よ?」

 メルがそうつけくわえてくれた。


「そうか、なるほど。それで、アンシーストームの研究をしてほしいから……」

 ブライアンは納得した。何を教師の前でグチっていると思ったら、そういう、アンシーのためにも異常事態を解決してほしいという願望があったらしい。願望が、不満や悪口になって現れるというのは、よくある話だ。



「だって、アンシーは優しいもの。フワフワしていてって言うけれど、それ何も悪いことじゃないもんね」

 リヴィがメルを振り返って言うと、メルも気軽に頷いている。

「だけどさあ……あの子の、アレだけは……。でも、それってあの子が悪い訳でもないし……」

 そして、珍しくメルは俯いて、口の中でぶつぶつと何か言い始めた。

 リヴィは、それには慣れているので、聞き流しのスルーの構えだ。



「まあ、王室の問題は、いかな学院とはいえ、俺のような一介の教員にもどうにもならんよ。学長が、人を募って動いたとか言うんなら、話は別になるかもしれないがな」





 教師とはいえ、勤め人は勤め人であるため、そういう組織の問題は別枠になってしまうらしい。腹づもりではどうなっているのか、知らないが。


「そこを何とか出来ないもんですか?」


 リヴィは高級娼婦的公爵令嬢フェイスに、悲痛な願いをこめて、顔を上げた。


 恐い。


 変な大人セクシーさがあるからこそ、余計に恐い。


「アンシーのストーム問題がなくなれば、きっと学院にとってもよい結果が。主に経費に」


 そこで「経費」とか余計な一言が出てしまうのが、リヴィの迂闊さなのである。


「お前な、ガキが金の事なんか気にするもんじゃない」


 ピキっといったのは、リヴィの顔が恐かったからなのか。それとも小賢しく金の事など言って取り入った気になってるのがむかついたのか。


 そこらへんは定かではないが、ピートは今度こそ怒ってしまった。


「お前ら問題児が人の事を言えるのか!」


 ドS教員の一喝!!


 びっくーん!! と肩をはねあげる学生三人。



「特に魔力の問題で言うんなら、魔族と友達づきあいしているそこの公爵令嬢! お前何か、言ってみろ!!」


 定規でずびしっとリヴィの眉間を指し示しながら、ピートが怒鳴りつけた。


(えええええええ)


 恐怖に青ざめながら、リヴィは考えた。


(何かって言われても……言われても……)


 トホホ、と涙がちょちょぎれる。


(私、公爵令嬢なんですけども……何もそんなにみんなして、頭ごなしに怒らなくたって……なんでよ……。放課後という短時間で、こんなに怒られて頭叩かれてる公爵令嬢って他にいるの……?)



 これが悪役令嬢の険しい道なのかしら……。

 悪役令嬢ものを一回も読まずに、そもそもそんなジャンルの存在を知らずに異世界転生した彼女は、そんな事を心の中で呟いた。



  

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